〔対話〕 私たちはろうそくを手に取った: 垣根を崩した若者たち

2017年 春号(通巻175号)

〔特集〕「ロウソク」革命、転換の始まり
〔対話〕私たちはろうそくを手に取った
――垣根を崩した若者たち

禹知樹(ウ・ジス)梨花女子大総学生会長
李知垣(イ・ジウォン)フェミニズムアクショングループ「江南駅10番出口」活動家
千雄昭(チョン・ウンソ)「参与連帯」市民参加チーム長
李振赫(イ・ジンヒョク)創作と批評社・季刊誌出版部編集者

 

李振赫(司会) 2016年10月27日、いわゆる影の実力者と言われた、崔順実氏のものと推定されるタブレットPCの存在が報道されて以降、朴槿恵大統領の憲法違反の情況が次から次へと明らかになっています。報道の当日、2万人がろうそくを持って集まったのを契機に、毎週土曜日、光化門広場でろうそく集会が開かれ、わずか2か月の間で累積参加者数が1000万人を超えたという集計もありました。みなさんご存じのように、このような史上最大規模の汎国民的な抵抗によって、昨年末の12月9日、大統領が弾劾訴追され、憲法裁判所の判決によって早期の大統領選挙など、大きな政治的転換の局面を迎えることになった状況です。このように巨大なろうそくの波が、単にタブレットPCという物質証拠、ないし国政介入に対する怒りだけで、一日で爆発したわけではないと思います。「朴槿恵退陣」とともに噴出した「これが国か!」というスローガンでも、これまで朴槿恵政権下で山積した弊害に多くの人々が怒ったことを確認できました。あわせてセウォル号沈没事件にしても、真相究明の運動、江南駅10番出口殺人事件の追悼集会、星州のTHAAD(高高度ミサイル防御体系)反対集会、梨花女子大本館占拠、文化界ブラックリスト真相究明の活動など、各界で不正に抵抗してきた結果が、今回のろうそく集会として噴出しているのではないかと思います。今回の「対話」では、朴槿恵=崔順実ゲート以前から、各自の領域で活動し、ろうそくを持って広場に集まった若者たちと話を交わします。まず各自、簡単な自己紹介をお願いします。

李知垣 私は昨年、江南駅女性殺害事件を契機に作られたフェミニズムアクショングループ「江南駅10番出口」で活動しています。2016年5月17日に、地下鉄2号線・江南駅で、ある女性が殺害された時、多くのマスコミが「無差別殺人」と報道しました。そのようななか、あるネット活動家が投稿で「これは女性嫌悪殺人だ」と指摘し、この問題意識に共感した人々が全国的に3万5千枚余りのポストイットメッセージを集めるという、フェミニズム運動が起こりました。このことを通じて、「女性嫌悪」という用語が社会的なイシューになったことも、やはり1つの成果だと思います。以前まで、社会に蔓延した性差別を具体的に語る用語がこれといって別途にありませんでしたが、この運動を通じて「女性嫌悪」という用語=武器を得たわけです。もちろん同意しない人もいます。その時を起点に、2016年6月6日、「女性嫌悪に抵抗するみなの共同行動」という集まりを組織し、その後、ゲーム会社ネクソンの声優交代反対運動や堕胎罪廃止運動を行いました。今回のろうそく集会では「フェミゾーン」(Feminist Zone)活動や「フェミニスト時局宣言」「フェミニスト時局討論会」を行いました。江南駅女性殺害事件がろうそく集会の量的拡張に寄与したとは思いませんが、政治的主体として、広場の民主主義を拡張させたのではないかと思います。

禹知樹 私は明確に特定の領域で活動したわけではありませんが、大学に通って着実に学生会で仕事をしてきました。そうするうちに今年は学生会長に当選しました。学校に通う間、毎年、大きな社会的イシューがありました。2013年には国家情報院の大統領選挙介入問題がありましたし、2014年にはセウォル号沈没事件や鉄道民営化が、2015年には国定教科書問題がありました。このようなイシューがあるたびに力を得ましたし、朴槿恵=崔順実ゲートを契機に、ろうそく集会にも参加することになりました。昨年の梨花女子大本部占拠闘争は、今回のろうそく集会にも少なからぬ影響を及ぼしたと思います。梨花女子大の未来ライフ学部の新設をめぐる学校と学生たちとの間の葛藤は、去年の夏から始まっていました。学校の非民主的な行政に反対して集会を始めましたが、その過程でチョン・ユラの裏口入学が表面化し、崔順実という存在が世の中に知られるようになりました。

千雄昭 私は「参与連帯」市民参加チームで活動しています。今回のろうそく政局では、「朴槿恵政権退陣、非常国民の行動」(退陣の行動)に派遣され、執行・企画チームにいます。活動期間は9年ほどで、これまで何度もろうそくを持って広場に行きましたが、そのたびに成長しているという印象を受けています。

 

一千万のろうそくと新たな民主主義

 

李振赫 現場で参加した方々も、テレビを通じて見た方々も、みなさん感じられたでしょうが、今回、ろうそくを持って集まったものすごい人波は、本当に驚くべきものでした。そのうえ、類例のない多様な年齢や多様な階層が集会に参加しました。どうしてこのようなことが可能だったのでしょうか?

千雄昭 予想できないほど多くの人が集まった事実と同様に、驚くべきだったのは、彼らがが持続的にろうそくを手にしたということです。おっしゃった通り、多様な階層や年齢が、それぞれ異なる契機や経験をもとに、ろうそく集会に参加しましたが、集会が繰り返されながら、互いに影響を受けた側面があるのではないかと思います。最初は互いにギクシャクしました。これまで蔓延していた男性中心的な発言や、少数者が疎外される集会文化に対する批判ないし受容が肯定的なエネルギーとなり、ろうそく集会のもうひとつの動力になったようです。互いに対する信頼が強くなったとでもいいましょうか。いまや単に長年の弊害を清算するという次元を越えて、新たな社会を夢見るところにまで発展していきつつあると思います。

禹知樹 大学の休みの間に、梨花女子大の多くの学生たちが学校で集会を行ったのは、崔京姫前総長に対してこれまで積み重なった不満が一度に爆発したのだと思います。ろうそく集会も似ていますが、李明博政権、朴槿恵政権と続きながら、積み重なった怒りが集結したような感じです。また「ヘル朝鮮」や「土の匙」のような用語でもわかるように、若者たちの生活がますます苦しくなっている世の中です。若者世代にとってチョン・ユラ特別入学は、特に怒りを誘発するものだったようです。このように、なんとか毎日を耐えてきたのに、結局、いい暮らしをして何事もうまくいく人は、すでに決まっているのだというところから来る怒りです。

李知垣 486世代は1987年の6月抗争を経験して以降、自らの手で民主主義を達成したという感覚を共有していると思います。ですが、今回の朴槿恵=崔順実ゲートを通じて、韓国社会の民主主義が虚像だったということを確認しました。486世代のような場合、そのことに対する怒りが、ろうそく集会に参加するようになった要因ではないかと思います。その次の世代は、韓国社会が民主主義社会として、少なくとも機会の均等は保障されているという信頼をもって、若者の失業、長時間労働、低賃金の社会を文字通り「ノー力」といいながら耐え、そのような信頼がこわれたということに敏感に反応したと思います〔「ノー力」:韓国語の「努力」(ノリョク)と英語の「ノー」をかけた言葉。個人の自己責任や努力を強調する既得権層の新自由主義的な発想を揶揄する若者用語――訳注〕。おっしゃったチョン・ユラ特別入学とともに、李在鎔(イジェヨン)のサムスン三代世襲の問題も重要です。朴槿恵=崔順実ゲートを通じて、サムスンの三代世襲が賄賂を代価に得られた特典であることが明らかになりましたが、このようなことを見ながら、韓国社会に機会の平等が保障されていなかったということを、新たに確認することになったんです。

李振赫 「サムスン共和国」という言葉の存在が、無駄ではなかったようです。朴槿恵=崔順実=李在鎔の贈収賄罪の「共犯」疑惑は、憲法第1条第1項「大韓民国は民主共和国である」に正面から違反した違憲的犯罪行為ですが、実際にきちんと立証されるかは不透明です。李在鎔に対する逮捕令状の棄却の時に集会参加者が増えたのも、そのことに対する不安や怒りが表出されたものだと思います。この問題は今後も関心を持って見守るべきでしょう。

さきほどのお三方のお話しを総合すれば、平等でない社会に対する怒りがろうそく集会を触発したために、「誰も疎外されないデモ文化」はそれ自体としてろうそく集会の動力であったという見方が可能だと思います。これほど大規模な人波が集まって、ついには大統領弾劾訴追案の可決に決定的な力を加えたという点で、直接民主主義の可能性を開いたという見解もあります。みなさんが共通して言及した「平等」は民主主義の基本原則です。韓国社会で手順を踏んだ民主主義が進展しましたが、民主主義の問題はいわゆる「生活」の問題よりも後回しだったのは事実です。ですが、世論調査機関のリアルメーターが今年の1月、次期大統領選挙の時代精神はいかなるものかと問う世論調査をしたところ、「正義」「統合」「公平」「民主」の順で高かったといいます。つねに上位を占めてきた「安保」「経済」などのキーワードが上位でなくなったわけですが、このこともまた、今、国民が民主主義の基本原則を正すことを渇望している証拠ではないでしょうか? 今回の集会を通じて、新たな民主主義の可能性に対して考えられたかと思います。

千雄昭 今回のろうそく集会の過程では、実際に直接民主主義がかなり具現されました。スマートフォンやSNSで可能になった双方向の疎通が、新たな流れを作り出した面もあると思います。過去のように、特定団体が集会を主管して大衆を動員する形ではなく、最近は市民が、集会を準備する執行部に有形無形の圧力を加えています。演者の発言も過去にはほとんど執行部が決めたとすれば、今回のろうそく集会では、自由発言が相当数配置されました。反面、オンラインでは既成政党や政治がきちんと作動しないという問題意識において、ネット市民が直接代表を選ぶ「市民議会」が急速に進み、市民の共感を得ることができずに失敗した事例もあります。もちろんこれは初めて試みられたことですから、その性格や意味を、中途半端に判断することはできません。民主主義というものは失敗する自由もあり、また、失敗が意義ある経験になったりもするからです。ですが、あまり用心深くてもだめでしょう。

李知垣 ろうそく集会というのは永続的には存在し得ないものでしょう。ですから、広場で活発な直接民主主義が続くことは難しいでしょう。ですが、多くの人々が今の代議制民主主義をきわめて狭いものと考えているようです。4年に1度や5年に1度、代表を選べば、彼らが何をしようと、その中間には市民が介入する方法がほとんどありませんから、大統領の権力を分散しながら、その権力を、地域や周辺部に再分配する作業が必要です。大統領だけでなく両党体制に対しても懐疑的です。政治は交渉の過程であるべきですが、まずもって交渉が不可能な構造ですからね。今は意外と多党制になっている面もありますが、実状は、保守的な4つの党が議会で多数を占めています。次第に弱まっていく少数政党が、より多くの発言権を持つことができる選挙形態、たとえば、連動型比例代表制のようなものを導入する必要があると思います。選挙権や被選挙権の拡大も、やはり権力の再分配のための課題の1つだと思います。今のような平均年齢55歳の男性中心の国会は、自然と「非障害者・異性愛者・中年男性」の見解が中心にならざるを得ません。

禹知樹 今回のろうそく集会を契機に、民主主義に対する討論がさらに多く行なわれればいいと思います。これまで考えられなかった話も出てくればもっといいと思います。代議制民主主義の限界も、自らの考えの表現に注意する必要がなくなった状況で、気付くことになったわけですから。これまで自らの考えを直接表現するためには、数多くの人がろうそくを持って広場に出るしかなかったとすれば、いまは、ろうそくがなくても、そのような意見表現が可能になるべきだと思います。政治制度においては、比例代表が大きく拡大すべきだという立場で、その過程で、選挙権・被選挙権の範囲も広くなりうるだろうと思います。

 

私たちみなのセウォル号

 

李振赫 これまで代議制民主主義の限界を指摘し、新たな方式を提示するたびに実現されませんでした。その理由は、「非効率」「高費用」「非理性的判断」「従北(北朝鮮追従)」などが代表的なものでしたが、今回のろうそく集会は、新たな民主主義も「やってみたらできた」ということがわかる契機になったようです。それほど非効率的でも非理性的でもなかったんです。直接民主主義の発展のためには、地域単位でも政治参加が活発化されるべきだと思いました。そのことを提示する制度改革が、中央レベルで議論される政府の形態や選挙制度に劣らず重要だと思います。また、広場の中で行なわれたことについて少し話しましょう。私は今、光化門広場を考える時、最初にセウォル号のことが思い出されます。セウォル号沈没事件は、大統領の空白の7時間の問題以外にも、これまで3年間、韓国社会の最大の懸案でしたし、今回のろうそく集会の重要な契機となりました。集会の参加者のひとりが「2014年4月から、少しも自由になれませんでしたが、今回のろうそく集会を契機に、一歩踏み出した感じです」と所感を明らかにしたのも印象的でした。ろうそく集会で、セウォル号はどのような意味を持っていたのでしょうか?

禹知樹 多くの人々が2014年4月16日に自分が何をしたのか覚えていると思います。あの時、どのような感情を抱いたかも思い出せるでしょう。多くの人々が「自分が事故に遭っても、国家はあのような形で対処するだろう」と思って絶望しました。セウォル号事件は「誰もが災難に遭う」という不安が、国家システム自体に対する不信として拡がった契機であり、このシステムを変えるべきだということが、明らかにろうそく集会の起爆剤になったと思います。2014年に12万人規模で追悼集会があった時も、実際に本当に多くの人が集まりましたが、いまや120万人が集まる状況にまでなりました。彼らの大部分が、セウォル号に対しては基本的な共感があるだろうと推測します。

千雄昭 ろうそく集会を企画しながら、できるだけ自由発言の演者の重複を避けますが、それでも最も発言した方々がセウォル号の遺族です。市民も常にセウォル号の遺族には大きく呼応しました。私は、セウォル号事件が、自分たちが失った共感能力を拡張する契機になったと思います。1997年のIMF金融危機以降、韓国社会で、他人の苦痛と他人の生に対して共感する能力が落ちたと思います。このようになったのには、社会的な強要もありました。代表的には、KBS芸能番組でタレントのカン・ホドンが毎日叫んでいた言葉があります。

李知垣 「自分でさえなければいい」(笑)。

千雄昭 そうです。「自分でさえなければいい」が流行語になったのも、共感能力の喪失を端的に示す事例です。セウォル号事件が与えた衝撃があまりにも大きかったために、2014年当時、追悼集会には1、2万人ほどしか集まりませんでしたが、セウォル号自体に対しては全国民が悲しみを共有したと思います。その悲しみが今回のろうそく集会の根底で怒りに変わったと思います。私たちの先輩世代にとって、1980年の5・18光州事件が心の負債ならば、今、市民はセウォル号事件に対してそう考えているようです。

李知垣 セウォル号は人間を利潤に置き換える資本主義の素顔、それと結託した国家、そしてその後に目撃された国家暴力までを総体的に示した事件だと思います。2014年の「じっとしていなさい」〔沈没船の船長が呼びかけた船内放送のメッセージ―訳者〕というスローガンは、実際にこれ以上じっとしていられないという、反省的な叫びの性格が強かったでしょう。当時、韓国社会が集団的な鬱病を経験したと思いますが、今はその時の市民が憂鬱から抜け出して、このように世の中を変えようと広場に出てきたのだと思います。このことが可能だったのは、2014年4月16日以降、一時も休まずに戦ってきたセウォル号の遺族、そして彼らと行動をともにした人々がいたためでしょう。

李振赫 ルソー(J. J. Rousseau)は「憐憫の限界が社会の境界」だと言いました。それが正しいとすれば、韓国社会は、セウォル号事件の痛みをともに体験し、その境界がひろがったと思います。ある評論家は、社会が拡張する証拠を、今回のろうそく集会が守る非暴力の基調において見出します。12月3日にあったことですが、孝子洞治安センターの前でデモ隊1人が倒れたら、すぐに警察バスの上にいた警察が、低体温症を防ぐためにホットパックを投げたといいます。警察とデモ隊の間に暴力が行き来するのではなく、共感が形成されることを、いいこととして考える視角が絶対多数のようです。ですが、平和デモに対する問題提起もつねに伴いました。「「優しいデモ」は多くの人々の呼応を得ることは容易だが、それが影響を及ぼしうる範囲は制限的」(藤井たけし『ハンギョレ』2017年1月1日付)という分析もありました。みなさんは平和デモについてどう思いますか。

 

「平和」デモ、どう見るべきか

 

李知垣 様々な人々が言ったように、この「平和」がはたして誰の立場における「平和」なのか考えなければなりません。集会に参加する人々は、国家システムと国家政策に反対して集まったわけですから、集会の目的は当然そのシステムを一時停止させることになります。今回のろうそく集会が平和デモを標榜したのには、「公権力の立場で学習された平和」が大きく作用したと思います。2015年に亡くなった農民のペク・ナムギ氏が倒れた時、数多くの人々がこの驚くほどの「暴力性」に注目しました。ただ、各自が注目する暴力の主体が違いましたが、多くの人々がデモ隊の暴力を強調すると同時に、法秩序の維持のための正当な手続きであるという免罪符を、国家暴力に握らせました。その次に作られた野党の国会議員の人間バリケードも寸劇でした。それが本当にデモ隊を守るためではなかったということは、その後、途方もなく多くの人々が連行されて警察の取調べを受けたという事実が物語っています。2015年の記憶は、システムを一時停止させるために広場に集まった市民が、国家に反対する小さな行動をしただけで非国民に置き換えられるという、だからこそ国家から保護されないということを学習した過程だったと思います。このように内在化された規律が、今回のろうそく集会の広場の中にもあったと思います。私は市民が、バリケードを作った装甲車に花のステッカーを付けて、後で直接はがしている姿を見てずいぶん驚きました。国家に反対する小さな行動も極度に警戒する姿のように見えました。もちろんそれが完全に否定的というわけではありません。市民が自らの市民性を確保するための手段であると考える余地もあるからです。ですが、本質的に今回の非暴力基調は、「平和」が国家の立場で学習されたためだと思います。

千雄昭 実際に集会の基調というものは、執行部が決めるからといって、かならずしも人々が従うわけではありません。今回の集会に参加した市民には、平和に対する確固たる意志があったと思います。もちろんおっしゃられた学習効果はありましたが、それよりも保守マスコミや守旧勢力にいかなる口実も与えないという意志の方が大きかったと思います。朴槿恵=崔順実ゲートは、国家に当然備わっているべき制度が、自らの役割を果たせなかったために炸裂しましたが、逆説的に集会の現場では、最小限の制度が役割を果たしたので、数多くの人々が非暴力を続けていけたと思います。今はあまりにも自然に光化門広場を使っていますが、実際に広場が自らの役割を果たすことも容易ではありませんでした。警察は持続的にデモ隊の暴力を誘発するために、俗っぽい表現で「加減を加える」こともありましたし、集会の申請を許可制で運用しながら許可しませんでした。そのような状況で、裁判所が、市民団体の出した執行停止仮処分を認容するなど、劇的な契機があったために、広場はずっと開放された状態を続けることができました。その過程で、大統領府の100メートル手前まで無血入城が可能だったんです。ろうそく集会が長期化して、人々は疲れることもあったでしょうし、平和集会の基調に懐疑を感じることもあったと思います。ですが、ろうそくの力は、弾劾訴追案を圧倒的に可決させ、最初の憂慮とは異なり、特別検察チームが善戦しているのも、ろうそくの力のおかげです。このような好循環を見て、市民も、自分たちが平和基調を維持してもいいだろうと考えたと思います。

禹知樹 以前、集会に初めて出かけた時、とてもこわかったことを思い出します。警察も威嚇的でした。私は、非暴力というものが、市民には集会に参加するかどうかを決めるとても重要な要素でもあると感じました。実際に今回、非暴力の基調が、多くの人々が共に行動するいい契機になったと思います。ただ、根本的に、誰が平和を叫ぶのかという違いはあるかもしれません。国家はつねに非暴力を要求します。さらに時には記者会見場でスローガンを叫ぶことが、暴力として規定されるほどです。結局、集会および示威に関する法律にきちんと従えということですが、このようなものに順応することも、平和に向けた強力な意思表現と見ることができるかは疑問です。

千雄昭 この問題について書かれたコラムを見ると、非暴力について批判的に語った場合が多かったようです。私は今の非暴力が、誰かが規定して強要したものではないことは、自信をもって語ることができます。平和は、広場に集まった市民が自ら選択した「戦略」であり、その選択は依然として有効です。

李振赫 これまでの集会には、いつも装甲車で作られた壁があって、市民はその壁の向こう側の相手に向かって突進する形でした。反面、今回のろうそく集会に参加した市民には、彼らが足を踏みしめている広場自体が、壁の向こうのいかなる存在よりより大きな意味があったために、非暴力が可能だったとも考えられるでしょう。人々が多く集まれば、暴力的になる人たちもいるものです。今回もパトカーの上に上がったり、警察と物理的に衝突する人もいましたが、そのたびに出てきたスローガンは、「後に、後に」でした。千雄昭さんの話でいえば、この集会が「暴力的」に流れる時、さらによくない状況がくるだろうということを市民が知っていたし、それによって平和を「戦略的に選択」したのだとも考えられます。

千雄昭 平和集会が可能だったのは、裁判所の決定が一助したのは正しいですが、何よりも広場に集まった人々の数字が、これまできちんと作動しなかった制度を動かすのに最も大きく作用したようです。制度が力を発揮するのを見ながら、市民が自信を得て、だから、大変だけれども、この次もまた来ようと考えるようになりました。もちろん、弾劾案が否決されたとすれば、非暴力の基調は変わったかもしれないでしょう。ですから、この戦略的な選択は、これまで有効だったために選択されているもので、いつでも変わりうるでしょう。

禹知樹 お話しを聞いてみると、戦略的な選択でもあると同時に、そのような「戦略」も、ある種の運動論に限定されているのではないかと思います。「戦略」というものを、何かを達成するための手段や方法として見るならば、「非暴力戦略」は、不法と暴力という誤解を避けるために選んだことになるでしょう。ですが、不法と暴力という誤解をそっくり認めたという点が、むしろその運動論に限定されていることでもあるだろうと思いました。

李振赫 「平和集会」に対しては、多様な評価と意見があるだけに、今後もずっと考えるべき問題ではないかと思います。今回のろうそく集会が終わっても、この議論が続くように祈りたいと思います。非暴力の基調とともに、マスコミにしばしば登場したのが、多様なパロディに代表される風刺と諧謔でしたが、今回の集会で特に印象的だった場面として、どのようなものがあるでしょうか?

千雄昭 まず、既存の運動圏の秩序に抵抗する、数多くの旗がありました。「カブトムシ研究会」ようなものです。私は、この旗が今回、突然、登場したものではないと思います。2008年に、いわゆる「明博山城」というコンテナの壁が光化門に作られました。その時、明博山城の前にスチロールで階段を作って、これを飛び越えるかどうか、デモ隊の内部で何時間か大討論を行いました。あの時は運動圏が主導する集会に対する不満があり、それが大討論会でも如実にあらわれました。「旗を降ろせ」というスローガンまで出るほどでしたから。今回は旗を降ろせとは言わずに、むしろ「そうか? 私たちにも旗があるぞ」というように、誰でも旗を掲げ始めたという違いがあります。とりわけ、既存の団体のパロディ多かったのが印象的でした。民主労総(ノチョン)をパロディにした「民主墓塚(ミョチョン)」や、アムネスティをパロディにした「ハムネスティ」のようなものです。

李知垣 女性を卑下した歌詞で物議をかもしたDJ DOCの公演が、「一部女性団体の抗議でキャンセルになった」という新聞記事が出てから、韓国女性民友会で「一部女性団体」という旗を掲げたりもしました(笑)。ですが、風刺や諧謔も、どのような観点で見るかによって、ある人たちに対しては暴力になりうるのではないでしょうか? 今回のろうそく集会で、風刺と諧謔であるとして登場した「病身女」や「鶏女」のような言葉も暴力になったりします。

 

デモと女性・少数者の人権

 

李振赫 実際に「平和だった」「連行者がいなかった」「おもしろかった」のような称賛がすべてを言い表すわけではありませんでした。おっしゃった通り、大統領の生物学的な性別が女性という理由で、女性卑下があちこちで登場しましたし、身体の接触のような性暴行もありました。こうしたことはみな暴力の範疇に入るでしょうが、そのような面は強調されなかったようです。

千雄昭 誤った発言や女性・障害者への卑下が最初は多かったと思います。ですが、私は、そのことに対する問題提起を、市民がいち早く受け入れたと思います。退陣の行動でも、演壇に立つ発言者に、事前に社会的弱者に対する暴力や嫌悪発言をしないように案内していました。それでも発言の途中で、そのような言葉の暴力が実際に何度もあったわけですが、そこに問題提起があるたびにいち早く受け入れていました。発言者がすぐに謝ったり、司会者が誤った点を指摘したりもしました。その過程で私たちのデモ文化が一段階発展した面もあると思います。現場での手話通訳のような部分も、今回の集会で目立って変化した点でしょう。

禹知樹 おっしゃったようなことがあったにもかかわらず、私はこの地点だけは、韓国社会がどのような状況なのか直視できたと思います。江南駅での女性殺害事件以降、女性嫌悪に対する問題がかなり公論化されましたが、依然として解決にはほど遠いことを感じました。ただ一方で、そうであっても、私も今回のろうそく集会自体は、鼓舞的な側面がより大きかったと思っています。そのような問題提起があるということを、あるいはあり得るということを、100万人を超える人々が現場で直接体験したからです。私も新たにいろいろなことを実感しました。

李知垣 他の見方をすれば、当然の話ですが、ろうそくデモを単一のアイデンティティとして一緒にすることはできないと思います。その内部を横断する多様な立場や観点があるからです。広場内部のフェミニスト同士が集まって、集会に参加した「フェミゾーン」が形成されたのも、現時局をフェミニズム観点から批判したフェミニスト時局宣言をしたのも、そのようなアイデンティティを示そうとする試みでした。事実、100万人ぐらい集まれば、そのような形の暴力が発生するのは、あるいは自然なことでもあります。そのために自らの言葉や行動に対して、さらに多く省察するべきでしょう。ただ、嫌悪発言などに対する指摘や制裁はありましたが、それがどれほどの意味を持って受容されたかは疑問として残ります。DJ DOCの公演キャンセルが代表的な事例だと思いますが、他の見方をすれば、歌手がどんな歌を歌おうと、聞きたくないならば聞かなければいいんです。多くの人々がそうせずに、そこに問題提起したことは、ろうそく集会が民主主義の場であり、民主主義と女性嫌悪は共存できないからでしょう。そのような歌詞が広場で歌われることだけは阻むべきだということだったのですが、このことがかなり表現の自由問題と結び付けられて、むしろずいぶん攻撃されました。聞きたければ聞いてもよく、歌いたければ歌ってもかまいません。検閲もありませんでした。でも「親朴フェミ」(=親朴槿恵フェミニズム)という言葉も登場しましたし、「右派フェミニストの陰謀」というような、あきれた非難もありました。それでも私は、フェミニストが広場でフェミゾーンを設けることによって、みなが単一のアイデンティティであるという観点に亀裂を入れたことが意味ある試みであり、このような動きが民主主義を豊かにする過程だと思います。また、退陣の行動の側の人権ガイドラインや障害者への卑下発言に対する謝罪には感心しました。いち早く公演をキャンセルしたのは実際に驚きもしました。

千雄昭 公演1日前に決定されました。

李知垣 キャンセルしろと要求しながらも、内心「このように大規模の公演がまさかキャンセルされるだろうか?」と思っていましたが、実際にキャンセルされました。これがすぐに決定されたのも、運動陣営が肯定的に変わったことを示す事例だと思います。それが可能だったのは、運動陣営の中で、平等という価値に対して持続的に検討しながら、内部的に問題提起してきた方々のおかげだと思います。

千雄昭 私たちは大統領の退陣を主張しながら、前だけを見て進んでいるようですが、実際にはともに行動する人々の意見を傾聴することの方が重要です。多様な意見を聞いて問題意識を公論の場に出すようになったのも、今回のろうそく集会の成果だと思います。以前と同じだったら、「大義があるのに、そのようなことが重要か」と言ったでしょう。このような変化が可能だったのは、誰か特別な人が牽引する集会ではなかったからです。公演のキャンセルも意志決定は早かったですが、このようなことが1日でなされたわけではありません。集会が続く間、着実に女性嫌悪に対する問題提起がありましたし、公演のキャンセルもその延長線上で判断できたと思います。もちろんSNSの影響も大きかったでしょう。過去ならば、このような問題提起を受け入れて正す通路があまりありませんでしたからね。

 

労働運動が疎外された?

 

李振赫 かと思えば、今回のろうそく集会で、既存の労働勢力、あるいは労働活動家が疎外されるという不満もよく聞かれました。これまで大規模な集会の先頭に立った人々ですからね。今回のろうそく集会が、既存の労働運動の主題を吸収した面も明確にあるでしょうが、にもかかわらず、労働者の声は小さかったという意見に対してはどう思いますか?

千雄昭 今回のろうそく集会で、労働活動家も疎外されずに充分発言していたと思います。政治的な立場によって違うでしょうが、私はむしろどちらか一方が過剰に代表されることのないように留意すべきだと考えています。たとえば、演壇に出る発言者を誰にするか、ものすごい論争があります。労働運動の側では労組の代表者を立てようとしますが、市民社会の側では、できるだけどの組織にも属していない一般市民を演壇に上げよううとします。もちろん、これまで労働運動が歩んできた足跡は心から尊重し、労働活動家の思いも理解しますが、むしろ初めて来た市民に多く機会を与えて、「自分たちが作っていく」という感覚を与えるべきだと思います。実際に、集会をモニターしてみると、最も呼応のいい演者は青少年でした。青少年は聴衆に説明したり教えようとしません。自由発言者の選定時に、性別や年齢など多様な要素を考慮したので、そのような印象を受けたのかもしれません。

李知垣 労働者と市民は別個の存在ではないでしょう。また国家システムに対する問題提起には、必然的に資本と労働という領域が含まれるでしょうが、このことは労働活動家が着実に声を出してきた領域でしょう。マスコミや権力によって作られた、運動圏に対する深い不信や嫌悪の情緒が、今回のろうそく集会でもいつの間にか作動したのではないのかと思います。「平和集会」が学習の結果であるという側面があるだろうと申し上げましたが、この問題も同じではないか思います。

禹知樹 今回のろうそく集会は、多様な人が参加しただけに、各自の色をある程度抑えながら合わせていった面もあると思います。かならずしも労働運動の側が疎外される構造が作動したわけではありません。実際に民衆歌謡や「闘争」というスローガンよりは、今回の集会に出てきた大衆歌謡は、多くの人々がいっしょに歌うのに相応しかったとも思います。労働者も農民もフェミニストも、各自の声だけを出すのではなく、できれば多くの人にともに話を伝えようとする過程で、否応なく、すでに最も大きな役割をしてきた労働運動が疎外された印象を受けてしまったのではないでしょうか。

千雄昭 この問題に対しては、ろうそく集会が終わっても、考え続けるつもりです。一例として、蔚山(ウルサン)で今回、大きなろうそく集会がありませんでした。蔚山は労組組織率が高く、慶尚道地域なのに、いつも進歩政党の国会議員を当選させてきたところですが、今回見ると、他の地域に比べて集会規模がかなり小さかったようです。中途半端に理由をあげることはできませんが、今後、注意深く探求すべき問題だと思います。

 

「応戦」集会? 戒厳令を語る人たち

 

李振赫 ご存じのように、親・朴槿恵の団体も大規模な集会を行っています。日当を与えて人を動員している情況が伝えられ議論になっています。マスコミではこれを「応戦集会」「太極旗集会」などと表現します。太極旗がどちらか一方の象徴になったのも妙なことですが、実際に、11月には光化門広場の露店でろうそく類だけが売られていましたが、親朴集会が続いて、ろうそくとともに太極旗を売るところが増えたようです。それだけ太極旗を持って集まる親朴集会が大きくなっているのは事実ですが、これをどう見られたか気になります。

禹知樹 「応戦」という用語は、既得権が親朴集会を正当化するために作った用語ではないでしょうか。相手がろうそくをとったから、それに対抗して応戦する、というような形でです。そしてマスコミがそれに加勢して、あたかも同じ規模のように画面や紙面を構成しています。太極旗と星条旗が一緒にはためいている不思議な集会なので、その内容に対して真面目に語る必要はないと思うんです、問題は彼らの暴力性です。私は光化門広場でしばらく司会をしていましたが、その時「朴槿恵を思慕する集い」のグループが、スピーカー線を抜いたりして集会を妨害しました。大小の物理的衝突があったということも聞いています。

李知垣 戒厳令を宣言するべきだ、軍隊を動員してすべて撤収させるべきだといった主張は本当に衝撃的でした。「応戦集会」というよりは「太極旗集会」と呼ぶ方が適切だと思いますが、その太極旗が示す象徴性があります。太極旗集会に参加する人は、おおよそ50代以上で、強力な国家観がある人たちだと思います。韓国が貧しかった時期から自らの手で社会を作り、この国を作ったという自負がある人々でしょう。でも、ひょっとしたら、今、最も貧しい世代でもあります。運動家である私にとっては説得の対象でもあります。その人たちが社会に接する形は、まず最初が総合編成チャンネル〔李明博政権期に、地上波と同様にニュースから娯楽番組まで編成することを許されたケーブル放送局の総称。朝鮮日報、中央日報、東亜日報などの新聞社がその主体だが、内容はおおむね右派的で保守勢力の主張に近いとされる――訳者〕、その次に村や宗教などの共同体ですが、彼らが皮膚で感じられるほど、進歩陣営の中でも地域と世代に対する具体的な代案が必要だと思います。彼らをひたすら暴力的で無知であると片付けていてはいけません。ろうそくを持った人々も、彼らとともに語り合う接点を増やしていくことを考えるべきでしょう。

千雄昭 そのような集会に参加する人々に「保守」というレッテルを付けるのは難しいと思います。私は不正腐敗を保護する勢力だと考えています。親朴集会は結局、特定の運動論を形成するための試みだと思います。地域葛藤、理念葛藤、世代葛藤を煽ろうとする試みだと思いますが、最大限そこに巻き込まれてはならないと考えています。警察も、親朴集会の参加者の集計には甘く、ろうそく集会には厳しいですが、そのようなことにも気を使うべきではないと思います。

 

ろうそく集会が成し遂げたこと、成し遂げるべきこと

 

李振赫 今回のろうそく集会に対する呼称が多様です。「ろうそく集会」が一般的ですが、「ろうそく抗争」や「ろうそく革命」という場合もあります。そのうち、「ろうそく革命」という呼称には示唆することろが多くありそうです。このろうそくを、革命的な変化を作る契機にすべきだという思いが投影された呼称であり、あるいは、すでにろうそくがそのような変化をもたらしているという診断でもあります。「ろうそく革命」という表現に対してはどう思いますか。

千雄昭 私は「革命」と呼んでも過言ではないと思います。政治や制度がきちんと作動しない状況において、市民が広場に出て、それを機能させるべく導いている側面があるからです。しかし、今後の方が重要です。このろうそく集会をどう発展させるかによって、「革命」の前につく修飾語はかなり変わりそうです。「未完の革命」や「中途半端な革命」になることもあるからです。

李知垣 朴槿恵大統領に対する弾劾案が、国会で圧倒的に可決されるにあたって、ろうそく集会が及ぼした影響を考えれば、革命的な力が明確にありました。でも今回のろうそく集会を「革命」と呼ぶのは難しいと思います。弾劾決定は憲法裁判所にかかっていますが、憲法裁判所は国民を代表するものではありません。大統領の退陣に対する総体的な権限が、より広範な民主主義の領域から外に出て、司法体系の狭い部分に移行してしまった感があります。国民を代表する国会の聴聞会の権威を考えれば、このような思いがより強くなります。証人がきちんと出席もせず、簡単に偽証して……、今回のろうそく集会を「革命」というためには、ろうそくの力が直接的に朴槿恵大統領を引き下ろすべきでした。もちろん弾劾裁判もろうそく集会も進行中なので、いくらでも変わりうるのですが、これまでの状況をみたとき、「革命」と評価するには中途半端な面があるということです。朴槿恵政権の反逆者であった黄教安が大統領の職務代行をやっているのも、そのような部分を示していると思います。

禹知樹 100万のろうそくの力が、抵抗の根拠地だった光化門広場を、誰でも自らの望むスローガンを叫べる空間に開放したとき、「第2線に後退」とか「挙国中立内閣」などといって顔色をうかがっていた野党が、「即刻退陣」を叫ぶようになった時、弾劾訴追案が可決された時、このすべての過程がろうそく革命ではなかったかと思います。政界は、続々と押し寄せるろうそくの顔色をうかがわざるを得ない状況であり、それによって、逮捕されることなど予想できなかった金淇春(キムギチュン)のような人物まで逮捕されました〔金淇春――1970年代に在日韓国人留学生スパイ事件を操作し、文世光事件で被告の自白引き出しに貢献したとされる。その後、検察総長や法務部長官、国会議員などを歴任。議員時代には武鉉大統領弾劾審判の訴追委員などもつとめた。朴槿恵政権では第2代大統領秘書室長(2013.8-2015.2)。崔順実など国政介入事件の関連で2017年1月に逮捕・拘束された。――訳者〕。これほどであれば、一次的にはろうそく革命が達成されたと思います。ただ仕上げをどうするか、社会システムをどこまで変えられるかが、ろうそく革命を後に評価する重要な要素になるだろうと思います。大きなろうそく革命だったか、小さいろうそく革命だったか。ろうそくが変えた範囲によって、このような呼称がつくだろうと思います。

李振赫 李在鎔の逮捕状申請が棄却された時、多くの人々がろうそく集会の無力を感じたと思います。今、韓国社会は、大統領1人が問題ではなく、財閥の特権とそれにともなう弊害も並大抵ではありません。ろうそく集会が切り開いた改革の糸口がどこまで続くか見守ることも、そして声を出し続けることも重要ではないかと思います。ろうそく集会がいつまで続くかもこれと無関係ではないと思いますが、これがいつまで続き、何を成し遂げるべきとお考えでしょうか?

李知垣 いまや弾劾政局から一段階発展して、大統領選挙政局に進んでいると思います。今後さらにそうなるでしょう。ならばそれだけ、ろうそく集会が永続的ではあり得ないということを、より考えるべきだと思います。おっしゃったように、ろうそく集会の動力がなぜ財閥に及ばなかったかも、さらに確認すべき問題でしょう。ろうそく集会が国家システムに対する問題提起だとすれば、この問題提起は、大統領選挙の政局の下でも持続的に行なわれるべきです。

千雄昭 既存の制度に対する信頼が一部でも回復したことを確認して、はじめて市民が安心できるのではないでしょうか。現在、その起点は、憲法裁判所の弾劾認容でしょう。いまや退陣の行動も、ろうそく集会以降を準備するべきです。「広場の週末」と「日常の平日」の二分法を越えて、広場のろうそくをどのように日常のろうそくにできるか考えているところです。話を聞いてみると、多くの人々は、週末に広場に出てきて幸せですが、日常ではまったく幸せではないと言われます。広場では、社会がいますぐにでも変わりそうな革命前夜で、集まった人々もみな平等に見えますが、日常に戻ると、アルバイトの賃金まで搾取する社長がいるように、不平等と矛盾が今なお残っているからです。

李知垣 ある評論家は「広場の躁症と日常の鬱症」と表現しました(オム・ギホ『私は世の中をリセットとしたい』創作と批評社、2016)。その躁鬱が繰り返されて、心理的にも肉体的にも疲れた状態にあるようです。私もより多くの広場が作られるべきだということに同意します。フェミニスト時局討論会が、小さな広場の一種の形だったと思いますが、その広場はどこでも可能だと思います。互助会の集まりでも可能ですし、オンラインゲームチャットでも可能です。

禹知樹 日常において、このことをどう解決するかは、さらに検討すべきでしょう。私は学生であり、学生会の活動をしているので、そのような「日常のろうそく」や「小さな広場」を作るのが、今年の私の日常かもしれませんが、この公論の場をどのように社会全般に拡張するかは悩みどころです。まず、まもなく本格化するであろう大統領選挙の政局で、どのような方法の直接民主主義が発現できるかに関心を傾けるつもりですが、人々の意見が直接受け入れられて、互いに疎通する様相が見えれば、「日常のろうそく」の可能性もより大きくなるだろうと期待しています。

 

時代の転換を夢見て

 

李振赫 ろうそく集会が大統領弾劾だけに留まっていてはならず、韓国社会の根本的な変化を引き出すべきだという点に、3人の意見が集中したようです。ならば具体的にどのような変化が考えられるでしょうか。10年にも及ぶ李明博・朴槿恵政権の下で破壊されたものがかなり甚大なので、変化が必要な部分もそれだけ多様ではないかと思います。代表的な問題として南北朝鮮の関係があるでしょう。2016年に北朝鮮の第4次核実験の直後、朴槿恵大統領は開城工業団地を閉鎖しました。これにとどまらず、8・15光復節記念式典の祝辞や国軍の日の祝辞では、事実上、北朝鮮の住民の脱北を奨励しました。このために南北関係が一寸先もわからない局面に入り込んだ中で、ろうそく集会が始まって、この傾向がひとまず止みました。これもまた、ろうそく集会の主要な成果の1つだと思います。ですが、核問題をめぐる対立は続いていて、ここにアメリカによるThaad(高高度ミサイル防衛システム)配備の問題が、朝鮮半島や東北アジアに深刻な状況を招く可能性があります。最近では、崔順実が開城工業団地を閉鎖した後、本人の利益のために団地の企業をケニアに移転させようとしたという疑惑が報道されました。以前であれば、「まさか、そんなことが?」と思われたような、きわめて呆れた話すら大衆が聞き流さないのも、一個人や少数の国政介入勢力が、その関係を終了させてしまえるほど、南北間の信頼に亀裂が入ったからだと思います。このような状況を変化させなければ、韓国社会を改革する作業も順調ではないでしょう。また、韓国社会の既得権層の腐敗も、今回、克明に示されたと思います。サムスンに代表される財閥問題をとってみても、朴槿恵=崔順実ゲートが最初に話題になったとき、『創作と批評』誌の「対話」欄で取り上げたりもしましたが(「韓国の財閥、財閥の韓国?」、2016年冬号)、依然として解決の糸口さえ見つかりません。各自「最も重要な変化」を1つずつ示すとしたら何になるでしょう?

千雄昭 何よりも政治が変わるべきだと思います。政治が、私たちの生を変えることができる、最も容易で早い道だと信じるからですが、代議制民主主主義の限界が、昨年、最も克明に見られたと思います。今回のろうそく集会の最も重要なキーワードは「参加」だと思いますが、ろうそく集会の経験が、単なる政権交代を越えて、新たな参加を作り出すことを希望します。以前は投票所に行って投票することだけが参加だったとすれば、いまや私たちは、自らの声を候補の公約に反映させるなど、より広い参加を実現する動力を得たということです。

禹知樹 私も、政治の変化が、最も効果的に多くのことを変えると思いますが、政治を変えることによって、最初に成し遂げるべきは機会均等だと思います。今、若者の世代が「懸命に生きてもよくなることがない」という思いに陥っているといいますが、これはチョン・ユラ事件を見てもわかるように、まったく根拠のない敗北主義と片付けられるものではありません。「努力しただけ代価を得る世の中」を作るのに、政治が寄与する余地は大きいと信じます。とりわけ個人的には、生活の問題が政治と無関係ではないことを切実に悟りました。若者の世代がより活発に政治に参加して声を出すことが重要だと思います。

李知垣 何よりも韓国社会で長く続いてきた開発主義、成長主義、そして勝者独占の体制を変えることが重要だと思います。いまや、そのようなことを克服して、生態主義やフェミニズムのような多様な価値に対して考える時だと思います。家父長制の問題を指摘したいと思いますが、この時、家父長制は単に家庭内に限定されるものではありません。国家が家父長であり、国民がそれに従属した存在であることによって、疎外されてきた人権や労働のような様々な価値を見守るべきだということです。もちろん家父長制の下で必然的に存在してきた女性嫌悪も反省するべきでしょう。

李振赫 今後も続くろうそく集会にどのように参加するか、また、ろうそく集会以降、どのような活動を作るか、考えるべき課題が多いと思います。各自の苦悩や確信を分かち合いながら、今日の座談会を終えられたらいいと思います。

禹知樹 私は大学生なので、大学生の立場で申し上げます。朴槿恵政権の下で施行されてきた教育政策を1つ1つ点検してみるつもりです。大学を飼い慣らそうとする政府の露骨な試みが全面的に出てきたからです。また、大学生の政治参加が、最低賃金の問題から雇用問題まで、様々なイシューに影響を与えることができると思います。梨花女子大も含めた大学連合で共同要求案を想定し、大統領選候補に伝えて、直接討論する方式についても考えています。李明博大統領も朴槿恵大統領も、候補の時期に授業料半額化を掲げ、きちんと施行されることはありませんでしたが、当事者の立場で私たちの要求を集約してみるつもりです。

千雄昭 広場に集まった市民の参加が、公的領域に対する参加にどのようにつなげられるか考えています。そして何よりも、今回のろうそく集会が終われば、集会を含めた全体の過程を、きちんと注意深く点検するべきです。フィードバックもかなりあるでしょう。市民運動の陣営が市民と疎通する能力、また共感する能力を育てるために、このような作業が重要だと思います。全体的に大きく成長できる契機になるだろうと希望します。

李知垣 フェミニズムは多様性、平等、人権のような価値を語る学問であり運動です。運動はともに行なう時、より大きな意味になります。今回のろうそく集会の過程で新たに登場したフェミニストの主体、またすでにフェミニズム運動を続けてこられた方々とともに、フェミニズム政治がいかなるものであるべきかについて考えてみるつもりです。単に国会に女性議員が多くなることがフェミニズム政治ではありませんからね。大統領選挙の過程でも、大統領選挙以降も、議論が続いて、フェミニズム政治というものをともに作っていきたいと思います。

李振赫 長時間、お話し下さってありがとうございます。今日、確認したことを、新年にみな達成できればと思います。(2017年1月24日、創作と批評社・細橋ビル)

(訳=渡辺直紀)

 

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