南南葛藤から韓半島先進社会へ : どこが中道でなぜ変革か

論壇と現場

 

2006年 冬号 (通卷 134号)


白樂晴 paiknc@snu.ac.kr

 

文学評論家、ソウル大名誉教授。今年出版された著書としては、社会批評書『韓半島式統一、現在進行形』、文学評論集『統一時代の韓国文学の価値』がある。

 

1.はじめの言葉

死んだ社会には葛藤がない。しかし葛藤が生命現象の一部であっても、消耗的な葛藤をなるべく減らし、不可避な葛藤を生産的・創造的な動力として活用する社会こそが立派な社会であり、他の見本となるような先進社会であるだろう。韓国において社会統合を語ることも、あらゆる葛藤が取り除かれた状態を狙うというよりは、消耗的葛藤を生産的対話に変えようとすることであるのはもちろんだ。そのような主旨において「中道改革主義」 「中道保守」「和解と共存」「社会的大妥結」といった中道を標榜する多くの路線が提示されたのであり、私自身、「変革的中道主義」 拙著『韓半島式統一、現在進行形』(創批 2006) 30‐31、58‐69頁参照。 というものを提出したりもした。

ところが韓国社会内部の葛藤を、敢えて「南南葛藤」と表現する時には、南北間の葛藤を含んだ南北関係を念頭に置いている 実際に6・15共同宣言以後の国内葛藤を対象にこの表現が登場したりもした(慶南大極東問題研究所編『南南葛藤の診断および解消方案』、慶南大学校出版部、2004年、13‐4および102頁)。 。 2000年6月の南北首脳会談と共同宣言は南北和解のための画期的事件だったが、南側内部の葛藤をむしろ激化させる結果を生みもしたのである。その上、これが南北問題をめぐる争いだけでなく、たとえば医薬分業をめぐっての「医療大乱」のように、国内問題に関する利害対立が大々的な社会混乱に至ったりもした。もちろん、当局の未熟な対応などさまざまな他の要因が介在したが、大きく見れば分断体制の抑圧的装置に押さえ付けられた諸矛盾が表出されたものであり、過去には 「安保次元」で抑制することもできた葛藤が表面化したという点で、先進化の一過程でもあった。実際、その点は南南葛藤という表現が出る前の1987年にも、6月抗争によって独裁政権の鉄拳統治が緩和されるやいなや労使葛藤が爆発した「7・8月労働大闘争」の場合もまた同様だ。
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