キャンドルの経済学:韓半島経済のミクロな基礎

特集 | 李明博政府、このまま5年を続けるのか

 

2008年 秋号(通卷141号)

李日榮(イ・イルヨン) ilee@hs.ac.kr

韓神大国際学部教授、経済学。近著として『韓半島経済論』(共著)、『中国農業、東アジアへの圧縮』などがある。

 

1. 力動性と無秩序

よく韓国社会の特徴を「力動性」という。2007年の大統領選挙と2008年の総選挙で李明博政府は連戦連勝したが、その直後アメリカ産牛肉の再輸入によって触発された「キャンドル集会」は大衆の地力と政権の無能を劇的に対比して示した。占領軍のようだった執権勢力はコンテナーボックスで巡らされた「お城」の中で籠城するみすぼらしい姿に転落したし、街頭政治の大衆は「集団知性」として褒め称えられたりもした。

しかし力動性のもう一つの顔は「無秩序」でもある。動態的に変化する環境で新しくて進取的な経済「秩序」を形成することは、一つの社会における最も大事な課題に当たる。しかしわれわれは無秩序が続いたり、広げられるという不安のもとに置かれている。経済史学者たちが指摘するように、無秩序は不確実性を高め、社会構成員の殆どを敗北者にする。秩序は長期経済成長の必要条件であり、民主主義の必要条件でもある。Douglass C. North著、趙錫坤訳『経済変化過程に関する新たな理解』、ヘナム、2007、第8章。 われわれに秩序を作る能力があるか。進歩改革陣営も「李明博と反対に」だけやればそれでいいのか。
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キャンドル抗争と87年体制

特集 | 李明博政府、このまま5年を続けるのか

 

2008年 秋号 (通卷 141号) 

 

金鍾曄(キム・ジョンヨップ) jykim@hanshin.ac.kr

韓神(ハンシン)大学校社会学科教授。著書に『連帯と熱狂』『エミールデュルケム(Emile Durkheim)のために』などがあり、コラム「6月の広場を踏んで進む2008年キャンドル抗争」などを『創批週間論評』に寄稿した。

去る5月以降、われわれは類のない抗争の時間の中にいた。こんな新しい事件の中にいると、それを理解しようとする欲求は強くなる。だが、このような欲求を満たすことはそれ程容易くはなさそうだ。事件が新しいほど、既存の認知的枠の変化が求められるわけだが、抗争の時間がまだ終わっていないだけでなく、現在の解釈が抗争参加者たち自身の意味資源として還流して、事件そのものの行路に影響を与える状況だからである。解釈の妥当性を確保することは難しいのに比べて、解釈作業は強い現実介入性によって、後に及ぼす影響をも考慮しなければならない責任を受け持つわけである。
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現代韓国の抵抗運動とキャンドル抗争


特集  李明博政府、このまま5年を續けるのか

 

2008年 秋号 (通卷 141号)

 

韓洪九 (ハン・ホング) hongkoo@skhu.ac.kr

 

聖公開大学教養学部教授、平和博物館建立委員会常任理事。著書に『大韓民国史』(全4冊) 『ヒトデ』(共著)などがある。

 

1. 韓国現代史の予測不可能性

5月2日、ソウルの清渓(チョンゲ)広場で女子中高生らが小さなキャンドルに火を点し始めた。そしてそのキャンドルの炎は今も衰えることなく点されている。最初のキャンドルに火が点される一週間前にはここまで大げさな事態になるとは誰も予想できなかったであろう。韓国の現代史の特徴の一つは予測不可能性と言えよう。歴史というものが元々予測不可能なものであるのか、或いは韓国の大衆が格別力動的なのか、それとも知識人たちが未来を見通すことができないのか正確には分からないが、韓国現代史は予測のできない逆転が繰り返された歴史であった。なぜ我々は大衆の力動性を読み取ることができなかったのだろうか。それは恐らく我々が大衆を信頼していなかったためであろう。

韓国の民主化や進歩的な変化を望んでいた人々にとって2006年と2007年は残酷な時期であり、暗澹な状況であった。80年代の民主化運動において一定の象徴性と代表性を有した金槿泰(キム・グンテ)議員は李明博(イ・ミョンバク)候補の大統領当選が有力視されると「韓国の民主主義と経済発展を達成させた国民が呆けてしまったのではないかと懸念される」という「痴呆症発言」により問題になった「金槿泰「国民が呆けてしまったのではないか」騒動」『プレシアン』2007.11.26.。暗澹とした70、80年代に我々が大衆の力を信じていなかったら果たして民主化運動や民衆運動のために自分自身を投げ出せただろうか。社会運動とは最も暗澹な状況の下でも大衆の中に芽生えた小さな炎を見つけ育てることから始まるものだ。ところが我々は2006年と2007年、ただ大衆のせいにばかりして何もしようとしなかった。一部の人々は政界に進出した民主化運動出身者たちに状況の深刻さを警告したりもした。その度に「大丈夫。どうせ二大政党の状況で大統領選挙は5%以内の戦いだ。このぐらいの格差は心配ない。」という答えが返ってくるだけであった。しかし選挙の結果、5%どころか5百万票という大差であっけなく敗れてしまった。

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