[目次] 2016年 冬号 (通卷174号)

卷頭言
我々皆の喊声が指し示すところ / 姜敬錫

特集_リアリティ探求のための文学的形式
宋鐘元 / 分裂する感覚の越えたリアリティ
鄭珠娥 / 肉体性の形式とリアリティ: 金オムジと崔ウンヨンの小説
柳熙錫 / 「87年体制」を哀悼する: 金スムと李インヒの最近作
崔元植 / わが時代における韓国文学の二つの触: 韓江と権ヨソン


韓国の「保守勢力」をする_韓国の財閥, 財閥の韓国? / 宋元根・申鶴林・李源宰・李日榮

論壇
李承煥 / 韓半島の軍事危機の構造と出口
スベン・ルーティケン(Sven Lütticken) / 著作権法時代の芸術作品

現場
柯思仁 / 東アジアの間に挟まれたシンガポール: 中国の発展と華人の地位
李向珪 / マイノリティーの目で韓国社会をみる④_「脫北者」を越えて

散文
金コムチ / 地震に一番強い者, 弱い者
アリエル・ドーフマン(Ariel Dorfman) / 『ドン・キホーテ』とともに亡命

25人新作詩選
河在姸・金重一・金經株・徐大炅・李謹華・朴蓮浚・金成大・姜聖恩・鄭漢娥・趙仁鎬・申美奈・朴濬・金炫・朴笑蘭・朱夏林・金昇一・庾炳鹿・黃仁燦・李雪夜・林承諭・宋昇彦・安姬燕・白恩善・申阧浩・韓仁埈

小説
李章旭 / ステラに乗るクナムという男と女
錦姬 / 村長選挙
黃貞殷 / 笑う男 (中篇特輯)
朴玟奎 /  ホーリーランド (中篇特輯)

文学評論
デボラ・スミス(Deborah Smith) / 言語的無重力の狀態に近い: 裵スア小説を翻訳する
林奎燦 / 狀況と運命、「脱鄕」と「帰鄕」の間: 李浩哲小説の世界

作家スポットライト_姜英淑の『灰色文献』
朴仁成 / 小說家の場所,あるいは灰色地帶の破裂音

フォ_この季節に注目すべきの新刊 /金素延・白智延・張怡志

寸評
張世眞 / 金学載ほかの『韓国現代生活文化史』 (全4卷)
柳受延 / 朴イリョンの『小說家仇甫氏の一生』
黃俊皓 / 鄭鉉坤ほかの『変革的中道論』
全致亨 / チョジンホの『ゲノムエクスプレス』
金泰源 / シェイクスピア(W. Shakespeare)の『ハムレット』
鄭義吉 / サミ・ムバイエッド(Sami Moubayed) 『ISの戦争』
盧瑞卿 / エメ・セゼール(Aimé Césaire)ほかの『私は黒人だ、私は黒人として居続ける』
陳泰元 / ジュディス・バトラー(Judith Butler)ほかの『剝奪』
盧泰孟 / 金サンスクの『10月抗爭』

読者_創批
朴海天・黃靜雅 / 文化資本の再分配のための人文学
趙韓惠貞・白英瓊 / 轉換期を突破できる創意的共有地になるように

第31回 万海文学賞 発表
本賞_李仁徽の小説集『廃墟をみる』
特別賞_金炯洙の『小太山評伝』
共同受賞 416シウォル号惨事作家記録団の『再び春は来ますよ』

18回 白石文学賞 発表
張喆文の詩集『比喩の外』

第6回 創批人文評論賞 發表
当選作なし

創批の新刊

 

FacebookTwitterGoogle+Share

我々皆の喊声が指し示すところ

2016年 冬号(通卷174号)

セウォル号惨事の真相究明を求める月例304朗読会が2年以上続いている。光化門広場をはじめとする数多くの場所を渡りながら、毎回参加者が異なり、内容も変わったものの、最後のプログラムだけは変わらない。朗読者と聴衆が司会のリードにしたがって同じ声をあげる「一緒に読み上げる文章」コーナーがそれである。「今日は4月16日です」と始め、「終わるまで終わらせません」と終わるこの短い文章には徹底した真相究明を要求するメッセージとともに「皆の名で命令します」という文章が入っている。しかし、過去約2年間、私は一度もこの文章を最後まで読み上げることができなかった。この文章にいたる瞬間のその崩れ落ちそうな感情を押さえることができなかったからである。

喪失感と日常の厳重さをそれぞれ見守りながら、長い時間を耐えきり、立ち向かってきた私たちは、再び「皆の名」で新たな「命令」を下さないといけない事態に直面した。それは、他でもなく、「朴槿恵―崔順実ゲート」と呼ばれる初の国政壟断事態なのである。そしてついに街へ溢れ出してきた巨大なキャンドルの波の中でふっと気づいたことがある。それは、国政院の選挙介入捜査とセウォル号惨事の真相究明の要求を組織的に防ぎ、歴史教科書の国定化や開城工業団地の閉鎖、サード配置まで頑として強行できたのは、「命令」する民衆の喊声が小さかったからではなく、その「命令」が行き届くべき最終の受信先が最初から空っぽだったからであるという事実なのである。「まさか」という最終の阻止線が無惨に踏みにじられるまで、それを幇助し、しいては助長までしたセヌリ党と守旧言論がその裏切り者だったことはもちろんであるが、危機がある度にその喊声の正確な伝達者になるべき野党側はそれまでどこで何をしていたのだろうか。

統計的意味がほとんどない1桁の支持率が見せてくれるように、そして広場に集まった百万個のキャンドルが声を合わせて叫んでいるように、国民の心の中で大統領は弾劾されたのである。あとはすでに決定された「国民的弾劾」の政治的・法理的手続きが残っているだけである。したがって、このような過程を一糸乱れず整然ととりまとめることが、政治圏に至急の責務として与えられたわけである。しかし、彼らの動きは失望極まりない。内治と外治を分離する責任総理論を掲げて国政主導権を維持しようとする大統領府(青瓦台)と与党側の主張は理屈に合わない。トランプの米大統領当選によって国際情勢の不確実性がいっそう高まってしまった状況下で、いったい誰に外治を任せるというのか。しかも、このようになれば、内閣に含まれてもない国政院と監査院等の有力情報・査定機関は現職大統領のもとにそのまま残るようになる。大統領の2線への後退という曖昧な前提の裏であっちこっち様子を窺いながら、国民がつくってあげた絶好のチャンスに無賃乗車しようとする「共に民主党」式政治工学も同様である。政治的逆風、国政の空白、国政混乱を防がないといけないという名分であるが、国民はいつもより秩序整然とし、一貫性のある姿を見せている。むしろ右往左往と混乱に陥っているのは、政権奪還を当然のことのようにとらえ、政治的利害得失の計算に慌ただしい第1野党かもしれない。

国民の命令はすでに下された。早期大統領選挙を含めて現行憲法の手続きに従って問題を解決し、国民の意思を尊重する政権を誕生させなければならない。一角の改憲主張もその次の番にならざるを得ない。大統領直接選挙制の実現という国民的合意をもとに行われた87年改憲と、如何なる合意も準備されてない現在の改憲論が置かれている状況とは根本的に違うからである。大統領4年再任制か内閣制か、それともその折衷型なのかに埋没された権力構造の改編案が改憲内容の全部にもなりえない。どうすれば、「民の自治」という理想を高いレベルに熟成させることができるのかをめぐって、よりいっそう大きなレベルの転換のための青写真が討論されなければならない。改憲も手段の一つであるだけで、それ自体が目的にはなれないからである。たとえ政権が交代されるとしても、そのような過程がスムーズに推進されるという保障もない。それだけで国政壟断事態を招いた守旧勢力が完全に消滅されるわけではなく、分断体制が存続する限り、民主的ガバナンス体制を逆に巻き戻そうとする彼らのロールバック(roll back)の試みが簡単に終息されるはずがないからである。依然として彼らの手に握られている社会的・政治的資源があまりにも多いのではないだろうか。

単純な政権交代や改憲論議を超え、韓国社会を根本的に変えなければならないという声が社会各所から噴出している理由である。ソウル市の江南駅10番出口で起った女性嫌悪殺害事件以後、飛躍的に広がり始めたジェンダー的覚醒の波だけを見ても、単なる弱者保護や差別撤廃、男女平等論のレベルを超える方向へと進化している。SNSを中心に起きた「○○内性暴力」ハッシュタグ運動もその兆候の一つであろう。蔓延している構造的暴力の中で傷ついた存在が自ら立ち上がって、社会に向けて声を上げ始めたのは、キャンドルの喊声と同じくらい意味のあることである。この流れを巻き戻そうとするいかなる試みもいまや古い反動にすぎない。

このような時に、あらゆる種類の拘束と抑圧に立ち向かって戦うべき文人たちがむしろ位階による性暴力の加害者として名指されたという事実に惨憺たる気持ちを隠せない。この問題が、有志の文人、読者または団体等のいくつかの措置や制度改善の努力だけで完全に解消され得るレベルではないという点も多くの人々が共感する点である。まずは、すでに始まった変化に寄与しながら、ともに進化していく方向を熟考することが切実である。その第一のカギが「傾聴」であることは言うまでもない。去る11月11日、高陽芸術高校文芸創作科の卒業生連帯「脱線」の声明発表会は、その意味で文学と文学者がいるべきところがどこなのかを改めて振り返られる貴重な契機であった。「私たちは文学であると同時に、同時代の証人として私たち自身を証明する」という彼らの厳粛とした宣言を前にして、文学界は必ず答えなければならない。

創刊50周年の冬号の巻頭言を新たな覚悟の代わりに国政壟断事態と文壇内性暴力に対する論評で書かざるを得ない現実ではあるものの、残念なことばかりではない。街や広場に雲集したキャンドルの波から、傷を乗り越えて位階を覆しながら、連帯の威厳を見せてくれた女性たちの声からより大きな希望が見出せるからである。そういえば、あらゆる根本的な変化はいつも下から始まる。性急な楽観や無策の挫折が空しいものにならざるを得ない理由は、それが概ね「下から」に基づかず、「上から」の意識にとらわれているからであろう。

その延長線でパニックという言葉がちまたで言われるほど予想外の結果を生んだアメリカ大統領選は他山の石とされる。選挙期間中大勢論を占めたヒラリー・クリントンは、なぜ資質不足論難の絶えなかったトランプに敗北したのだろうか。トランプが代弁する女性嫌悪や白人中心主義の勢力強化でこれを説明することもできるが、核心を外れた診断になりかねない。今回の選挙はトランプの勝利というより、腐敗既得権層の典型のヒラリーの敗北である。大勢論に酔い、あらゆる不平等に苦しむ「下からの」声を代弁できなかったことが決定的敗因であろう。トランプの統治過程は順調でないだろうと予想されるが、このような混乱を生んだ責任からアメリカ民主党と候補のヒラリーはどれくらい離れているのだろうか。「朴槿恵以後」を準備する野党側の走者たちが痛烈に考えなければならない点である。保障された未来はあり得ない。これから何をするかが毎瞬間の意味を決定付けるであろう。

 

今号の特輯は、去る夏に引き続き、現実の重さに素直に耐えながらも未来に向けた投企(Entwurf)を止まない詩人・作家の作品を「リアリティ探求の文学的形式」というテーマで集中検討する。何がより「リアル」なのかを問うて答える文学的苦闘の中で自然と浮かび上がったそれぞれの文学的形式は、その多様さと深さで慣行化された悲観主義を色褪せさせる。

ソン・ゾンウォンはファン・インチャンの最近の詩集を繊細に検討し、各々が構築した詩的リアリティの性格を論じる。ファン・インチャン詩の分裂する感覚の豊かな詩的潜在性にもかかわらず、異質性の統合努力が欠如されたことと対照的に、キム・ジョンファンの詩が時空間的地平の拡張を通じて歴史との接続を試みる点を注目する。チョン・ジュアは若い世代の二人の小説家を扱いながら、彼ら各自が感知するリアリティをどのような形式をもって探求し、具現するかについて綿密に考察する。動物的生活を探求するキム・オムジと共同体的価値に注目するチェ・ウニョンの小説それぞれの特性を思惟しながら、それなりの「総体性の形式」を提示する部分も注目に値する。

ユ・ヒソクは、キム・スムとイ・インフィの最近の小説を87年体制に対する文学的哀悼として解釈する。キム・スムの近作から時代の悲劇を復元しようとする小説的試みの成果と限界を鋭く指摘し、「詩人、カン・イサン」をはじめとするイ・インフィの小説を丁寧に分析・評価するが、争点に近い鋭さが別格の関心を引く。崔元植は、ハン・ガンの小説世界の変化を「小市民性」に対する本能的抵抗から少数者の匿名性に基づいた非総体性の特異な成就へと進んだ過程として把握する一方、クォン・ヨソンの近作を資本の包摂が強化される時代の黙示録的風景を卓越と描いた事例として評価する。作品の内側へ入り込む分析の綿密さが興味深い。

「文学評論」には『菜食主義者』の翻訳者として知られるデボラ・スミスの論文を紹介する。翻訳する過程で起こったテキストとの内密な対話体験を珍しい実感として伝える中で作品の真面目に到達した独特の平文である。最近逝去した小説家のイ・ホチョルの作品世界を概観したイム・ギュチャンの論文も注目していただきたい。一つのバランスの取れた作家論であると同時に、故人に献呈する美しい追悼の辞としても遜色ない。

「創作」欄はいつもより豊富である。新作詩選特集の最終回には詩壇の未来を握る25名の若い詩人が参加した。輝かしい個性で武装した作品を通じて、韓国詩の未来を展望する特別な楽しみを味わえる。中編小説企画の大尾は黄貞殷とパク・ミンギュが飾り、クミと李章旭の新作短編に出会えるのも嬉しい。

「文学フォーカス」は、チャン・イジ詩人をパネリストとして招待して活発な討論を行う。殷熙耕、チョン・イヒョン、ぺク・スリンの小説と、ホ・スギョン、パク・ギヨン、アン・ミリンの詩集のもつ深さと広さが3人の複眼を通じて完全に明らかになる。1年間この紙面を率いてくださった白智延、金素延のお二方に感謝申し上げる。「作家スポットライト」は最近小説集『灰色文献』を出版した中堅作家のカン・ヨンスクが主人公である。隠喩とアレゴリーに精通しており、なおかつ時代的真実に独特に根を下ろしたカン・ヨンスクの作品世界を文学評論家のパク・インソンが細心に分析する。

「対話」は連続企画「韓国の『保守勢力』を診断する」の最終回として財閥問題を取り扱う。財閥中心の経済構造がどのように韓国の政治地形の中で保守化傾向を生み出したのか、ソン・ウォングン、シン・ハクリム、イ・ウォンゼ、イ・イリョン等の専門家が討論する。最近政局を強打した国政壟断事態とも深く関係するテーマであるため、財閥の現在とその作動メカニズムを点検し、新たなシステムを模索する。

「論壇」には2本の注目できる論文が掲載される。イ・スンファンは、アメリカのアジア回帰、北朝鮮の統一大戦論、韓国のサード配置がともに戦争脅威を高める政策であることを説得力をもって主張しながら、壊れてしまった平和交渉テーブルを復元する道を提示する。スヴェン・ルティケン(Sven Lutticken)の論文は「所有権」という範疇と芸術作品の間の相関関係について歴史的解明を試みた重要な論文である。剽窃論議の進展に有益な参照点を提供するであろう。「現場」では連続企画「少数者の目で韓国社会をみる」の最終回としてイ・ヒャンギュの論文を掲載する。いわゆる「脱北者」と呼ばわる北朝鮮移住民の少数者的生活をその実状に即して強烈な響きを伝える。柯思仁の論文は、「中国崛起」という巨大な挑戦の前にして「文化主体性」の危機を迎えたシンガポールが東アジア論議の主要なカギの一つであることを浮き彫りにしている。

「散文」としては、釜山に住む小説家のキム・ゴムチの生々しい地震体験談と、『ドン・キホーテ』の作家・セルバンテスの400周忌を祝うアリエル・ドルフマンの論文を載せた。今季にも注目できる新刊を紹介する「寸評」欄は多くの討論題材を提供する。各分野の専門家の識見が遺憾なく発揮され、去る1年間固定筆者として活躍してくださったチン・テウォンとチョン・チヒョンお二方のご苦労にも心よりお礼申し上げる。

第31回萬海文学賞は既存の労働小説の硬直性から脱し、独特の文学的成就を成したイ・インフィノ小説集『廃墟を見る』に与えられた。なお、新しく施行される萬海文学賞特別賞部門は416セウォル号惨事作家記録談の『また春が来るでしょう』とキム・ヒョンスの『少太山評伝』が共同受賞された。第18回白石文学賞は中堅詩人のチャン・チョルムンの詩集『比喩の外』に与えられた。受賞者の方々にお祝いの拍手をお贈りする。

もはや冬である。この冬がどれくらい過酷なものになるか誰も断言できない。セウォル号惨事で大事な家族を亡くした人々は依然として街に残って3回目の冬を迎える準備をしている。真実は明らかにされておらず、誰も責任を取らなかった。昨年11月の民衆総決起現場で警察が撃った水鉄砲に撃たれて倒れた後、病床で残念ながら亡くなった故白南基氏の葬儀は遺族と市民が見守る中、死亡41日後にやっと厳かに執り行われた。我々皆の喊声があの世の故人にも聞こえただろうか。『創作と批評』ももう一度奮発を誓う。

姜敬錫

(翻訳: 李正連)

〔対話〕韓国の財閥、財閥の韓国?

2016年 冬号(通卷174号)

〔対話〕韓国の「保守勢力」を診断する④
: 韓国の財閥、財閥の韓国?

李日栄(イ・イルヨン)韓神大教授、経済学。著書に『新たな進歩の代案、韓半島経済』『革新家経済学』など。
李源宰(イ・ウォンジェ)「與時齋」企画理事。「希望製作所」前所長、ハンギョレ経済研究所長歴任。著書に『おかしな国の経済学』『父の国、息子の国』など。
申鶴林(シン・ハンニム)ジャーナリスト。「メディアトゥデイ」代表理事。全国言論労働組合前委員長。
宋元根(ソン・ウォングン)慶南科学技術大経済学科教授。著書に『財閥改革の現実と代案探し』『韓国社会、サムスンを問う』(共著)『社会経済民主主義の経済学』(共著)など。

 

李日栄(司会)『創作と批評』誌は、今年1年間「韓国の「保守勢力」を診断する」という企画を続けています。宗教、軍隊、社会団体の問題に続いて、今号では「財閥」を中心に経済界の問題について話し合おうと思います。財閥自体に対する診断を含めて、それらがみずからの経済力をどのように他の分野に拡張し「力」を確保するのか、そのなかで韓国社会が、対抗力ないし代案的システムをどこに見出すのかなどについて、議論を続けようと思います。3名の方を迎えましたが、今日のテーマと関連して、それぞれ最近の関心事が少しずつ異なっているかもしれません。まず簡単な自己紹介をお願いします。

申鶴林 私は経済を深く勉強していませんが、関心事は財閥に関係しています。大韓民国の人口5千万のうち0.02%である1万名程度が、韓国社会のいわゆる実質的な支配勢力です。私は彼らの間の関係、特に血縁に対して調査しています。地縁や学閥は、高い地位にのぼればマスコミで報道されますが、血縁はそうではありません。公認であれどうであれ、分野がどのようなものであれ、彼らがどのように一族と一族としてつながり、大韓民国で金や権力や名誉を独占・寡占できるのか、この10年ほど追跡しています。もちろんこのなかには財閥がかなり含まれます。

宋元根 私は博士学位論文で財閥をテーマにして、それ以降もずっとこの問題を研究してきました。以前は「30大財閥」と言いましたが、2000年代初あたりを過ぎてから、そのなかで格差が大きくなって、「10大財閥」「5大財閥」のような呼称が出てきました。かと思ったら、いつの間にかサムスン1つだけを研究するのも大変になりました。今は、経済民主化を中心に、これまでの研究をさらに発展させようとしているところです。地域で住民たちを相手に関連の講義もしています。

李源宰 私は企業の社会的責任に関心を持ち始めて、社会的企業、社会的経済、共有経済、協同組合、ソーシャルベンチャーまで、順次、代案になる領域に入っていくことになりました。このようなものがうまくいくために、いかなる政策環境や生態が必要かに焦点を合わせています。それとは少し別に、民間シンクタンクをきちんと作れればと考えてきましたが、それとともにサムスン経済研究所、ハンギョレ経済研究所、希望製作所を経て、最近、新たにスタートした「與時齋(ヨシジェ)」(時代とともにある家)という民間シンクタンクにいます。


「朴槿恵・崔順実ゲート」と財閥

李日栄 『創作と批評』が最初にこの企画を続けることになった問題意識は、朴槿恵政権が「漸進クーデター」といえるほどの形を示す状況において、いわゆる「保守勢力」の中身を一度検討する必要があるということでした。厳密な概念でなく、俗に保守の問題ともいえるものについてです。そのように今回の対話を企画して、今日、私たちがこのように集まったわけですが、事実、最近、いわゆる「朴槿恵・崔順実ゲート」による衝撃が、他の何よりも大きいと思います。本誌の以前の号で保守社会団体を扱う時も、全経連(全国経済人連合会)の資金がこれらの団体に流れる問題がありましたが、「ミル財団」や「Kスポーツ財団」の設立にも全経連が決定的に介入しました。先日、経済学者や経営学者たちが「権力に寄生して、政経癒着と不条理な行為を繰り返す全経連は、自由市場経済の障害物にすぎない」として、全経連解体を促す声明書を出しました。ですが、時間が経過して、ミル財団や全経連は脇役でもなく、最初からエキストラだったように見えます。今後、どのような話がさらに出てくるかわかりませんが、朴槿恵大統領が、サムスン、現代自動車、LG、ロッテ、SKなどの財閥の総師や最高経営者の7人と単独で面談し、直接これらの財団設立に必要な募金を促したということです。このような話が国会で議論されると、それに続いて検察も関連資料を確保したといいます。サムスンの乗馬支援もいろいろな話があります。人気種目に対する支援を減らして、唯一、乗馬にだけ全面的な支援をしたわけですが、権力の陰の実力者の匂いを嗅ぎつけるサムスンの能力は、かなり卓越したものではないかと感嘆する(?)向きもいるようです。最近、このような時局と関連してみられる財閥や全経連の行為についてどのようにお考えか、少しお聞きしたいと思います。

李源宰 まず全経連は解体されるべきで、解体されるでしょう。全経連が会員社の利益すらきちんと代弁できていないという指摘が数多くあります。会員社の利益を代弁するというより、実際には大統領府の要求事項を企業に伝える窓口の役割、すなわち官冶経済の伝達体系に転落したということです。これとは別に、サムスンの乗馬支援は他の角度から考えるべきです。崔順実ゲートを第三者による賄賂供与という観点から見るならば、ミル財団や乗馬支援などを通して、最高権力者の関心事に資金を出した企業は、不正請託のために賄賂を供与したものと見るのが適当だと思います。

申鶴林 私も全経連は解体されるべきだと思います。何も仕事をしていません。仕事があるとしても、経済人総連や貿易協会でもできることです。裏口で政府系団体を支援する以外、事実これといった政策で自己主張することもありませんでした。会員社の間でも利害関係が分化しただけに、共通の利益を抽出することは難しいでしょう。1961年に設立されましたが、そのときの趣旨とはかなり変わりました。寿命を終えたと思います。

宋元根 様々な側面で今回の事態を見ることができるでしょうが、財閥の上納は、単に財閥が権力に寄生することを越えて、政治権力化していることを示すものでしょう。表面的に見られるところでは、政府が強要して企業が従ったようですが、影の実力者を利用して財閥が権力を行使したと見る方が正確ではないでしょうか? 全経連は10数年前に発展的解体の話が出ましたが、うやむやになったといいます。そのときの話では、保守陣営のシンクタンクとして残るということでしたが、きちんと仕事をしていれば、私はそのような団体が存在するのも悪いことではないと思います。


サムスンが滅びると韓国が滅びる?

李日栄 今、財閥経済の実状をどのように把握しておられるか、お聞きしたいと思います。最近、サムスン電子の「ギャラクシーノート7」の事態や、現代自動車のリコール問題などが話題になって、これを憂慮する人々が多いようです。韓国経済が大変なことになったということです。さきほど宋先生もおっしゃいましたが、今、財閥といえば、サムスン、現代・起亜自動車を主に取り上げるようです。みなの話題になる統計もそうです。見てみると、2008年から2012年まで、サムスングループと現代自動車グループが、韓国の国内総生産、すなわちGDPに占める割合が35%にもなっており、法人税税収で21%、証券市場の時価総額で37%、純利益でも35%も占めたという記事があります(『東亜日報』2014年1月14日付)。今回、企画財政部の次官が「サムスンと現代自動車の経済比率がGDP対比5%を超え、投資の14%、輸出の23%を占めている」と言及しました。これは数字的にもものすごいですが、これらの企業がネットワークを通じて発揮する力は、それよりはるかに大きいだろうと思います。最近、突然、陰の実力者が、これらの企業よりさらに上にいるのではないかという話が出ていますが、時間が過ぎれば、それはそれとして議論されるだろうと思います。指標に出てくるもの、出てこないものについて、見解をお聞きしたいと思います。

李源宰 私は、これらの企業の売上がGDPの何%であるという話は、マスコミが誇張した側面がかなりあると思います。数字というものは本来、欠陥が多いでしょう。売上額とGDPを比較してはいけません。営業利益や付加価値で語るべきです。私がおおよそ計算してみると、韓国の国内付加価値生産でサムスン電子の割合は1.7%と出ています。輸出額でサムスンが占める割合は昨年基準で20%程度です。今日、発表されたサムスン電子の営業利益を見ると、前年より第4四半期が30%減ったといいますが、単純計算をすれば、さきほど話した1.7%から約0.6%ポイントほど減るんです。GDP全体で0.6%ポイントならば大きい額で、影響もかなりのものだと見ることはあります。ですが、また、これらの企業が崩壊しても、たとえば経済の3分の1が消えるなどと言うべきではないと思います。

宋元根 サムスン電子の経済力な比重については錯視現象があります。そのために認識や対応がねじれることもあります。今回、エリオットマネジメント(Elliot Management)は、サムスンの持株会社体制を念頭に置いて、サムスン電子を分割し、自分たちに特別配当して、株主たちにより責任を負った経営をするよう提案しました。ですが、昨年、すでにエリオットが、第一毛織とサムスン物産の合併に反対した時、保守主義者たちは民族主義情緒を動員して合併に賛成しました。今になって考えてみると、かなり無知な行動でした。サムスンを含む財閥大企業が、株主の利益というものを正しく理解すべきだと思います。サムスンが滅びると韓国も滅びるといいますが、事実、朝鮮日報が2014年1月8日付の記事(企画「サムスン電子なき大韓民国」)に、すでにサムスン電子を分割すべきという記事を掲載しました。もちろんその記事の目的は、サムスン電子の危機論を助長して、むしろサムスンの支配構造やイ・ジェヨンの支配力をもう少し確実にするための脅しのようなものでしたが。問題は、一般人の認識では支配構造がどうであれ、とにかく経済が心配であるという点です。そのうえ、サムスンの成長が韓国経済の成長であるという等式を合理化しようとして、免罪符を簡単に与えてしまった政府官僚、政治家、ジャーナリストがみなこのような憂慮を拡大再生産して、そのような認識から抜け出られなくしています。

申鶴林 サムスンという企業と、サムスンを実質的に所有・支配しているイ・ジェヨン一家が絡んだ問題を、分けて考える必要があります。どのような企業でも永遠に持続するものはありませんが、サムスングループの主力企業であるサムスン電子はグローバル企業であって、かならずしも「韓国の企業」ではないと思います。そのような観点で、サムスンが墜落するという前提は、現在としては非現実的な仮定だと思います。たとえサムスン電子が滅びるとしても、韓国が滅びるだろうとは思いません。特定の企業がひとつ滅びたからといって、GDP世界11位の国家の経済全体が停滞するというのは話になりません。韓国の経済規模や国民の底力を過小評価してはいけません。そのような主張や質問自体は、サムスンを過度に神話化する言動だと思います。

李源宰 韓国の財閥は2つの段階のミッションを遂行してきました。60年代末、70年代初から、借款をはじめとして、どのような形であっても、国家が持ってきた金を、財閥が政経癒着を通じて、他の表現でいえば、国家の命令を受けて事業を推進し、その代価として国家の保護の中で独占事業権を受けて成長してきた段階が1つの段階で、それからIMF救済金融前後のいわゆる新自由主義という市場化が成立し、自らの競争力で生き残らなければならない世界へと投げ込まれました。サムスンについて象徴的な出来事を1つ思い出しますが、2006年に私がサムスン経済研究所にいた時のことです。サムスンが1998年のIMF金融危機の時、構造調整をかなりやった後に、完全に市場主義的に背を向けましたが、サムスン電子が特にそうでした。サムスン経済研究所の研究員が、サムスン電子にコンサルティングに行ってきて言っていました、あそこは専務が指示を出すと、係長が歯向かって、「専務の言うとおりにしていたら、お金にならない」と言うのだそうです。それまでの政経癒着と命令の論理を、利潤極大化の論理がひっくり返す瞬間が到来したのです。それが新自由主義であり、悪しき自体とも言えますが、財閥のそれまでの行動様式から考えれば、一段階、進化したものといえます。このような過程が、金大中・盧武鉉政権の時、さらに広げていえば、李明博政権の初期までのことで、皮肉にも保守政権になってまた退行したようです。特に最近のKスポーツ財団やミル財団の事態を見ると、命令の段階にまた戻ったのです。

整理すれば、韓国経済が、以前は独裁と官冶という状況で、その過程はいいものではありませんでしたが、結果的に企業を成長させてグローバル企業にまで育てたという、成長面で完結したような話をよくします。ですが、実はまだ完結していない状況で、退行を体験して没落しているという印象を私はずいぶんと受けます。一連の過程が2つの危機に圧縮されます。1つは「崔順実事態」が象徴するように、官冶と命令の構造がふたたび登場したということと、ギャラクシーノート7や現代自動車の問題にみられるように、曲がりなりにも堅実だったグローバル競争力が衰退しているということです。朴槿恵政権がさらに完全に市場主義的な状態で、財閥企業を独立的に作って任務を終わらせれば、韓国経済の一段階がとにかく整理され、その次の段階につながる基礎になり得たのですが、悲劇的に終わるようで残念です。

李日栄 いま、おっしゃったサムスン電子のエピソードが広がった頃、盧武鉉大統領が、権力が市場に移ったと言っていました。宋先生はどうお考えですか?

宋元根 市場が権力に移ったという話を、私は既存の政府の役割、ですから、李源宰さんの表現でいえば、官冶、財閥との癒着関係で政府の主導権が消えたという話として受け留めました。このような状況で、ならば政府がいかなる役割を果たすべきかという問題が、新たに提起されたのですが、李明博政権以降、企業親和、「ビジネスフレンドリー」を標榜して、規制緩和をして民営化するといったことは、政府が主導権を行使するよりは、企業活動を支援する程度の役割を果たそうとしたものだと思います。朴槿恵政権になって、以前のようにまた国家が何かを主導できるようになったかのように見えますが、実はそうではありません。政府が言う通りにやらなければ黙っておれないというから全経連が作られたように、韓国の保守というのは、実はつねに政府の影響によって動いていた勢力です。財閥の政治的な見解を、実際にきちんと代弁する政党がなかった面もあります。現在のセヌリ党を含む保守勢力は、反対勢力に北朝鮮追従であるというレッテルを貼るだけでも、政権を取ることができました。

政治権力は、また財閥の上位に立ったのか

李日栄 政府の主導権は弱くなりましたが、また政府の影響で資金を集めたとすれば、ミル財団、Kスポーツ財団のようなものは、政府が実際に市場から権力を回収して官冶したというよりは、単に路地裏で「巻き上げた」くらいに見るべきだというお話しのようです(笑)。

申鶴林 巻き上げるというには規模がかなり大きいと思います。また規模が、いずれにせよ、ただ金を巻き上げたのであれば、問題は単純でもありますが、今、これらは、国家経営システム全体を完全に食い物にしたわけで、問題ははるかに深刻です。国家、政府の役割の部分だけを見ても、役割を増やそうと減らそうと、市場に対する尊重がまったく存在しない状態です。政治権力と財閥権力の力学関係において、私は、その変曲点は、金泳三政権の時にあったと考えます。それ以前は、大統領に当選する瞬間は話題にしなくても、財閥が当選のご祝儀を、よくこう表現されていましたが、「トラック」で上納しました。政治資金法、選挙公営制のようなものが整備されていなかったために、財閥が、大統領を含めた政界に、天文学的な資金を巻き上げられました。政治権力が上位にあったわけです。ですが、金泳三大統領が就任すると、汚い金は一銭も受け取らないとして、任期初年度の8月にすぐ金融実名制を導入しました。そして関連法が整備される前に、すでに特有の政治力で公職者に財産を申告させました。政治もクリーンになるべきだとして、政治資金の頻繁なやりとりもやめさせました。財閥が政治権力者に常に莫大な資金を供与する必要がなくなったわけですが、それとともに、むしろ財閥が、政治家を小額で買収することが可能になりました。2002年に李会昌候補が出馬すると、すぐにまた「トラック上納」がありましたが。とにかく金泳三氏の主導で、政治家が目に見えない金の受け取りが困難になった制度や環境が整うと、財閥は、たとえばそれ以前は、1名に与える5000万ウォンを、今度は国会議員10人に500万ウォンずつ供与するわけです。そうすると、それらの議員は自分に500万ウォンをくれる企業がありがたいのです。それとともに財閥権力と政治権力の関係が逆転したというのが私の考えです。それをまた元に戻したのが朴槿恵大統領です。ただ、政治権力がふたたび優位に立ちはしましたが、経済的には何も生かすことができず、単に巻き上げるという最悪の状態になったんでしょう。「創造経済」をかかげながら、それとはもっとも遠い形を示したわけです。

宋元根 私はそのことをかならずしも逆転であるとは言いにくいと思います。独裁政権の時期にはある種の明らかな目標と指向がありました。もちろんそれを進めるやり方はかなり権威的で暴圧的でした。ですが、李明博・朴槿恵政権は、特別な政策的目標もなく、ただ自分の行政権や検察のようなものを前面に出して、本当に他の人々から巻き上げるようなものだったのです。大統領のことだけを語るのは限界がありますが、李明博が、市場のなかで自らの私益を徹底的に追求する大統領だとすれば、朴槿恵は、市場を、過去の父親の時期のような権威主義的統治で押さえ込もうとしたのだと思います。権力はすでに市場にあるわけですが。

申鶴林 私が申し上げたいのは、この政権が、国家利益と国民の福祉のために資する方向である種の政策を樹立し、それを財閥にも従えと言えるようになったのに、そうしなかったということです。李明博政権が法人税を安くしたために、国の財政がカラになったといいますが、私は、朴槿恵大統領が国民に示したイメージが、李明博と少し違っていたので、李明博がカラにした倉庫を、朴大統領が一杯にするのではないかという期待を、実際に少し持ちました。

宋元根 一杯にしたじゃないですか、タバコの値段を上げて(笑)。

申鶴林 タバコの値段もそうですし、交通違反の罰金も上げました。ですが、結局「李明(イミョン)博/朴(パク)槿恵(クネ)」政権とまとめて呼ばれたのは、経済政策の面でも変わっていないからです。ある経済学者は、李明博政権の5年間、200兆ウォンの倉庫がカラになったといいましたが、私はそこに100兆ウォンとか50兆ウォンを投入しただけでも、朴槿恵大統領の人気はぐっと上がっただろうと思います。

李源宰 私たちはよく、グローバル企業が最初は保護の中で成長し、ある瞬間からグローバル市場に進出して、競争力を持った市場主義者に変身すると考えますが、事実、その時点に、法人税の引下や規制緩和のような市場主義的な政策手段が新しく入るわけです。私は、韓国でもそれが試みられたと思います。前にも話しましたが、サムスン電子や現代自動車はそのような段階に移行している状態でした。私は、国家がより強いのか、財閥がより強いのか、という問題に分けて考えるよりは、50年間、韓国の主流の経済パラダイムが持っていた1つの系列が続いてきたという見方です。そのような意味で見れば、朴槿恵政権が市場主義的でない理由はありません。最近、明るみになった様々な事件を見ると、いまやそれさえも動揺しているのではないかと申し上げたんです。この状況で注視するのが、今日、サムスン電子の株主総会を通じて、イ・ジェヨンが登記役員になったことです(2016年10月27日)。これも象徴的な事件と言えます。過去の便法で、その多くの財産を作って株主の地位を獲得した人ですが、韓国社会がそれをみな忘れて、この人をグローバル企業の経営者として追認する形になったのです。ですから、さきほど申し上げた成長ストーリーが完成したともいえます。ただ、サムスン電子や現代自動車がすでに古い企業になっている時点でそうなったということが、このストーリーとしては不幸なことですが、私はとにかく、この空白を満たす代案がはやく出るべきですし、またこれまでとは完全に異なった方向から出るべきだと考えています。

李日栄 申代表が、金泳三政権の時が変曲点だったといいましたが、かなり共感できる部分があります。国内的に、国家による財閥からの大量略奪が中断されたという事実が、そのときあたりから対外的に形成されたグローバル化の中で、企業の競争条件が重要になると、国家も一定程度、性格の変化を図らざるを得なくなった現実とつながると思います。それとともに、私は、もう1つの変曲点として、2008年から2012年あたりに至るまで国際環境が変わったという点、つまり、グローバルプレーヤーになった韓国の企業が新しい標準を確立すべき状況になったわけですが、そのときに展望を見出せなかった状況について論じたいと思います。今、模索中であるとも考えられるでしょうが、これまで国家がかなり退行していることは明らかのように思えます。だからといって、朴槿恵政権が表面的に示したように、本当に70年代のやり方でできるかといえば、すでに外部的な環境がそのことを不可能にしています。結局、今、朴槿恵政権が直面している苦境は、戻ることができない道を無理に戻ろうとしたことから始まったのでないのかと思います。今になって考えるとちょっとあきれますが、朴大統領があまりにも強行的なスタイルで、それに野党が言いなりになっても、この政権が政局の主導力を失うことはありませんでした。このような状況がひっくり返されたのは、政権自らの内部から崩壊した側面があって、また他方ではマスコミの奮闘が大きな役割を果たしました。また、梨花女子大の学生たちの学内民主化のための闘争も重要だったと思います。従来の学生運動とは違うやり方で行くという自意識が見えました。数年前から感じていましたが、地域活動をする青年たちと会ってみると、自分たちのことを、いわゆる従来の進歩的な運動の先輩たちとは異なる存在であると考えているようです。まだ明確ではありませんが、既存の保守や進歩を一挙に古いものにして、また国家が過去のように作動していては、その力を発揮しにくい構造やシステムが作られているとも思います。

財閥にも「クラス」がある

申鶴林 システムのことををおっしゃいますが、私はこの政権を運用したり政策に影響を及ぼす人たちが、すべて既得権勢力、つまり大韓民国の金と権力と名誉をほとんど寡占・独占している人たちなので、朴槿恵政権がさらに何かをしようとしても、できなかった面があると解釈する方です。

宋元根 私はそれに加えて、朴槿恵政権が、規制でも容認でも、ある政策で財閥を誘導しにくかったのは、財閥間の格差の問題も大きく作用したと思います。30大財閥であれ10大財閥であれ、これらが共通性を持つ時は、互いに利害関係で1つになれましたし、そのようなことで政権との連合も可能でした。しかし、現在はまとまることが困難になりました。朴槿恵政権がどうして財閥規制をきちんとできなかったかを、このような面で少し譲歩していえば、サムスンを規制するために政策を展開する場合、他の財閥にはほとんど存廃の危機に直面するほどの強い規制になってしまいます。同じように、それより低い水準の規制では、サムスンのような最上位の財閥はすり抜けてしまいます。このような点にも注目する必要があります。

李日栄 財閥の中で格差がかなり生じ、様相が多様化したことも事実ですが、財閥というシステムは相変らず維持されています。そこにどのような要素が大きく作用しているとお考えですか。まず申鶴林代表が注目する血縁、姻戚関係などについて議論すると、どうなるでしょうか。

申鶴林 宋先生もおっしゃるように、現在、5位の財閥と30位の財閥では、その規模がほとんど天と地の差くらいあります。ですが、他の角度で見ることもできます。サムスン、新世界、CJ、ハンソルなどのグループは、他の見方をすれば、汎サムスングループとも言えるということです。サムスンは、創業者イ・ビョンチョル会長の三男のイ・ゴンヒ会長家族、ハンソルはイ・ビョンチョルの長女(イ・インヒ)家族、CJはイ・ビョンチョルの長男イ・メンヒ(長男がイ・ジェヒョン)家族、新世界はイ・ビョンチョルの五女イ・ミョンヒ(長男がチョン・ヨンジン)家族が、それぞれ所有・支配するグループです。このように分化しているんです。現代グループのチョン・ジュヨン会長の方もまたかなりの勢力になります。創業者チョン・ジュヨンの長男が早く他界したせいで、事実上、長男の役割をした次男チョン・モングの家族が現代・起亜自動車グループ、三男チョン・モングンの家族が現代百貨店グループ、四男チョン・モンウ(逝去)家族がB&Gスチール(旧・仁川製鉄)、五男チョン・モンホンの夫人ヒョン・ジョンウン会長の家族が現代グループ、六男チョン・モンジュンが現代重工業グループ、七男チョン・モンユン家族が現代海上火災、八男チョン・モンイル家族が現代企業金融を、それぞれ所有・支配しています。そのうえ、チョン・ジュヨン会長の兄弟家族が所有・支配しているグループが漢拏グループ(チョン・イニョン)、ソンウグループ(チョン・スンヨン)、韓国プレンジ工業(チョン・ジュヨンの妹婿キム・ヨンジュ家族)、現代産業開発(チョン・セヨン)、KCC(チョン・サンヨン)などです。このようにいくつかの「一族クラスター」が、大韓民国の経済で莫大な割合を占めます。ここで重要な点が、これらの企業集団は別個に経営されているものの、特殊関係者の範囲をどのように見るかによって、かなり異なる解釈が可能だということです。たとえば、今、斗山グループは、創業者の4世のパク・ジョンウォン氏が会長をしています。3世、4世が各系列会社、子会社を持っていて、そのうえ5世の10代、20代の親族が、また相当数の株式を保有しています。創業者の兄弟、孫をみな考えれば、すでに6親等、7親等にまで広がります。だとすれば、彼らを特殊関係者の範囲に入れることはできません。商法によって不当インサイダー取引を規制するべきですが、現在の法制度では阻止できないといいます。ですから、私は、資産規模が一定水準以上の企業集団群を、実質的に所有あるいは支配する場合には、特別法で特殊関係者の範囲を大幅に(8親等以上に)拡大すべきだと思います。そうしてはじめて不当インサイダー取引を基本的に遮断できます。

李日栄 普通、後発産業国の発展過程において企業を論じる時、最も重要な概念として家族企業集団のことを指摘します。先進国の場合、このような集団が分散して専門経営者体制へと移行しますが、韓国の場合、そのような過程がまったくふさがっているんです。ですから、グローバル体制が変動して、第四次産業革命の波が近づく今の現実において、かなり困難な状況に直面しそうです。この問題をどのように克服できるでしょうか。

支配構造の改善か業種規制か

宋元根 過去の財閥の核心戦略は、他の会社、他の系列会社から支援を受けて、タコ足式に拡張することでしたが、その後、収益極大化戦略に移ると、持っているものを活用して、倹約するように富を吸い取る構造の整備が重要になりました。そこで、各種の系列社取引やインサイダー取引のようなものがかなり活用されています。グローバル経営、株主価値経営をするといいながら、過去のように業績の悪い系列社を支援するといえば、株主がじっとしていません。ですが、財閥の2世、3世が、大株主の系列会社が系列社内だけの取引で利益を得れば、その会社の株主もいいことだと考えます。そこで一種の連合のようなのが形成されたりもします。申代表がおっしゃるように、より大きな枠組での集団を維持して、そのなかで既得権をきちんと保全することが、彼らの立場ではもちろん基本的には重要でしょう。ですが、同じ財閥のなかでも、兄弟間で財産や経営権をめぐって争う姿を、私たちはかなり多く見ていて、また、上位の財閥の間でも利害関係がかなり異なります。ですから、何かをしようといっても簡単に同意が成立しません。全経連のような場合も、いつからか会長職を互いに押し付けたり、様々な懸案で摩擦音が生じるようになった理由も、このようなことの傍証だと思います。ただ、今回のミル財団の事態は、他の財閥が資金を出したり、ワンショット法(企業活力向上のための特別法)のように、自らに有利な法を作ろうとする同一の利害関係があり、政府の「保険」に入るという計算もあったでしょう。とにかく、私が注目するのは、財閥が利害関係によって合従連衡するという事実です。イ・ジェヨンの支配力拡大のために、サムスンの防衛産業分野の系列会社をハンファが引き受けました。サムスンとロッテとの間の化学系列会社の売却がそうですし、サムスン物産が自社株をKCCに譲渡して第一物産と合併する過程で、KCCがサムスンの肩代わりをしたのもそうです。そのような形で利害関係によって動くということです。財閥間の関係が過去とはかなり変わったわけですが、問題は、個別集団でそのような総帥支配をどう解決するのかということです。この点で依然として政府が重要です。具体的に、私は、製造業だけでなく、金融系列会社を含めて、これらに対して系列分離命令が必要だと思います。その前に循環出資から禁止するべきです。そのようなことがあってはじめて、中小企業、下請企業との関係もそうですし、産業構造も変えられると思います。今は、イ・ジェヨンがいつでも市場の規則を変更できる位置にいます。政府は何も言えません。2014年に食品医薬品安全庁が、サムスンのギャラクシーギアを医療機器ではないといって規則を変えてしまったのが、きわめて象徴的な出来事だったと思います。心拍数を測定できる機器ですが、医療機器と指定されればいろいろ複雑になって、携帯電話の代理店で売ることも難しくなります。サムスンのロビーで市場規則が変わったという疑惑が濃厚ですが、とにかくこれを利用して、サムスンは、過去に成功的ではなかったイ・ジェヨンの経営能力を検証しようとしたんでしょう。結局、政府が確固たる意志を持ってはじめて、行政官僚の間でもこのようなことを阻止できる端緒ができるのではないかと思います。

李日栄 依然として政府が重要だというお話しです。政府が望ましい規則を制定できる方向で作動するように、社会が後押しすべきですが、さきほど申代表は、90年代以降、財閥の力が、異なる勢力を、それぞれ別個に撃破できるようになった状況だとおっしゃいました。

申鶴林 ええ、抱き込むんです。政治家もそうですが、法曹界もそうなんです。これは検察側から聞いた話ですが、検事は各自、ある時点で進学班、就職班に分かれるそうです。進学班は昇進する人たちで、就職班は法律事務所や大企業の専属弁護士になる人たちです。このような状況で、特定の財閥がかかわった事件が入ってくれば、就職を考える検事たちは計算するでしょう。関連する金額が莫大なこのような事件を大目に見れば、財閥の会長にそのことが報告されます。うまく収拾すれば、後で実際に就職できます。このような雰囲気が、検察だけでなく、韓国の政策を左右する高位官僚の間にかなり広まっています。

李日栄 盧武鉉政権のときに出た話ですが、様々な制度を変える時、サムスンのための条項は誰かが教えなければ見つからないように、どこか遠くに埋めてくるといいます。キム・ヨンチョル弁護士の暴露によると、あれこれやりとりされる取引が、1件あたり1億ウォンだという話もあります。

申鶴林 特にサムスンの場合、政界、政治家、経済部署をはじめとする政府高位職、金融監督院、検察、警察、国税庁などをすべていつも管理しているといいます。だとすれば、このような管理はサムスンだけの問題でしょうか? そのようなシステムが事実上、国家や政府政策の立案から施行まで、様々な段階で作動する、それが危険な水準であると私は考えます。

李源宰 さきほど宋先生がおっしゃったように、財閥の間にも差が大きいので、サムスンの支配構造の問題解決のように、ある特定の財閥改革の政策を進めるのは、効果が曖昧な面もあります。ですから、私は逆説的に、いまや支配構造を中心に財閥問題を論じることは、もしかしたら時効になった面があるのではないかと思います。ならば、どこに集中するべきかというと、私は業種規制がきわめて重要になったと思います。たとえば、半導体を作る大企業が、半導体を売って利潤を多く残すこと自体には、ひとまず問題がありません。そこでトリクルダウン効果(利益波及)が見られないとしてもです。この企業で労働問題が大きくなれば、それは労働政策として解決するものであり、この企業が成長しても雇用がおろそかならば、それもやはり福祉次元で接近することであって、財閥対策で解決することではありません。今の構造でさらに大きな問題は、半導体を売って稼いだ分の一部で、たとえばパン屋を開いて、既にパン屋をしていた人々の商売がうまくいかなくなる状況です。このようなことは、財閥が支配構造を守るために官僚を買収したりする問題とは異なるレベルだと思います。そのような面で、業種規制、たとえばグローバル企業と内需ローカル企業の間に、どのような壁を作って産業を配分するのか、ということなどが重要です。また、金融関連の対策も必要です。金融圏でグローバル大企業への資金提供に使われる資本を、どのようにすれば新たに創業した企業や自営業者に支援できるかを考えるべきです。この2つが、今、最も重要な政策だと思います。

申鶴林 重要な指摘です。業種規制、別の表現をすれば、業種専門化はすでにやっていなければならないことで、さらに遅れれば内需にもかなり悪影響を与えるでしょう。韓国に今、路地商業圏というものがありません。コンビニを例にあげれば、CJのCU、ロッテのセブンイレブンとBuy the way、GSのGS25、このように3つの財閥が持っている4つのチェーンが、全体のコンビニ店舗の80%を占めます。実はすでにCUはホン・ソッキョン兄弟の所有です。こちらも他の見方をすれば、汎サムスン家族ですが、さきほど申し上げたことと関連づけるなら、ホン・ソッキョン兄弟が所有・支配している中央日報社と普光グループも、はじめから総資産が2兆ウォンを超える企業集団群に属していました。そうするうちに、企業集団群に対する総資産基準を高める風潮に陥ったのでしょう。依然として事実上の企業集団群、つまり財閥と変わりありません。系列会社が100を超えます。そのうえ、新世界百貨店のemartがWith♥Meでコンビニ市場に参入してきました。このような形で、財閥が路地商業圏に何の制限もなく参入することを放置したまま、どうして内需を語ることができるでしょうか。

宋元根 私もお話しに同感ですが、財閥の支配構造の改善は、依然として第一の課題です。財閥3世、4世にすでに富が分配されています。統計を見ると、彼らのうち役員として登記されている比率は6%余りにしかなりません。登記せずに責任を取らず、収益は極大化しようというわけですから、パン屋のように簡単に開業できる分野に行こうとするわけです。R&D(研究開発)に努力してリスクを引き受けながら進出するやり方ではありません。以前は、たとえばイ・ビョンチョル会長が家族に分けた系列会社の業種が似ていれば、総帥として調整したりもしましたが、最近はサムスンだけでなく、すべてのグループで3世、4世が、受け継いだ系列会社の事業も調整できなくなっているという話です。ならばどう直接規制するかが重要な課題です。一次的には責任経営のように市場を通じて規律することが必要で、その次に、過ちを犯せば政府が罰を与える役割を果たすべきです。このような役割まで放棄して今日に至っているわけですが、今となっては最初から誰も規制できないのではないかと考えているのが実情でしょう。地域を見ると、すでに財閥企業が商業圏をみな掌握しています。このような構造を変えるべきです。支配構造を透明にするというレベルで導入された持株会社制度が、むしろ総帥の合法的な支配を保障し黙認する機能を果たしています。あらためて強調しますが、総帥の支配力を牽制しようとするならば、循環出資禁止を強化して、系列分離命令制や企業分割命令制を導入する手段を使うべきだと思います。

彼らは「都合のいい存在」ではない

李日栄 李源宰さんは競争にも区画を作るべきだ、だから路地に大企業は参入できないようにする政策が必要なことを強調され、申代表も似たような立場です。反面、宋先生は少ない持分で領域を拡大していくメカニズムについて問題を提起し、それに対応する政策を強調されました。強調する点は少し違いますが、共通して財閥牽制に対する政府の役割について指摘され、これまで保守政権の下で、政策が過度に財閥フレンドリーに偏ったという話が多かったようです。李明博政権の法人税引下措置が代表的に議論される措置のようです。崔順実の事態を見ると、財閥も陰の実力者(政治権力)の前に「都合のいい存在」だったという雰囲気がありますが、かならずしも「都合のいい存在」の立場だけでなく、そのような上納を通じて、相当な恩恵を受けた面もあるだろうと思います。今回、公開されたKスポーツ財団の会議録では、寄付金と税金を交換するような話も出てきます。税金は国家が握る権力であり政策手段ですが、このようなことをどうお考えですか。

申鶴林 世の中にはタダの昼食はありません。今回、崔順実の家族に便宜を供与した財閥には、反対給付があったり、あるいは財閥が今回提供した金よりも何十倍以上の利益が戻ってきただろうと思います。かなりの情況が見られます。

李源宰 企業は徹底して利益を追求して動きます。権力が威嚇しても、利益にならなければ動かなかったでしょう。むしろ権力から要求を受けるたびに、その要求を受け入れることによって、その後に得られるであろう利益を積極的に計算し判断して、意志決定をおこなった可能性が高いと思います。事実、これは過去の開発時代にも同様でした。当時の初期の財閥は、工場の建設位置を指示されるほど、政府に従属しているように見えましたが、結果的により大きな利益を得られるだろうと判断したので、そのような従属的地位を積極的に受け入れて活用したんです。これが政経癒着の本質です。サムスンを見ても、国民年金の買収・合併関連の投票、労働改革の議題など、企業の支配構造を直接揺るがし得る政策イシューに直面していました。ロッテのように捜査を受けた財閥は言うまでもないでしょう。

宋元根 租税政策は政府の重要な役割です。どのようにきちんと運営するかによってかなり変化があると思います。たとえば、法人税を引き上げるべきといいますが、単純に接近せずに、細かく差別化された政策をおこなうべきです。今、法人税率は地方税を含めて24.2%程度ですが、サムスン電子や現代自動車のような大企業の実効法人税率は16~17%くらいにしかなりません。李明博政権の時はこれよりさらに低かったんです。あちこちで免税にして税率を上げても特に効果はないんです。系列社取引で収益を多く出した法人にはさらに高い法人税率を適用したり、ロバート・ライシュ(Robert Reich)が『資本主義を救え』(韓国語版はキムヨンサ、2016)で提示したように、CEOと一般労働者の間で給与差が大きな企業、下請企業や非正規職労働者を多く雇用する企業に対して、高い税率を適用する方案など、参考にするだけのことはあります。こういうことは政府が大きく決意することなく実施できる政策ではないかと思います。

李日栄 そのように、政府が財閥に対してきちんと役割を果たそうとするなら、政府を取り囲む勢力が、環境を作って圧力を加えるべきです。権力と財閥、法曹界と財閥の癒着に対する議論が多いようですが、マスコミ側はどうなのでしょうか?

申鶴林 この問題に関する限り、マスコミが作動しないということは断固として申し上げられます。SNSの領域の可能性がありますが、伝統的な概念のマスコミは完全に死にました。ハンギョレ、京郷新聞のことをあげる人がいるかもしれません。しかし、ここも広告主サムスンからすべて自由ではありません。ひとまず新聞企業の場合、韓国では新聞をあまり読みません。新聞発行部数が20年前と比べて3分の1に減りました。それとともにすべての新聞社にとって生存が至上課題になりました。ですから、広告に一層依存するしかありません。日本の朝日新聞の場合、購読料収入と広告収入が50対50です。韓国は5対95です。どの新聞社も例外はありません。そして広告自体だけを見ても、以前は「フリーマーケット」や「尋ね人」のような小さな広告の比重がかなりでしたが、今は最大広告主がいくつか残っているだけといっても過言ではありません。電子・IT、自動車、アパート・商店分譲、これに教育市場の広告が若干です。結局、これらの業種の財閥が実質的に韓国の新聞社の経営を握っているんです。ですから、記者がみずから自己検閲するんです。放送の場合もさほど大差はありません。国が権限を持つ地上波は論外としても、ケーブルテレビから綜合編成チャンネルまで、数百もチャンネルがありますから。

李日栄 ですから、確実に財閥が抱え込んでいるというよりは、マスコミ産業の基盤崩壊が決定的だと思います。「メディアトゥデイ」の予算は充分かどうかわかりません(笑)。

財閥を越える対抗力、どこに見出すべきか

 

李日栄 お話しを聞いていると、結局、政治の問題を考えることになります。海外の場合を見てみると、クルッグマン(P. Krugman)のような人も、とにかく問題は政治であるといいます。ライシュは「対抗力」と表現しましたが、アメリカで企業の支配構造が分散して、専門的な形態で企業が発展する方向に基本制度が形成されたのも、そのような対抗力を持った反独占勢力が政治的に存在したことが大きな基盤になりました。セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt)の時代もそうですし、その後のニューディール政策もそうで、アメリカで進歩の時代を切り開いたのが、そのような力でした。最近の主流に対する怒りや、いわゆるトランプ(D. Trump)現象のようなものは、それが崩壊した結果ですけれど。アメリカだけでなくドイツの場合には労働勢力がいて、経営参加、労使共同決定制度のようなものを作り出しました。日本は、自主的な力ではありませんでしたが、米軍政が戦後の占領期に財閥を解体させました。結局、ならば私たちも、何か対抗力を整えてはじめて新たな流れを作っていけるだろうということです。まとめの発言を兼ねて、そのようなものをどこに見出すべきか、重要と考えられている点をついてご指摘頂ければと思います。

李源宰 3つのことを申し上げたいと思います。第一に、個人の権利を取り戻すやり方が重要です。私たちが財閥大企業に対する対策を論じる時、普通、労働組合が重要であったり、経営陣への牽制を強化したりというやり方にかなり言及しますが、今の状況では、情報に対して接近する権利を、消費者や投資家個人の方に強力に与える方案がぜひとも必要です。たとえばオクシー事件(加湿器殺菌剤事件)のようなものが広がると、消費者が企業に情報を要請し、それを受け取れるようにすべきです。もちろん、それで終わってはならず、個人が民事的に対応できる力が足りないので、一緒にできるように集団訴訟制を導入するべきです。このような形で個人の権利を強化する方案を、財閥大企業に対する対抗力として深刻に考慮する必要があります。青年や非正規職のように集団的に何かをすることが難しい人たちには、なおさらこのような方式が大きな力になり得るでしょう。個人主義的な情緒にもよく合います。第二に、すでにプレーヤーとしての地位を占めた大企業に比べて、はるかに脆弱な状態にある経済行為者たちがいるでしょう。協同組合とか、また創業したばかりのベンチャー企業、社会的企業のようにです。このようなところは支援が必要ですが、私はそれを、投資で行なうのがいいと考えます。過去に中小企業銀行や産業銀行があったように、社会投資をする国策銀行を作る形で、大々的に投資ができるシステムを作ろうということです。ソウル市では「社会投資基金」という名で試みたりしていますけれど。銀行が、社会的に意味ある成果を出すことに対して、投資も貸出もするムードが今はほとんどありません。金融監督の基準を別におこなう制度で投資を引き出す必要もあります。最後に福祉の面ですが、青年手当や基本所得のように所得を作ってやる福祉もあり得ますし、無償医療や無償教育のように費用を減らす福祉もあります。投資が積極的な意味ならば、福祉はどちらかというと消極的な意味ではありますが、個人が既存の構造に抱え込まれずに、対抗する力を与えることができます。

申鶴林 私はまず地方自治を重要だと考えます。李明博・朴槿恵政権が福祉予算をかなり削減しました。さらに老人ホームの暖房費の支援予算まで削りました。反面、進歩的な地方自治体の首長は、青年手当制度のように中央政府とは異なった政策を導入しています。人々の生活が窮乏するので、地域で小さな共同体もでき、村落企業もできていますが、このような動きは度外視したまま、地方自治体が何かやろうとすると中央で牽制するといった具合でしょう。実は政府がやっていることのなかで、各種の許認可事項から福祉やサービスなどに至るまで、約80%は地方自治体が提供しており、中央政府は20%しかしていませんが、予算は中央政府が80%を握っていて、地方自治体は20%程度しか使えません。それも中央政府が地方自治体に支援する地方交付税でもてあそび、地方自治体を事実上隷属させている実情です。ですから、大部分の地方自治体が、中央政府が指示する通りやるしかありません。内需市場をはじめとして、大韓民国が経済的に突破口を準備しようとするならば、いまや地方自治制度を名実相伴うようにするべきだと考えます。もう一つ重要なのは人の問題です。まず韓国の官僚の腐敗は非常に深刻な状況です。高位公職者が権力を私有化しています。私はこれが韓国社会で最も危険な部分だと思います。そして私も「メディアトゥディ」代表理事ですが、大韓民国でこれまで労働と労働者という要素が、本来の位置、適正価格を認められたことがないと思います。韓国社会が支払うべき機会費用の多くの部分、今、続いている鉄道ストライキもそうですが、このような事態の相当部分が、労働を本来の位置で考えず、誤った政策で引き起こされています。経済が跳躍するためにも、労働と労働者がきちんと待遇を受けるべきという点を強調したいと思います。このような最も基本的な事柄から、韓国社会が点検するべきだということです。財閥が投資や生産性向上よりは、雇用柔軟性や非正規職転換、下請企業化などで人件費を減らし、労働者が犠牲にすることを前提に利潤を極大化する方向で、政治経済のシステムが作動してきたわけです。

宋元根 財閥を越えた対抗力を語る前に、まず前提にすべきものとして、「公的」という概念に対する認識がさらに明らかに確立され、拡大するべきという点をあげたいと思います。株式会社はきわめて公的な存在です。公的というのは、責任をともに負うという意味です。現在の財閥企業が形成されたのは、財閥の総師とその一家の専横や無責任を、私たちが黙認した結果です。私も李源宰さんのおっしゃる個人の権利をさらに育てようという主張に同意しますが、個人が力を持てば、すぐに公的権力が生じるわけではないと思います。アメリカを見ると、消費者の権力が大きくなると、他方ではウォルマートのような流通権力も肥大化しました。消費者主権が成立したからといって、市民権が生き返るわけではないということでしょう。個人の権利から一歩進んで市民権の概念が確立されるには、もうひとつの公論の場が必要です。基本所得や青年配当のようなものを議論し施行することも意味ある試みだと思います。このような公論の試みを政界で受け入れるべきですが、既成政党でそれができなくなっています。アメリカでも、民主党も共和党も、ともにそのような要求を受け入れられないので、大統領選挙を行うべきアメリカの有権者が、現在、相当に「どうすべきかわからない」状態にあると私は思います。私たちも似ています。このような側面で、いろいろと問題がありますが、組織された労働の役割が重要だと思います。特に財閥集団に対する対抗力として、グループ共同決定制度や、中小企業間の談合をある程度認める制度などが必要です。最後に、対抗力を形成するには、財閥が支配しているともいえる金融権力をどのように統制するかも重要だと思います。以前は、個人が出した顧客資産を、なぜ財閥が系列会社の拡張に使うのかという点が主として問題でしたが、今は、金融産業自体が途方もなく発展し、対抗勢力の経済力の形成がますます難しくなるというのが、さらに問題点として台頭していると思います。金融業全体を、事実、財閥の系列会社のいくつかが掌握しているので、対応がさらに難しくなる構造に向かっています。特に、サムスン生命の資産だけをみても、全体の保険資産の4分の1程度になっており、サムスンの系列会社から受けた、系列者内取引で集めた退職年金の規模もかなり大きいようです。さきほど、金融資本と産業資本の分離の話が出なかったので、ここで強調したいと思います。また、社会的な経済領域の活性化のための金融支援も重要であると思います。ソウル市や城南市のようなところで、税金を節約して財源を用意するといいますが、そのためにはさきほど李源宰さんがおっしゃった、社会投資が可能な銀行があったらいいと思います。アメリカ・ノースダコタ州のパブリックバンクのようなものを検討すべきだということですが、政府が持分をすべて持っていて、地域に投資し、雇用も増やす、というような銀行の事例が韓国でも報道されました。そのようなことをするためには、金融産業が独占化されている今の構造を打破すべきだということです。

李日栄 共通する点はありますが、強調する点が微妙に異なる部分もあります。3名の方のお話しのうち、私の耳に入ってくる対抗力のキーワードは「個人」「地方」「公共」です。このキーワードは互いに対立するものではないと思います。私なりに整理すれば、現在は略奪のシステムが作動していますが、これを均衡的なシステムに切り替えるべき課題があるといえるでしょう。略奪のシステムは甲乙関係を作り、地代と利権を受け取りますが、ここで財閥が大きな役割を果たします。甲乙関係、地代受取の関係、略奪関係から自由になるためには、均衡を合わせようとする対抗力が必要ですが、その対抗力を持つことができる領域が、先生たちがおっしゃられた、個人、地方、政府や政党などになるでしょう。ですが、このような対抗力がきちんと力を行使するためには支援が必要でしょう。私はそれが公的資産であると考えます。これを、どのように、どれくらい確保できるかが重要です。中小企業であれ零細企業であれ、中央政府であれ地方自治体であれ、福祉であれ基本所得であれ、公的資産があってはじめてバランスのとれた投資が可能です。この公的資産には、物的財源はもちろん、倫理や道徳的資産も含まれると思います。今日は、3名の先生と対話しながら、様々なアイデアを整理する契機になりました。長時間ありがとうございました。(2016年10月27日/創批・西橋ビル)

(翻訳: 渡辺直紀)

韓半島の軍事危機の構造と出路

2016年 冬号(通卷174号)

韓半島の軍事危機の構造と出路

李承煥(イ․スンファン) 市民平和フォーラム共同代表。民族和解・協力汎国民協議会執行委員長、6・15共同宣言実践南側委員会執行委員長などを歴任。共著に『ポスト統一、民族的連帯を夢見る』『変革的中道論』などがある。
sknkok@paran.com

 

2016年の韓国は一種の「戦争不感症社会」のようである。「核先制攻撃」など様々な軍事的脅しの言動が横行していても政府はもちろん、政治社会や市民社会全般にこれを制御するメカニズムは特に作動していない。一方で、北の第4次、第5次核実験と開城工業団地の閉鎖、韓米両国のサード(THAAD:高高度ミサイル防御体系)の配置決定など、韓半島の軍事危機はしだいに深化している。

韓半島の軍事危機は一時的なものではなく極めて構造化されていて、東アジア全般の秩序変動の過程と密着しており、韓半島のみの問題として取りくむと解法を見いだしがたい。これは何よりも、北朝鮮が東アジア秩序の現状変更を追求する主要な行為者の一つだからである。北朝鮮の非核化がしだいに非現実的な目標になっている事情とともに、米国が東アジア中心にいわゆる「アジア回帰(Pivot to Asia)」を本格化させている事情とも連結している。

軍事危機を深化させるアジア再均衡政策

2011年、オバマ政権が新たな世界戦略として野心的に明示した米国のアジア回帰あるいは再均衡政策は、「米国の安保能力に依存している世界経済に安定性を提供する」という名分の下に、世界経済の中心に浮上中のアジア・太平洋地域に米国の軍事力を増強して配置し、これを土台に米国がグローバル・リーダーシップを強化していこうとする政策である。

しかし、米国のアジア再均衡政策はトランプ(D. Trump)現象で現れたように、孤立主義が広がる米国内の政治事情と、アジアにおける軍事力増強を支える国防予算の問題、そして「環太平洋経済パートナーシップ」(TPP)の米議会批准の挫折危機などにより、政策の持続性が議論を巻き起こし続けてきた。その上、軍事力再配置の名分である中国の軍事的脅威に対する評価もまた有利ではなかった。米国のアジア再均衡政策の推進後、中国は挑発的な軍事行動を自制する一方、米国はもちろん韓国など周辺国との高官レベルの軍事交流を強化しはじめている。もし日本が積極的に呼応せずに、北の核問題が浮上しなかったならば、オバマ政権の再均衡戦略はもはや維持しがたかったかもしれない。

いわゆる「北の脅威」は、中国の軍事的脅威に代わって米国のアジア再均衡政策に正当性を維持させる新たな資産になった。米国は再均衡戦略を公式に宣言した2011年とは異なり、北朝鮮の第三次核実験後の2013年から北の核脅威を重大問題として提起した。これを通じ、①日本および韓国との緊密かつ拡大した協力の推進、②北の脅威に対する中国の協力と共助、③米国本土と同盟国の防衛に対する確認(拡張抑止の提供)などを対北政策の原則として強調しはじめた。これは米国が日米間および日韓米間の軍事協力を強化し、北核問題をかざして中国を圧迫する政策を本格的に推進しようという意志である。もちろんその前提として、北朝鮮の核脅威がレッドラインを超えないかぎり、米国が北核問題を積極的に解決する代わりに「戦略的忍耐」を維持するのである。

特に米国は北朝鮮への制裁を中国の責任として押し付け、これを再均衡政策推進のテコとして用いる「北核の中国責任論」を積極的に掲げだした。こうした中国責任論は、米国が北朝鮮の核を名分にして東アジアに軍事力を前方配置するだけでなく、対北政策失敗の責任を中国に押し付ける一石二鳥の効果を生んでいる。代表的な事例が韓半島のサード配置決定である。これは中国が北を核放棄に引き込むレベルの決定的制裁を加えなければ、韓半島のサード配置など中国を狙った軍事的な圧迫と封鎖を甘受せよという意味である。 1 これに対して中国は、北核問題は根本的に米国の責任だと強く反発している。もちろん、北核問題を再均衡政策推進の戦略的な資産とみなすこうした接近は、本質的に北核問題を解決するよりもむしろ北核能力の高度化を放置し、韓半島の軍事的均衡を全面的に米国の核拡散抑止に依存させる結果をもたらさざるを得ない。

また、日本の右翼勢力は米国の再均衡戦略が日本を必要とする点を明確に認めさせ、これを日本の「普通国家化」(=戦争国家化)の機会として積極的に活用している。米国は再均衡政策の推進に必要な国防予算を満たす対案として、「日本を同盟の中心軸(underpin)と規定し、日米両国間の軍事力の再編成とミサイル防御協力を強化する」、いわゆる「同盟の役割の再調整」を提起している。このため日米両国は、2013年10月日本の「集団的自衛権」の保障に合意し、2015年には新ガイドラインの制定を通じて日米共同で武力対応する地理的範囲を「日本周辺」に制限した既存のガイドラインの内容を削除し、自衛隊の海外進出の制限を完全に撤廃して米国がアジアで軍事力を増強する際に、日本を中心軸として引き入れる計画を事実上完成させた。

こうした背景の下、日本の安倍政権は日米共同のミサイル防御体制の構築と沖縄の米軍基地の新設および拡張など日米の軍事協力を強化しながら、集団的自衛権の行使を可能にする安保法の処理強行と戦後東アジア平和の制度的装置の一つだった平和憲法の改定を積極的に推進しているのである。

米国はこうした日米協力体制に韓国も編入させ、東アジア版の軍事同盟体制を構築しようとする努力も本格化させている。便法として推進された2014年末の「韓日米の軍事情報共有了解覚書(MOU)」の締結、 2日本とはすでに連結している米軍の戦術データ連結体系(Link16)の韓国導入、核空母ジョージ・ワシントン号が出動する事実上の合同軍事訓練である年例の韓日米の海上救助訓練、リムパック(RIMPAC)の一環として2016年から実施された韓日米ミサイル合同探知・追跡訓練などは日米軍事同盟に韓国を編入させる核心的証左である。

従って現時点で、米国の再均衡政策は東アジアと韓半島で北核問題の平和的解決に失敗し、日本の右翼の軍事的拡大の機会のみを招いたと言っても過言ではない。特に韓半島の場合、米国の再均衡戦略は朝鮮戦争の終結など韓半島の平和体制の樹立には何のイニシアティブも行使できず、むしろサード配置など米国のミサイル防御体制の下部に編入されるなど、韓米同盟の日米軍事同盟への編入、対中国海上(封鎖)協力の強化要求などに表れている。これは21世紀になって韓国政府がとってきた「経済は中国、政治・安保は米国」というそれなりの現状維持の外交路線をも覆し、日本の軍事大国化と核保有国たる北朝鮮という二大脅威の最前線に韓半島を露出させる結果を招いている。

こうした理由により、韓国と日本の市民運動家は米国の再均衡政策がアジアの平和を破壊し、「もはや米国の覇権を維持するためにアジアの民衆が犠牲になる歴史が繰り返されてはならない」 3と宣言する。また中国でも、「(東アジアにおける)脅威は北朝鮮から来るのではなく米国や日本から来ており、これこそ中国などのアジア国家が極めて強く反対し、対応すべき問題だと認識している」 4という評価が生じている。

北の「統一大戦」主張と核戦争拡大戦略

米国が北の脅威を強調して中国を含む国際的な対北制裁を強化する一方で、北の金正恩政権もまた対米交渉戦略で変化を示している。北朝鮮は「不滅の核強大国の建設」を掲げて核抑止力の確保に邁進しながら、中国まで加わる非核化の対話は避ける姿勢をみせている。これは議題を細かく分けて争点を段階化するサラミ(salami)式の短期交渉の代わりに、「北の核保有を前提とする東アジア秩序」を目標にして核能力の強化に基づく米国との中・長期的な談判の推進へと交渉戦略を変更させたという意味である。

北朝鮮の交渉戦略がこのように変わったのは、核先制攻撃の対象に北を含めたブッシュ政権の2002年核テーゼ報告書(NPR)についで、オバマ政権で作成された2010年核テーゼ報告書でも北を核兵器非使用対象国から除いたことからくる、深い対米不信が第一次的な原因だといえる。2014年末以後、北が掲げた一連の対米提案がオバマ政権によって黙殺されたのは 5北の交渉態度を一層硬化させた。その上、核・経済の並進路線の宣布後、初めて「非核化」を公式に言及した北朝鮮の「7・6提案」 6に対し、米国は人権弾圧と関連した金正恩制裁措置を宣布して応じた。それから二カ月後、北は第五次核実験を強行した。

こうした一連の過程をふり返れば、北朝鮮は今後も「核能力の強化に邁進─米国と中・長期的に談判」という戦略を一層固守するだろう。これは、ケリー(J. Kerry) 国務長官が9月18日韓米日外相会談で非核化対話と核凍結を言及したのに対し、北朝鮮は「我々の核武装の強化措置に対して挑発とか、無謀な行動とか誹謗しながら、破綻した非核化対話の念仏をまたも唱えている」と反応したことから確認できる。 7米国のみならず北朝鮮によって交渉の敷居は一層高められている。

交渉戦略の変化とともに北の核戦略もより攻撃的に変化している。これに関連して注目すべき北の主張は、いわゆる「統一大戦」宣言である。第七回労働党大会の報告で「非平和的方式の統一」に言及した後、金正恩政権は相次いで統一大戦を強調している。「敵どもがわが国の尊厳と権威を害しようと少しでも動いたなら、断固かつ強力な核先制打撃が加えられるはず」 8であり、「祖国統一大戦にもつながる千金のような機会は我々がまず選択するはず」だとか、「米帝とその追従勢力が『体制崩壊』や『平壌席巻』を狙った『斬首作戦』に突入しようとするささいな兆候でもみせれば、それによって招来するのは無慈悲な核先制攻撃だけ」 9という主張などがそれである。

こうした言及で確認されるのは、北朝鮮が主張する統一大戦が相手の在来式攻撃の脅威に核で対応する(先制攻撃を含む)「非対称拡戦型」の核戦略を意味するという点である。 10 もちろん北朝鮮は「第七回党大会決定書」において、「責任ある核保有国として侵略的な敵対勢力が核によって我々の自主権を侵害しない限り、先に核兵器を使用しないはず」だと宣言しているが、北が主張する「核の先制不使用」の原則は韓米の先制核攻撃演習を核で自主権を侵害する侵略的な敵対行為と想定しているので、事実上米韓両国には適用されない。

また北朝鮮は、自らの核体制について「核弾道で一杯にした戦略ロケットとわが威力ある戦略潜水艦が待機状態に入っていた」とし、核兵器の実戦配置と常時の発射待機状態を強調している。仮にこれを事実と認めたとしても、現在の北朝鮮の核能力レベルが完璧な第二次攻撃能力を確保したとはみなしがたい。ただ、北の核弾道の軽量化および発射手段の発展は予想を超える相当なレベルに達したとみられ、8月24日北朝鮮のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)実験の成功と、9月20日の停止衛星運搬ロケット用のエンジンの地上噴出実験の成功は相当な衝撃を与えた。

核戦争拡大戦略は、「在来式戦力の弱み」と「完璧な第二次核攻撃能力の不十分さ」という現実的な条件の下で選択される。これは韓半島で北朝鮮は核を発展させ、米韓は先制攻撃と潜水攻撃を含めた在来式の兵器を発展させる作用─反作用の悪循環がこの数年かけて進んできた結果である。 11 こうした状況に対する北の回答が、まさに核先制攻撃を含む非対称拡戦型の「統一大戦」宣言であるわけだ。その上北朝鮮は、イラク戦争とリビア事態などを通じて核抑止力保有の重要性をあまりにも良くわかっている。従って、核戦争拡大戦略は極めて危険かつ非合理的であるが、北朝鮮の立場では「他の選択の余地がない」戦略だと言える(いわゆる合理的非合理性 rational irrationality)。 12 そして、北はこの戦略がもつ危険性のために核の第二次攻撃能力を備える時まで、米韓の先制攻撃と斬首作戦の脅威から時間を稼ぎうると判断しているのである。北朝鮮が「統一大戦」を繰り返し強調するのは、こうした意味と脈絡にある。

このように北朝鮮は、米国の再均衡戦略がつくりだした犠牲の山羊であり、同時に米中競争と米国の戦略的忍耐を滋養分にして「核保有を前提とする東アジア秩序の再編」を追求する二重的地位を有している。つまり、北朝鮮は米国の核脅威の下にありながら、同時に米国の再均衡戦略と日本の再武装の正当性を強化し、さらに韓半島の軍事危機を深化させる原因の提供者でもあるのだ。

戦争の脅威を高める韓半島のサード配置

米国の再均衡戦略と北朝鮮の核戦争拡大戦略が交差し、深化している韓半島の軍事危機は米韓両政府のサード配置の決定により一層増大している。韓半島のサード配置は米韓が北の核保有を実質的に認め、それへの備えを本格化させたという意味である。サード配置の意味は複合的だが、最も重要な点はアジア再均衡のために「戦略的忍耐」または「対話と挑発の悪循環」の断絶を名分にし、北の核能力の強化を放置してきたことによる対北政策の失敗の結果を韓国民の血税と資産を投入するサード配置によって満たそうという意志である。

サード配置の決定後、北朝鮮は「サードは公然とわが共和国を狙っているだけに、わが軍隊の視野から絶対に免れえない」として星州と浦項、蔚山、釜山を照準にしたミサイル実験を強行し、中国とロシアも星州のサードを狙った軍事力の再配置を公言している。また、「サードは我々の自衛的な権利行使をより正当化」 13するだろうという北の主張通り、北朝鮮はサード配置の発表後、第五次核実験を断行するなど核とミサイル能力の強化に憚りなく邁進している。

問題は、韓半島で展開される核軍備競争は戦争の危険度と比例関係にある点である。何よりも北朝鮮が自らの核能力の強化に比例し、韓半島の停戦体制という現状を変更するための在来式の軍事脅威をしだいに強化しているのは明らかである。その上、韓米と北朝鮮が公然と相手に対する核先制攻撃を公言している条件を勘案すれば、サード配置は局地的紛争を核の全面戦争へと発展させる雷管にもなりうる。 14

さらに憂慮されるのは、サード配置が北の核問題と関連して交渉と制裁だけではなく、軍事オプションの比重の増大という合意を含んでいる点である。サードは基本的に先制攻撃後、相手の第二次ミサイル攻撃を防御する概念の兵器体系である。北朝鮮専門家のステファン・ハガード(Stephan Haggard)は、米国の「次期政権では軍事的対案に対するより解放された討論が行なわれるべきだろう。米国軍部はすでに北を核保有国として扱いはじめた。サード体系を展開するのもこれと無縁ではない」と指摘した。 15 つまり、韓半島のサード配置は米国が韓半島で先制攻撃という軍事的選択をより積極的に考えるようになったという意味である。

実際、対北先制攻撃は米国のアジア再均衡政策の宣言後、韓半島問題に対する選択肢の一つとして2012年から実質的な準備をしてきたのである。2012年、韓米はウルチ・フリーダム・ガーディアン(UFG)韓米合同軍事訓練から既存の防御的な軍事戦略の代わりに「先制的自衛権」という名分の下、攻撃的な「抑止戦略」を適用した対北先制攻撃訓練を開始した。「全面戦争の兆しが明確な場合、国際法的な論争があるとしても」先制攻撃に出るべきだというのである。 16

2012年以後、毎年春と夏に展開されるキー・リゾルブ(Key Resolve)訓練とUFG訓練は米国の核戦略資源を動員する先制攻撃訓練を含めている。特に今年は、米国の特殊部隊の内陸浸透訓練(事実上の「斬首作戦」)であるテーク・ナイフ

(Teak Knife)訓練を異例的に公開し、核空母ロナルド・レーガンを動員した「不屈の意志」(Invincible Spirit)という名の空母強襲訓練、そして複数国の合同空軍訓練レッド・フラッグ(Red Flag)に韓国空軍が参加し、事実上の韓・米・日・英合同の対北先制攻撃訓練も実施された。これに加え、朴槿恵政権は金正恩除去作戦を実施する特殊部隊の運用計画とともに、ミサイル精密攻撃および特殊作戦部隊の動員により「平壌の指導層をなくす」大量報復(KMPR)計画の推進を発表した。また、米国の冷静な拒否にもかかわらず、朴槿恵政権が強く希望している米国の戦略兵器の「韓半島への常時循環配置」は基本的に常時の対北核先制攻撃態勢を構築しようとする試みである。結局、サード配置の決定により、韓半島は「先制攻撃と相手の第二次攻撃防御」という形態の先制攻撃中心の軍事力体制をしだいに完成させているのである。

11月4日駐韓米軍司令官は今後8~10月以内にサード配置を完了させると発表し、これに対して中国もまた「決然たる反対」の意を表明した。「二年以内に北朝鮮は崩壊するはず」という呪術的予言に囚われた朴槿恵政権の国政運営能力の喪失は、一方で外交・国防および南北関係における非正常と弊害を正す機会になるだろうが、短期的には米韓軍事協力など同盟問題の処理で朴槿恵政権を無視する米国の一方通行が強化されるだろう。速戦即決式のサード配置の強行、「日韓軍事情報保護協定」(GSOMIA)論議の再開はそうした事例である。 17

韓半島の軍事危機の解消のために

再均衡という名の米国の軍事力の再配置と金正恩政権の核戦争拡大戦略が朴槿恵政権の北朝鮮崩壊への「呪術的執着」とつき合せた条件下では、韓半島の軍事危機は短期間に解消されるどころか、むしろ激化する可能性が高い。

もちろん南と北、米国の現在の条件を考慮する時、現実的に簡単なことではないが、韓半島の危機を解決しうる近道がなくはない。南北関係と韓半島の状況を膠着させている核心的問題、つまり「相互敵対行為の凍結問題」に直ちに近づくことである。北朝鮮の核とミサイル開発が米韓両国に最も重大な脅威ならば、北朝鮮では核を動員した米韓合同軍事訓練が最大の脅威である。北朝鮮は米韓両国の対朝鮮敵視政策の基本表現である「大規模な合同軍事演習の強行と核攻撃手段の南朝鮮への搬入」が根絶されない限り、断固として「我々の無限大の核抑止力がしだいに強化され」 18るはずだと主張している。

韓米合同軍事訓練の暫定的な中断・縮小と北朝鮮の核・ミサイル開発の中断を取り引きする、「最小限の」相互脅威の減少(Mutual Threat Reduction)努力の実現だけが、現在では視界不明の韓半島情勢を対話と交渉の平和的な解決局面へと進入させうる最も確実な方策である。 19 中国が提案する「韓半島非核化と平和体制の同時並行」議題も、最小限の相互脅威の減少合意を先行させなければ、現在の北朝鮮の態度からみて交渉のテーブルでの論議さえ実現しがたいだろう。また南北および米朝関係も一時的に対話局面がつくられるとしても、結局は対決と制裁の悪循環へ戻っていくだろう。

米韓両国が北朝鮮の核放棄に相応する一定の代価の支払いを拒否しながら、「交渉は補償の悪循環のみ招く」という調子の主張ばかり繰り返すのは一種の責任回避にすぎない。そしてまさにこの点が、米国と北朝鮮、米国と中国、韓国の市民社会と保守政権間の長年の論争の核心である。北朝鮮の第五次核実験と次期政権の登場を背景にして、米国内でも「戦略的忍耐あるいは出口戦略の選択」をめぐって論争が激化している。

米国内の論争の頂点はウッドロー・ウィルソン・センターの所長であるジェーン・ハーマン(Jane Harman)が『ワシントンポスト』に寄稿した文章である。ハーマンは「重要な進展の可能性があれば、我々は今後米韓合同軍事訓練の保留を考慮し、北朝鮮が長年願ってきた不可侵条約を提起すべきである」とし、「短期的な凍結」が「狂気から脱する道」だと主張する。 20 現職の米国情報機関のトップであるジェイムス・クラパー(James Clapper)はさらに一歩進んで、「北朝鮮を非核化しようとする考えはたぶん『可能性がないこと』(lost cause)」であり、「核兵器は彼らの『生存チケット』であり、我々(米国)が希望しうる最善のものは(北朝鮮の核能力に対する)一種の制限(some sort of a cap)」であろうと主張する。 21

もちろん米国内では、はるかに苛酷な対北制裁を課して中国の対北支援を中断させるべきだという強硬論が主流であり、ハーマンなどの主張は少数である。現在までオバマ政権の公式的な立場も、非核化に対する北朝鮮の明らかな立場表明なしには対話できないという強硬論である。「何も変わらなかった。(米国)政府の政策目標は韓半島の検証可能な非核化を追求することである……そうすべき方法(a way)がある」という立場である。 22 現実的に北朝鮮の非核化の可能性がしだいに希薄になる中で、「そうすべき方法がある」と主張するのは、おそらく軍事オプションまで考えているはずである。従って、今後一定期間は対北制裁局面の出口の模索よりは北の反発とより強力な追加制裁の悪循環が持続する対決局面の深化が進行するだろう。

しかし、米国外交協会の報告書が指摘するように、米国の次期政権は北核問題を取り扱う最後の政権になる可能性が高く、この時期を逃せば韓半島の非核化は事実上不可能になるだろう。これは北核問題と韓半島の軍事危機が臨界点に達するという意味である。米国の次期政権がレジーム転換(regime change)レベルの対北圧迫を続けても、結局は交渉と先制攻撃などあらゆるオプションをテーブル上に載せて北朝鮮の選択を迫るだろうし、また米国も北朝鮮が掲げる「敵対か平和か」という長年の選択肢を決定すべき状況におかれるだろう。 23

現時点で最も重要な点は、韓米両国ともに強硬論が主導する条件の下で韓半島軍事危機の平和的な出路を求めて「交渉の扉」を開けることである。このためには、関連国すべてが次の諸条件を満足させる狭き門を通過すべきである。

① まず核・ミサイルのモラトリアムと軍事訓練の中断など相互敵対行為の凍結を交渉のテーブルに載せることへの関連国の共感帯の形成が必要である。 24 韓米両国は「先ず非核化」という主張の代わりに、北朝鮮の核凍結を交渉によって達成すべき第一次目標と認める認識の転換をなすべきである。

但し、「凍結」と「核能力制限」を事実上の最終目標とする北核凍結論が議題になってはならない。一部ではこうした「現実的目標としての北核凍結論」を米国の力の限界と北朝鮮の核戦略の勝利間近のように理解する人もいるが、これは性急な判断である。北核を軸にした韓半島の危機構造は米国の再均衡政策と韓半島の分断体制の維持の資産であるため、米国はこれを完全に破壊するよりは一定レベルで韓半島の軍事危機の構造を維持する選択をする可能性がある。その地点で北核凍結論は、米国には北核脅威のレベルを低め、他方では戦略的資産としての北核問題はそのまま活用する「変形した戦略的忍耐」政策になることもある。 25 つまり、米国には北核問題と韓半島の軍事危機の臨界点を管理する最善策が非核化ではなく「凍結」でありうる。これは核保有を既成事実化しようとする北朝鮮の利害関係とも一致する。

従って、韓半島危機の根本的解消のためには相互敵対行為の凍結とともに非核化・平和体制の交渉を一つのプロセスにまとめていこうとする目的意識的な努力が何よりも重要である。そうした努力は軍事危機の解消と非核化・平和体制に最も切迫した利害関係をもっている韓国政府の役目である。アイロニカルなことだが、北朝鮮の崩壊に執着した朴槿恵政権の無力化により北核交渉の環境が改善され、また同盟国の意見を尊重する米国政府の対北政策の選択幅もより広がることになった。

② 北朝鮮は非核化交渉を避けたり、「全世界の非核化」のような非現実的な目標に縛られるべきではなく。各種レベルの多様な接触を活性化して自らの非核化「7・6提案」を積極的に論議する姿勢をみせるべきである。

『二つの韓国』の共著者であるロバート・カーリン(Robert Carlin)は、北朝鮮の「7・6提案」の韓半島非核化の五条件で、駐韓米軍の撤収を除いた四条件は米国がすでに満たすか、一時原則的に同意したものであり、駐韓米軍の撤収条件でさえ「核使用権を握っている」米軍(核使用権を握っていない米軍は問題ない?)とか、「撤収」の代わりにあえて「撤収を宣布」することを要求した点に注目すべきだと主張する。 26 駐韓米軍問題と関連して北朝鮮の立場は硬軟を行き来する風をみせたが、2000年南北首脳会談当時など、主要な場面ごとに北朝鮮は極めて柔軟な立場を示してきた。 27

③ 北朝鮮は最低限、米国の政権移行期と新政権成立の初期には核や長距離ロケット実験および局地的衝突や挑発を自制すべきである。2009年4月オバマ大統領の「核なき世界」宣言を台無しにした北朝鮮の長距離ロケット(銀河2号)実験と、それに続く第二次核実験がオバマ政権の任期中に回復しがたい米朝間の不信の原因となったことを想起する必要がある。

同時に、米国の新政権もまた2017年の米韓合同軍事訓練は最大限ロー・キー(low-key)で展開し、公開的な対北核戦力デモを自制すべきである。武力誇示は北朝鮮の反発と追加挑発の出発点になるだけである。

④ 南と北の当局者は相手に対する軍事的・非軍事的刺激と挑発を中断し、対北水害支援など南北関係の改善のために最小限の努力を始めるべきである。北朝鮮が攻撃目標として公表した対北心理戦用の大型の電光掲示板の建設は中断すべきであり、「自由の地へ来たれ」とか「逆賊の輩」のような相手を刺激する言動は互いに慎むべきである。

交渉の門へと入るために、以上のプロセスをある程度通過してこそ「刃の上の」平和交渉を始めうる。「最小限の相互敵対行為の中断」は、こうした難しい交渉の継続性を保障するほぼ唯一の原動力である。

*本稿は、「第15回歴史認識と東アジア平和フォーラム」済州大会で発表した「東アジア新冷戦と韓半島の軍事危機の深化」(2016年10月21日)を全面的に改稿したものである。

(翻訳: 青柳純一)

Notes:

  1. 米国の前CIA局長ヘイドンは、中国がサードの韓国配置に反発するのに対して、「サード配置を嫌うなら(対北制裁決議を履行して)支援を中断せよと中国に反駁すべきだ」と主張した。「ヘイドン前CIA局長『北朝鮮は3~5年内に米国に達する核搭載ICBMを配置』」、『ニューシス』2016年9月25日。
  2. 2012年、韓日間の軍事情報共有のための「軍事情報保護協定」(GSOMIA)が密室での推進を問題視されてボツになるや、朴槿恵政権は国会批准を避けるために「了解覚書」形式で処理した。10月31日、朴槿恵政権は朴槿恵―崔順実ゲートが発覚した渦中でもGSOMIA締結の論議を再開すると発表した。
  3. 「2015年東アジア米軍基地問題の解決のための国際シンポジウム」共同宣言文、2015年9月4日。
  4. 中国清華大学の国際戦略発展研究所の楚樹龍所長の発言(「アジアの脅威、北ではなく米・日から来る」、『亜州経済』2016年7月25日)。
  5. 2014年11月韓米合同軍事訓練の暫定中断と核実験中止の交換を提案、2015年8月平和協定締結の要求など、北朝鮮の相次ぐ対話の提議に対して韓米は「非核化の進展」が先だとして拒否した。
  6. 北朝鮮の7・6提案は、「朝鮮半島の非核化」実現の五大条件として、①南朝鮮に搬入した米国の核兵器の公開、②南朝鮮におけるすべての核兵器と基地の撤廃、③朝鮮半島とその周辺に核攻撃手段の再搬入の禁止の担保、④朝鮮への核不使用の確約、⑤核使用権を握っている駐韓米軍の撤収宣布、を提示したのである。
  7. 「朝鮮外務省スポークスマンが共和国の自衛的核抑止力の強化措置をとりあげて弄んだ米国を糾弾」『朝鮮中央通信』2016年9月20日。
  8. 「機会は我々が選択する。虚妄な夢を見るな」『朝鮮中央通信』2016年9月14日。
  9. 「北『米本土、太平洋の基地の焦土化計画を最終批准』」『ニューシス』2016年9月21日。
  10. 米国の核戦略研究者であるナランMIT教授は中小核保有国の核戦略を触媒型(catalytic)、確証報復型(assured retaliation)、非対称拡戦型(asymmetric escalation)という三類型に分類する。触媒型は生存危機の時に米国の強力な支援を引き出すための核保有戦略であり、確証報復型は第2次攻撃力の確保が前提になり、非対称拡戦型は在来式の脅威に対応して迅速な核先制攻撃を追求する戦略である。Vipin Narang, Nuclear Strategy in the Modern Era: Regional Powers and International Conflict, Princeton University Press 2014.
  11. Jeffrey Lewis,”More Rockets in Kim Jong Un’s Pockets: North Korea Tests A New Artillery System,”38 NORTH,2016.3.7.
  12. Max Fisher,”North Korea, Far From Crazy, Is All Too Rational,”The New York Times, 2016.9.10.
  13. 「新たな冷戦を呼びこむ危険千万な軍事的な動き」『朝鮮中央通信』2016年7月16日。
  14. 拙稿「サードは『致命的な安保脅威』である」『チャンビ週刊論評』2016年7月27日。
  15. 「米国の次期政権は対北軍事行動まで検討するはず」『中央日報』2016年8月26日。
  16. 「最初の対北先制打撃訓練……変化予告」『MBC』2012年9月11日。
  17. 一部では、朴槿恵大統領が外交・安保などの外政のみ担当し、内治は挙国内閣や責任内閣に任せるべきだと主張しているが、こうした主張は南北関係の破綻と軍事危機の拡大、開城工業団地の閉鎖、戦時作戦権返還の無期延期、屈辱的な慰安婦問題の合意、サード配置の決定など、外交・安保・統一分野におけるあらゆる失政を黙認しようというのと変わりがない。また米国は、サードやGSOMIAのような敏感な事案はできるだけ無力化した朴槿恵政権の任期中に処理しようとするだろう。
  18. 「朝鮮民主主義人民共和国外務省声明」2015年10月17日。
  19. こうした主張は拙稿「第4次核実験後の韓半島と南北関係は?」(チャンビ週刊論評、2016年1月13日):イ・ジョンチョル「平和体制の入口論と非核化の立札論」(チャンビ週刊論評、2016年3月9日):キム・ヨンヒ「核凍結と平和協定の交換が答である」(中央日報、2016年2月5日)などを参照。今年9月に発表された米国外交協会(CFR)の報告書も、「先ず非核化ではなく、核とミサイル実験の凍結に焦点を当てて交渉すべきである」という内容を含んでいる。Sam Num & Mike Mullen(co-chair),”A Sharper Choice on North Korea,”CFR Independent Task Force Report No.74, 2016.9.
  20. Jane Harman and James Person,“The U.S. needs to negotiate with North Korea,”The Washington Post 2016.9.30.
  21. 「米国情報機関トップが『非核化』ではなく『核制限』を掲げだした理由は」 『中央日報』2016年10月26日。
  22. 「クレパーDNI『北朝鮮の核放棄の展望なく……凍結も不可能』」『ニューシス』2016年10月26日。
  23. 北朝鮮は2010年8月31日「外務省備忘録」で米国には二つの道があるとし、一つは「対朝鮮敵視政策を放棄して朝鮮半島の平和と安全…自国の安全を確保する道」であり、もう一つは「敵対政策を維持し続けて…我々の核兵器庫が拡大、強化され続ける道」だと主張した。
  24. 今年10月下旬、マレーシアで開かれた米朝間の「トラック2」会同の核心的議題は米国が提示した核とミサイル実験の凍結要求に対する北朝鮮の反応確認であったようだ。ロバート・カルーチは、この接触で一定の進展があったが、これの実現は全面的に米国次期政権の役目だと表明した。「カルーチ前特使『米朝の接触結果、米国の次期政権に伝達するはず』」VOA 2016.10.29.
  25. 白樂晴は本稿の初稿に対する論評で、「構造化された軍事危機」が分断体制を再生産する重要な原動力であり、そうした再生産体制を軍事的に破壊する確率は低下させうると指摘した。
  26. Robert Carlin,”North Korea Said it is Willing to Talk about Denuclearization …But No One Noticed,”38 North,2016.7.12.
  27. 2000年南北首脳会談当時、金正日委員長は「駐韓米軍は共和国への敵対的な軍隊ではなく朝鮮半島の平和を維持する軍隊として駐屯することが望まし」いと発言した(林東源『ピース・メーカー』、チャンビ、2015年、50頁)。 また、2007年ニューヨークを訪問した金桂寛と、2012年シラキュース・セミナーに参席した李容浩もまた敵対関係の解消と駐韓米軍の撤収を連係させないこともありうるという意味の発言をしたことがある。

マイノリティーの目で韓国社会をみる④: 「脱北者」を越えて

2016年 冬号(通卷174号)

マイノリティーの目で韓国社会をみる④
「脱北者」を越えて

李向珪(イ・ヒャンギュ): 漢陽大学校エリカキャンパスグローバル多文化研究院研究教授。共著に『私は朝鮮労働党員であるよ:非転向長期囚、金錫亨の口述記録』、『北朝鮮教育60年:形成と発展展望』などがある。
hyangkue@hanmail.net

 

誰も私にかまわないのに、外に出るといたずらに委縮される。それで近所のスーパーマーケットに行く際も軽く化粧をし、香水も少しふりまく。ここに来てから家族みな体重が減った。念のため薬局に駆虫剤を買いに行った。陳列棚に薬が多かったが、駆虫剤を探しにくかった。店員に聞いてみるといいが、話せなかった。人々がどう思うか気になった。そこでそのまま帰ってきた。たまにわけもなく心細くなる時がある。私はまだここが不慣れであり、私を眺めるか否かに関わらず、他の人々の目を意識することとなる。

娘たちは学校から家に帰ってくると、床に就くまで韓国語でひっきりなしにしゃべる。韓国の歌を歌い、ハングルを読み、夕食は韓国の食べ物を食べる。娘たちより遅れてここに着いた私は、娘たちがここの生活にうまく適応していることを望んだ。友達も付き合い、学校の勉強もよくでき、ここの食べ物もよく食べて、ここの人々とよく話し合うことを期待していた。ところが、娘たちは友達がいなかったし、韓国の食べ物を食べたがり、ぜひ必要な場合ではないと、家の外へ出たがらない。私は内心心配しながら、今日も娘たちと韓国の音楽を聴き、韓国の食べ物を作って食べる。

私は近所のスーパーマーケットで安いものもクレジットカードで買う。自分の名前の三文字を署名するその瞬間が好きだからである。名前を書く瞬間、私の前にいる店員にこう語る気がする。「あなたが見ている私が私の全部ではありません。私はここに来る前にあなたが知らない多くの経験をしましたし、今はわが生の一瞬間に過ぎません。私はあなたが今見ているより大きいです。」そのようにハングルで自分の名前を
書いたら、買い物籠を持った手に力が出るし、足取りが堂々となる。

自分の国で繰り広げられた惨憺たる人権侵害について書いた文章を、立ち遅れて読んだ。無辜に死んだ生命、十分に悔やまれ得なかった若い霊魂たちが思い出されて気が重かった。家を出て街を歩いた。眩しい日差しの下、それぞれ住んでいるここの人々は生の悲痛さについて何も知らずに、豊かでのんびりと暮らしているように見えた。私がここに属していないような気がした。この人々と私とはいかなる共通の記憶を持っていないということに、そして私はこの人々が楽しむ豊かさと余裕に寄与したところがないということに気付いた。それでこの社会が素敵ではあるが、自分のものではなさそうに思えた。

私は去る夏にイギリスの小さな海辺の都市に移住してきた。夫と子供たちが二ヶ月前に先に来ており、私は韓国での仕事と家を片付けてから合流した。2002年にロンドンで暮らしたことがある。その際、夫の故郷であるここでうまく定着できるだろうと信じていたが、思ったより容易くなかった。わずか2年後に二人の娘を乳母車に乗せて、逃げるようにイギリスを発った。韓国で私たちはそれなり一生懸命に暮らしたし、何よりも子供たちは、たとえ学校では「多文化学生」と呼ばれたが、韓国の子供としてよく育ってくれた。そして、12年振りに再びイギリスに帰ってきた。

韓国で私はずっといわば「脱北青少年」と「多文化青少年」の教育と社会適応を手伝う仕事をした。韓国ではこのように他の文化から移住してきた人々を、多様な名で分類し、区別付ける。もう私と子供たちは、韓国の政策用語を借りるならば、「結婚移住女性」と「中途入国青少年」となって夫と父親の国へ移住してきたわけである。すると、これまで韓国で私が「彼らのために」行なったことが「彼らの立場から」再び見え始めた。

一番目の物語―視線

私が他人の視線に縮み上がる際、それは実際に他人が私をそう見ているためなのか、それとも他人が私をそのように見るだろうと私が考えるためであるか。私はこの点が気になった。なぜならばここでは誰も私を眺めていないということに、ある日気付いたからである。そこでもしかしてその漠然たる「他人」は誰なのか、その視線はもしかして自分が作り出したものであったり、自分が増幅させたものではないか、疑惑を持つことになった。

実際にここの人々は他人に対してあまり関心がなさそうに見える。街頭にはあらゆる特異な服装と行動をする人々がいるが、自分に害を与えない限り別に不便な視線を送ったりはしない。体中に刺青をした人、短いスカートに羽根のついた帽子をかぶったお婆さん、スキニージーンズをはいたゲイカップル、公園に横になってキスする恋人……皮膚の色や外観の異なる数多い種族が街を共有している。韓国では振り返ったり、からかったり、舌を鳴らす人がありそうだが、彼らがどうともなく街を闊歩する状況は、まもなく私に妙な気安さを与えた。その気安さが私に来たした些細な変化は、真夏中、袖のない服と半ズボンをはいて街に出ることであった。それは韓国ではやってみなかったことである。私の歳に、私の体つきでそう着ると、「迷惑」だと人々が見なしそうだった。服を着ることが一体なんだと、韓国にいる時はそれがそんなにも難しいことであった。一度も日差しに晒されなかった肩が黒く日焼けした。その些細な自由が私の体の緊張をほぐした。

そうするうちに嫌疑が強くなった。私がここに来て感じた他人の視線は、実際ここの人々がアジア人を眺める視線というよりは、長い間韓国社会で暮らしながら学習した、それで結局ここにまで持ってきたわが心の中にある他人のレンズであるかもしれないということを。少なくともそのレンズが私の萎縮感を増幅させうるということを。韓国社会は私に絶え間なく他の人の視線に敏感でいることを教えたし、私はそれをあたかも自分の考えのように真面目に受け入れたようだ。他の人の視線に合わせながら多数に属しているという安堵感を感じる間、いざ「私」は萎縮していた。

夫はここで語学研修に来たいろんな国の学生たちに英語を教える仕事をする。ヨーロッパ、南米、中東から来た若い学生たちに教えながら、去る12年間教えていた韓国の学生たちがどれほど謙遜で誠実であったかが改めてわかったという。一生懸命がんばらないと不平を鳴らした芸体能大の学生たちにすまない気がするんだと、韓国に長く暮らしながら誠実さの基準があまりに高くなったようだと反省する。それから韓国の人々はもう少し自信感を持っていいと言う。中学校に通ううちの子供たちも韓国ではまったく自慢することではないのに、ここの子たちはすごく自慢すると言う。言われてみれば、われわれは自分の遂げた小さい成就を充分自慢したり祝う前に次の目標を立てる、そうしてその遥かな決勝点の前で再び小さくなる経験をあまりに長い間繰り返したようだ。それで自分を自慢することが、自ら優れていると思うことが恥ずかしいことになってしまったようだ。私は決勝点の前で常に「より熱心にすべき」存在である。悲劇は、その決勝点は私が決めたものではないという事実である。そこでわれわれは常に自らを足りないと思いながら、絶え間なく搾取したようだ。そして、自分を抑圧していた視線でもって同じく他人を眺め、評価し、抑圧することによって、その搾取のメカニズムに被害者でありながら同時に加害者として参加してきたのではなかろうか。

イギリスには北朝鮮の難民たちが数多く住んでいる。ニュー・モールデン(New Malden)という韓人密集地域には韓国の人、北朝鮮の人、朝鮮族が混ざって住む。まさにコリアタウンである。北朝鮮の人だけで1000名位いるという。ニュー・モールデンに住む北朝鮮の人を何年前に会ったことがある。彼女は韓国で住んでからイギリスに来ることになって、同じような境遇の北朝鮮の男性と結婚して息子と共に住んでいた。夫はスーパーマーケットで働くが、勤勉だと認められてもうすぐマネージャーになるという。シリア、アフガン、ソマリア、スーダンの難民に比べると、北朝鮮の難民はものすごく勤勉で真面目なので、地域社会の歓迎を受けるという。その話を聞いて新鮮な衝撃を受けた。韓国では北朝鮮の人々、特に北朝鮮の男性たちはよい評価が受けられない場合が多い。社会主義国家の配給体制に慣れていて、一生懸命に働く代わりに福祉システムに依存して暮らそうとしたり、職場でトラブルを起こして首になりがちであったり、保険の詐欺で一攫千金を狙う破廉恥な人としてしばしば膾炙される。移住民は彼らがどのような土壌に定着するかによって異なる方式で適応していくはずだが、このような姿が本当に韓国に住む北朝鮮移住民の典型ならば、その発現に韓国社会が負うべき責任はなかろうか。いや、いつも勤勉誠実であるべきだと、福祉システムに依存しないようにと、職場に順応しろと要求することは正当なのか。われわれが高い基準の勤勉誠実を彼らに求めながら非難する瞬間、われわれ自身もその絆の中により深く束縛されるわけではなかろうか。

私は去る10余年間、百名の超える北朝鮮移住民に出会った。主に青少年と女性たちであった。彼らが共通的に語るのは韓国人の「視線」である。韓国の人々が彼らを眺める妙な視線。身なりと口ぶり、あるいは自らの告白で北朝鮮の人であることが明かされた後に受けることとなる関心、同情、優越感、無視、教化、助言、軽蔑、配慮の視線と態度を語ってくれた。最初はそれが歓待なのか警戒なのか、親切なのか抑圧なのか見分けがつかないが、すぐそのすべてが合わせられた複雑な視線だということがわかる。そして、人々がそのような視線で見る以上、自分は決して韓国の人々と同等な関係が結べないということを見抜く。そうなると、北朝鮮の人だと告白したことを後悔したり、北朝鮮から来たということが現れないように努める。韓国人のように話し、食べ、着、化粧しようとする。自分を「北朝鮮の人」という範疇にぐっと押し込めるその視線を避ける方法は、他の人々と同じくなる方法しかないと考える。

最初の質問に戻って、私が他人の視線に縮み上がる際、それは実際に他人が私をそう見るからであるか、それとも他人が私をそのように見るだろうと私が考えるからであるか。その答えは社会によって異なるようだ。イギリスに住む私が感じる他人の視線は、私自らが増幅させたところが大きいということを告白する。それは韓国社会が私に社会化させた態度である。だが、韓国に住む北朝鮮移住民が感じる韓国の人々の視線は、たとえ自分の内面で増強された面があるとしても、絶え間なく言葉と行為で表現される実在に近い。ところで、この視線は事実彼らにのみ向いているわけではない。韓国社会では誰も他人の視線から自由でない。縁故も、背景も、高級趣向も、お金も、資格証も、労働の英雄らしい勤勉誠実さもなしに韓国の地に来た北朝鮮移住民を見る視線、それが何なのか、その視線を受けることがどのような感じなのか、われわれ皆少しずつは知っているのではないか、われわれの記憶の彼方に埋めておいた侮蔑感を探ってみると。

二番目の物語―適応

「もう適応したか」という質問を受けると、すこし考えさせられる。時差の適応もできたし、近所の地理も適度にわかり、三食をうまく作って食べられるし、夜によく寝て朝によく起きる。子供たちも大した問題なしに学校生活をしているようである。適応したようだ。ところが、もう一方で考えてみると、子供たちと私は未だイギリス人の友達がほとんどいないし、韓国の歌を聴き、韓国の食べ物を食べ、インターネットで韓国の放送を見る。私が家族以外に話し合う人のほとんどは、「カカオトーク」とインターネット電話で疎通する、韓国にいる韓国の人々である。生がここに来る前とあまりに連続されていて、私は時々韓国にいるという錯覚をしたりもする。果たして私はここに適応したのか。

韓国の虹青少年センターで移住青少年の支援事業をする際や、韓国教育開発院で脱北青少年の支援関連の研究と実践事業を行なう際、私たちはこの支援を通じて彼らが韓国社会に「適応」するよう手伝うべきだということを暗黙のうちに前提した。このために適応の程度を測定する指標を作り、適応を手伝ういろんなプログラムを開発し、彼らの適応を手伝うために教師研修を進めたりもした。私たちはその適応が彼らを一方的に韓国社会に「同化」させることではないと引き続き主張したが、私は事実私たちが目標とした適応と同化との間にいかなる根本的な違いがあったかよくわからない。私たちのものを「強要」するかの可否は、私たちが「北朝鮮なるもの」をどの位「認定」するかによっているということがわかったのはずっと後になってからである。

S奨学財団は「学びの場支援事業」を行なう。ここで私は支援される学びの場を手伝う専門委員として働いた。特に脱北青少年のための教育機関をコンサルティングしてあげることが主な業務であった。このような機関の中には子供たちの共同生活施設がある。子供たちはこの施設で暮らしながら近所の学校に通い、放課後はここでいろんなプログラムに参加しながら時間を過ごす。脱北した女性たちがいざ韓国に来てからはお金を稼ぐために外地に出かけながら、幼い子供たちをこのような施設に預けるしかない現実が悲劇的だと考えたが、いざ子供たちは兄弟の多い家庭の子供たちのようにわいわい騒ぎ立てながら明るく暮らすようであった。このような施設の中には北朝鮮の人々が設立して運営するところもある。私は、北朝鮮の人々が運営する機関に行くと、上辺では笑いながらお疲れ様と言いながらも、腹ではもしかして子供たちが手放されたりはしないか、厳しく訓育されたりはしないか、より詳しく見てみた。そして、北朝鮮の教師たちがこの子供たちの社会適応をより遅れさせそうで、韓国の教師を採用する計画があるか、地域社会との交流現況はどうか必ず聞いてみた。その後、何年間そばで見守りながら彼らの持った真正性がわかるようになり、この方々を教育者として尊重する私はそれなりに「公正な視角」を持っていると信じた。去年、A学校で混乱を経験する前までは。

A学校が習いの場放課後プログラムとして「集団舞踊」を申請した時、私たちはやや迷いはしたが、その試みを尊重して予算を支援した。すでに多文化学生に対する政策は、移住してきた母親の本国文化を尊重する方向へと進んでいたので、北朝鮮的なものに対してもある程度包容が必要だと思えた。中間点検および事業運営のコンサルティングのために機関を訪問した際、そこの教師たちは子供たちの実力を見せる思いで浮ついていた。子供たちは「子供行進曲」に合わせて集団舞踊を節度あるようにやり遂げた。たとえ歌は「自由の大韓民国を末永く輝かす新芽だよ」で終わったが、子供たちの動作と視線はあたかもテレビ番組の「南北の窓」に出る北朝鮮の学生のようで私は大変慌てた。この気まずさの余り、子供たちに聞いた。「おもしろいですか。」子供たちは大きい声でそうだと言った。「これすると、何がいいですか。」子供たちは自信感が出来たという。学校に行って発表もうまくできるようになったと言う。それでも私は気が軽くならなかった。「ここのダンスもできますか。」子供たちはシスターの「シェイクイット」のダンスができると言った。私は早速インターネットでその歌を探して子供たちに聞かせてあげた。集団舞踊の節度ある動作をしていたその子供たちが腰を回しながら「もっとホットに」体を揺らし始めた。そうしたら北朝鮮の教師たちは心が不便となり、私は安心した。初等学生の扇情的な律動を見る不便さより、この子供たちが韓国のダンスが踊れるということを確認した安堵感のほうがより大きいという事実にうろたえながらも。

私の住むイーストボーンは小さい都市でありながらも、「ケイ・ポップ」(K-Pop)が好きな子供たちがかなりいるという。韓国に対する印象はよい方である。次女と同じ年生の一人はハングルを独学して娘にカカオトークを送り、長女と同じクラスの一人は韓国の人々は皆肌がよいのかといいながら韓国人に生まれるといいなと言ったそうだ。ここのどこにおいても三星とLGの携帯電話と家電製品、現代とKIAの自動車が見られる。われわれはここで韓国人だということを少し誇らしく思い、韓国語を使い、韓国の音楽を聴くことをはばからない。幸いにも韓国で生まれたので、幼いときから習ったこと、慣れたこと、好きなことを捨てる必要がない。韓国的なことをするためにはイギリス的なことも同じくできなければならないと、誰もわれわれに要求しない。私がA学校の学生たちに求めたそれを。

カナダの心理学者であるジョン・W・ベリー(John W. Berry)のモデルによると、移住民が移住してきた地域の文化と自分の元の文化の両者を如何に受け入れるかによって、彼は同化(Assimilation, +-)、分離(Separation, -+)、統合(Integration, ++)、周辺化(Marginalization, –)という四分面の中の一箇所に位置することとなる。両文化をすべて肯定的に見なす「統合」こそ、最も健康な状態だと述べるが、私は北朝鮮移住民たちが自分の成長した文化を韓国でどれほど肯定的に見なせるかが気になる。それは彼が如何に主観的に感じるかということだけでなく、韓国社会が北朝鮮社会の日常的経験をどれほど容認するかにかかっている。ずっと前のことが思い出された。

約10年前に中学生向けの統一教育を進めたことがある。二つの学校から集った学生の800余名を対象に、大きな舞台で脱北大学生の4名が自分の北朝鮮での生活について語り、学生たちの質問を受ける方式で進行した。発表者たちには北朝鮮に対する自分の記憶を率直に語ってくれるように前もって頼んだ。否定的な面だけでなく、よい記憶を語ってもいいと言っておいた。一人の男子学生は北朝鮮のきれいな水について語った。村の前の川水を手で掬って飲んだが、ここに来て水を買って飲むということに大変驚いたという。女子学生は故郷では村の人々が皆互いに知り合って暮らし、大変なことは皆一緒に助けてくれたと言った。ここに来たら、隣が誰なのかわからないし、エレベーターで互いに挨拶しないのが可笑しいといった。聴衆が多すぎて質問は観客席から飛ばす紙飛行機で受けることにした。質問の時間に中学生たちが飛ばす色とりどりの紙飛行機が舞台の上に落ちた。その中の一つをもらって読んだ女子学生の顔が急に赤くなった。そこにはこう書いてあった。「そんなによければ再び北朝鮮に行けばいいじゃない。」

韓国に来ている北朝鮮の移住民にとって適応とは何なのか。適応するために自分の記憶を消し、自分の育った社会を否定しなければならないならば、適応は努力する価値があることなのか。彼らにそれを要求することは正当なのか。もしイギリス社会が私にそのような適応を要求するならば、それでここに来る前までの自分の生を否定しなければならないならば、私はおそらく自発的に不適応を選ぶだろう。

三番目の物語―名前

2009年12月のある夕方、北朝鮮で教師であった人々10余名に会った。当時、私は韓国教育開発院の脱北青少年教育支援センターで研究企画チーム長として勤めていた。新たに始まる「NK教師アカデミー」事業を企画し、実行することがわがチームの仕事であった。NK教師アカデミーは脱北した北朝鮮の教師に所定の再教育の機会を提供して、脱北学生たちが在学する韓国の学校の補助教師として働けるようにする実験的な事業であった。教育部と協議して始めはしたものの、果たしてどのような人々が集ることとなるか、再教育の課程がどのように進められるか、修了後に一線の学校がこの人々を受け入れてくれるか、すべてが不確かな状況であった。すべてを柔軟に開けておいて、縁のある人々と課程を共に作っていくという心構えで始めた。

北朝鮮で「職業的革命家」と呼ばれる教師の威信は高い方である。初等学校の入学から卒業まで、中学校の入学から卒業まで一人の教師が引き続き担任を務める制度は、教師が学生の成長に責任を持つように責務性を強いる。韓国のように一人の学生が学校の内外で数多くの先生に会うせいで、結局教育が失敗した際、その責任が誰にあるかわかりにくい構造とは全然異なる。それでも勉強ができて、誠実な人々が教師となることや、この規範的な教師たちが乱世に適応力が落ちるという点は、韓国も北朝鮮も同じようである。韓国に来た北朝鮮の教師たちは他の北朝鮮移住民たちと同じく、食堂で働いたり、何をなすべきか方向が掴めずに、あちこちを転々としていた。他の人を教えたり、世話する仕事をする人は一人もいなかったし、自分の子女の教育に対してさえ自信がなさそうであった。

事業の説明をしながら、この課程が「資格証」や「就業」を保障するわけではないという点を、何回も強調した。後で彼らを失望させるか心配したからである。皆さんが教育現場で働けるように最善を尽くすが、就業は約束できないし、その代わり、韓国の教育について学べる「機会」を提供すると話した。教育制度、教科の内容、教授方法、学生指導、そして脱北学生たちが経験する困難さについて講義し、討論し、実習することと説明した。

冬の夜であったにも関わらず、部屋の中は暑かった。人々は上気していて、その機会に感謝した。誰も就業を要求しなかった。その代わり、これまでこのような機会をどれほど熱望してきたかを告白した。一人の先生はこのような話を聞かせてくれた。家の近所に初等学校が一つあるが、いつもそのまま通り過ぎれず、垣根の外でしばらくの間立ち止まっていたと。教室から聞こえてくる音、運動場で子供たちが遊び回っている音をじっと聞いていて、通り過ぎる人からにらまれる視線が感じられると座を立ったりしたと。学校を考えると、懐かしさと痛みが同時に湧くと言った。一時、北朝鮮で同僚教師であったはずの彼らは皆涙ぐんだし、互いに会ったことだけでも感激していた。

この事業はその後も多くの物語を残しながら、今まで続いている。何年か前から事業は統一部に移管されて、今も20余名のNK教師たちが脱北学生たちの多い学校で勤務している。相変わらず「NK(North Korea)」の二文字を条件のように付けてはいるが、それでも私は彼らに「教師」の名を取り戻してあげたことを誇らしく思う。彼らを一群れの「脱北者」に見なさず、ここに来る前にやってきた仕事を尊重し、個々人の経験と熱望に注目しながら共に生きていく方法を見出そうと試みたという点で、私はわが社会が十分ではないものの、一歩は前へ進んでいったと考える。

政策用語の使用が避けられない場合がある。「北朝鮮離脱住民」、「結婚移住女性」、「移住背景青少年」、「中途入国青少年」など、政策用語は支援が必要な対象を明白にし、彼らが経験する共通の困難さを表すという点で有用である。ところが、問題はこのように作られた集団の名が私の全存在を規定することになる瞬間、私はその名の中に閉じ込められることになるということである。その名前は確かに私の一部ではあるものの、決して全体ではないわけだが、人々はその規定の中でのみ私を眺める。さらにその名前は他人が私を眺める視線の中で付けられる場合が多いので、他人が考えを変えない限り、私はずっとそのイメージに留まることとなる。その場合、その名前を否定しないと、一歩も進んでいけなさそうな捕縛感を感じる瞬間が訪れる。

北朝鮮移住民は「脱北者」と呼ばれる限り、暴政と飢餓に苦しみながら死線を超えて辛うじて自由を探して来た人々、ここに来てからは適応しにくくて、韓国の人々の暖かい世話が必要な人々でなければならないわけだ。彼が北朝鮮でどんな仕事をし、何が好きで何ができるかは二次的である。カナダに行ったものの難民申請が拒まれて再び帰ってきた青年に会ったことがある。その青年はそこに行ったら、自分を脱北者として眺める視線から脱したことが非常に快かったという。それでもわが言葉が懐かしくて韓人教会に出始めたし、僑民社会はこの「脱北者青年」を積極的に支援してくれた。始めは多く助けられたが、次第に一人の力でもうまくやっていけるようになったという。英語もある程度できるようになったし、他の国から来た青年たちと友達になるにつれて韓人会の助けはあまり要らなくなった。ところが、韓国の人々は自分を引き続き助けが必要な脱北者として眺めたし、助けを断る度ごとに不快がった。自分が彼らを「裏切る」ような気がして苦しんだが、次第に教会に行かなくなったという。顧みると、その視線は韓国で住む際、自分が感じた視線と変わらなかった。脱北者は脱北者らしくなければならなかった。

私はイギリスの人々の前で私の名前をハングルで署名することが好きだ。それは人が私を規定するのではなく、私が私の存在を書いている感じを与えてくれる。私にとって私の名前はこれまで生きてきた数多くの記憶を盛っている器である。韓国に来て改名する北朝鮮の人々が少なくない。ヨンシリ、オギが韓国に来てソビン、テヒとなる。「脱北者」という名前から脱するためには、自分の固有な名前も共に捨てなければならないと考えているようである。「北朝鮮らしい」名前が烙印となること、それで自分の過去と決別すること、それは彼らのせいにする問題ではない。その決別を選択するまで経験したはずの心の崩れが感じられる。北朝鮮移住民に対する真正なる「歓待」は未だ遥遠である。 1

四番目の物語-関係

韓江(ハン・ガン)の長編小説『少年が来る』(創批、2014)を読んだ。1980年5月の光州をこう描くことができるとは。本を読んだ人々は皆数日苦しいという。私もそうだった。少年たちを哀悼しながら、私の悲しい心も慰めてもらいたかった。ところで、休養地の海辺で休んでいる人々はあまりに平和に見えた。私の世界と彼らの世界は全くつながっていないようであった。

人文地理学で「空間」(space)と「場所」(place)は異なる概念だそうだ。空間はそれこそ抽象的な三次元の世界である。この空間を人々が認識し、そこに社会的な意味を与えるようになると、場所となる。意味のある空間が場所であるわけだ。自分のものではないと感じた海辺は、ただ私が立っている空間でしかなかった。ここの平和さは絵の中の風景とあまり変わらなかった。どうすればこの空間が私に意味のある場所となろうか。その際、私はここが自分のものではない理由が、私がこの社会の豊かさと平和に「寄与」したところがないからだと考えた。それはおそらく光州民主化運動の物語が触れた私の原罪意識が私を萎縮させたからであろう。少なくともその時はそう考えた。

時間が過ぎて自分にもう少し寛大になった時、共同体に所属されることは「寄与」ではなくて、「関係」の問題だということを思い出した。私がここに属し得ない感じを抱くのは事実、私がこことまだ「関係」を結んでいないからそうなのだ。その際、海辺でもし知り合いの人に出会って、私がこういう本を読んだが、非常に気が重くなったと話したならば、それで少しでも共感を得たならば、そこはそれほど不慣れではなかっただろう。空間を場所にするのは「関係」のようである。

不幸にも韓国社会は他人と関係を結びやすいところではない。韓国では同じマンションに住んでもあまり言葉を交わさなかった。初等学校2年生の時、うちの子は「隣」をこう定義した。「隣は箱である。開けられるが、だれも開けない。」韓国のマンションはそうであった。韓国で何年前に会った一人の女子学生は、自分の父親があまりに可哀想だと言った。北朝鮮では常に父親の友達で家中が騒がしくて愉快であったが、ここではやってくる人が誰もいないという。ある日、父親はつくねんとこう話したという。「泥棒でもいいから、誰か訪ねてきたらいいな……」韓国社会はいつの間にか孤独な個々人が箱の中に入って一人で住む社会となった。寂しいのは北朝鮮移住民だけではなかろう。事実、私たち皆そうである。ただその箱の外に出ることがある人にとってはより難しいだけである。

関係を結ぶということは、その人と私との間に物語が作られるということである。物語を共有しながら、私は彼を完全で固有な一人として知り合うこととなる。彼を眺める社会的視線、彼に一方的に適応しろと言った不当な要求、彼を集団の中に閉じ込める名前はすべて彼を知る前のことである。一人を個人として知るようになると、彼がある一つの物差しで評価できぬ存在であることがわかってくる。私は運よくも生きながら多様な人に出会い、彼らの話を聞くことができた。それで「障害者」、「性少数者」、「移住民」、「脱北者」という単語を聞くと、思い浮かぶ具体的な人々がいる。そして、彼らのおかげで私は彼らにそのような名前を超えていろんな姿があるということがわかる。

多様な背景を持った高等学生たちが車座に座って自分のいきさつを話し、「統一韓国」で自分の生を描いてみる一泊二日のキャンプを企画し、進行したことがある。そこにはいわば「脱北学生」と「多文化学生」たちもいた。規則は簡単であった。各自20分ほど、いかなる妨げなしに自分の話をし、他の人々は判断したり評価したり助言したりしないで耳を傾けて聞くことである。霊魂が安全な空間で人々が語るストーリと、それを通じた疎通のダイナミックは、芸術と奇跡との間のどこかにあるようだ。子供たちは皆涙を流し、自分の話をこのように長くしてみたことは初めてだといった。それはたかだか20分であった。この間、そのキャンプに参加した一人の女子学生が、その時の経験がもたらしてきた変化について語ったことを聞き伝えた。その際、完全に理解してもらってから、もうこれ以上自分が北朝鮮で住んでいたことが恥ずかしくなくなったし、もうそれを隠さないんだと。

言いたいことを言って、それをよく聞くことは意外と力が強い。語れないと恨みとなる。当然言うべきことが言えないと、生きては心気症が起こり、死んでは怨霊となる。伝来された物語にこのような怨霊が多く登場するのを見ると、われわれは代々に埋められてしまった痛みが多いようだ。『少年が来る』を読んでなぜそんなに胸が痛んだかを考えてみると、80年5月の光州を生きた少年たちと若者たちの物語が匿名の犠牲者をわが隣として改めて眺めさせるようにしたからである。そのことを今になってこう聞いている自分がすまなかったからでもあり、われわれが相変わらず語らせない社会、語っても聞かない社会に住んでいるという挫折感のためでもあった。

ここの人々は話すことと聞くことが好きなようだ。イーストボーンの図書館は蔵書があまり多くないが、歴史書のコーナーはけっこうよく整っている。特に一次、二次世界大戦当時の人々の生に関する本がかなり多いのが印象的である。激動期を生きた普通の人々の生が書架をいっぱい詰めている。ここで歴史は暗記科目ではなく、未だ読まれ、再現される人々の物語である。書店に行っても歴史書が小説本や料理本ほど多い。コミュニティーセンターには地域住民の生涯史の物語がパンフレットのように置いてある。パブと呼ばれる酒場でもストーリーテリング集いの広告が見られる。広告を見ている私に、一人の男性が通りながら、誰でも来てただ聞くだけでいいと、人々が自身の生を語るが興味津津で驚くべきだと、自分は毎月参加するんだと、一度来てみてと勧めた。

こういう風景を見る度に少しうらやましい気がする。私はある話をする際ごとに「こういう話をしてもいいかな」という自己検閲をしてきた。80年代には「捕まえられるのではないか」と恐れたし、その後はこの話が「如何なる政治的立場に立っているのか」を先に計算しなければならなかった。日常的には「あまりにもったいぶっても、あまりに目立ってもならないし、私に期待されること以上を語ってもならない」と考えた。すべての対話が論争的で、理念的で、また階層的な葛藤を内包しているようで、芸能番組に関する話以外は安全な領域がないと感じた。そうするうちに、世の中には必ずすべき話とはなさそうであったし、結局私も自分だけの箱の中に入っていたようだ。誰でも自分の話ができて、他の人の話をありのままに聞ける社会になれば、われわれ各自が感じる生の抑圧は多く解消されるのではなかろうか。そのような社会ならば北朝鮮から来た人々も容易く箱の外に出て、自分の経験が話せるだろう。そのような社会ならば痛みを胸にしまっておいて心の病を持って生きる人も減るし、われわれの孤独も耐え忍べるだろう。そして、何よりも人々の間に関係が作られるだろう。

終わりながら再び始める物語

本稿を仕上げることがとても大変だった。話をすべて終えた後に「そこでこうすべきだ」という結論を書かなければならないが、方向が掴めずいろんな想念を書いたり消したり何週間も繰り返していた。そうするうちにまた異なる物語に出会った。

先週、韓国から送った引越しの荷物が届いた。荷物を運ぶ人足は三人であったが、その中の二人が北朝鮮の人であった。二人とも体つきが私よりも小さかったが、重い荷物を軽々と持ち上げながら嫌がる気配は少しもなかった。荷物が多くて申し訳ないと言ったら、これ位は仕事でもないと笑った。カップラーメンで食事を済ましながら一日中荷物を運ぶが、これほど熱心に働く人々はイギリスに来て初めて会った。韓国では韓国と北朝鮮の人々の異なる点がそんなにも目に見えたのに、ここでは抑揚は問題でもなかった。話があまりにもよく通じた。喜びの余りぞろぞろ付きまといながら話しかける私の口から「同胞」という言葉がすらすら出てきた。

私たちが新たに買った家は少し修理が必要であった。家の修理をする何名のイギリス人に見積もりを要請したが、二週間が過ぎても全く返事がなかった。この速度ならいつ工事が出来るのか期し得ない羽目であった。引越しの荷物を運んでくれたKさんが家の修理もするというので連絡してみたら、翌日、友達と息子を連れて二時間も車を運転してわが家を訪れた。直すべきところを見てみた後に、この仕事を彼らが受け持つことになった。ニュー・モールデンからイーストボーンまでは遠すぎるので、初めからわが家で一週間起居しながら工事をすることにした。明日彼らは道具と共に、米、キムチ、電気炊飯器、布団を載せてわが家に来る。ここの人々には聞いたことも、見たこともない光景となるだろう。

Kさんに会ってから私は安堵し、感謝したし、逞しかった。これはこれまで北朝鮮の人々に数多く出会いながらも一度も感じられなかった感情であった。なぜなのか。それはKさんが特別な人だからではなくて、これまで私が北朝鮮移住民と会った状況自体が非常に奇形的であったからだということにふと気づいた。これまで私は彼らとインタビュアーとインタビュイーの関係で、研究者と研究対象者の関係で、支援してあげる人と支援してもらう人の関係で会った。考えてみると、一人も対等に会ってみたことがない。私は常に観察者か、それとも恩を施す人であったので、今のように同等な関係の相互依存的な状況は繰り広げられなかった。今まで私は、そのような状況で彼らに対する私の判断がどれほど歪曲されうるかについては考えもしないまま、私が北朝鮮移住民たちをよく知っていると信じた。急に恥ずかしくなった。

これから私がここで彼らと結ぶ関係は変わりそうだ。第3地帯で互いに移民者として住んでいる北朝鮮出身の移住民と韓国出身の移住民との関係は、私が韓国人としての優越感を敢えて押し立てなければ、少しはより平等になるだろう。そうなると、彼らが、共に暮らす隣として見直されるのではなかろうか。その上、私たちは皆が皆に頑固な韓国社会から脱しているから。本稿を終えながら、私は未だある「結論」を出す能力がないということを告白せざるを得ない。まだより多くの物語を聞くべきだということを、そしてそれはより同等な立場で話し、聞く過程であるべきだということを知っている。なので私にとって本稿の終わりはまた一つの物語の始まりであるわけだ。

(翻訳:辛承模)

Notes:

  1. 私はこの詩ほど移住民をうまく表現した文章はないと思う。よく知られた、鄭玄宗(ジョン・ヒョンジョン)の詩「訪問客」である。「人が来るということは/実は物凄いことである。/彼は/彼の過去と現在と/そして/彼の未来と共に来るからである。/一人の一生が来るからである。/壊れやすい/それで壊れもしただろう/心が来るのである。/おそらく風は見分けられるはずの/心。/わが心がそのような風を真似るならば/つまるところ歓待となるだろう。」(鄭玄宗、「訪問客」全文、『光輝の囁き』、文学と知性社、2008)

創刊50周年記念国際行事

季刊『創作と批評』の創刊50周年を迎えて、創批は6月に多様な国際行事を開催しました。まず「東アジアの批判的雑誌会議」は『創作と批評』創刊40周年記念国際会議「東アジアの連帯と雑誌の役割」(2006)を受け継いだもので、韓国、中国、日本、台湾、シンガポールなど東アジア地域の批判的雑誌の編集者たちが平和と共生の東アジア共同体のための実践的ネットワーク構築に寄与しようと、隔年で開催しているシンポジウムです。

2013年の沖縄、2015年の香港を経て創批50周年を迎えて、今年はソウルで開催された今回の会議(6.20~21)の主題は「東アジアで「大転換」を問う」で、「資本主義以後」を苦悶する問題意識を盛り込んでいます。大混乱(grand chaos)か、それとも大転換(grand transformation)かとの岐路に立たされた今日の危機状況で大転換の可能性を模索しようと、多様な発表と討議がなされました。

今回のシンポジウムには中国と台湾、シンガポールなど中国語圈の7個誌、日本語圈の2個誌、韓国の3個誌など12個の雑誌が参与し、総14人の編集者および学者たちが発題と討論に乗り出しました。人文学・社会科学の領域でアジア全体を合わせる最初の国際誌『インターアジア文化研究』(Inter-Asia Cultural Studies)の陈光兴、中国の人文社会科学界を先導する『開放時代』の吴重庆、日本の代表的な思想誌『現代思想』の若い編集者である押川淳、沖縄の独自性を主唱しながら米軍基地反対などの社会運動に邁進してきた『ケーシ風』の若林千代などと共に、国内にもよく知られた中国文学/思想研究者である孫歌など、著名な学者たちが参加しました。

そして、創批50周年記念行事の一環として世界的な碩学であるデヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey、ニューヨーク市立大学地理学・人類学)の招請行事も設けました。6月21日の公開講演は「実現の危機と日常生活の変貌」(Realization Crises and the Transformation of Daily Life)という主題で、ソウルプレスセンター講演場をぎっしり埋めた聴衆の前で行われました。82歳の高齢にも関わらず、相変わらず自分の「向後のプロジェクト」を提示するハーヴェイは、11年ぶりの訪韓を通じて「資本主義の危機が果たしてどこから始まって、これを克服するための日常の政治はどこから可能なのか」を聞かせてくれました。そして、6月22日にはハーヴェイの著書『反乱の都市』(Rebel cities)を中心にワークショップを開催しました。人権と環境など多様な分野の活動家および専門家20名余りが集まったこのワークショップでは、都市開発によるいろんな問題とそれによる抵抗に対して深度の深い討論が交されました。最後に6月23日には本誌の白樂晴(ベク・ナクチョン)名誉編集者と対談を行いました。「資本は如何に作動し、世界と中国はどこへ行くか」という主題で成されたこの対談は、季刊『創作と批評』2016年秋号に収録されました。

[目次] 2016年 秋号 (通卷173号)

卷頭言
「どうせ」訪れる変化はない/ 白英瓊

特集_危機の資本主義、転換の契機
[特別対談]デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)-白樂晴 / 資本の作動、世界/中国の行方
デヴィッド・ハーヴェイ / 実現の危機と日常生活の変貌
金鍾曄 / グローバル的資本主義に挑戦する教育改革の道
徐榮杓 / 体と記憶の叛乱: 資本の都市化に抵抗する
李必烈 / 気候変化、人工知能そして資本主義


 [韓国の「保守勢力」を診断する③] 保守的社会団体、どう動くか / 李娜美・鄭桓奉・藤井たけし・鄭鉉坤

論壇
徐進鈺 / 中国「一帯一路」の地政学的経済学
押川淳 / 日本社会運動を通じてみた大転換

現場
羅偀晶 / [マイノリティーの目で韓国社会をみる③] クィアなる市民権を向けて

寸評
朴素晶 / 金炯洙の『少太山朴重彬評伝』
全致亨 / 李瑛俊の『宇宙感覚』
孫洪奎 / バオ・ニン(Bảo Ninh)ほかの『波の秘密』
金成重 / トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)の『ヴァインランド』
金秀燕 / イム・オキの『ジェンダー感情の政治』
陳泰元 / ソン・ジェスクの『福祉の裏切り』
郭炯德 / 金時鐘の『朝鮮と日本に生きる』
林乙出 / 金永熙の『ベルリン壁の物語』

25人新作詩選
全大虎・イスミョン・文東萬・趙燕湖・文泰俊・金宣佑・鄭載學・權赫雄・金海慈・李永光・孫宅洙・金慶厚・金根・金言・申海旭・金敃廷・李濬揆・陳恩英・朴城佑・愼鏞穆・宋竟東・キムイドム・崔金眞・安賢美・高榮敏・韓姸熙(創批新人詩人賞受賞作)

小説
ジョン・ファジン / 記憶してますか
奇俊英 / ジョーイ
李柱惠 / 今日のやること(創批新人小説賞受賞作)
キム・オムジ / 雨の降る街(中篇特集)

文学評論
黃鉉産 / 工場と故郷: 『朴永根全集』を読んで
金曜燮 / 再び、ざわめきの文学

作家スポットライト_韓水山の『軍艦島』
沈眞卿 / 死と野蛮を越えて、封印された真実の記録

フォ _ この季節に注目すべきの新刊 / 金素延・朴濬・白智延

読者_創批
曺喜昖 ・金泰佑 / 公共性をもつ民主的陣地として残ってほしい
柳漢承・ 韓永仁 / もっと多くの友とともに歩んだ創批であるように

第34回 申東曄文学賞: 安姬燕 『あなたの悲しみが割り込むとき』
錦姬 『世界にないわが家』

2016 創批新人文学賞 韓姸熙・ 李柱惠

第31回 万海文学賞最終審査、大賞作発表

創批の新刊