新羅統一の言説は植民史学の発明なのか : 植民主義の特権化から歴史を救い出す

論壇と現場

 


2009年 秋号 (通卷 145号)

 

金興圭(キ厶・フンギュ)  gardener@korea.ac.kr
高麗大学校国文科教授。著書に『文学と歴史的人間』、『韓国古典文学と批評の省察』、『韓国現代詩を探して』などがある。

 

1. 問題提起

本稿は「統一新羅」という観念が日本植民主義歴史学の発明という最近の主張を批判し、「三韓/三国統一」の言説が7世紀末の新羅で形成され朝鮮王朝後期まで、何回かの再編成と転位の過程を経ながら動的に存続してきたことを解明しようとする。それと共に、近年の脱民族主義の議論が近代および植民主義を特権化し、歴史理解を不適切に単純化してはいないかという疑問を提示する。本稿の初稿に対して高麗大学校民族文化研究院の同僚学者たちが出してくれた論評と助言に感謝する。
議論の始発点は、黃鍾淵(ファン・ジョンヨン)・尹善泰(ユン・ソンテ)が協業的構図のなかで並んで提出した二篇の論文である。黃鍾淵 「新羅の発見:近代韓国の民族的想像物の植民地的起源」、黃鍾淵編 『新羅の発見』(東国大学校出版部2008)、13~51頁; 尹善泰 「「統一新羅」の発明と近代歴史学の成立」、同上、53~80頁。彼らの主張によると、「新羅が朝鮮半島の領土支配という点から最初の統一国家という位相を保有し始めたのは、取りも直さず日本人東洋史家たちの研究からで」あったし、黃鍾淵、前掲書、21頁。  新羅による三国統一という言説は「日本近代歴史学の助けで登場した」「近代の発明品」であり、 尹善泰、前掲書、69、78頁。   韓国の民族主義歴史学はその誇りとは違って、植民主義言説の借り入れに依存して始めて民族統一という偉大な過去を想像することができたというものである。林泰輔(1854~1922)の『朝鮮史』(1892)がつまり、このような議論の拠点として提示された。 林泰輔の『朝鮮史』を、同名の歴史書や一般名詞と区分するため、本稿ではその日本語の発音通り『ちょうせんし』と表記する。
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[書評] 脱近代のレンズに映った日韓の歴史学


2009年 秋号(通卷145号)
白永瑞(ペク・ヨンソ)/  編集主幹  延世(ヨンセ)大学の史学科の教授

都冕会尹海東編 『歴史学の世紀』 ヒューマニスト、2009

『歴史学の世紀』「父さん、いったい歴史とは何に使うものか話してください。」このように始まる最初の一句と「歴史のための弁明」というタイトルに惹かれてマルク・ブロック(Marc Bloch)の著書の日本語版を苦労して手に入れ、読んだ時が思い出される。専攻の史学科科目にあまり興味を持てなかった1970年代初の学部生時代のことである。歴史に関する教養書やドラマの人気が高かったこととは違い、大学で生産し、伝播する歴史の知識はあまり関心を引けない我々の現実において、上記の質問はいまも響きがあるのではないか。ところが、この問いを正面から取り扱う領域が歴史学それ自体に存在する。歴史学の自己検証装置である史学史がそれである。

 

20世紀日韓両国の歴史学の歴史、すなわち史学史に本格的に奮闘した本『歴史学の世紀:20世紀韓国と日本の歴史学』がつい最近出版された。日本の歴史教科書論争を契機に2001年から始まった「批判と連帯のための東アジア歴史フォーラム」の5年間の活動の中で最後の2年間の成果を中心にまとめているが、一部他の論文も追加して1冊の本として出版したものである。

本書の筆者の一人である戸邊秀明は、史学史が求められる状況は「歴史学が適切に社会との関係を結べない時、端的には危機に置かれた時点」(p.402)であると強調する。彼の判断によれば、同書は国の歴史学が現在置かれている危機状況を診断し、それに適切な処方を下そうとする日韓歴史学者の集団作業の所産といえよう。
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