[目次] 2017年 春号 (通卷175号)

卷頭言

ブラックリストと「裏面憲法」のない社会を/ 韓基煜

特集_「ロウソク」革命、転換の始まり
白樂晴 / 「ロウソク」の新しい世上づくりと南北関係
劉哲奎 / 岐路に立った世界経済と私たちの選択
黃靜雅 / 民主主義はどんな「気持ち」なのか: 金キムヒと黄ジョンウンの近作小説
[対話] 禹知樹・李知垣・李振赫・千雄昭 / 私たちはロウソクを手に取った: 垣根を崩した若者たち

現場
韓洪九 / 「ろうそく」と広場の韓国現代史

論壇
ナンシー・フレイザー(Nancy Fraser) / 資本と世話の矛盾(ムン・ヒョナ訳)
安秉玉 / 「2℃と人類の未来: 技術楽観論を批判して
具甲祐 / 「核武器の文学」として回顧録を読む


金光圭 / 朝鮮の鶏 ほか
朴蓏娟 / 別れた名前が太陽を生んだ ほか
宋泰雄 / 無言劇 ほか
ュ・ジンモク / ベンジャミン ほか
李起聖 / マルクスを盗む時間 ほか
李起仁 / すいとん ほか
イ・ゼニ / もっとも後の声 ほか
張修珍 / ロワール川の異邦人 ほか
趙容明 / 人だから ほか
黃聖喜 / 時間の能力 ほか

小説
金錦姬 / 敬愛の心 (長編連載 1)
姜英淑) / 置いてきたもの
金呂玲 / 掃除
金愛爛 / 隠した手

作家スポットライト 趙海珍の小説集 『光の護衛』
申美奈 / 『光の護衛』を読む五つの視点: 趙海珍のカメラオブスキュラ

フォ_ この季節に注目すべきの新刊 / 孫宅洙・鄭珠娥・金言

文学評論
朴相守 / 無作法な子供らの冒険から日常再建の倫理的な責任感へ: 2010年代の詩と詩批評について

散文_・鄭美景の生と文学
鄭梨賢 / 次。次というのはナシとのこと
鄭智我 / あの深い多情と熾烈

寸評
河大淸 / メリンダ・クーパー(Melinda Cooper)の『剰余としての生命』
梁孝實 / ハンウリの企画・翻訳 『フェミニズム宣言』
南相旭 / 夏目漱石の『吾輩は猫である』
李必烈 / 呉・チョルの『天安鑑の科学、ブラックボックスを開ける』
金學哲 / 金・クンスほかの『いま、韓国の宗教』
金炫 / 鄭・ヒジンほか『両性平等に反対する』
廉東奎 / 車・ミリョンの『捨てられた可能性の世界』

読者レビュー
文炳勳 / 「創批」を再び会う
李柱惠 / レンガのように重く硬く

제15 大山大学文学賞受賞作
陸昊洙 / 詩部門_海辺のカーテンコール ほか
朴奎珉 / 小説部門_照明は月光
鄭熙晶 / 劇曲部門_絹織物
韓雪 / 評論部門_夕暮れが…… 沈む

創批の新刊

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ブラックリストと「裏面憲法」のない社会を

2017年 春号(通巻175号)

朴槿恵大統領の顔色がいつにも増して明るくなったことがある。金淇春元秘書室長の任命式でピンク色のジャケットを着て彼を迎える大統領の顔色が明るくなった。互いの利用価値を本能的に気づいた二人の切ないが「間違った」出会いだったのである。それ以後、青瓦台(大統領官邸)が発動した数多くの違憲的・不法的措置の中でもブラックリストはこの二人にとって会心の作であろう。中央情報部対共捜査局と検察公安部で長年働いた金淇春は、独裁政権への批判者を「赤」として追及したり、スパイとして操作した「今までにない」選手であり、朴正熙の鉄拳統治を懐かしむ朴槿恵にとってこのような反人権的人物はむしろ心強く思われたであろう。

ブラックリストの存在は昨年10月国政監査において都鍾煥議員の発言でその一端が確認されたことがあるが、特別検察官が朴槿恵-崔順実国政壟断を捜査する過程においてその全貌が明らかになった。朴槿恵が首席秘書官会議で「国政指標が文化の隆盛であるのに、(朴槿恵政府に批判的な)左寄りの文化芸術界に問題が多い」と指摘すると、金淇春は「文化芸術界の左派の策動に闘争的に対応せよ」というような指針を下した。首席秘書官らはこのような指示を文化体育観光部に、文化体育観光部は下部機関に順次に下達し、指示事項を実行することによって、政府と見解の違う文化芸術家及び団体を政府の支援から排除した。

2015年初、朴大統領は当時金尚律教育文化首席に「(文化体育観光部が)『創作と批評』『文学トンネ』などの左派文芸誌のみに支援し、健全な文芸誌には支援をしない」と支援政策の修正を指示した。その後、優秀文芸誌支援事業は縮小、ついに廃止され、2つの出版社からの出版図書は「世宗図書」(優秀図書支援事業)目録からも多く脱落した。その他にも演劇演出家のパク・グニヨンとイ・ユンテクが創作産室演劇分野支援と文学創作基金支援から排除され、小説家の金愛爛と金衍洙の場合、北米韓国文学学会からの招聘がキャンセルされ、評論家のファン・ヒョンサンを含む文人の多くが芸術委員会審査委員から除外された。釜山国際映画祭はセウォル号惨事を取り扱ったドキュメンタリー映画「ダイビングベル」を上映したことで、利用館執行委員長が辞退の圧力を受け、予算も大幅削減された。ノーベル文学賞候補として言われている高銀詩人等がブラックリストに含まれており、大統領がブッカー賞インターナショナル部門受賞者であるハン・ガンへの祝電を拒否したことは聞くに堪えない。

朴槿恵政権のブラックリストは、過去独裁政権の検閲とは違って身体的危害を加えない反面、徹底に制度的不利益を与える。劣悪な条件で創作する文化芸術人に政府支援を打ち切り、外部支援を遮断する下品な検閲方式なのである。ブラックリストの名分を依然として従北・左派勢力に対する対応から探し求めているが、実際とはあまりにも大きな乖離があるということも目につく。言論に公開された9,473人のブラックリスト名簿はセウォル号の真相究明を要求したり、または選挙で文在仁と朴元淳を支持した人々と知られたが、彼ら全員を従北・左派と規定するのはおかしなことである。

特に印象的なのはブラックリストを主導した人たちが、それが大きな犯罪であることに自覚がないということである。金淇春は逮捕令状審査でブラックリストが犯罪であることを知らなかったと陳述し、朴槿恵もチョン・ギュゼとのインタビューでチョ・ユンソンの拘束に対して「別に、、、賄賂罪でもないのに、拘束までするとは、、、やりすぎだ」と話したことから、それが憲法的価値を蹂躙する重い犯罪であることを認識していないことを見せている。大統領就任宣誓の初句―「私は憲法を遵守し」―を誓約した当事者が表現の自由のような核心的な憲法条項は眼中にもないのである。もしかすると彼らがとくにブラックリストと関連してこのように図々しく―これは罪ではないというように―対応するのには憲法の他に頼れる何かがあるからかもしれない。

朴正熙(維新)時代と全斗煥時代に厳しい弾圧を経験した本誌としては、今回のブラックリスト事件から既視感が感じられるのも事実である。ところが、今回の事態は維新独裁を復活させようとする時代遅れの発想であるだけではなく、維新時代のはるかに前から綿々と続いてきた韓国社会の問題点を画然と露わにしている。大韓民国は民主主義憲法を持っているものの、分断国家の成立以来、とりわけ朝鮮戦争以後分断固着化によって韓国社会に深く根を下ろした反共反北の慣習的価値体系に絶えず苦しめられており、その陰からいまだに脱していない。憲法的拘束力を超過して作動しつつ、守旧既得権層の支配を強固にするのに寄与してきたこのような慣習的イデオロギーを、白楽晴は「裏面憲法」と命名したことがある。

朴槿恵と金淇春が大韓民国の憲法を正面から違反し、それに相応しい罪意識がなかったというのは、彼ら自らが裏面憲法を充実に守ったからかもしれない。未来メディアフォーラムが「ブラックリストは正当な統治行為」と強弁したり、太極旗集会への参加者が「赤は殺してもよい」と書かれた盾を持って来たり、李仁済元議員が「今のロウソク集会は憲法を破壊しようというもの」と非常に奇怪な主張をする時も裏面憲法の影響力は強力に発揮される。つまり、韓国社会においてブラックリストは裏面憲法の後押しによって作動するものなのである。

しかし、大統領の弾劾局面において広場に溢れ出る市民は、凄まじい裏面憲法の前でまったく委縮しなかった。「従北左翼(「ザパル」、日本でいう「ブサヨ」―訳者注)」という非難にもぶれることのない広場で最も人気を集めたスピーカーは、多分に慣習的に闘争を鼓吹する労働運動の指導部や政治家より、各自の厳しい生活から湧き出るそれぞれの言語で生々しい話を聞かせてくれた一般市民や個々の労働者であった。全種類のお決まりを拒否する市民の集団的知性とフェスティバルの雰囲気、そして平和デモ原則が輝く広場であったがゆえに、極端で硬直した顔の裏面憲法が入り込む余地はなかった。

市民は「大韓民国のすべての権力は国民から出る」という憲法第1条を叫びながら堂々と広場を行進したが、情報機関や検察の検閲と弾圧を経験した人たちにとって、その光景はロウソクの護衛の下で憲法を抱え込んで裏面憲法の闇のど真ん中を貫通していく感じであった。今はブラックリストをつくった現職大統領の弾劾審判の瞬間が近付いてくるにつれ、裏面憲法に頼ってきた守旧既得権勢力も総力闘争に出てくる状況である。ロウソク市民は国の主権者として緊張を緩めず、本当に「悪い大統領」を追い出し、裏面憲法の完全廃止にまで進んでいかないといけない。それがまさにブラックリストのない国をつくることなのである。

 

今号の特輯「ロウソク革命、転換の始まり」は、昨年の秋から今まで続いているロウソク集会の革命的性格を分析して、それが成し遂げたことと成し遂げることを点検し、私たちの前にどのような選択が置かれており、韓国社会の大きな転換がどこから始まれるかを論じる。

白楽晴は、今回のロウソク集会が既存のいかなる革命や構想とも違う新しい市民革命であるという事実に注目し、それを「ロウソク革命」と呼ぶことに躊躇しない。彼は、平和デモを集団知性の戦略的選択と把握し、世界史に類を見ない平和的革命と新世界づくりを希望する。分断状況の認識に基づき、朝鮮半島・東アジアの平和を図り、朴正熙モデルの克服と裏面憲法の廃止を通じて新世界を作ろうということである。なお、ロウソク革命を完遂するために今の政治界が肝に銘じるべき助言も欠かさない。ユ・チョルギュも朝鮮半島に限らない幅広い視野をもって、緊迫した米中利害関係の衝突や緊張局面において韓国が進むべき道を打診する。一対一交渉を推進しようとするトランプ以後のアメリカと、多者交渉における求心点の座を狙う中国とが衝突する時、むしろ韓国の立地が生まれると展望し、サード問題もこの角度から解いていくことを注文する。またこのような情勢の中で韓国の経済問題、とりわけ4次産業革命と低成長に対する対応策は「分配」にあることを力説する。

黄静雅はロウソク広場の「情動」を最近の文学作品を通じて論じ、民主主義はどのような「気持ち」であるかを問いただす。セウォル号以後韓国社会の話頭になった「じっとしている」ことの情緒をキム・グミ小説を通じて読み、それがどのように「じっとしていない」ことの情熱を発生させるかを分析する。人生の「神聖さ」と「くだらなさ」が交差する瞬間を穿鑿した黄貞殷小説を通じては、人生の「くだらなさ」が広場の光として進化する心の軌跡を追跡する。特輯の掉尾を飾るのは、1987年6月を経験しなかった若い世代のロウソク座談「私たちはロウソクを持ち上げた」である。江南駅事件以後のフェミニズムアクショングループと梨花女子大学学生会、ロウソク広場の退陣行動において活動してきた参加者らがロウソク集会を経験した各自の所感を率直に聞かせてくれる。ロウソク集会の原動力になった各界の青年たちがコミュニケーションを取り合いながら、新しい民主主義を思惟する姿が興味深い。

ロウソクの機運は「現場」欄にも続く。歴史学者の韓洪九は題目通りに「ロウソクと広場の韓国現代史」を闊達な文体と主体的市民の視線で追跡する。韓国現代史においてなぜ数多くの人々が広場に出て来ざるを得なかったのか、広場は私たちにとってどのような意味であったかを振り返る中で、今こそ韓国社会を立て直す時であり、それゆえロウソクを消すことができないという主張が切実に伝わる。

今号の創作の「詩」欄は、キム・グァンギュからユ・ジンモクまで10人の詩人が個性のある声で聴かせてくれる多彩な詩で飾った。今年の「小説」欄の長編連載は最近韓国文学において最も注目されている作家の一人であるキム・グミが担当する。ミシン会社で働く「天下り」のチーム長代理と不愛想な女職員間の話がどのように展開されるかお楽しみいただきたい。すでに各自しっかりした作品世界を構築しているカン・ヨンスク、キム・リョリョン、金愛蘭の短編はそれぞれのやり方で新しい小説叙事を試みる。

「文学フォーカス」は、今号から新たに進行を担うソン・テッス詩人とチョン・ジュア評論家がキム・オン詩人を招いて近作詩集と小説5冊について興味深い討論を行う。注目される新作をめぐって参加者各々が固有の観点と個性的な語法で聞かせる生々しい批評的な話である。「作家スポットライト」では、小説集『光の護衛』を出版したチョ・へジン小説家をシン・ミナ詩人が訪ねて「闇箱に開いた針穴から広がる光のパノラマ」のような彼の作品世界を検討する。「文学評論」では、パク・サンス詩人が2000年代の「詩的主体の倫理的冒険」と2010年代の「日常再建の倫理的責任感」とを比較し、最近の詩と詩批評の風景を素早く検討しながら明確な自己観点を力強く叙述する。

「論壇」の3本の論文は、当該分野の重要な争点を深く取り扱う。アメリカの政治哲学者であるナンシー・フレイザー(Nancy Fraser)は資本主義と社会的再生産間の構造を「資本とケアの矛盾」という問題枠で分析したが、新自由主義的金融資本主義が自由主義フェミニズムの一部を包摂する状況においてフェミニズム運動の行路に悩む示唆に富んだ論文である。アン・ビョンオクは気候変化と関連してイ・ピルリョルの「気候変化、人工知能そして資本主義」(本誌201年秋号)に対する反論として技術楽観論的立場を分析・批判する。地球の平均気温の上昇幅を摂氏2℃以下にするというパリ協約の目標、さらに1.5℃にまで下げて設定する目標が気候科学の面においてはもちろん、人類の未来においても緊要な政治的選択であることを強調する。ク・ガブはウィリアム・ぺリー(William J. Perry)元アメリカ国防長官、ソン・ミンスン元外交通商部長官等の近作回顧録4本を丁寧に検討する。朝鮮半島及び東アジアの国際情勢に深く介入した彼らの陳述を交差検証する作業を通じて、北朝鮮の核問題と南北関係を解決していく手がかりを探る一方、「文学」としての回顧録の意義を発見する。

「散文」を準備する気持ちは重かった。繊細で品のある作品で韓国小説文学において重要な位置を築き上げてきた故チョン・ミギョン作家を追悼しながら、後輩作家のチョン・ジア、チョン・イヒョンが故人の人生と文学を振り返る論文を載せた。矛盾と葛藤の世界を断固たる視線で最後まで眺めた優秀な作家を早く亡くした悲しみがそのまま伝わる。二人の作家に感謝し、故人のご冥福をお祈りする。

昨年各界の専門家の招聘インタビューを行って話題を呼んだ「読者の声」は、今年「読者レビュー」に衣替えする。創批に対して関心と愛情をもつムン・ビョンフン、イ・ジュへ読者が前号を細心に読んだ所感を寄せてくれた。今年の「寸評」は、ハ・デチョン(科学)、ヤン・ヒョシル(女性)の二人を固定筆者として迎えた。二人を含めて、短いが手間のかかる充実した論文を書いてくださった7人の方にお礼を申し上げる。

最後に、今年で51回を迎えた大山大学文学賞の発表と受賞作を載せる。大きな激励とお祝いのお言葉を贈る。今後韓国文学を率いていく有望株のデビュー作に注目していただきたい。

2017年を迎えて本誌にいくつかの変化があった。編集委員会からチン・ウニョンが退き、チョン・ヒョンゴンが常任委員となる。そして2011年に制定した創批人文評論賞(旧社会人文学評論賞)公募が2016年をもって終了した。これまで関心を寄せてくださった読者の皆様に感謝申し上げ、今後多様な方法で韓国社会に対する斬新で実践的な人文学的探求と批評的作文を声援する方法を模索することを約束する。

今冬ロウソク市民はすでに多くのことを成し遂げた。守旧既得権勢力の激しい抵抗にもかかわらず、大きな異変がない限り大統領の弾劾は採択されるであろう。ところが、それに満足してはいけない。『創作と批評』はロウソク市民読者の皆様とともに、新しい社会づくりに取り組み、ロウソク革命の完遂のための創造的思惟と熾烈な論議の場になるよう最善を尽くしたい。

韓基煜

 

訳:李正連(イ・ジョンヨン)

「キャンドル」の新社会づくりと南北関係

2017年 春号(通巻175号)

〔特集〕「ロウソク」革命、転換の始まり
「キャンドル」の新社会づくりと南北関係

白楽晴(ペク・ナクチョン)
文学評論家、ソウル大学名誉教授、『創作と批評』名誉編集人。最近の著書として、『白楽晴が大転換の道を問う』『2013年体制づくり』『文学が何か、再び問うこと』『どこが中道で、どうして変革なのか』などがある。paiknc @ snu.ac.kr

 

本稿は元来、韓(朝鮮)半島平和フォーラムの教育プログラムである韓平アカデミー第3期の最終講で、「新社会づくりと南北関係」というタイトルで講義した内容を修正、補完したものである。 1アカデミーの講義は主に南北関係の専門家が行ったが、昨年12月15日に私の番が近づいた頃には、受講生も南北関係に関する専門的な論議よりも、韓国社会で盛んに進行中のキャンドル・デモにより関心が集中している状態だった。当日レジュメのみを配布し、発言した内容を文章形式にすると同時に、その後の事態進展と私自身が練磨した部分を追加して反映させ、今回かなり大幅に手を加えた。一部で叙述の順序を変え、タイトルも多少修正したが、基本的な論旨は変えなかった。受講生を含む当日のすべての参加者に感謝したい。 2

タイトルとは異なり、本稿でも講義でも南北関係の現況は特に扱わなかった。市民が「新社会づくり」を主導する広場では、それは大きな懸案には浮上していない。だが、その時々の現象として現れる南北関係と、私たちの現実を構造的に規定する南北関係は別次元の問題である。後者に対する正しい認識なしには前者に対して一貫して賢く対応することができず、一見南北関係とは無縁のような新社会づくりの課題も円滑に修正できないというのが本稿の主張である。「南北関係」をあえてキーワードの1つに選んだのも、そのためである。

 

Ⅰ.「キャンドル」は革命なのか

現在の状況をみて多くの人が「市民革命」といい、「キャンドル革命」というのに、私も同意する立場である。昨年10月末にソウルで始まって全国へと広まった、キャンドルを掲げる市民のデモは直接的なエネルギーという点で「キャンドル」を強調するのは適切である。 3一方、どういう意味で「革命」とか「市民革命」というのか、多少の整理が必要なようだ。

革命といえば、政権の転覆にとどまらない社会全体の大々的な転換を意味するのが常識だが、国民の直接行動によって大統領の中途退陣が実現したとしても、それが自動的に革命と認められるわけではない。憲法裁判所が大統領の弾劾訴追を認めたとしても、その後の事態が本質的な変革に達しない「未完の革命」に終わる可能性がある上に、「キャンドル」が誇る平和的デモと憲政秩序に対する基本的な尊重は革命とはほど遠いのではないか、という問いも可能だからである。後者の問題から考察してみよう。

「キャンドル」は明らかに既存の革命概念とは異なる面が多い。だが、まさにこの点で、世界的にも新たな性格の革命をつくり出しているのかもしれない。市民の蜂起で政権を変え、社会的転換を実現した例として、韓国では1987年の6月抗争があったし、共産党独裁の終末というはるかに根本的な体制変化を達成しながらも、その極めて平和的な性格から「ベルベット革命」という名がついた1989年チェコスロバキア(当時)の市民革命もあった。だが、韓国の全斗煥政権やチェコの共産党政権下ではともに自由な選挙空間を奪われ、市民蜂起以外に道がなかったという共通点がある。その反面、87年体制が獲得した選挙空間は、たとえ2012年李明博政権の不法な選挙介入によってひどく汚染され、朴槿恵政権期の「漸進クーデター」の試みに脅かされていたにせよ、次の大統領選挙を放棄せねばならないほど閉ざされた状態ではなかった。その上、2016年4月の総選挙が「漸進クーデター」の試みに一撃を加え、政権交代の可能性は高まってもいた。それにもかかわらず、市民が大々的に出動し、任期が残った政権を退陣させるのは、独裁政権に対する蜂起とは異なる次元の事件である。ある意味では、独裁体制と闘う時よりも大衆の蜂起が難しい面があるからだ。私自身もそうした困難に注目していたので、早くから「2013年体制」の建設を主唱し、87年体制を克服する「大転換」を夢見てきたが、「キャンドル革命」と朴槿恵の中途退陣を予見できなかった。

まさにこのことを、韓国の「キャンドル革命」が成し遂げたのだ。大衆参加の規模も「ベルベット革命」と比較にならないだけでなく、チェコの「市民フォーラム」のような指導部がない状態で、秩序整然かつ徹底して平和的に、前例がないほど多様かつ粘り強く、創意的な大事件が実現した。こうしたあまりに「おとなしい」デモへの不満が一部の参加者や論者によって表明されもした。だが、「キャンドル」の平和デモは原理的な平和主義というより、現実的な成功のために「集団知性」が選択した卓越した戦略と見るのが正しいようだ。 4

もちろん、2016年のキャンドルは87年抗争の再演ではなく、全く異なるタイプの市民革命である。そして、それが可能になったのには客観的条件の変化も加勢した。その一つは、87年に一応達成された民主的な憲政秩序である。これがなかったなら平和的なデモは、三・一独立運動時(1919年)もそうだし、5・18光州抗争時(1980年)もそうで、87年6月抗争でも一部そうだったように、当局の無慈悲な弾圧に曝されただろう。87年体制下でも平和デモに対する強制鎮圧はもちろんあったが、朴槿恵―崔順実の国政蹂躙と不正腐敗により大多数の国民の憤怒が爆発した時、強権を振り回しうる体制ではなかったのだ。

キャンドル革命を可能にした他の客観的条件は、この間に発達したスマホなどの先端コミュニケーション機器とSNS(社会関係ネットサービス)の大々的な普及である。2008年キャンドル・デモ当時、ニュー・メディアが大きな役割を果たしたが、その後8年たって実現した技術発展と暮らしぶりの変化は当時とは次元を異にした。こうした様々な条件の土台の上に、三・一独立運動以来百年近く続いてきた平和的抵抗運動の伝統と学習がついに光を放ったのである。

余談だが、私は2013年体制づくりの失敗で大いに傷心していたが、今思えば、必ずしも不幸なだけではなかったと思われる。まず、当時野党候補が執権した場合、いくら準備と能力が不足したとしても、朴槿恵大統領よりもできなかったとは想像しがたいが、ただその事実がわかる人は珍しかっただろう。「朴槿恵が当選したら、これほどではなかったろうに…」という人が大多数だった可能性が高く、それで2016年総選挙にセヌリ党が勝利し、2017年大統領選に朴槿恵がまた出馬して圧勝した可能性が高い。さらに、朴槿恵氏は選挙運動期間や就任当時の華やかな公約に大部分背いたが、「100%国民統合」という約束だけは、逆説的に95%達成したと思われる。弾劾訴追による職務停止の直前、彼女に対する世論支持度は4~5%に過ぎず、応答者の90~95%が男女老少、地域や世代の違いを超えて否定的な評価によって「統合」されたのである。 5 のみならず、政権交代ではなく、それをはるかに超える「時代交代」をしようという公約も、50%程度は達成したわけである。時代の大々的な交代のために、広場のキャンドルが結集してつくり出し、未曾有の市民行動で社会と参加者の生活をかなり変えたからである。公約の巨大さに比べ、50%は十分な達成率といえよう。

 

Ⅱ.キャンドル革命の展望と課題

キャンドル革命が「未完の革命」に終わる可能性は、もちろん残っている。だが、私たちが失敗した革命と未完の革命、限界をもったままで一応成功した革命を、きちんと区別する省察を行なう必要がある。

キャンドルが国会の弾劾訴追決議を引き出しても、もし憲法裁判所で弾劾が棄却されれば(その後の事態がどういう形で進行するにせよ)、キャンドル革命としては一応失敗というべきであろう。こういう失敗は現在では想像しがたい。憲法裁判所の裁判官の法律家的な常識とプライドも無視できるものではなく、何よりも弾劾過程における市民行動がすでに「見せ場」を作った局面である。弾劾可決後の寒い天気にもかかわらず、全国で100万余人が街頭にくり出した12月10日の第7回集会は、232万人という歴史上最大規模のデモで国会の弾劾可決を強要した12月3日の第6回集会に劣らない意義をもつものだった。新年になり、憲法裁判所の迅速な審議の進行と猛烈な寒さの襲来によって参加者数は多少減ったが、朴槿恵退陣以外のいかなる結果も許さない、という勢いは旧正月後も確固たるものにみえる。

「未完の革命」は少し問題が異なる。代表的な前例に上げられるのが、1960年4月革命だが、市民が血を流して蜂起し、李承晩大統領を退陣させたという点で明らかに失敗した革命ではなかった。だが、デモの群衆が要求した再選挙の代わりに既存の国会による改憲が実現し、7月の選挙で民主党が執権したが、翌年朴正熙の5・16クーデターで軍事政権が成立した。最近よく使われる「トンビに油揚げ」という表現をかりれば、初めは比較的主人の言葉をよく聞いた温厚な犬が、結局は真に荒々しい犬になる結果をもたらしたのだ。

キャンドル革命が未完に終わるシナリオとは、弾劾後60日以内に行われる大統領選挙で、キャンドル市民が要求する新社会づくりを遂行できる意志とか、能力がない人物が当選する事態だろう。4・19の経験をふまえて留意すべき点は、改憲が実現するとか、政権交代が実現したとしても、「未完」の憂慮が消えるわけではないという事実である。改憲問題は後でまた言及するが、政権が交代してもキャンドルの民心に対する共感や認識が不足するとか、その課題を実行できる能力がない大統領であれば、混乱のみが増す憂慮がある。軍事クーデターが再発する時代ではないにしても、事実上軍部よりもっと強力な今日の既得権勢力がそのまま残って古い社会を別の方式で蘇らせ、ついには次の大統領選挙で大統領を取り戻す可能性が濃いのである。

6月抗争後の事態をみても、「未完の革命」とか「トンビに油揚げ」という論者が少なくない。だが、これは社会変革より政権の行方に執着する話だと言える。「両金(金泳三・金大中)」の分裂によって87年体制の最初の大統領を盧泰愚に渡したことは、6月抗争に参加した人々には地団駄を踏む出来事であり、実際に改革作業に多くの困難をもたらしたのは事実である。しかし87年12月の選挙は、以前の軍部独裁勢力が「護憲撤廃」という国民の要求を受け入れ、7~8月の労働者大闘争を通じて労働者の市民権獲得が始まり、かなり民主化された憲法を制定した後に行われた選挙だった。従って、盧泰愚政権も87年体制の大きな流れに逆らいきれず、金泳三、金大中、盧武鉉政権へと続いて民主化のさらなる進展があった。いわゆる「民主改革陣営」の人々は、李明博・朴槿恵政権が「民主政権10年」の成果を逆転させたと言いがちだが、紆余曲折の形ではあれ、初期の20年間に進められた民主化を、野党政権10年に限定するのも一種の陣営論理である。こうすると、李明博・朴槿恵が盧泰愚・金泳三の「保守政権」と区別してしかるべき「反動」と「逆走」の政権だった点があいまいになる。87年体制は、1953年の停戦協定体制と分断体制という過去の軍事独裁体制の基盤を共有した生来の限界をもっていたが、南の社会として一応大転換を実現した市民革命の成果という評価も、87年体制の初期10年の成果を認めることで説得力をもつ。 6だから、野党が政権獲得に失敗した選挙であった87年12月の大統領選挙は、今回の第19代大統領選挙に比べると決定的な転換点ではなかったと思われる。現在は新しい社会に対する広場の要求がある程度は議題化されてはいても、制度化はほとんどできていない状態で、その作業の大部分を――2月の国会で一部は実現したとしても――遂行する大統領を選ばねばならないヤマ場なのである。

キャンドル市民の要求が単なる政権交代を超えて、この間「ヘル・コリア」をつくり出した韓国社会のあらゆる積弊を清算し、新たな時代の幕を開けろという点は明白である。具体的な議題でも、特別検察捜査を通じた人的な清算、財閥改革、検察改革、選挙制度改革、教育改革、地方自治の強化など、多くの課題が提示されている。問題はこれらの大部分が広場の喊声だけではなく、熟議と立法の過程を要する作業であり、次期政権の性格に決定的に左右される作業でもある。従って、今は「終わりではなく始まり」であり、「朴槿恵以後の『誰』ではなく、朴槿恵以後の『何』を語るべきだ」 7という指摘は一応傾聴に値するが、早期の大統領選挙が確実視される現時点で再考する必要がある。 8「何」をやるかは結局人であり、「誰」を語ることを避ける市民社会の活動家や知識人の態度には、「お供えに目を凝らす」という非難と、特定候補を上げたり下げたりする印象を避けようとする慎重さが作用しているのは事実である。

ここで本格的な人物論を行なう考えはないが、キャンドル革命で「政権交代」というフレーム自体に重大な変化が起きたことを指摘したいと思う。政権交代が時代交代の必要条件の一つであるのは言うまでもないが、私は「2013年体制づくり」を掲げた時点で、ただ選挙勝利にのみ執着しては選挙勝利(=政権交代)さえも逃がしやすいという点を強調した。実際、大統領選挙に敗北して朴槿恵政権にひどく苦しみながら、政権交代に対する国民の熱望はより強くなっていたし、関心は一体誰が朴槿恵とセヌリ党の牙城を崩して選挙勝利を成し遂げうるかに集中された。大統領選挙の敗北後、文在寅民主党前代表に対して全羅道の民心が背を向けた最も大きな理由も、彼が政権交代をなしうる人物ではないという判断であり、それでも全国的に彼の支持率1位が維持されたのも、それなりに知られているし、前回選挙で48%の得票という前歴がある彼を除いては、適当な候補が見つからないという理由だったろう。

キャンドル革命で朴槿恵と親朴系が没落し、セヌリ党が分裂したことで状況は大きく変わった。実は、私は87年体制下で「国民統合」が論議されるたびに、これは分断国家・韓国の現実を軽視した理想論であり、現実としてはセヌリ党が政権を失った後でこそ、守旧勢力主導の守旧・保守同盟から合理的な保守主義者が離れていき、意味ある社会統合が可能だろうと主張してきた。 9しかし、早くて2018年に可能と思ったこの宿題を、キャンドル革命が一気に達成した。つまり、キャンドル革命でまだ完遂されたわけではないが、現政権と与党に壊滅的な打撃を加えたことで、市民は政権交代を半ば達成したわけである。

潘基文氏の不手際な行動と突然の出馬放棄で、その点はより明確になった。一方で、文在寅氏が与党候補の誰を相手にしても勝利するだろうという展望が高まり、いわゆる彼の大勢論が力を得ている反面、政権交代を史上目標とするフレームが弱まる気配も見られる。少なくとも、「反文在寅連帯の大テント」構想が致命傷を受け、大勢論が87年体制内の政権交代に向けた大勢なのか、新社会づくりをなしうる大勢なのか、を検討する余裕が生じた。「果たして文在寅が勝てるだろうか」を問う状態から「そうだ、勝てる確率が高い」という展望が高まって先頭走者の立場が強化された。その反面、「これなら、政権交代は誰が出てもほぼできるのではないか」という考えとともに、「それなら今こそ、誰がキャンドル後の大韓民国を率いるのに最も適わしいか」、「単に一票でも多くとって当選できるかではなく、誰がキャンドル共同政権の構成と運営に最も有能なのか」 10という点に関心が移る兆しもみえる。

特定候補に対する有利か不利かを離れ、これは望ましい進展である。問題は「誰」の適合性をどのように決定するかである。もちろん、各党にはそれなりの党憲と予備選の規則があり、連合候補のための政界の離合集散も可能である。だが、市民がキャンドル革命で社会を変えてきたのに、次期政権の行方は古い時代と大きく変わらない方式で、政党と政治家が思い通りに候補を決め、国民はそのうちの1人を選択しろというのは馬鹿げた話である。キャンドル市民が大統領候補の選定過程にも何らかの形で介入するのが道理であり、ただ大規模なキャンドル集会がその作業に適合した現場ではなく、集会を主管してきた「朴槿恵政権退陣非常国民行動」も性格上そうした作業を管掌しがたい。その一方、「民主、正義、平和、平等のキャンドル市民の名誉革命を完遂するために、『広場民主主義』の意志を結集しうる『改革主体』として、『国民運動体』を樹立」しようという「千人宣言」(2017年1月18日)が出されるとか、「退陣行動」に参加しているいくつかの個別団体の主催で重要な政治家を招いて市民討論を行なう方案も模索していると聞く。私自身は特別な妙案をもっておらず、昨年末に発表した「新年コラム」における、次のような原論的な主張を繰り返したい。

 

ある特定の方式が最善だとはじめから決めておく代わりに、今までのキャンドル革命がそうであったように、多様かつ開放的な態度で実験を重ねていくならば、市民自らも従来の固定観念を振り払う自己教育の過程になり、集団的な知性が再び輝くのです。キャンドル集会や「万民共同会」に主要候補を招いて話を聞いてみることもできるし、規模を少し縮小してより沈着な討論と評価をやってみる方法もあるでしょう。どんな場合でも、SNSなどを通じて討論の続きや検証も当然あるでしょう。時間は多くありませんが、いま始めれば民意がより忠実に反映される方法が生まれるでしょうし、直接民主主義と熟考する民主主義を同時に強化し、代議民主主義も改善する先例を生み出せるでしょう。 11

 

Ⅲ.「朴正熙モデル」の克服

ところで、「誰」に対する論議が必要なように、「誰」を点検する時に「何」を、どのようにやり遂げる人物なのか、が重要な基準になる。そうした点で、キャンドル革命の課題として重要と提起された、いわゆる朴正熙モデルの克服について考察してみたいと思う。

一部では、朴槿恵の弾劾とともに維新時代がついに幕を下ろしたと診断して、朴槿恵が没落してついに「朴正熙神話」も終わったと、時期尚早に喜ぶ声も聞かれる。「時期尚早」というのは、朴槿恵の当選後、政府によって人為的に拡げられた朴正熙神話が、その娘の想像をこえる国政失敗と、これに対する国民的な断罪でほぼ致命的な損傷を受けたのは事実だが、同時に「父親の四半分だけでも……」という思いが残る人も珍しくないからである。 12より重要なのは、「四半分もできなかった」というのは厳然たる事実であり、朴槿恵に対する断罪とは別に、朴正熙および朴正熙時代に関するより科学的な評価が伴わなければ、「神話」の復活もありうると思う。 13

維新時代がついに終わったとの主張も正確な表現ではない。維新政権の亡霊を蘇らそうとする朴槿恵の試みに死亡宣告が下されたのは確かだが、厳密に言えば、維新体制は1979年釜馬抗争と10・26事件で崩壊した。全斗煥政権が亜流の維新独裁を6月抗争時まで引き継いだとしても、87年体制の定着によって維新時代を蘇らそうとするのは不可能になった。くだらない復元の試みが混乱を極大化させただけである。

他方で、朴正熙式の経済成長モデルというなら、これは今も威力があって、きちんと克服できなければ、朴正熙神話の復活の助けになる可能性が高い。ただこの場合も、正確にいかなる経済モデルを指すのかを検討する必要がある。

経済成長の追求自体は資本主義の一般的属性なので、それと朴正熙モデルを同一視するのは、資本主義的成長の多様な経路を単純化するだけでなく、「朴正熙モデル」をむしろ簡単には克服できなくしてしまう。一部では「新自由主義」と朴正熙モデルを同一視しているが、世界的に新自由主義が資本主義の新たなパラダイムとして登場したのは1970年代であり、それは色々な面で朴正熙式の発展国家モデルとは相反する性格だった。朴正熙時代の経済成長はたとえ貧富の格差を拡大したにせよ、基本的に「国民経済」を単位としたのに比べて、新自由主義はグローバルな資本家階級の利益を絶対視し、個別の国民国家はそうした汎世界的な階級利益の極大化に従事する道具という性格を強めたものとみなければならない(もちろん、そうした機能の遂行に必要なほどの国民経済の備えは許されるが)。韓国に新自由主義が本格的に入ってきたのは、多くの論者が指摘するように、1997年の国際通貨基金(IMF)の救済金融が契機であり、いわゆる進歩的な論者があまり認めない点だが、その時の金大中、盧武鉉政権は対案を模索する努力もせずに一方的に導入したわけではない。李明博・朴槿恵政権になってこそ、それが一層勢いを増したが、それでも朴正熙式の開発独裁に対する政権担当者の未練と「封建的な」利権勢力の温存によって、新自由主義と前近代的な発展主義が入り混じる奇形的な経済が形成されたと判断される。

それゆえ、朴正熙モデルを国家主導の発展国家または「開発独裁」に限定して理解するのがより相応しく、生産的なようだ。それを通じて韓国は目を見張る高度成長を実現した代わりに、政経癒着と不正腐敗、格差の拡大と社会葛藤の深化など、今日の韓国経済の足を引っ張る問題点を抱えるに至った。その正確な様相は専門家の分析に任せるが、朴正熙モデルの成立条件として必ず指摘すべき――実は、専門家がかなりよく見逃す――事項がある。つまり、独裁政治と経済成長を結合した朴正熙式の開発は、朝鮮半島の分断と南北の対決状態、そしてグローバル次元の冷戦体制という現実の中で可能だった、という事実である。5・16革命公約の第一項は「反共を国是の第一義」とみなし、塗炭の貧困に苦しむ民生を救い出すクーデターの名分とは直接的な関連がないスローガンであり、実際に執権期間中、朴正熙は李承晩時代に劣らない大々的な「アカ狩り」を行なった。7・4共同声明など南北和解を志向するような措置を取ったが、すべて自らの権力保全と独裁強化に徹底的に利用した。

朴正熙モデルのこうした成立条件は、87年以後もきちんと清算されなかった。87年体制は1961年以来の軍事独裁を終息させたが、独裁に堅固な基盤を提供していた1953年以来の分断体制を克服できなかったことで、決定的な限界を抱えて出発したという診断も、そうした意味である。独裁の清算にかなりの成果が実現される中でも、経済と国民意識の多くの部分で朴正熙モデルが依然として威力を保ち、ついには「朴正熙ノスタルジア」に染まった勢力の大々的な反撃を許したのも、まさに「朴正熙モデルの成立条件」の本質的な持続性のためだった。それゆえ、キャンドルが要求する新社会に適合した経済・社会パラダイムをつくる作業は、87年体制のこうした限界を克服する作業でなければならない。実際、守旧・保守勢力は87年以後も厳存する分断の現実を徹底的に意識し、「従北狩り」や「安保危機」を造成して自らの既得権を強化してきた。それでも、対案的ビジョンを標榜する多くの知識人や活動家が今も、分断のない外国の「先進的」モデルを模倣しようとするか、とにかく南だけの完全な自由民主主義、社会民主主義、社会主義、または平和国家のような、各種の先進社会を建設しようと没頭するなら、「後天性分断認識欠乏症候群」と揶揄されるのは避けられないだろう。知識人の言説も、キャンドル革命の成果として従北言説がかなり弱まり、効果が落ち始めた今回の機会を十分に生かすべきであろう。

 

Ⅳ.改憲に関して:憲法と裏憲法

差し迫った大統領選挙の日程にてらし、その前に改憲するというのは常識的に納得しがたい。それでも早期改憲が主張され続けている。私が思うに、これは実際にできるか否かの改憲推進を環にして、「大テント」や「小テント」をつくろうとする政略的な下心か、たとえ政略を離れた本心だとしても、金南局教授の指摘通り、市民より国家を優先する国家主義的な発想である。 14いずれの場合もキャンドル市民の民心とはかけ離れたもので、今回のキャンドルは1987年のような改憲運動ではないばかりか、敢えて言えば、護憲運動に近い。憲法に明示された民主共和国の骨格を守ろうとする主権者が直接立ち上がったのであり、何よりも「憲法が守られなかった国を憲法が守られる国へと変えるという、より本質的な革命」 15が起きたのである。もちろん、キャンドル革命で社会が変わっているので、憲法もそれに合わせて改定するのは正しい。改憲論者が直そうとする条項が、キャンドル市民が守ろうとした憲法第一条でないのも事実である。ただ、どの条項をどのように直すのかに関する討論に、市民が十分な時間をかけて幅広く参加すべきである。従って、改憲論議自体を無条件で先延ばしにするのも適切ではない。むしろ、候補や政党ごとに自らの改憲構想と予想スケジュールを提示して選挙に臨むのが道理だろう。

憲法を論議する時に忘れてならない点は、大韓民国には公布された成文憲法以外に、一種の「裏憲法」が存在するという現実である。統合進歩党への解散判決の時、憲法裁判所自らが明らかにしたように、大韓民国の法秩序は「北韓という反国家団体と対峙している大韓民国の特殊な状況を考慮」して運営されるので、憲法第1条や第10条、第11条などが保障する国民のあらゆる権利も、「分断という特殊な状況」によって制約されてきた。その端的な表現が国家保安法だが、 16より広くは「アカと見なされた者には権利が認められない」という一種の慣習憲法が作動してきたのである。政界の改憲論者が主に狙う「帝王的大統領制」の本当の根も、実は、この慣習憲法、裏憲法にある。実際に87年憲法は、従来の第五共和国憲法や維新憲法に比べると、大統領の帝王的権限を画期的に制限し、その憲法がきちんと守られれば、かなりの程度は分権型の政府運営が可能であった。もちろん、もっと手を加える余地がないわけではない。特に、中央政府の権限を大統領と首相の間でどのように分担するかという話の前に、地方自治を強化して中央政府の権限を縮小する必要があり、国民の基本権を拡張して政府全体の権限を相対的に減らすべきだろう。しかし、87年市民革命でも完全になくせなかった裏憲法を残したまま成文憲法を直すだけなら、本質的には何も変わらないに等しい。

だから、私たちが最も急ぐべき改憲とは、この裏憲法の廃棄である。裏憲法は成文化されたものではないので、国会で改定する性質ではない。方法は主に二つあると思われる。第一に、南北関係の改善・発展を通じて北韓を「反国家団体」とか「主敵」としてよりも、交流・協力および究極的な再統合の対象とみなす国民意識の変化である。これは実際に、87年体制最初の20年間にかなりの進展をみせたが、李明博政権以来の逆走を重ねた結果、今回のキャンドル群衆の間でも「南北関係の改善」が至急の課題として浮上しないほどになった。この間、南北関係の悪化が分断体制のもう一方の軸である北韓の行動に起因した面を勘案しても、韓国内で裏憲法の作用が南北関係の改善を妨害し、ついには盧泰愚政権以来の成果を逆転させる結果をもたらしたのも否定できない事実である。第二に、国内で裏憲法を信じて様々な不正・腐敗と国政蹂躙を犯す輩を罰し、「文字にあった憲法第一条を今こそ全国民が歌い、身をもって書こうとしている時代」 17を切り開いて裏憲法を無力化する道である。完全な廃棄まではまだ道が遠いが、キャンドル革命によってその作業がどの時よりも大きく進展した。弾劾審判の大統領側弁護人がキャンドル群衆をすべて「親北左派」で括った発言も、裏憲法の戯画化・無力化を手助けするのに貢献したといえる。

 

Ⅴ.キャンドルと朝鮮半島、そして世界体制

1987年当時、「民主」とともに「自主」と「統一」が運動圏の主要スローガンだった。その時は今より「分断認識欠乏症候群」はもっと少なかった。ただ、分断を意識しているが、南北双方で支えあう分断体制に対する認識は乏しかったので、87年体制は民主化をきちんと遂行し、次の段階に躍進する過程につなげることができなかった。キャンドル群衆もまた分断体制に対する認識で武装しているとは言いがたく、南北関係に対する市民の問題意識も広場で間歇的に表現されるにとどまった。だが、前に指摘したように、裏憲法を廃棄して完全な民主共和国を実現するという作業には、国内での民主憲法の守護と南北関係の発展という二つの道があり、その二つが緊密にかみ合っているという認識こそが、「分断体制論」の核心である。この間、南北関係の悪化が裏憲法の受恵者の横暴を助けてきただけに、彼らに対する確固たる断罪は南北関係の改善に再び道を切り開くし、これはまた韓国社会の民主化と正義の実現に貴重な貢献となる。このようにかみ合って展開されるキャンドル後の新たな社会は、南の人々の生命と安全を守り、生活の質を高めるためにも、南北の緩やかな結合をまず図るもので、究極的には世界史になかった新たな形態の汎朝鮮半島的な共同体を建設する変革を成就しうるであろう。 18

最後に、キャンドルの世界史的な意義について、一言付け加えたい。2016~17年韓国のキャンドル革命でもう一つ特異な点は、世界的に民主主義が後退し、暴力が乱舞する時期に起きたという事実である。ソ連と東欧の独裁政権が崩壊した大勢に乗った「ベルベット革命」や6月抗争などの一連の変化とは対照的である。その時以後、資本主義の世界体制は気候変動をはじめとする生態系の危機が一層深化する一方で、グローバルな資本過剰、人工知能・ロボットなどの画期的な発展による働く場の縮小傾向、国際秩序を管理していた国家間体制の衰退による局地戦の増大と難民の大量発生など、諸問題に対処しうる能力をほぼ喪失した状態である。これによる大衆の不満は時おり「オキュパイ運動」のような民主的な改革運動を生みはしたが、大抵は米国トランプ大統領の当選やヨーロッパにおける極右政党の勢力拡張に見るような、ファシズムに近い形をとりがちである。まさに、そうした大勢に逆らう市民革命が韓国で起きたのである。これはキャンドル革命の今後がそれだけ険しく、難しくなりうるという意味でもある。国際関係や世界経済の現況がともに87年体制の枠内での政権交代では支えきれないレベルであるのはもちろん、南という枠を超えて朝鮮半島と東アジアで、世界史の隙間に活路を発見していかない限り、今後の見通しは立たなくなっている。このためにまず、大韓民国に実力を備えた民主政権を樹立すべきであり、南北関係の画期的な改善を通じて韓国経済の活路を求めると同時に、東アジア、さらにはユーラシアの地域協力で朝鮮半島が障害物になってきた現実を打破しなければならない。そうすれば、すでに始まった天下大乱期に不可避の混乱を他より少なくして生活基盤を確保できるし、世界が大乱期を越えて新たな文明建設へと進んでいく過程でも、創造的かつ比較的安全な拠点を提供しうるであろう。

翻訳: 青柳純一

Notes:

  1. 講義と質疑応答、討論はマロニエ放送(http://www.maroni.co)で録画し、ユーチューブに流れた。
  2. 合わせて、廉武雄教授の細橋研究所での年頭特講(2017年1月20日)「キャンドル、広場と密室、そして想像力」と会員の討論からも多くを学んだ点を明記したい。
  3. 徹底して平和的という点で「名誉革命」と呼ばれたりもする。これは、英国の立憲君主制を確立した1688年の革命を英国人が the Glorious Revolution(名誉な革命)と呼び、「名誉革命」と翻訳してきたことに借りた呼称だが、英国の当時の王朝交代自体は1640年代のピューリタン革命に比べて流血事態が少なかっただけで、完全な無血革命ではなかった。
  4. 2016年11月、広場の多様な声を載せた文集『11月:すべての権力は国民から生まれる』(サムチャン、2017年)でも平和主義に対する批判を時々目にする。例えば、「キャンドルは燃やし続けねばならない。だが、警察が定めたポリスライン内で、裁判所が指定してくる集会空間内で、保守マスコミが賞賛する平和フレーム内における歓呼と喊声だけでは物足りない。闘いに勝とうとすれば、あるいは相手を驚かしたければ、予測可能なシナリオで進むのは難しい」。(高東民「労働者、キャンドルと出会う」57頁)これは原論上、正しい言葉だ。だが、キャンドル・デモの平和的で、たぶんに祝祭的な性格こそ、最も「相手を驚か」した集団知性の成果ではないか。「朴槿恵後を悩む既得権勢力には、キャンドルの民心がいつ平和集会のフレームから脱するかが本当の恐怖なのだから」(同頁)という診断も半分は正しい。一方で、彼らが4・19のような激烈な大衆行動を気にもしようが、「暴力デモ鎮圧」という手慣れたフレームこそ、彼らが希望することでもある。
  5. マスコミ報道でよく言われる概略的な数字だが、大統領が職務遂行時に「間違った」という評価と、弾劾審判を前にした状態で弾劾に賛成するか否かは区別しなければならない。最近の世論調査では、大略15%内外が弾劾に反対すると伝えており、朴槿恵退陣後のキャンドル革命の完遂を妨げようとする勢力は、それ以上の可能性が高い。
  6. 例えば、拙稿 「大きな積功、大転換のために」、白楽晴他著『白楽晴が大転換の道を問う:大きな積功のための専門家7人のインタビュー』(チャンビ、2015年)、22~26頁を参照。
  7. 金錬鉄「まだ行くべき道は遠い」、ハンギョレ、2016年12月12日、27頁。
  8. 金錬鉄教授自身も、韓平アカデミーの講義後の討論で、「誰」を考え始める時だという点に同意した。
  9. 例えば、拙著『2013年体制づくり』(チャンビ、2012年:日本語版は『韓国民主化2.0』、岩波書店、2012年)、73~75頁。
  10. 「キャンドル共同政権」は、朴元淳ソウル市長が主張したスローガンだが、次期政権は誰が当選しても与小野大が不可避なので、改革課題の遂行のために与野党を超える幅広い「連政」が必要であるという、安熙正忠清南道知事の発言もそれと一脈通じる。「キャンドル共同政権」が確かに既存の野3党の共同政権に局限されるべき理由はないからである。だが、「大連政」は話が違う。通念上、大連政とは二つの巨大政党の連立政権を意味するが、安知事はセヌリ党が改革課題に賛同するのが前提だとしても、民主党がセヌリ党と大連政をするのは名分も薄弱で、現実味も乏しい。安定した国政運営のためならば、野3党の「小連政」だけでも国会の過半数が確保され、「正しい政党」まで参加する「中連政」ならば、セヌリ党による国会先進化法の悪用を防いで改憲さえも可能になる。「正しい政党」が参加するのに、選挙に負けて過ちを悔い改めた(?)セヌリ党が参加できないのはどうしてだという論理も可能だが、そういう調子で立法部内の反対派を根絶やしするのが健康な事態かは疑問である。
  11. 拙稿「新年も動きましょう」、『チャンビ週刊論評』(weekly.changbi.com)2016年12月28日、同日のハンギョレに同時掲載(日本語版は『世界』2017年4月号に掲載された白楽晴「今年も動きましょう」252~254頁)。
  12. 少なくとも、大邱地域では朴正熙神話が大きく揺らいでいないことを物語る現場報告として、ハンギョレ2017年1月12日、10頁の記事「朴槿恵が嫌でも左にはいかない……朴正熙の顔に唾するのがシャクにさわる」を参照。
  13. 10年前の文章で私は次のように主張したが、今も基本的に同じ考えである。「朴正熙に対するノスタルジアこそ、朴正熙時代の最悪の遺産に属する。基本的な諸般の権利に対する無関心、人間の苦痛と貧困に対する無感覚、対話と妥協を通じた問題解決に対する拒否感、そして『いい暮らしをしよう』という乞食の哲学以上のすべての個人的または共同体的な哲学に対する無知などを、そのまま内蔵しているのが『朴正熙ノスタルジア』である。こうした遺産は、朴正熙時代に対する適切な判断がなされ、朴正熙また彼の正当な役割が認められるまでは、その病的な作用をやめないであろう」。(拙著『朝鮮半島式の統一、現在進行形』、チャンビ、2006年、第14章「朴正熙時代をどのように考えるか」、275頁:青柳純一訳『朝鮮半島の平和と統一――分断体制の解体期にあたって』、岩波書店、2008年、137頁)
  14. 金南局「改憲、国家主義的な近道の誘惑」、ハンギョレ2017年1月16日、27頁。
  15. 前掲の拙稿「新年も動きましょう」。
  16. 拙著『2013年体制づくり』、「韓国民主主義と朝鮮半島の分断体制」144~147頁を参照。
  17. 韓寅燮「『主権者革命』の時代へ行進するために」、ハンギョレ2016年12月17日、14頁。
  18. 本稿では、別途の論議を自制したが、朝鮮半島体制の変革を志向する国内の改革的な統合路線を、私は「変革的中道主義」と呼んできた。これに対する人々の論議を集めた本として、鄭鉉坤編『変革的中道論』(チャンビ叢書5、チャンビ、2016年)、そして注6)にあげた拙稿「大きな積功、大転換のために」の第6節「何が変革で、どうして中道なのか」(56~63頁)を参照。

〔対話〕 私たちはろうそくを手に取った: 垣根を崩した若者たち

2017年 春号(通巻175号)

〔特集〕「ロウソク」革命、転換の始まり
〔対話〕私たちはろうそくを手に取った
――垣根を崩した若者たち

禹知樹(ウ・ジス)梨花女子大総学生会長
李知垣(イ・ジウォン)フェミニズムアクショングループ「江南駅10番出口」活動家
千雄昭(チョン・ウンソ)「参与連帯」市民参加チーム長
李振赫(イ・ジンヒョク)創作と批評社・季刊誌出版部編集者

 

李振赫(司会) 2016年10月27日、いわゆる影の実力者と言われた、崔順実氏のものと推定されるタブレットPCの存在が報道されて以降、朴槿恵大統領の憲法違反の情況が次から次へと明らかになっています。報道の当日、2万人がろうそくを持って集まったのを契機に、毎週土曜日、光化門広場でろうそく集会が開かれ、わずか2か月の間で累積参加者数が1000万人を超えたという集計もありました。みなさんご存じのように、このような史上最大規模の汎国民的な抵抗によって、昨年末の12月9日、大統領が弾劾訴追され、憲法裁判所の判決によって早期の大統領選挙など、大きな政治的転換の局面を迎えることになった状況です。このように巨大なろうそくの波が、単にタブレットPCという物質証拠、ないし国政介入に対する怒りだけで、一日で爆発したわけではないと思います。「朴槿恵退陣」とともに噴出した「これが国か!」というスローガンでも、これまで朴槿恵政権下で山積した弊害に多くの人々が怒ったことを確認できました。あわせてセウォル号沈没事件にしても、真相究明の運動、江南駅10番出口殺人事件の追悼集会、星州のTHAAD(高高度ミサイル防御体系)反対集会、梨花女子大本館占拠、文化界ブラックリスト真相究明の活動など、各界で不正に抵抗してきた結果が、今回のろうそく集会として噴出しているのではないかと思います。今回の「対話」では、朴槿恵=崔順実ゲート以前から、各自の領域で活動し、ろうそくを持って広場に集まった若者たちと話を交わします。まず各自、簡単な自己紹介をお願いします。

李知垣 私は昨年、江南駅女性殺害事件を契機に作られたフェミニズムアクショングループ「江南駅10番出口」で活動しています。2016年5月17日に、地下鉄2号線・江南駅で、ある女性が殺害された時、多くのマスコミが「無差別殺人」と報道しました。そのようななか、あるネット活動家が投稿で「これは女性嫌悪殺人だ」と指摘し、この問題意識に共感した人々が全国的に3万5千枚余りのポストイットメッセージを集めるという、フェミニズム運動が起こりました。このことを通じて、「女性嫌悪」という用語が社会的なイシューになったことも、やはり1つの成果だと思います。以前まで、社会に蔓延した性差別を具体的に語る用語がこれといって別途にありませんでしたが、この運動を通じて「女性嫌悪」という用語=武器を得たわけです。もちろん同意しない人もいます。その時を起点に、2016年6月6日、「女性嫌悪に抵抗するみなの共同行動」という集まりを組織し、その後、ゲーム会社ネクソンの声優交代反対運動や堕胎罪廃止運動を行いました。今回のろうそく集会では「フェミゾーン」(Feminist Zone)活動や「フェミニスト時局宣言」「フェミニスト時局討論会」を行いました。江南駅女性殺害事件がろうそく集会の量的拡張に寄与したとは思いませんが、政治的主体として、広場の民主主義を拡張させたのではないかと思います。

禹知樹 私は明確に特定の領域で活動したわけではありませんが、大学に通って着実に学生会で仕事をしてきました。そうするうちに今年は学生会長に当選しました。学校に通う間、毎年、大きな社会的イシューがありました。2013年には国家情報院の大統領選挙介入問題がありましたし、2014年にはセウォル号沈没事件や鉄道民営化が、2015年には国定教科書問題がありました。このようなイシューがあるたびに力を得ましたし、朴槿恵=崔順実ゲートを契機に、ろうそく集会にも参加することになりました。昨年の梨花女子大本部占拠闘争は、今回のろうそく集会にも少なからぬ影響を及ぼしたと思います。梨花女子大の未来ライフ学部の新設をめぐる学校と学生たちとの間の葛藤は、去年の夏から始まっていました。学校の非民主的な行政に反対して集会を始めましたが、その過程でチョン・ユラの裏口入学が表面化し、崔順実という存在が世の中に知られるようになりました。

千雄昭 私は「参与連帯」市民参加チームで活動しています。今回のろうそく政局では、「朴槿恵政権退陣、非常国民の行動」(退陣の行動)に派遣され、執行・企画チームにいます。活動期間は9年ほどで、これまで何度もろうそくを持って広場に行きましたが、そのたびに成長しているという印象を受けています。

 

一千万のろうそくと新たな民主主義

 

李振赫 現場で参加した方々も、テレビを通じて見た方々も、みなさん感じられたでしょうが、今回、ろうそくを持って集まったものすごい人波は、本当に驚くべきものでした。そのうえ、類例のない多様な年齢や多様な階層が集会に参加しました。どうしてこのようなことが可能だったのでしょうか?

千雄昭 予想できないほど多くの人が集まった事実と同様に、驚くべきだったのは、彼らがが持続的にろうそくを手にしたということです。おっしゃった通り、多様な階層や年齢が、それぞれ異なる契機や経験をもとに、ろうそく集会に参加しましたが、集会が繰り返されながら、互いに影響を受けた側面があるのではないかと思います。最初は互いにギクシャクしました。これまで蔓延していた男性中心的な発言や、少数者が疎外される集会文化に対する批判ないし受容が肯定的なエネルギーとなり、ろうそく集会のもうひとつの動力になったようです。互いに対する信頼が強くなったとでもいいましょうか。いまや単に長年の弊害を清算するという次元を越えて、新たな社会を夢見るところにまで発展していきつつあると思います。

禹知樹 大学の休みの間に、梨花女子大の多くの学生たちが学校で集会を行ったのは、崔京姫前総長に対してこれまで積み重なった不満が一度に爆発したのだと思います。ろうそく集会も似ていますが、李明博政権、朴槿恵政権と続きながら、積み重なった怒りが集結したような感じです。また「ヘル朝鮮」や「土の匙」のような用語でもわかるように、若者たちの生活がますます苦しくなっている世の中です。若者世代にとってチョン・ユラ特別入学は、特に怒りを誘発するものだったようです。このように、なんとか毎日を耐えてきたのに、結局、いい暮らしをして何事もうまくいく人は、すでに決まっているのだというところから来る怒りです。

李知垣 486世代は1987年の6月抗争を経験して以降、自らの手で民主主義を達成したという感覚を共有していると思います。ですが、今回の朴槿恵=崔順実ゲートを通じて、韓国社会の民主主義が虚像だったということを確認しました。486世代のような場合、そのことに対する怒りが、ろうそく集会に参加するようになった要因ではないかと思います。その次の世代は、韓国社会が民主主義社会として、少なくとも機会の均等は保障されているという信頼をもって、若者の失業、長時間労働、低賃金の社会を文字通り「ノー力」といいながら耐え、そのような信頼がこわれたということに敏感に反応したと思います〔「ノー力」:韓国語の「努力」(ノリョク)と英語の「ノー」をかけた言葉。個人の自己責任や努力を強調する既得権層の新自由主義的な発想を揶揄する若者用語――訳注〕。おっしゃったチョン・ユラ特別入学とともに、李在鎔(イジェヨン)のサムスン三代世襲の問題も重要です。朴槿恵=崔順実ゲートを通じて、サムスンの三代世襲が賄賂を代価に得られた特典であることが明らかになりましたが、このようなことを見ながら、韓国社会に機会の平等が保障されていなかったということを、新たに確認することになったんです。

李振赫 「サムスン共和国」という言葉の存在が、無駄ではなかったようです。朴槿恵=崔順実=李在鎔の贈収賄罪の「共犯」疑惑は、憲法第1条第1項「大韓民国は民主共和国である」に正面から違反した違憲的犯罪行為ですが、実際にきちんと立証されるかは不透明です。李在鎔に対する逮捕令状の棄却の時に集会参加者が増えたのも、そのことに対する不安や怒りが表出されたものだと思います。この問題は今後も関心を持って見守るべきでしょう。

さきほどのお三方のお話しを総合すれば、平等でない社会に対する怒りがろうそく集会を触発したために、「誰も疎外されないデモ文化」はそれ自体としてろうそく集会の動力であったという見方が可能だと思います。これほど大規模な人波が集まって、ついには大統領弾劾訴追案の可決に決定的な力を加えたという点で、直接民主主義の可能性を開いたという見解もあります。みなさんが共通して言及した「平等」は民主主義の基本原則です。韓国社会で手順を踏んだ民主主義が進展しましたが、民主主義の問題はいわゆる「生活」の問題よりも後回しだったのは事実です。ですが、世論調査機関のリアルメーターが今年の1月、次期大統領選挙の時代精神はいかなるものかと問う世論調査をしたところ、「正義」「統合」「公平」「民主」の順で高かったといいます。つねに上位を占めてきた「安保」「経済」などのキーワードが上位でなくなったわけですが、このこともまた、今、国民が民主主義の基本原則を正すことを渇望している証拠ではないでしょうか? 今回の集会を通じて、新たな民主主義の可能性に対して考えられたかと思います。

千雄昭 今回のろうそく集会の過程では、実際に直接民主主義がかなり具現されました。スマートフォンやSNSで可能になった双方向の疎通が、新たな流れを作り出した面もあると思います。過去のように、特定団体が集会を主管して大衆を動員する形ではなく、最近は市民が、集会を準備する執行部に有形無形の圧力を加えています。演者の発言も過去にはほとんど執行部が決めたとすれば、今回のろうそく集会では、自由発言が相当数配置されました。反面、オンラインでは既成政党や政治がきちんと作動しないという問題意識において、ネット市民が直接代表を選ぶ「市民議会」が急速に進み、市民の共感を得ることができずに失敗した事例もあります。もちろんこれは初めて試みられたことですから、その性格や意味を、中途半端に判断することはできません。民主主義というものは失敗する自由もあり、また、失敗が意義ある経験になったりもするからです。ですが、あまり用心深くてもだめでしょう。

李知垣 ろうそく集会というのは永続的には存在し得ないものでしょう。ですから、広場で活発な直接民主主義が続くことは難しいでしょう。ですが、多くの人々が今の代議制民主主義をきわめて狭いものと考えているようです。4年に1度や5年に1度、代表を選べば、彼らが何をしようと、その中間には市民が介入する方法がほとんどありませんから、大統領の権力を分散しながら、その権力を、地域や周辺部に再分配する作業が必要です。大統領だけでなく両党体制に対しても懐疑的です。政治は交渉の過程であるべきですが、まずもって交渉が不可能な構造ですからね。今は意外と多党制になっている面もありますが、実状は、保守的な4つの党が議会で多数を占めています。次第に弱まっていく少数政党が、より多くの発言権を持つことができる選挙形態、たとえば、連動型比例代表制のようなものを導入する必要があると思います。選挙権や被選挙権の拡大も、やはり権力の再分配のための課題の1つだと思います。今のような平均年齢55歳の男性中心の国会は、自然と「非障害者・異性愛者・中年男性」の見解が中心にならざるを得ません。

禹知樹 今回のろうそく集会を契機に、民主主義に対する討論がさらに多く行なわれればいいと思います。これまで考えられなかった話も出てくればもっといいと思います。代議制民主主義の限界も、自らの考えの表現に注意する必要がなくなった状況で、気付くことになったわけですから。これまで自らの考えを直接表現するためには、数多くの人がろうそくを持って広場に出るしかなかったとすれば、いまは、ろうそくがなくても、そのような意見表現が可能になるべきだと思います。政治制度においては、比例代表が大きく拡大すべきだという立場で、その過程で、選挙権・被選挙権の範囲も広くなりうるだろうと思います。

 

私たちみなのセウォル号

 

李振赫 これまで代議制民主主義の限界を指摘し、新たな方式を提示するたびに実現されませんでした。その理由は、「非効率」「高費用」「非理性的判断」「従北(北朝鮮追従)」などが代表的なものでしたが、今回のろうそく集会は、新たな民主主義も「やってみたらできた」ということがわかる契機になったようです。それほど非効率的でも非理性的でもなかったんです。直接民主主義の発展のためには、地域単位でも政治参加が活発化されるべきだと思いました。そのことを提示する制度改革が、中央レベルで議論される政府の形態や選挙制度に劣らず重要だと思います。また、広場の中で行なわれたことについて少し話しましょう。私は今、光化門広場を考える時、最初にセウォル号のことが思い出されます。セウォル号沈没事件は、大統領の空白の7時間の問題以外にも、これまで3年間、韓国社会の最大の懸案でしたし、今回のろうそく集会の重要な契機となりました。集会の参加者のひとりが「2014年4月から、少しも自由になれませんでしたが、今回のろうそく集会を契機に、一歩踏み出した感じです」と所感を明らかにしたのも印象的でした。ろうそく集会で、セウォル号はどのような意味を持っていたのでしょうか?

禹知樹 多くの人々が2014年4月16日に自分が何をしたのか覚えていると思います。あの時、どのような感情を抱いたかも思い出せるでしょう。多くの人々が「自分が事故に遭っても、国家はあのような形で対処するだろう」と思って絶望しました。セウォル号事件は「誰もが災難に遭う」という不安が、国家システム自体に対する不信として拡がった契機であり、このシステムを変えるべきだということが、明らかにろうそく集会の起爆剤になったと思います。2014年に12万人規模で追悼集会があった時も、実際に本当に多くの人が集まりましたが、いまや120万人が集まる状況にまでなりました。彼らの大部分が、セウォル号に対しては基本的な共感があるだろうと推測します。

千雄昭 ろうそく集会を企画しながら、できるだけ自由発言の演者の重複を避けますが、それでも最も発言した方々がセウォル号の遺族です。市民も常にセウォル号の遺族には大きく呼応しました。私は、セウォル号事件が、自分たちが失った共感能力を拡張する契機になったと思います。1997年のIMF金融危機以降、韓国社会で、他人の苦痛と他人の生に対して共感する能力が落ちたと思います。このようになったのには、社会的な強要もありました。代表的には、KBS芸能番組でタレントのカン・ホドンが毎日叫んでいた言葉があります。

李知垣 「自分でさえなければいい」(笑)。

千雄昭 そうです。「自分でさえなければいい」が流行語になったのも、共感能力の喪失を端的に示す事例です。セウォル号事件が与えた衝撃があまりにも大きかったために、2014年当時、追悼集会には1、2万人ほどしか集まりませんでしたが、セウォル号自体に対しては全国民が悲しみを共有したと思います。その悲しみが今回のろうそく集会の根底で怒りに変わったと思います。私たちの先輩世代にとって、1980年の5・18光州事件が心の負債ならば、今、市民はセウォル号事件に対してそう考えているようです。

李知垣 セウォル号は人間を利潤に置き換える資本主義の素顔、それと結託した国家、そしてその後に目撃された国家暴力までを総体的に示した事件だと思います。2014年の「じっとしていなさい」〔沈没船の船長が呼びかけた船内放送のメッセージ―訳者〕というスローガンは、実際にこれ以上じっとしていられないという、反省的な叫びの性格が強かったでしょう。当時、韓国社会が集団的な鬱病を経験したと思いますが、今はその時の市民が憂鬱から抜け出して、このように世の中を変えようと広場に出てきたのだと思います。このことが可能だったのは、2014年4月16日以降、一時も休まずに戦ってきたセウォル号の遺族、そして彼らと行動をともにした人々がいたためでしょう。

李振赫 ルソー(J. J. Rousseau)は「憐憫の限界が社会の境界」だと言いました。それが正しいとすれば、韓国社会は、セウォル号事件の痛みをともに体験し、その境界がひろがったと思います。ある評論家は、社会が拡張する証拠を、今回のろうそく集会が守る非暴力の基調において見出します。12月3日にあったことですが、孝子洞治安センターの前でデモ隊1人が倒れたら、すぐに警察バスの上にいた警察が、低体温症を防ぐためにホットパックを投げたといいます。警察とデモ隊の間に暴力が行き来するのではなく、共感が形成されることを、いいこととして考える視角が絶対多数のようです。ですが、平和デモに対する問題提起もつねに伴いました。「「優しいデモ」は多くの人々の呼応を得ることは容易だが、それが影響を及ぼしうる範囲は制限的」(藤井たけし『ハンギョレ』2017年1月1日付)という分析もありました。みなさんは平和デモについてどう思いますか。

 

「平和」デモ、どう見るべきか

 

李知垣 様々な人々が言ったように、この「平和」がはたして誰の立場における「平和」なのか考えなければなりません。集会に参加する人々は、国家システムと国家政策に反対して集まったわけですから、集会の目的は当然そのシステムを一時停止させることになります。今回のろうそく集会が平和デモを標榜したのには、「公権力の立場で学習された平和」が大きく作用したと思います。2015年に亡くなった農民のペク・ナムギ氏が倒れた時、数多くの人々がこの驚くほどの「暴力性」に注目しました。ただ、各自が注目する暴力の主体が違いましたが、多くの人々がデモ隊の暴力を強調すると同時に、法秩序の維持のための正当な手続きであるという免罪符を、国家暴力に握らせました。その次に作られた野党の国会議員の人間バリケードも寸劇でした。それが本当にデモ隊を守るためではなかったということは、その後、途方もなく多くの人々が連行されて警察の取調べを受けたという事実が物語っています。2015年の記憶は、システムを一時停止させるために広場に集まった市民が、国家に反対する小さな行動をしただけで非国民に置き換えられるという、だからこそ国家から保護されないということを学習した過程だったと思います。このように内在化された規律が、今回のろうそく集会の広場の中にもあったと思います。私は市民が、バリケードを作った装甲車に花のステッカーを付けて、後で直接はがしている姿を見てずいぶん驚きました。国家に反対する小さな行動も極度に警戒する姿のように見えました。もちろんそれが完全に否定的というわけではありません。市民が自らの市民性を確保するための手段であると考える余地もあるからです。ですが、本質的に今回の非暴力基調は、「平和」が国家の立場で学習されたためだと思います。

千雄昭 実際に集会の基調というものは、執行部が決めるからといって、かならずしも人々が従うわけではありません。今回の集会に参加した市民には、平和に対する確固たる意志があったと思います。もちろんおっしゃられた学習効果はありましたが、それよりも保守マスコミや守旧勢力にいかなる口実も与えないという意志の方が大きかったと思います。朴槿恵=崔順実ゲートは、国家に当然備わっているべき制度が、自らの役割を果たせなかったために炸裂しましたが、逆説的に集会の現場では、最小限の制度が役割を果たしたので、数多くの人々が非暴力を続けていけたと思います。今はあまりにも自然に光化門広場を使っていますが、実際に広場が自らの役割を果たすことも容易ではありませんでした。警察は持続的にデモ隊の暴力を誘発するために、俗っぽい表現で「加減を加える」こともありましたし、集会の申請を許可制で運用しながら許可しませんでした。そのような状況で、裁判所が、市民団体の出した執行停止仮処分を認容するなど、劇的な契機があったために、広場はずっと開放された状態を続けることができました。その過程で、大統領府の100メートル手前まで無血入城が可能だったんです。ろうそく集会が長期化して、人々は疲れることもあったでしょうし、平和集会の基調に懐疑を感じることもあったと思います。ですが、ろうそくの力は、弾劾訴追案を圧倒的に可決させ、最初の憂慮とは異なり、特別検察チームが善戦しているのも、ろうそくの力のおかげです。このような好循環を見て、市民も、自分たちが平和基調を維持してもいいだろうと考えたと思います。

禹知樹 以前、集会に初めて出かけた時、とてもこわかったことを思い出します。警察も威嚇的でした。私は、非暴力というものが、市民には集会に参加するかどうかを決めるとても重要な要素でもあると感じました。実際に今回、非暴力の基調が、多くの人々が共に行動するいい契機になったと思います。ただ、根本的に、誰が平和を叫ぶのかという違いはあるかもしれません。国家はつねに非暴力を要求します。さらに時には記者会見場でスローガンを叫ぶことが、暴力として規定されるほどです。結局、集会および示威に関する法律にきちんと従えということですが、このようなものに順応することも、平和に向けた強力な意思表現と見ることができるかは疑問です。

千雄昭 この問題について書かれたコラムを見ると、非暴力について批判的に語った場合が多かったようです。私は今の非暴力が、誰かが規定して強要したものではないことは、自信をもって語ることができます。平和は、広場に集まった市民が自ら選択した「戦略」であり、その選択は依然として有効です。

李振赫 これまでの集会には、いつも装甲車で作られた壁があって、市民はその壁の向こう側の相手に向かって突進する形でした。反面、今回のろうそく集会に参加した市民には、彼らが足を踏みしめている広場自体が、壁の向こうのいかなる存在よりより大きな意味があったために、非暴力が可能だったとも考えられるでしょう。人々が多く集まれば、暴力的になる人たちもいるものです。今回もパトカーの上に上がったり、警察と物理的に衝突する人もいましたが、そのたびに出てきたスローガンは、「後に、後に」でした。千雄昭さんの話でいえば、この集会が「暴力的」に流れる時、さらによくない状況がくるだろうということを市民が知っていたし、それによって平和を「戦略的に選択」したのだとも考えられます。

千雄昭 平和集会が可能だったのは、裁判所の決定が一助したのは正しいですが、何よりも広場に集まった人々の数字が、これまできちんと作動しなかった制度を動かすのに最も大きく作用したようです。制度が力を発揮するのを見ながら、市民が自信を得て、だから、大変だけれども、この次もまた来ようと考えるようになりました。もちろん、弾劾案が否決されたとすれば、非暴力の基調は変わったかもしれないでしょう。ですから、この戦略的な選択は、これまで有効だったために選択されているもので、いつでも変わりうるでしょう。

禹知樹 お話しを聞いてみると、戦略的な選択でもあると同時に、そのような「戦略」も、ある種の運動論に限定されているのではないかと思います。「戦略」というものを、何かを達成するための手段や方法として見るならば、「非暴力戦略」は、不法と暴力という誤解を避けるために選んだことになるでしょう。ですが、不法と暴力という誤解をそっくり認めたという点が、むしろその運動論に限定されていることでもあるだろうと思いました。

李振赫 「平和集会」に対しては、多様な評価と意見があるだけに、今後もずっと考えるべき問題ではないかと思います。今回のろうそく集会が終わっても、この議論が続くように祈りたいと思います。非暴力の基調とともに、マスコミにしばしば登場したのが、多様なパロディに代表される風刺と諧謔でしたが、今回の集会で特に印象的だった場面として、どのようなものがあるでしょうか?

千雄昭 まず、既存の運動圏の秩序に抵抗する、数多くの旗がありました。「カブトムシ研究会」ようなものです。私は、この旗が今回、突然、登場したものではないと思います。2008年に、いわゆる「明博山城」というコンテナの壁が光化門に作られました。その時、明博山城の前にスチロールで階段を作って、これを飛び越えるかどうか、デモ隊の内部で何時間か大討論を行いました。あの時は運動圏が主導する集会に対する不満があり、それが大討論会でも如実にあらわれました。「旗を降ろせ」というスローガンまで出るほどでしたから。今回は旗を降ろせとは言わずに、むしろ「そうか? 私たちにも旗があるぞ」というように、誰でも旗を掲げ始めたという違いがあります。とりわけ、既存の団体のパロディ多かったのが印象的でした。民主労総(ノチョン)をパロディにした「民主墓塚(ミョチョン)」や、アムネスティをパロディにした「ハムネスティ」のようなものです。

李知垣 女性を卑下した歌詞で物議をかもしたDJ DOCの公演が、「一部女性団体の抗議でキャンセルになった」という新聞記事が出てから、韓国女性民友会で「一部女性団体」という旗を掲げたりもしました(笑)。ですが、風刺や諧謔も、どのような観点で見るかによって、ある人たちに対しては暴力になりうるのではないでしょうか? 今回のろうそく集会で、風刺と諧謔であるとして登場した「病身女」や「鶏女」のような言葉も暴力になったりします。

 

デモと女性・少数者の人権

 

李振赫 実際に「平和だった」「連行者がいなかった」「おもしろかった」のような称賛がすべてを言い表すわけではありませんでした。おっしゃった通り、大統領の生物学的な性別が女性という理由で、女性卑下があちこちで登場しましたし、身体の接触のような性暴行もありました。こうしたことはみな暴力の範疇に入るでしょうが、そのような面は強調されなかったようです。

千雄昭 誤った発言や女性・障害者への卑下が最初は多かったと思います。ですが、私は、そのことに対する問題提起を、市民がいち早く受け入れたと思います。退陣の行動でも、演壇に立つ発言者に、事前に社会的弱者に対する暴力や嫌悪発言をしないように案内していました。それでも発言の途中で、そのような言葉の暴力が実際に何度もあったわけですが、そこに問題提起があるたびにいち早く受け入れていました。発言者がすぐに謝ったり、司会者が誤った点を指摘したりもしました。その過程で私たちのデモ文化が一段階発展した面もあると思います。現場での手話通訳のような部分も、今回の集会で目立って変化した点でしょう。

禹知樹 おっしゃったようなことがあったにもかかわらず、私はこの地点だけは、韓国社会がどのような状況なのか直視できたと思います。江南駅での女性殺害事件以降、女性嫌悪に対する問題がかなり公論化されましたが、依然として解決にはほど遠いことを感じました。ただ一方で、そうであっても、私も今回のろうそく集会自体は、鼓舞的な側面がより大きかったと思っています。そのような問題提起があるということを、あるいはあり得るということを、100万人を超える人々が現場で直接体験したからです。私も新たにいろいろなことを実感しました。

李知垣 他の見方をすれば、当然の話ですが、ろうそくデモを単一のアイデンティティとして一緒にすることはできないと思います。その内部を横断する多様な立場や観点があるからです。広場内部のフェミニスト同士が集まって、集会に参加した「フェミゾーン」が形成されたのも、現時局をフェミニズム観点から批判したフェミニスト時局宣言をしたのも、そのようなアイデンティティを示そうとする試みでした。事実、100万人ぐらい集まれば、そのような形の暴力が発生するのは、あるいは自然なことでもあります。そのために自らの言葉や行動に対して、さらに多く省察するべきでしょう。ただ、嫌悪発言などに対する指摘や制裁はありましたが、それがどれほどの意味を持って受容されたかは疑問として残ります。DJ DOCの公演キャンセルが代表的な事例だと思いますが、他の見方をすれば、歌手がどんな歌を歌おうと、聞きたくないならば聞かなければいいんです。多くの人々がそうせずに、そこに問題提起したことは、ろうそく集会が民主主義の場であり、民主主義と女性嫌悪は共存できないからでしょう。そのような歌詞が広場で歌われることだけは阻むべきだということだったのですが、このことがかなり表現の自由問題と結び付けられて、むしろずいぶん攻撃されました。聞きたければ聞いてもよく、歌いたければ歌ってもかまいません。検閲もありませんでした。でも「親朴フェミ」(=親朴槿恵フェミニズム)という言葉も登場しましたし、「右派フェミニストの陰謀」というような、あきれた非難もありました。それでも私は、フェミニストが広場でフェミゾーンを設けることによって、みなが単一のアイデンティティであるという観点に亀裂を入れたことが意味ある試みであり、このような動きが民主主義を豊かにする過程だと思います。また、退陣の行動の側の人権ガイドラインや障害者への卑下発言に対する謝罪には感心しました。いち早く公演をキャンセルしたのは実際に驚きもしました。

千雄昭 公演1日前に決定されました。

李知垣 キャンセルしろと要求しながらも、内心「このように大規模の公演がまさかキャンセルされるだろうか?」と思っていましたが、実際にキャンセルされました。これがすぐに決定されたのも、運動陣営が肯定的に変わったことを示す事例だと思います。それが可能だったのは、運動陣営の中で、平等という価値に対して持続的に検討しながら、内部的に問題提起してきた方々のおかげだと思います。

千雄昭 私たちは大統領の退陣を主張しながら、前だけを見て進んでいるようですが、実際にはともに行動する人々の意見を傾聴することの方が重要です。多様な意見を聞いて問題意識を公論の場に出すようになったのも、今回のろうそく集会の成果だと思います。以前と同じだったら、「大義があるのに、そのようなことが重要か」と言ったでしょう。このような変化が可能だったのは、誰か特別な人が牽引する集会ではなかったからです。公演のキャンセルも意志決定は早かったですが、このようなことが1日でなされたわけではありません。集会が続く間、着実に女性嫌悪に対する問題提起がありましたし、公演のキャンセルもその延長線上で判断できたと思います。もちろんSNSの影響も大きかったでしょう。過去ならば、このような問題提起を受け入れて正す通路があまりありませんでしたからね。

 

労働運動が疎外された?

 

李振赫 かと思えば、今回のろうそく集会で、既存の労働勢力、あるいは労働活動家が疎外されるという不満もよく聞かれました。これまで大規模な集会の先頭に立った人々ですからね。今回のろうそく集会が、既存の労働運動の主題を吸収した面も明確にあるでしょうが、にもかかわらず、労働者の声は小さかったという意見に対してはどう思いますか?

千雄昭 今回のろうそく集会で、労働活動家も疎外されずに充分発言していたと思います。政治的な立場によって違うでしょうが、私はむしろどちらか一方が過剰に代表されることのないように留意すべきだと考えています。たとえば、演壇に出る発言者を誰にするか、ものすごい論争があります。労働運動の側では労組の代表者を立てようとしますが、市民社会の側では、できるだけどの組織にも属していない一般市民を演壇に上げよううとします。もちろん、これまで労働運動が歩んできた足跡は心から尊重し、労働活動家の思いも理解しますが、むしろ初めて来た市民に多く機会を与えて、「自分たちが作っていく」という感覚を与えるべきだと思います。実際に、集会をモニターしてみると、最も呼応のいい演者は青少年でした。青少年は聴衆に説明したり教えようとしません。自由発言者の選定時に、性別や年齢など多様な要素を考慮したので、そのような印象を受けたのかもしれません。

李知垣 労働者と市民は別個の存在ではないでしょう。また国家システムに対する問題提起には、必然的に資本と労働という領域が含まれるでしょうが、このことは労働活動家が着実に声を出してきた領域でしょう。マスコミや権力によって作られた、運動圏に対する深い不信や嫌悪の情緒が、今回のろうそく集会でもいつの間にか作動したのではないのかと思います。「平和集会」が学習の結果であるという側面があるだろうと申し上げましたが、この問題も同じではないか思います。

禹知樹 今回のろうそく集会は、多様な人が参加しただけに、各自の色をある程度抑えながら合わせていった面もあると思います。かならずしも労働運動の側が疎外される構造が作動したわけではありません。実際に民衆歌謡や「闘争」というスローガンよりは、今回の集会に出てきた大衆歌謡は、多くの人々がいっしょに歌うのに相応しかったとも思います。労働者も農民もフェミニストも、各自の声だけを出すのではなく、できれば多くの人にともに話を伝えようとする過程で、否応なく、すでに最も大きな役割をしてきた労働運動が疎外された印象を受けてしまったのではないでしょうか。

千雄昭 この問題に対しては、ろうそく集会が終わっても、考え続けるつもりです。一例として、蔚山(ウルサン)で今回、大きなろうそく集会がありませんでした。蔚山は労組組織率が高く、慶尚道地域なのに、いつも進歩政党の国会議員を当選させてきたところですが、今回見ると、他の地域に比べて集会規模がかなり小さかったようです。中途半端に理由をあげることはできませんが、今後、注意深く探求すべき問題だと思います。

 

「応戦」集会? 戒厳令を語る人たち

 

李振赫 ご存じのように、親・朴槿恵の団体も大規模な集会を行っています。日当を与えて人を動員している情況が伝えられ議論になっています。マスコミではこれを「応戦集会」「太極旗集会」などと表現します。太極旗がどちらか一方の象徴になったのも妙なことですが、実際に、11月には光化門広場の露店でろうそく類だけが売られていましたが、親朴集会が続いて、ろうそくとともに太極旗を売るところが増えたようです。それだけ太極旗を持って集まる親朴集会が大きくなっているのは事実ですが、これをどう見られたか気になります。

禹知樹 「応戦」という用語は、既得権が親朴集会を正当化するために作った用語ではないでしょうか。相手がろうそくをとったから、それに対抗して応戦する、というような形でです。そしてマスコミがそれに加勢して、あたかも同じ規模のように画面や紙面を構成しています。太極旗と星条旗が一緒にはためいている不思議な集会なので、その内容に対して真面目に語る必要はないと思うんです、問題は彼らの暴力性です。私は光化門広場でしばらく司会をしていましたが、その時「朴槿恵を思慕する集い」のグループが、スピーカー線を抜いたりして集会を妨害しました。大小の物理的衝突があったということも聞いています。

李知垣 戒厳令を宣言するべきだ、軍隊を動員してすべて撤収させるべきだといった主張は本当に衝撃的でした。「応戦集会」というよりは「太極旗集会」と呼ぶ方が適切だと思いますが、その太極旗が示す象徴性があります。太極旗集会に参加する人は、おおよそ50代以上で、強力な国家観がある人たちだと思います。韓国が貧しかった時期から自らの手で社会を作り、この国を作ったという自負がある人々でしょう。でも、ひょっとしたら、今、最も貧しい世代でもあります。運動家である私にとっては説得の対象でもあります。その人たちが社会に接する形は、まず最初が総合編成チャンネル〔李明博政権期に、地上波と同様にニュースから娯楽番組まで編成することを許されたケーブル放送局の総称。朝鮮日報、中央日報、東亜日報などの新聞社がその主体だが、内容はおおむね右派的で保守勢力の主張に近いとされる――訳者〕、その次に村や宗教などの共同体ですが、彼らが皮膚で感じられるほど、進歩陣営の中でも地域と世代に対する具体的な代案が必要だと思います。彼らをひたすら暴力的で無知であると片付けていてはいけません。ろうそくを持った人々も、彼らとともに語り合う接点を増やしていくことを考えるべきでしょう。

千雄昭 そのような集会に参加する人々に「保守」というレッテルを付けるのは難しいと思います。私は不正腐敗を保護する勢力だと考えています。親朴集会は結局、特定の運動論を形成するための試みだと思います。地域葛藤、理念葛藤、世代葛藤を煽ろうとする試みだと思いますが、最大限そこに巻き込まれてはならないと考えています。警察も、親朴集会の参加者の集計には甘く、ろうそく集会には厳しいですが、そのようなことにも気を使うべきではないと思います。

 

ろうそく集会が成し遂げたこと、成し遂げるべきこと

 

李振赫 今回のろうそく集会に対する呼称が多様です。「ろうそく集会」が一般的ですが、「ろうそく抗争」や「ろうそく革命」という場合もあります。そのうち、「ろうそく革命」という呼称には示唆することろが多くありそうです。このろうそくを、革命的な変化を作る契機にすべきだという思いが投影された呼称であり、あるいは、すでにろうそくがそのような変化をもたらしているという診断でもあります。「ろうそく革命」という表現に対してはどう思いますか。

千雄昭 私は「革命」と呼んでも過言ではないと思います。政治や制度がきちんと作動しない状況において、市民が広場に出て、それを機能させるべく導いている側面があるからです。しかし、今後の方が重要です。このろうそく集会をどう発展させるかによって、「革命」の前につく修飾語はかなり変わりそうです。「未完の革命」や「中途半端な革命」になることもあるからです。

李知垣 朴槿恵大統領に対する弾劾案が、国会で圧倒的に可決されるにあたって、ろうそく集会が及ぼした影響を考えれば、革命的な力が明確にありました。でも今回のろうそく集会を「革命」と呼ぶのは難しいと思います。弾劾決定は憲法裁判所にかかっていますが、憲法裁判所は国民を代表するものではありません。大統領の退陣に対する総体的な権限が、より広範な民主主義の領域から外に出て、司法体系の狭い部分に移行してしまった感があります。国民を代表する国会の聴聞会の権威を考えれば、このような思いがより強くなります。証人がきちんと出席もせず、簡単に偽証して……、今回のろうそく集会を「革命」というためには、ろうそくの力が直接的に朴槿恵大統領を引き下ろすべきでした。もちろん弾劾裁判もろうそく集会も進行中なので、いくらでも変わりうるのですが、これまでの状況をみたとき、「革命」と評価するには中途半端な面があるということです。朴槿恵政権の反逆者であった黄教安が大統領の職務代行をやっているのも、そのような部分を示していると思います。

禹知樹 100万のろうそくの力が、抵抗の根拠地だった光化門広場を、誰でも自らの望むスローガンを叫べる空間に開放したとき、「第2線に後退」とか「挙国中立内閣」などといって顔色をうかがっていた野党が、「即刻退陣」を叫ぶようになった時、弾劾訴追案が可決された時、このすべての過程がろうそく革命ではなかったかと思います。政界は、続々と押し寄せるろうそくの顔色をうかがわざるを得ない状況であり、それによって、逮捕されることなど予想できなかった金淇春(キムギチュン)のような人物まで逮捕されました〔金淇春――1970年代に在日韓国人留学生スパイ事件を操作し、文世光事件で被告の自白引き出しに貢献したとされる。その後、検察総長や法務部長官、国会議員などを歴任。議員時代には武鉉大統領弾劾審判の訴追委員などもつとめた。朴槿恵政権では第2代大統領秘書室長(2013.8-2015.2)。崔順実など国政介入事件の関連で2017年1月に逮捕・拘束された。――訳者〕。これほどであれば、一次的にはろうそく革命が達成されたと思います。ただ仕上げをどうするか、社会システムをどこまで変えられるかが、ろうそく革命を後に評価する重要な要素になるだろうと思います。大きなろうそく革命だったか、小さいろうそく革命だったか。ろうそくが変えた範囲によって、このような呼称がつくだろうと思います。

李振赫 李在鎔の逮捕状申請が棄却された時、多くの人々がろうそく集会の無力を感じたと思います。今、韓国社会は、大統領1人が問題ではなく、財閥の特権とそれにともなう弊害も並大抵ではありません。ろうそく集会が切り開いた改革の糸口がどこまで続くか見守ることも、そして声を出し続けることも重要ではないかと思います。ろうそく集会がいつまで続くかもこれと無関係ではないと思いますが、これがいつまで続き、何を成し遂げるべきとお考えでしょうか?

李知垣 いまや弾劾政局から一段階発展して、大統領選挙政局に進んでいると思います。今後さらにそうなるでしょう。ならばそれだけ、ろうそく集会が永続的ではあり得ないということを、より考えるべきだと思います。おっしゃったように、ろうそく集会の動力がなぜ財閥に及ばなかったかも、さらに確認すべき問題でしょう。ろうそく集会が国家システムに対する問題提起だとすれば、この問題提起は、大統領選挙の政局の下でも持続的に行なわれるべきです。

千雄昭 既存の制度に対する信頼が一部でも回復したことを確認して、はじめて市民が安心できるのではないでしょうか。現在、その起点は、憲法裁判所の弾劾認容でしょう。いまや退陣の行動も、ろうそく集会以降を準備するべきです。「広場の週末」と「日常の平日」の二分法を越えて、広場のろうそくをどのように日常のろうそくにできるか考えているところです。話を聞いてみると、多くの人々は、週末に広場に出てきて幸せですが、日常ではまったく幸せではないと言われます。広場では、社会がいますぐにでも変わりそうな革命前夜で、集まった人々もみな平等に見えますが、日常に戻ると、アルバイトの賃金まで搾取する社長がいるように、不平等と矛盾が今なお残っているからです。

李知垣 ある評論家は「広場の躁症と日常の鬱症」と表現しました(オム・ギホ『私は世の中をリセットとしたい』創作と批評社、2016)。その躁鬱が繰り返されて、心理的にも肉体的にも疲れた状態にあるようです。私もより多くの広場が作られるべきだということに同意します。フェミニスト時局討論会が、小さな広場の一種の形だったと思いますが、その広場はどこでも可能だと思います。互助会の集まりでも可能ですし、オンラインゲームチャットでも可能です。

禹知樹 日常において、このことをどう解決するかは、さらに検討すべきでしょう。私は学生であり、学生会の活動をしているので、そのような「日常のろうそく」や「小さな広場」を作るのが、今年の私の日常かもしれませんが、この公論の場をどのように社会全般に拡張するかは悩みどころです。まず、まもなく本格化するであろう大統領選挙の政局で、どのような方法の直接民主主義が発現できるかに関心を傾けるつもりですが、人々の意見が直接受け入れられて、互いに疎通する様相が見えれば、「日常のろうそく」の可能性もより大きくなるだろうと期待しています。

 

時代の転換を夢見て

 

李振赫 ろうそく集会が大統領弾劾だけに留まっていてはならず、韓国社会の根本的な変化を引き出すべきだという点に、3人の意見が集中したようです。ならば具体的にどのような変化が考えられるでしょうか。10年にも及ぶ李明博・朴槿恵政権の下で破壊されたものがかなり甚大なので、変化が必要な部分もそれだけ多様ではないかと思います。代表的な問題として南北朝鮮の関係があるでしょう。2016年に北朝鮮の第4次核実験の直後、朴槿恵大統領は開城工業団地を閉鎖しました。これにとどまらず、8・15光復節記念式典の祝辞や国軍の日の祝辞では、事実上、北朝鮮の住民の脱北を奨励しました。このために南北関係が一寸先もわからない局面に入り込んだ中で、ろうそく集会が始まって、この傾向がひとまず止みました。これもまた、ろうそく集会の主要な成果の1つだと思います。ですが、核問題をめぐる対立は続いていて、ここにアメリカによるThaad(高高度ミサイル防衛システム)配備の問題が、朝鮮半島や東北アジアに深刻な状況を招く可能性があります。最近では、崔順実が開城工業団地を閉鎖した後、本人の利益のために団地の企業をケニアに移転させようとしたという疑惑が報道されました。以前であれば、「まさか、そんなことが?」と思われたような、きわめて呆れた話すら大衆が聞き流さないのも、一個人や少数の国政介入勢力が、その関係を終了させてしまえるほど、南北間の信頼に亀裂が入ったからだと思います。このような状況を変化させなければ、韓国社会を改革する作業も順調ではないでしょう。また、韓国社会の既得権層の腐敗も、今回、克明に示されたと思います。サムスンに代表される財閥問題をとってみても、朴槿恵=崔順実ゲートが最初に話題になったとき、『創作と批評』誌の「対話」欄で取り上げたりもしましたが(「韓国の財閥、財閥の韓国?」、2016年冬号)、依然として解決の糸口さえ見つかりません。各自「最も重要な変化」を1つずつ示すとしたら何になるでしょう?

千雄昭 何よりも政治が変わるべきだと思います。政治が、私たちの生を変えることができる、最も容易で早い道だと信じるからですが、代議制民主主主義の限界が、昨年、最も克明に見られたと思います。今回のろうそく集会の最も重要なキーワードは「参加」だと思いますが、ろうそく集会の経験が、単なる政権交代を越えて、新たな参加を作り出すことを希望します。以前は投票所に行って投票することだけが参加だったとすれば、いまや私たちは、自らの声を候補の公約に反映させるなど、より広い参加を実現する動力を得たということです。

禹知樹 私も、政治の変化が、最も効果的に多くのことを変えると思いますが、政治を変えることによって、最初に成し遂げるべきは機会均等だと思います。今、若者の世代が「懸命に生きてもよくなることがない」という思いに陥っているといいますが、これはチョン・ユラ事件を見てもわかるように、まったく根拠のない敗北主義と片付けられるものではありません。「努力しただけ代価を得る世の中」を作るのに、政治が寄与する余地は大きいと信じます。とりわけ個人的には、生活の問題が政治と無関係ではないことを切実に悟りました。若者の世代がより活発に政治に参加して声を出すことが重要だと思います。

李知垣 何よりも韓国社会で長く続いてきた開発主義、成長主義、そして勝者独占の体制を変えることが重要だと思います。いまや、そのようなことを克服して、生態主義やフェミニズムのような多様な価値に対して考える時だと思います。家父長制の問題を指摘したいと思いますが、この時、家父長制は単に家庭内に限定されるものではありません。国家が家父長であり、国民がそれに従属した存在であることによって、疎外されてきた人権や労働のような様々な価値を見守るべきだということです。もちろん家父長制の下で必然的に存在してきた女性嫌悪も反省するべきでしょう。

李振赫 今後も続くろうそく集会にどのように参加するか、また、ろうそく集会以降、どのような活動を作るか、考えるべき課題が多いと思います。各自の苦悩や確信を分かち合いながら、今日の座談会を終えられたらいいと思います。

禹知樹 私は大学生なので、大学生の立場で申し上げます。朴槿恵政権の下で施行されてきた教育政策を1つ1つ点検してみるつもりです。大学を飼い慣らそうとする政府の露骨な試みが全面的に出てきたからです。また、大学生の政治参加が、最低賃金の問題から雇用問題まで、様々なイシューに影響を与えることができると思います。梨花女子大も含めた大学連合で共同要求案を想定し、大統領選候補に伝えて、直接討論する方式についても考えています。李明博大統領も朴槿恵大統領も、候補の時期に授業料半額化を掲げ、きちんと施行されることはありませんでしたが、当事者の立場で私たちの要求を集約してみるつもりです。

千雄昭 広場に集まった市民の参加が、公的領域に対する参加にどのようにつなげられるか考えています。そして何よりも、今回のろうそく集会が終われば、集会を含めた全体の過程を、きちんと注意深く点検するべきです。フィードバックもかなりあるでしょう。市民運動の陣営が市民と疎通する能力、また共感する能力を育てるために、このような作業が重要だと思います。全体的に大きく成長できる契機になるだろうと希望します。

李知垣 フェミニズムは多様性、平等、人権のような価値を語る学問であり運動です。運動はともに行なう時、より大きな意味になります。今回のろうそく集会の過程で新たに登場したフェミニストの主体、またすでにフェミニズム運動を続けてこられた方々とともに、フェミニズム政治がいかなるものであるべきかについて考えてみるつもりです。単に国会に女性議員が多くなることがフェミニズム政治ではありませんからね。大統領選挙の過程でも、大統領選挙以降も、議論が続いて、フェミニズム政治というものをともに作っていきたいと思います。

李振赫 長時間、お話し下さってありがとうございます。今日、確認したことを、新年にみな達成できればと思います。(2017年1月24日、創作と批評社・細橋ビル)

(訳=渡辺直紀)

 

「2℃」と人類の未来: 技術楽観論批判を批判して

2017年 春号(通巻175号)

「2℃」と人類の未来
――技術楽観論批判を批判して――

安秉玉(アン・ビョンオク)
気候変化行動研究所所長、市民環境研究所所長。著書に『ある地球主義者の視線』、『白楽晴が大転換の道を問う:大きな積功のための専門家7人インタビュー』(共著)などがある。ahnbo21@hanmail.net

 

  1. 気候楽観主義の三つの分岐点

 

国の内外で展開される気候変化の論議を見てみると、多様な背景を持った楽観主義と出会うこととなる。その中で際立って注目を引くのは「疑いを売る商人たち」と呼ばれる気候懐疑論者たちの視角である。 1 アメリカのハートランド研究所(Heartland Institute)とカトー研究所(Cato Institute)など、懐疑論の拡散に先駆けした右派シンクタンクたちは、最近「気候楽観論者」に変身した。彼らはもう気候変化を否定しない。ただ「心配する必要はない」と言うだけである。彼らは地球温暖化の効果は陰性的フィードバック(negative feedback)によって相殺されるので、地球の気候は人間が噴き出す温室ガスに敏感に反応しないと主張する。地球が暑くなると、植物の生産性が増加して農業に新たな機会を提供するように、地球温暖化の便益は否定的な影響をずっと凌ぐということである。

二番目は「気候は常に変化してきたので気候変化を悲観的にのみ見なす必要はない」という歴史的相対主義である。この流れは今日の地球温暖化が人間の活動によってもたらされたという事実を否定しない。気候変化を防ぐために渾身の努力を注ぐべきだという主流の気候談論にも同意するほうである。そういう点で気候変化を否定する気候懐疑論とは明確に異なっている。だが、気候変化をむごい災難としてのみ見なそうとする視角は断じて拒否する。地球の歴史で気候が一定していたことはたったの一度もなかったし、「正常」的な気候というものは成立できぬ仮設にすぎないということである。中世中期の温暖期にグリーンランドは緑の草木で覆われたし、デンマークでは葡萄を栽培してワインを作って飲んだりもした。この際、バイキングたちはグリーンランドへ渡っていって、植民地の建設とともに全盛期を享受することができた。バイキングとグリーンランドの事例は、今日われわれが経験している地球温暖化の水準を相対化しようとする一部の歴史学者たちによって「人類の文明が花を咲かせた時期は寒冷期ではなく温暖期であった」という主張を裏付ける根拠として活用される。 2

三番目は気候変化は技術の革新を通じていくらでも制御できるという技術楽観論である。技術楽観論は気候変化を含め人類が直面したすべての挑戦は、技術の進歩を通じて克服できると主張する。代表的な人物はアメリカの経済学者で、自由市場環境決定論者であるジュリアン・サイモン(Julian Simon)である。1994年、彼は「現在、われわれはこれから引き続き増えていく人口に衣食住とエネルギーを提供する技術を図書館に持っている」と壮語した。最近は人類がビックデータ、モバイルアプリ、ハッカソン(hackathon)、 3事物インターネット、地球工学などをうまく活用すると、気候変化に充分立ち向かって戦えるという主張も出てきている状況である。 4

『創作と批評』2016年秋号に載せられた李必烈(イ・ピルリョル)教授の「気候変化、人工知能、そして資本主義」(以下、「気候変化」)は非常に論争的な文章である。「パリ協定」(2015年、パリで開かれた国連気候変化協約当事国総会で、地球の平均気温の上昇幅を摂氏2度よりずっと下へ、できるならば摂氏1.5度を越えないようにするという目標に合意)の2度目標の達成は不可能だという悲観論から出発しながらも、人口が減少し、科学技術が発達するので「温室ガスの排出は遅くとも21世紀の後半には減り始めるし、地球気温の上昇も止まるはず」(158頁)という一種の技術楽観論を繰り広げているからである。そして、パリ協定が掲げた目標は「2045年頃まで全世界の温室ガスの排出がゼロとならないと到達できないこと」(143頁)と断言する。現実的に避けられない「気候変化による気温の上昇を受け入れて、それに対する適応のために回復力を高めていけば、人類は2100年まで気候変化で迫った災難を破局にまでは迎えずに乗り越えられるはず」(159頁)という主張も繰り広げる。興味深いことは「急変する世界、適応できぬ気候総会」という2節のサブタイトルで現れるように、国際社会の気候変化論議に強い不信を示すという点である。20回余り開かれた気候総会では今世紀の100年間、人類社会が如何に変化するかはあまり考慮されなかったということが不信の根拠である。

しかし、はたしてそうなのか。気温の上昇を受け入れて、回復力を高めるだけで破局は免れ得るだろうか。気候変化論議に対する不信は気候科学に対する情報不足、そして科学と政治の関係に対する誤解から生じたものではなかろうか。

 

 

  1. 摂氏2度という目標と排出シナリオ

 

摂氏2度は1992年、国連気候変化協約が締結されて以来、国際政治の舞台で最もよく言及された単語であろう。2015年12月12日、パリ協定が妥結される前まで国際社会で合意された目標は、地球の平均気温の上昇幅を産業化以前に比べて摂氏2度以内に抑えるということであった。この目標を66%以上の確率で達成するためには、2050年まで温室ガスの排出量を2010年対比40~70%下げて、遅くとも21世紀末まで「炭素中立」を実現しなければならない。 5 炭素中立は温室ガスの排出量と山林などの吸収量が同じような水準で均衡を保つ状態を言うが、化石燃料のほとんどすべての退出が成されてこそ成立できる。

ところで、パリ協定にはこれよりもっと強力な目標が盛られた。21世紀末まで気温の上昇幅を摂氏2度より「ずっと」下に抑えて、できるならば1.5度を超えないようにするということである。1.5度目標の採択は海水面の上昇で国土を諦めなければならない危険に処した群小島嶼の国家らが、長い間「倫理的な防御線」として強力に要求してきた事項である。群小島嶼の国家の立場で2度という目標は、地図上で自分たちの消滅を既定事実化する残忍な目標として受け止められた。パリ総会では1.5度目標の採択に反対するサウジアラビアとベネズエラなど、産油国の抵抗が強かった。だが、大勢は早めに傾いていた。過去には実現の可能性が希薄だという理由でためらっていたヨーロッパ連合(EU)とアメリカなどが、会議の始めから群小島嶼国家に賛同しながら1.5度目標の採択に賛成したからである。

そしたら2度目標と1.5度目標との違いは何なのか。何よりも化石燃料から脱皮すべき時期が異なってくる。フランチスコ教皇とドイツのメルケル(A. Merkel)首相の気候変化諮問役を務めたポツダム気候変動研究所のハンス・ヨアヒム・シェルンフーバー(Hans Joachim Schellnhuber)教授は、1.5度目標を達成するためには化石燃料の退出時期が2050年頃に早められるしかないという意見を出した。より具体的な分析もある。2014年に発表された気候変化に関する政府間協議体(以下、IPCC)の第3実務グループの第5次評価報告書と、国連環境計画(UNEP)の「2014年排出量間隙報告書」(The Emissions Gap Report 2014)を分析した結果がそれである。この分析によると、1.5度目標を達成するためには2050年まで温室ガスの排出量を2010年対比70~95%下げて、2060~80年には排出量がゼロとなるべきであり、それ以後はマイナス排出を実現しなければならない。 6

ここでマイナス排出は大気から除去される二酸化炭素の量が、炭素排出源が噴き出す量よりもっと多い状態を意味する。パリ協定はIPCCにして摂氏1.5度上昇抑制を目標と設定した際、温室ガスを減らす経路を分析した特別報告書を2018年まで作成して提出するようにした。

「気候変化」は「温室ガスが今のような速度で排出されるならば、1.5度目標の到達は5年後、すでに不可能」となり、「2度目標も2045年頃まで全世界の温室ガス排出がゼロとならないと到達できないはず」(143頁)と主張する。その根拠として引用したものは、ドイツ科学政治財団のオリバー・ゲデン(Oliver Geden)がイギリスの日刊紙『ガーディアン』に寄稿した文章と、ドイツの週刊誌『シュピーゲル』オンライン版と行なったインタビューの内容である。 7

ゲデンはすでに2013年に2度目標を諦めるべきだというタイトルの文章を書いたことがある。 8 ところが、彼の文章は気候変化の専門家たちの間であまり注目されなかったことと見える。反応があったとしたら、「懐疑的環境主義者」というタイトルの本を書いて有名となったデンマークの統計学者、ビョルン・ロンボルグ(Bjorn Lomborg)が翌年同じタイトルの文章をアメリカの経済専門誌『フォーブス』に寄稿したことが全部である。 9 ゲデンの主張が反響を呼び起こせなかったのは、彼が気候モデル専門家ではなく、気候政策専門家であり、同僚の評価(peer review)を経た学術論文ではない言論寄稿文とインタビューを通じて自分の主張を繰り広げたためであると思われる。 10

ところが、2度目標の実現が不可能だという主張が説得力を持つためには、特定の研究者の寄稿文とインタビュー内容に依存したり、「気候変化を巨視的視角から研究する学者たちも指摘するところ」(144頁)と大雑把に述べるのではなく、関連の論議をより幅広く取り上げるべきであった。IPCCは1990年から5~7年の間隔で発行する報告書を通じて、気候変化の趨勢および原因の究明、気候変化による社会経済的影響、対応戦略に関する科学情報を提供してきた。興味深いことは報告書ごと核心主題とメッセージが異なるという点である。1990年に発行された第1次報告書の焦点は「地球が暑くなる」であり、1995年の第2次報告書の核心主題は「人間の責任である」であった。2001年と2007年に出た第3、4次報告書が「減らすべきである」というメッセージを入れたならば、2014年の第5次報告書の結論は「減らせる」であった。2度目標の実現が不可能だという論旨は、IPCC第5次報告書の結論と正面から背馳されるものである。

 

 

3. 「負担の共有」対「機会の共有」

 

ゲデンやロンボルグの言論寄稿文とは違って『ネイチャー』2014年10月号に論評の形で掲載されたアメリカカリフォルニア大学の研究者たちの論文は、気候変化の専門家たちの間で相当な反響を呼び起こした。 11 2頁分量の短いこの論文は「間違って設定された目標は政府が何もしないのに何かやっているように見えるようにする政治的効果がある」としながら、2度上昇抑制という単一の目標を廃棄する代わりに二酸化炭素の濃度、海に蓄えられた熱エネルギーの量、北極気温など人間が地球に加えるストレスをうまく示す複数の新しい指標を設定することを提案する。論文の著者たちが見るに、未来の気候展望に今使われている気候モデルは国家間の協力が即刻成されることと見なしたり、まだ開発されていない技術の広範囲な適用など、非現実的な仮定に基づいているので致命的な問題点を抱えている。「このような無謀な仮定は2度目標の達成が可能だと信じ込ませて、気候変化の適応の緊急性を感じさせないようにする結果をもたらす。」

この論文は発表されるや否や多くの反論に直面した。 12 IPCC第5次報告書は2度上昇を抑えるために必要な四つの条件を言及しながら、2度、さらには1.5度目標の達成は相変わらず可能だと分析する。ここで四つの条件はエネルギーの効率的な利用、低炭素または無炭素エネルギー利用の拡大、山林など炭素吸収源破壊の抑制、生活様式と行動の変化である。報告書が出した結論を要約するとこうである。温室ガスを減らす費用は年間GDP(国内総生産)成長率の0.04~0.14%で、世界経済が十分受け持てる水準である。減らす努力を遅らせるほど減らす費用は増えるし、失敗する確立は増加する。また、2度目標の達成のためには地球的次元でエネルギーシステムの転換が必要である。特に電力生産システムの根本的変化が必要であるが、人類はすでにこのような変化に必要な技術と財政能力を十分備えている。気候変化の対応が足踏みの状態に留まっているのは、「政治的意志の不足」のためであって、技術やお金がないからではない。IPCC第5次報告書の視角から見ると、先の『ネイチャー』の論文は政治的無気力と2度目標の技術的・経済的実行の不可能性を混同していることとして見なされる。

最近の気候変化の論議では気候変化の対応の「同伴便益」(co-benefits)に注目する傾向がはっきりと現れている。同伴便益は気候変化の対応が保健、雇用、福祉、経済、生態系などに及ぼす肯定的な効果である。過去には気候変化の対応を、経済に負担ばかり与えることとして認識したので、個別の国家がこの負担を如何に分かち合うかとを決定する「負担共有」(burden sharing)が焦眉の関心事であった。しかし、今は「機会共有」(opportunity sharing)がより注目されている。去年11月、『エコノミスト』はトランプの当選の便りが飛んできた第22次国連気候変化協約当事国総会(COP22)が閉幕した後、「アメリカが参与するか否かに関わらず、自己利益(self-interest)が地球温暖化に向かい合う闘争を維持させるだろう」と展望した。 13

同じ時期に国連開発計画(UNDP)が発表した報告書も同伴便益の重要性を強調していて注目される。 14 この報告書は1.5度目標の達成のために努力した際と、今の政策をそのまま維持した場合の便益とを比較したが、その結果は驚くに値する。一つ目、2040年頃からドイツ、日本、アメリカなど主な経済国は気候変化による損失で長期間の景気沈滞に苛まれるだろう。1.5度シナリオはこのような事態が防げる唯一の道である。二つ目、1.5度の上昇を抑制する場合、2050年の世界総生産は何もしなかった時より、約10%(12兆ドル)上昇することと分析される。このような便益は中国を含めた個別の国家でも同じく現れるだろう。三つ目、1.5度目標を達成するため再生エネルギーの利用を早く拡大すると、2030年頃はエネルギー部門で職場が68%位増えるだろう。職場の増加は特に開発途上国で際立つことと予想される。四つ目、地球の平均気温上昇幅が産業化以前に比べて摂氏2度以上となると、珊瑚礁の99%が破壊されるだろう。だが、1.5度目標を達成すると、無くなる危険に処した珊瑚礁の10%以上を救うことができる。五つ目、グリーンランドの氷床がすべて解けると、海水面は7メートル以上上昇するだろう。地球の平均気温が摂氏1.6度上がると、氷床の減少は非可逆的に進行される可能性が高い。従って、1.5度目標は世界の主な沿岸都市の浸水を防ぐ最後の防御線として認識されるべきである。

 

 

  1. 科学と政治の気候臨界点

 

2度目標、ひいては1.5度目標が諦められない理由はまたある。2度と1.5度は危険の評価を通じて設定された気候変化の臨界点(tipping point)である。気候変化は非常に遅い速度で進行されるが、臨界点を超えると急に破局がやってこれる。敷居をまたぐと、戻ってくることはほとんど不可能である。気候が安定を取り戻すまでかかる時間は、数千年または数万年となることもありうる。従って臨界点の下に留まるために努力することは、実現可能性の可否を離れて、地球の構成員たちが当然すべき義務である。同じ脈絡で2度目標は地球温暖化の陽性的フィードバッグ(positive feedback)を防ぐためにも必ず達成されるべきである。陽性的フィードバッグは小さな変化がもう少し大きな変化を呼び起こし、その変化が再びより大きな変化を呼び起こすふうに、変化が次第に加速される様相を言う。

北極と南極を始め全世界の氷河と万年雪は早く減少しつつある。真っ白い雪と氷が覆われているときは、地表面に到達した日差しの反射率(albedo)が高くて相対的に少ない量のエネルギーが地表面に吸収される。だが、地球の平均気温が2度以上上がって、氷と雪が解けて浅黒い土と青い海が現れると状況は変わってくる。より多い日差しを吸収するので、周りの氷と雪をもっと早い速度で溶かすこととなるのである。 15

シベリアを始め永久凍土層(permafrost)には1.33~1.58兆トンに達する有機炭素が埋葬されている。 16 温暖化で地表面が解けると、草が生え、農事ができるという利点が生じる。問題は地表面のすぐ下の地層に閉じ込められていたメタンが大気へ放出される場合である。メタンは今も少しずつ放出されているが、地球の平均気温が2度以上上昇すると、放出される量は収拾できなくなるほど増加することとなる。科学者たちは今のように気温が上昇すると、今世紀内にメタン埋葬量の10パーセントほどが大気へ放出されることと推算している。メタンは大気に滞留する時間は短いが、温暖化の効果は二酸化炭素より20倍以上強力な気体である。

海でも予想外の変化にぶつかりうる。われわれは広島に投下された原子爆弾40万個が爆発した時と匹敵するエネルギーを毎日大気へ放出している。 17

このような莫大なエネルギーが大気に流入されているにも関わらず気温が急激に上昇しないのは、専ら海のおかげである。科学者たちは人間の活動で放出されるエネルギーの90%以上を海が吸収することと見なす。問題は海の水温が増加しながら、熱エネルギーの吸収能力が下がりうるという点である。地球の平均気温が引き続き上昇すると、海が熱エネルギーの吸収を止めることとなる可能性がある。

これまで見てみた代表的な事例の他にも、地域次元で急激な気候崩壊をもたらしてくる潜在的な臨界点は多数存在する。気候モデルを活用した最近の研究は地球上に41個の気候臨界点が存在するという事実を明らかにしたが、ほとんど海、海氷、積雪、永久凍土層、アマゾン熱帯雨林などと密接な関連がある。これらの中で相当数はいつどこから始まるか正確な予測が難しいが、2度臨界点に到達する前に破局に達する可能性が高いことと分析される。このような研究結果は気候変化の時代に絶対的な安全を保障する限界線とは存在しないという事実を示す。そのような点で「気候変化による気温の上昇を受け入れよう」という提案は、人間の統制範囲を脱して増幅される地球温暖化の「陽性的フィードバッグ」を過小評価したことから始められたものである。

「気候変化」は国際社会が「20年以上持続してきた協商の正当性を確保し、地球的問題解決のために責任を果たしていることを見せるため、実現不可能であってもこの目標を固執して」(144頁)いると主張する。しかし、この主張もまた気候談論の形成過程で定立された科学と政治の関係に対する理解が足りないところによるものと思われる。気候談論で2度上昇の抑制は「目標」でありながら、同時に科学的「事実」であり、「義務」である。2度目標は科学研究の結果物であるが、定量的な性格の科学言語だけでは正確な解釈が難しい側面がある。例えば、飲酒運転を考えてみよう。運転者たちは血中アルコール濃度が0.05%以上となると、行政処分と刑事処罰を受けることになる。だが、0.05%はこの濃度を超えると自動的に交通事故が発生するという意味で設定されたわけではない。ここで重要なことはこの数値を超えると交通事故を誘発する確立が非常に高くなるという経験から出た合理性である。気候変化にも同じ論理が適用できる。2度目標は破局が来るか否かを決定する無条件的な「定言命令」ではなく、危険の発生可能性を捉えるための一種のリトマス試験紙として認識されるべきだ。

科学者たちは政策決定者たちに複雑な気候科学の結果をすべて説明することはできない。そうする時間が許されないからでもあるが、気候科学に内在した複雑性のせいがより大きい。そこで科学者たちは人々が理解しやすいながらも多様な現象が総合できる指標を選ぶこととなる。「地球の平均気温」は気候変化の臨界点を最もよく示す代表選手であって、科学者たちが「合意(先発)」した結果である。よく知られているように、気候システムと気候モデルには少なくない不確実性が存在する。不確実性は気候変化の固有な属性である。未来の気候を百パーセント正確に予測できる方法はまだない。そこで国際社会の気候ガバナンスには科学的根拠と政治的合意、両方とも必要である。2度目標が「科学の目標」でありながら、同時に197個当事国が合意に到達するための「政治的目標」であるわけがここにある。

 

 

  1. 人口と人工知能:セイレンの誘惑

 

「気候変化」は地面の3分の2位を長期人口展望と太陽エネルギー・デジタル時代の技術に割愛する。その理由は「太陽エネルギーとデジタル技術の発達、効率的なエネルギーの利用、人口の変化で温室ガスの排出は遅くとも21世紀後半には減り始め、地球気温の上昇も止まるだろう」という文章の結論を裏付けるためのものと思われる。人口と技術が未来の気候にどれほど影響を及ぼすかに対しては検討してみなければならないが、その前に指摘しておくことがある。気候シナリオが「現在進行中の急速な技術発達と人口変化をあまり考慮しない」(158頁)という主張は事実ではないということである。

IPCC第4次報告書に適用されたシナリオは、SRES(Special Report on Emission Scenarios)である。SRESは人口統計的・経済的・技術的変化の要因を反映するが、予想される二酸化炭素の排出量によって四つのシナリオ(A1, A2, B1, B2)に区分される。例えば、A1シナリオは世界経済の非常に急速な成長、21世紀半ばに到達する人口の頂点、より効率的な技術の急速な導入などを仮定する。反面、A2シナリオは人口増加率が高く、経済成長と技術変化は遅い、非常に異質的な世界を述べている。 18

「気候変化」は人口増加率と合計出産率の減少傾向などを列挙してから、「2100年から人口が90億~100億で停滞したり持続的に減少するだろうという予測は、気候変化の予測よりむしろもっと信頼に値する」としながら、「気候変化の論議にも長期的な人口変化の展望がまともに反映されるべきだ」(148頁)と主張する。気候変化シナリオで人口が経済および技術と共に重要な変数として取り扱われてきたということは、先述した通りである。従って、人口変化が炭素排出と資源利用にどれほど影響を及ぼすかが争点として取り扱われるべきである。

最近の研究によると、人間が気候と地球生態系に加えている圧力を減らす方法の中で、人口増加を抑えることはあまり役に立たない。2014年、オーストラリアアデレード大学の研究鎮は、人口成長と関わる多様な仮想シナリオをモデルに適用して、人口変化の影響力を分析した。彼らが使ったシナリオには家族計画のような穏健な接近だけでなく、一つの家族当たり子供一人の出産だけ許容する厳格な法的規制を適用したり、食料不足と自然災害などで数十億名の死亡者が発生することのような非常に極端的な仮定も含まれている。分析の結果は人口が未来の地球環境に決定的な変数だと信じてきた人々には非常に衝撃的なものであった。極端的で非現実的なシナリオの場合にのみ、人口変数が炭素排出と資源利用に実質的な影響が及ぼせることとして現れたためである。 19

早く増加している人口はいつかは減少し始めるだろう。人口変化は未来の気候にある程度影響を及ぼすであろうが、人口が減少してもそのことが自動的に温室ガスの排出量減少を保障してくれるわけではない。人口変化よりもっと重要なことは資源およびエネルギーの利用方式、経済構造、社会組織の全面的な変化だという点を認識する必要がある。

「気候変化」が人口変化よりもっと重要に考えることは、太陽エネルギーとデジタル技術である。「新しい時代にはすべてのエネルギーが太陽エネルギーに基づいた再生可能エネルギー源から得られるし、このエネルギーを利用した生産、通信、輸送、サービスはすべてデジタル技術によって支配されるだろう」(149~50頁)という主張には異論の余地がない。電気貯蔵技術と結合した太陽光発電、電気自動車の急速な普及、人工知能、ロボット、事物インターネット、3Dプリンティング技術の拡散が以前の情報通信革命とは質的に異なる次元のものだという点にも同意できる。

だが、人工知能時代の技術が人間に幸せをもたらしてくるかとは別に、気候変化時代のメシアとなれるかはもう少し見守るべきである。幸いに第4次産業革命は不平等の深化、労働の終末などに対する憂慮にも関わらず、最も生態的な産業革命となるはずだという展望が多い。自律走行自動車は二酸化炭素を始め、大気汚染物質の排出量を画期的に下げられる潜在力を持っている。人工知能システムは再活用に必要なゴミの選別を瞬く間にやってのけ、電力送電と配電を一寸の誤差もなしに正確で効率的に成し遂げるだろう。技術の飛躍的な発展がそれに相応する規模の社会的変化をもたらしてくるという事実を否認することはできない。

しかし、技術の進歩が危機脱出の保証小切手ではない。イギリスの経済学者であるウィリアム・ジェヴォンズ(William S. Jevons)の話のように、効率が増加するとエネルギーの消費が下がると考えることはまったくの錯覚である。むしろ消費が増加することもありうる。過去の数百年間、多様な分野で技術が飛躍的に発展したが、温室ガスの排出を含めて地球に加える環境の負荷は下がらなかった。技術の使われ方、さらに技術発展の方向と速度は社会的要因の影響のもとに置かれている。新しい技術変化が現れる際、その技術以上に重要なことは、社会がそれを受け入れて生産および生活方式に如何に活用するかである。従ってわれわれは人口が減少し、技術が発展することを待つより、資源およびエネルギーの利用方式と経済および社会構造の革新に全力投球すべきである。

家に火事が起こった際は火から消すべきである。消防車が来ることばかりを待つのは愚かなまねだ。火を消すにどれほど役に立つかわからないが、バケツであれ水がめであれ、渾身の力を尽くして水をぶっかけるべきだ。それに火が燃える地球は空っぽの家ではない。その中にまだ人々が閉じ込められているならば、火を消すことを諦めるわけにはいかない。今、走ってきている消防車が火災鎮圧に十分なほどの人力と設備を備えているかさえわからなければ、われわれは一層わが世代に許されたゴールデンタイムを無駄づかいしてはならない。

海のニンフであるセイレンたちは、船が通り過ぎるごと歌を歌った。この歌には聞く者をこの上なく魅惑させる魔力が込められていた。それでその歌声を聴いた船員たちは深い海へ飛び込もうとする不可抗力的な衝動を感じることとなる。われわれが乗った船は今セイレンが住んでいる海辺を通り過ぎる途中である。無事に通過するためには、オデュッセウスのように体をマストにしっかり縛るべきだ。人口減少と技術進歩の甘い誘惑を振り切って生き方を転換しない限り、人類に明るい未来を期待することは難しいだろう。

(翻訳:辛承模)

Notes:

  1. Naomi Oreskes and Erik Conway, Merchants of Doubt: How a Handful of Scientists Obscured the Truth on Issues from Tobacco Smoke to Global Warming, Bloomsbury Press 2011; 韓国語翻訳本として『疑惑を売ります』、ユ・ガンウン訳、ミジブックス、2012。
  2. ヴォルフガング・べーリンガー、『気候の文化史』、アンビョンオク・イウンソン訳、共感in、2010。
  3. 「ハッカ」と「マラソン」の合成語。24~48時間内外の短い時間の間、マラソンをするように休まずアイデアと思考を企画し、プログラミングする過程を経て試製品(prototype)を作り出すイベントまたは競演を意味する。
  4. Lyndsey Gilpin, “10 ways technology is fighting climate change,” TechRepublic 2014.8.6.
  5. 気候変化に関する政府間協議体(IPCC)の第5次報告書(IPCC AR5 WGIII chapter 6 section 3.1.3)、2014。
  6. Joeri Rogelj, Michiel Schaeffer and Bill Hare, “Timetables for zero emissions and 2015 emissions reductions: State of the Science for the ADP agreement,” Climate Analytics Briefing Papers 2015.

  7. Oliver Geden, “Paris climate deal: the trouble with targetism,” The Guardian 2015.12.14; Axel Bojanowski, “Alle Staaten sollten auf null CO2-Emissionen kommen,” Spiegel Online 2016.7.5.

  8. Oliver Geden, “It’s Time to Give Up the 2 Degree Target,” Spiegel Online 2013.6.7.
  9. Bjorn Lomborg, “It’s Time to Give Up the 2 Degree Target,” Forbes 2014.10.24.
  10. ゲデンは最近、気候変化の対応目標を地球の平均気温から「純ゼロ排出」(net zero emissions)へと変更することを提案する論文を発表したが、この論文もまた大きな反響を呼び起こしはしなかった。Oliver Geden, “An actionable climate target,” Nature Geoscience 9 (2016), 340~42頁.
  11. David G. Victor and Charles F. Kennel, “Climate policy: Ditch the 2°C warming goal,” Nature 514 (2014), 30~31頁.
  12. 即刻的な反論は、Stefan Rahmstorf, “Limiting global warming to 2°C—why Victor and Kennel are wrong+update,” RealClimate 2014.10.1; Joe Romm, “2°C Or Not 2°C: Why We Must Not Ditch Scientific Reality In Climate Policy,” ThinkProgress 2014.10.1を参照。
  13. “Climate change in the era of Trump,” The Economist 2016.11.26.
  14. UNDP, “Pursuing the 1.5°C Limit: Benefits & Opportunities,” 2016 Low Carbon Monitor.
  15. Kristina Pistone, Ian Eisenman, and V. Ramanathan, “Observational determination of albedo decrease caused by vanishing Arctic sea ice,” Proceedings of the National Academy of Sciences vol. 111, no. 9 (2014), 3322~26頁.
  16. E. A. G. Schuur et al., “Climate change and the permafrost carbon feedback,” Nature  520 (2015), 171~79頁.
  17. Joe Romm, “Earth’s Rate Of Global Warming Is 400,000 Hiroshima Bombs A Day,” ThinkProgress 2013.12.22.

  18. SRESはIPCC第5次報告書で人間の活動が大気に及ぼす輻射量で温室ガスの濃度を決める代表濃度経路(RCP)シナリオに取って代わった。
  19. Corey J. A. Bradshaw and Barry W. Brook, “Human population reduction is not a quick fix for environmental problems,” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America vol. 111, no. 46 (2014), 16610~15.

[目次] 2016年 冬号 (通卷174号)

卷頭言
我々皆の喊声が指し示すところ / 姜敬錫

特集_リアリティ探求のための文学的形式
宋鐘元 / 分裂する感覚の越えたリアリティ
鄭珠娥 / 肉体性の形式とリアリティ: 金オムジと崔ウンヨンの小説
柳熙錫 / 「87年体制」を哀悼する: 金スムと李インヒの最近作
崔元植 / わが時代における韓国文学の二つの触: 韓江と権ヨソン


韓国の「保守勢力」をする_韓国の財閥, 財閥の韓国? / 宋元根・申鶴林・李源宰・李日榮

論壇
李承煥 / 韓半島の軍事危機の構造と出口
スベン・ルーティケン(Sven Lütticken) / 著作権法時代の芸術作品

現場
柯思仁 / 東アジアの間に挟まれたシンガポール: 中国の発展と華人の地位
李向珪 / マイノリティーの目で韓国社会をみる④_「脫北者」を越えて

散文
金コムチ / 地震に一番強い者, 弱い者
アリエル・ドーフマン(Ariel Dorfman) / 『ドン・キホーテ』とともに亡命

25人新作詩選
河在姸・金重一・金經株・徐大炅・李謹華・朴蓮浚・金成大・姜聖恩・鄭漢娥・趙仁鎬・申美奈・朴濬・金炫・朴笑蘭・朱夏林・金昇一・庾炳鹿・黃仁燦・李雪夜・林承諭・宋昇彦・安姬燕・白恩善・申阧浩・韓仁埈

小説
李章旭 / ステラに乗るクナムという男と女
錦姬 / 村長選挙
黃貞殷 / 笑う男 (中篇特輯)
朴玟奎 /  ホーリーランド (中篇特輯)

文学評論
デボラ・スミス(Deborah Smith) / 言語的無重力の狀態に近い: 裵スア小説を翻訳する
林奎燦 / 狀況と運命、「脱鄕」と「帰鄕」の間: 李浩哲小説の世界

作家スポットライト_姜英淑の『灰色文献』
朴仁成 / 小說家の場所,あるいは灰色地帶の破裂音

フォ_この季節に注目すべきの新刊 /金素延・白智延・張怡志

寸評
張世眞 / 金学載ほかの『韓国現代生活文化史』 (全4卷)
柳受延 / 朴イリョンの『小說家仇甫氏の一生』
黃俊皓 / 鄭鉉坤ほかの『変革的中道論』
全致亨 / チョジンホの『ゲノムエクスプレス』
金泰源 / シェイクスピア(W. Shakespeare)の『ハムレット』
鄭義吉 / サミ・ムバイエッド(Sami Moubayed) 『ISの戦争』
盧瑞卿 / エメ・セゼール(Aimé Césaire)ほかの『私は黒人だ、私は黒人として居続ける』
陳泰元 / ジュディス・バトラー(Judith Butler)ほかの『剝奪』
盧泰孟 / 金サンスクの『10月抗爭』

読者_創批
朴海天・黃靜雅 / 文化資本の再分配のための人文学
趙韓惠貞・白英瓊 / 轉換期を突破できる創意的共有地になるように

第31回 万海文学賞 発表
本賞_李仁徽の小説集『廃墟をみる』
特別賞_金炯洙の『小太山評伝』
共同受賞 416シウォル号惨事作家記録団の『再び春は来ますよ』

18回 白石文学賞 発表
張喆文の詩集『比喩の外』

第6回 創批人文評論賞 發表
当選作なし

創批の新刊

 

我々皆の喊声が指し示すところ

2016年 冬号(通卷174号)

セウォル号惨事の真相究明を求める月例304朗読会が2年以上続いている。光化門広場をはじめとする数多くの場所を渡りながら、毎回参加者が異なり、内容も変わったものの、最後のプログラムだけは変わらない。朗読者と聴衆が司会のリードにしたがって同じ声をあげる「一緒に読み上げる文章」コーナーがそれである。「今日は4月16日です」と始め、「終わるまで終わらせません」と終わるこの短い文章には徹底した真相究明を要求するメッセージとともに「皆の名で命令します」という文章が入っている。しかし、過去約2年間、私は一度もこの文章を最後まで読み上げることができなかった。この文章にいたる瞬間のその崩れ落ちそうな感情を押さえることができなかったからである。

喪失感と日常の厳重さをそれぞれ見守りながら、長い時間を耐えきり、立ち向かってきた私たちは、再び「皆の名」で新たな「命令」を下さないといけない事態に直面した。それは、他でもなく、「朴槿恵―崔順実ゲート」と呼ばれる初の国政壟断事態なのである。そしてついに街へ溢れ出してきた巨大なキャンドルの波の中でふっと気づいたことがある。それは、国政院の選挙介入捜査とセウォル号惨事の真相究明の要求を組織的に防ぎ、歴史教科書の国定化や開城工業団地の閉鎖、サード配置まで頑として強行できたのは、「命令」する民衆の喊声が小さかったからではなく、その「命令」が行き届くべき最終の受信先が最初から空っぽだったからであるという事実なのである。「まさか」という最終の阻止線が無惨に踏みにじられるまで、それを幇助し、しいては助長までしたセヌリ党と守旧言論がその裏切り者だったことはもちろんであるが、危機がある度にその喊声の正確な伝達者になるべき野党側はそれまでどこで何をしていたのだろうか。

統計的意味がほとんどない1桁の支持率が見せてくれるように、そして広場に集まった百万個のキャンドルが声を合わせて叫んでいるように、国民の心の中で大統領は弾劾されたのである。あとはすでに決定された「国民的弾劾」の政治的・法理的手続きが残っているだけである。したがって、このような過程を一糸乱れず整然ととりまとめることが、政治圏に至急の責務として与えられたわけである。しかし、彼らの動きは失望極まりない。内治と外治を分離する責任総理論を掲げて国政主導権を維持しようとする大統領府(青瓦台)と与党側の主張は理屈に合わない。トランプの米大統領当選によって国際情勢の不確実性がいっそう高まってしまった状況下で、いったい誰に外治を任せるというのか。しかも、このようになれば、内閣に含まれてもない国政院と監査院等の有力情報・査定機関は現職大統領のもとにそのまま残るようになる。大統領の2線への後退という曖昧な前提の裏であっちこっち様子を窺いながら、国民がつくってあげた絶好のチャンスに無賃乗車しようとする「共に民主党」式政治工学も同様である。政治的逆風、国政の空白、国政混乱を防がないといけないという名分であるが、国民はいつもより秩序整然とし、一貫性のある姿を見せている。むしろ右往左往と混乱に陥っているのは、政権奪還を当然のことのようにとらえ、政治的利害得失の計算に慌ただしい第1野党かもしれない。

国民の命令はすでに下された。早期大統領選挙を含めて現行憲法の手続きに従って問題を解決し、国民の意思を尊重する政権を誕生させなければならない。一角の改憲主張もその次の番にならざるを得ない。大統領直接選挙制の実現という国民的合意をもとに行われた87年改憲と、如何なる合意も準備されてない現在の改憲論が置かれている状況とは根本的に違うからである。大統領4年再任制か内閣制か、それともその折衷型なのかに埋没された権力構造の改編案が改憲内容の全部にもなりえない。どうすれば、「民の自治」という理想を高いレベルに熟成させることができるのかをめぐって、よりいっそう大きなレベルの転換のための青写真が討論されなければならない。改憲も手段の一つであるだけで、それ自体が目的にはなれないからである。たとえ政権が交代されるとしても、そのような過程がスムーズに推進されるという保障もない。それだけで国政壟断事態を招いた守旧勢力が完全に消滅されるわけではなく、分断体制が存続する限り、民主的ガバナンス体制を逆に巻き戻そうとする彼らのロールバック(roll back)の試みが簡単に終息されるはずがないからである。依然として彼らの手に握られている社会的・政治的資源があまりにも多いのではないだろうか。

単純な政権交代や改憲論議を超え、韓国社会を根本的に変えなければならないという声が社会各所から噴出している理由である。ソウル市の江南駅10番出口で起った女性嫌悪殺害事件以後、飛躍的に広がり始めたジェンダー的覚醒の波だけを見ても、単なる弱者保護や差別撤廃、男女平等論のレベルを超える方向へと進化している。SNSを中心に起きた「○○内性暴力」ハッシュタグ運動もその兆候の一つであろう。蔓延している構造的暴力の中で傷ついた存在が自ら立ち上がって、社会に向けて声を上げ始めたのは、キャンドルの喊声と同じくらい意味のあることである。この流れを巻き戻そうとするいかなる試みもいまや古い反動にすぎない。

このような時に、あらゆる種類の拘束と抑圧に立ち向かって戦うべき文人たちがむしろ位階による性暴力の加害者として名指されたという事実に惨憺たる気持ちを隠せない。この問題が、有志の文人、読者または団体等のいくつかの措置や制度改善の努力だけで完全に解消され得るレベルではないという点も多くの人々が共感する点である。まずは、すでに始まった変化に寄与しながら、ともに進化していく方向を熟考することが切実である。その第一のカギが「傾聴」であることは言うまでもない。去る11月11日、高陽芸術高校文芸創作科の卒業生連帯「脱線」の声明発表会は、その意味で文学と文学者がいるべきところがどこなのかを改めて振り返られる貴重な契機であった。「私たちは文学であると同時に、同時代の証人として私たち自身を証明する」という彼らの厳粛とした宣言を前にして、文学界は必ず答えなければならない。

創刊50周年の冬号の巻頭言を新たな覚悟の代わりに国政壟断事態と文壇内性暴力に対する論評で書かざるを得ない現実ではあるものの、残念なことばかりではない。街や広場に雲集したキャンドルの波から、傷を乗り越えて位階を覆しながら、連帯の威厳を見せてくれた女性たちの声からより大きな希望が見出せるからである。そういえば、あらゆる根本的な変化はいつも下から始まる。性急な楽観や無策の挫折が空しいものにならざるを得ない理由は、それが概ね「下から」に基づかず、「上から」の意識にとらわれているからであろう。

その延長線でパニックという言葉がちまたで言われるほど予想外の結果を生んだアメリカ大統領選は他山の石とされる。選挙期間中大勢論を占めたヒラリー・クリントンは、なぜ資質不足論難の絶えなかったトランプに敗北したのだろうか。トランプが代弁する女性嫌悪や白人中心主義の勢力強化でこれを説明することもできるが、核心を外れた診断になりかねない。今回の選挙はトランプの勝利というより、腐敗既得権層の典型のヒラリーの敗北である。大勢論に酔い、あらゆる不平等に苦しむ「下からの」声を代弁できなかったことが決定的敗因であろう。トランプの統治過程は順調でないだろうと予想されるが、このような混乱を生んだ責任からアメリカ民主党と候補のヒラリーはどれくらい離れているのだろうか。「朴槿恵以後」を準備する野党側の走者たちが痛烈に考えなければならない点である。保障された未来はあり得ない。これから何をするかが毎瞬間の意味を決定付けるであろう。

 

今号の特輯は、去る夏に引き続き、現実の重さに素直に耐えながらも未来に向けた投企(Entwurf)を止まない詩人・作家の作品を「リアリティ探求の文学的形式」というテーマで集中検討する。何がより「リアル」なのかを問うて答える文学的苦闘の中で自然と浮かび上がったそれぞれの文学的形式は、その多様さと深さで慣行化された悲観主義を色褪せさせる。

ソン・ゾンウォンはファン・インチャンの最近の詩集を繊細に検討し、各々が構築した詩的リアリティの性格を論じる。ファン・インチャン詩の分裂する感覚の豊かな詩的潜在性にもかかわらず、異質性の統合努力が欠如されたことと対照的に、キム・ジョンファンの詩が時空間的地平の拡張を通じて歴史との接続を試みる点を注目する。チョン・ジュアは若い世代の二人の小説家を扱いながら、彼ら各自が感知するリアリティをどのような形式をもって探求し、具現するかについて綿密に考察する。動物的生活を探求するキム・オムジと共同体的価値に注目するチェ・ウニョンの小説それぞれの特性を思惟しながら、それなりの「総体性の形式」を提示する部分も注目に値する。

ユ・ヒソクは、キム・スムとイ・インフィの最近の小説を87年体制に対する文学的哀悼として解釈する。キム・スムの近作から時代の悲劇を復元しようとする小説的試みの成果と限界を鋭く指摘し、「詩人、カン・イサン」をはじめとするイ・インフィの小説を丁寧に分析・評価するが、争点に近い鋭さが別格の関心を引く。崔元植は、ハン・ガンの小説世界の変化を「小市民性」に対する本能的抵抗から少数者の匿名性に基づいた非総体性の特異な成就へと進んだ過程として把握する一方、クォン・ヨソンの近作を資本の包摂が強化される時代の黙示録的風景を卓越と描いた事例として評価する。作品の内側へ入り込む分析の綿密さが興味深い。

「文学評論」には『菜食主義者』の翻訳者として知られるデボラ・スミスの論文を紹介する。翻訳する過程で起こったテキストとの内密な対話体験を珍しい実感として伝える中で作品の真面目に到達した独特の平文である。最近逝去した小説家のイ・ホチョルの作品世界を概観したイム・ギュチャンの論文も注目していただきたい。一つのバランスの取れた作家論であると同時に、故人に献呈する美しい追悼の辞としても遜色ない。

「創作」欄はいつもより豊富である。新作詩選特集の最終回には詩壇の未来を握る25名の若い詩人が参加した。輝かしい個性で武装した作品を通じて、韓国詩の未来を展望する特別な楽しみを味わえる。中編小説企画の大尾は黄貞殷とパク・ミンギュが飾り、クミと李章旭の新作短編に出会えるのも嬉しい。

「文学フォーカス」は、チャン・イジ詩人をパネリストとして招待して活発な討論を行う。殷熙耕、チョン・イヒョン、ぺク・スリンの小説と、ホ・スギョン、パク・ギヨン、アン・ミリンの詩集のもつ深さと広さが3人の複眼を通じて完全に明らかになる。1年間この紙面を率いてくださった白智延、金素延のお二方に感謝申し上げる。「作家スポットライト」は最近小説集『灰色文献』を出版した中堅作家のカン・ヨンスクが主人公である。隠喩とアレゴリーに精通しており、なおかつ時代的真実に独特に根を下ろしたカン・ヨンスクの作品世界を文学評論家のパク・インソンが細心に分析する。

「対話」は連続企画「韓国の『保守勢力』を診断する」の最終回として財閥問題を取り扱う。財閥中心の経済構造がどのように韓国の政治地形の中で保守化傾向を生み出したのか、ソン・ウォングン、シン・ハクリム、イ・ウォンゼ、イ・イリョン等の専門家が討論する。最近政局を強打した国政壟断事態とも深く関係するテーマであるため、財閥の現在とその作動メカニズムを点検し、新たなシステムを模索する。

「論壇」には2本の注目できる論文が掲載される。イ・スンファンは、アメリカのアジア回帰、北朝鮮の統一大戦論、韓国のサード配置がともに戦争脅威を高める政策であることを説得力をもって主張しながら、壊れてしまった平和交渉テーブルを復元する道を提示する。スヴェン・ルティケン(Sven Lutticken)の論文は「所有権」という範疇と芸術作品の間の相関関係について歴史的解明を試みた重要な論文である。剽窃論議の進展に有益な参照点を提供するであろう。「現場」では連続企画「少数者の目で韓国社会をみる」の最終回としてイ・ヒャンギュの論文を掲載する。いわゆる「脱北者」と呼ばわる北朝鮮移住民の少数者的生活をその実状に即して強烈な響きを伝える。柯思仁の論文は、「中国崛起」という巨大な挑戦の前にして「文化主体性」の危機を迎えたシンガポールが東アジア論議の主要なカギの一つであることを浮き彫りにしている。

「散文」としては、釜山に住む小説家のキム・ゴムチの生々しい地震体験談と、『ドン・キホーテ』の作家・セルバンテスの400周忌を祝うアリエル・ドルフマンの論文を載せた。今季にも注目できる新刊を紹介する「寸評」欄は多くの討論題材を提供する。各分野の専門家の識見が遺憾なく発揮され、去る1年間固定筆者として活躍してくださったチン・テウォンとチョン・チヒョンお二方のご苦労にも心よりお礼申し上げる。

第31回萬海文学賞は既存の労働小説の硬直性から脱し、独特の文学的成就を成したイ・インフィノ小説集『廃墟を見る』に与えられた。なお、新しく施行される萬海文学賞特別賞部門は416セウォル号惨事作家記録談の『また春が来るでしょう』とキム・ヒョンスの『少太山評伝』が共同受賞された。第18回白石文学賞は中堅詩人のチャン・チョルムンの詩集『比喩の外』に与えられた。受賞者の方々にお祝いの拍手をお贈りする。

もはや冬である。この冬がどれくらい過酷なものになるか誰も断言できない。セウォル号惨事で大事な家族を亡くした人々は依然として街に残って3回目の冬を迎える準備をしている。真実は明らかにされておらず、誰も責任を取らなかった。昨年11月の民衆総決起現場で警察が撃った水鉄砲に撃たれて倒れた後、病床で残念ながら亡くなった故白南基氏の葬儀は遺族と市民が見守る中、死亡41日後にやっと厳かに執り行われた。我々皆の喊声があの世の故人にも聞こえただろうか。『創作と批評』ももう一度奮発を誓う。

姜敬錫

(翻訳: 李正連)