創刊50周年記念国際行事

季刊『創作と批評』の創刊50周年を迎えて、創批は6月に多様な国際行事を開催しました。まず「東アジアの批判的雑誌会議」は『創作と批評』創刊40周年記念国際会議「東アジアの連帯と雑誌の役割」(2006)を受け継いだもので、韓国、中国、日本、台湾、シンガポールなど東アジア地域の批判的雑誌の編集者たちが平和と共生の東アジア共同体のための実践的ネットワーク構築に寄与しようと、隔年で開催しているシンポジウムです。

2013年の沖縄、2015年の香港を経て創批50周年を迎えて、今年はソウルで開催された今回の会議(6.20~21)の主題は「東アジアで「大転換」を問う」で、「資本主義以後」を苦悶する問題意識を盛り込んでいます。大混乱(grand chaos)か、それとも大転換(grand transformation)かとの岐路に立たされた今日の危機状況で大転換の可能性を模索しようと、多様な発表と討議がなされました。

今回のシンポジウムには中国と台湾、シンガポールなど中国語圈の7個誌、日本語圈の2個誌、韓国の3個誌など12個の雑誌が参与し、総14人の編集者および学者たちが発題と討論に乗り出しました。人文学・社会科学の領域でアジア全体を合わせる最初の国際誌『インターアジア文化研究』(Inter-Asia Cultural Studies)の陈光兴、中国の人文社会科学界を先導する『開放時代』の吴重庆、日本の代表的な思想誌『現代思想』の若い編集者である押川淳、沖縄の独自性を主唱しながら米軍基地反対などの社会運動に邁進してきた『ケーシ風』の若林千代などと共に、国内にもよく知られた中国文学/思想研究者である孫歌など、著名な学者たちが参加しました。

そして、創批50周年記念行事の一環として世界的な碩学であるデヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey、ニューヨーク市立大学地理学・人類学)の招請行事も設けました。6月21日の公開講演は「実現の危機と日常生活の変貌」(Realization Crises and the Transformation of Daily Life)という主題で、ソウルプレスセンター講演場をぎっしり埋めた聴衆の前で行われました。82歳の高齢にも関わらず、相変わらず自分の「向後のプロジェクト」を提示するハーヴェイは、11年ぶりの訪韓を通じて「資本主義の危機が果たしてどこから始まって、これを克服するための日常の政治はどこから可能なのか」を聞かせてくれました。そして、6月22日にはハーヴェイの著書『反乱の都市』(Rebel cities)を中心にワークショップを開催しました。人権と環境など多様な分野の活動家および専門家20名余りが集まったこのワークショップでは、都市開発によるいろんな問題とそれによる抵抗に対して深度の深い討論が交されました。最後に6月23日には本誌の白樂晴(ベク・ナクチョン)名誉編集者と対談を行いました。「資本は如何に作動し、世界と中国はどこへ行くか」という主題で成されたこの対談は、季刊『創作と批評』2016年秋号に収録されました。

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[目次] 2016年 秋号 (通卷173号)

卷頭言
「どうせ」訪れる変化はない/ 白英瓊

特集_危機の資本主義、転換の契機
[特別対談]デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)-白樂晴 / 資本の作動、世界/中国の行方
デヴィッド・ハーヴェイ / 実現の危機と日常生活の変貌
金鍾曄 / グローバル的資本主義に挑戦する教育改革の道
徐榮杓 / 体と記憶の叛乱: 資本の都市化に抵抗する
李必烈 / 気候変化、人工知能そして資本主義


 [韓国の「保守勢力」を診断する③] 保守的社会団体、どう動くか / 李娜美・鄭桓奉・藤井たけし・鄭鉉坤

論壇
徐進鈺 / 中国「一帯一路」の地政学的経済学
押川淳 / 日本社会運動を通じてみた大転換

現場
羅偀晶 / [マイノリティーの目で韓国社会をみる③] クィアなる市民権を向けて

寸評
朴素晶 / 金炯洙の『少太山朴重彬評伝』
全致亨 / 李瑛俊の『宇宙感覚』
孫洪奎 / バオ・ニン(Bảo Ninh)ほかの『波の秘密』
金成重 / トマス・ピンチョン(Thomas Pynchon)の『ヴァインランド』
金秀燕 / イム・オキの『ジェンダー感情の政治』
陳泰元 / ソン・ジェスクの『福祉の裏切り』
郭炯德 / 金時鐘の『朝鮮と日本に生きる』
林乙出 / 金永熙の『ベルリン壁の物語』

25人新作詩選
全大虎・イスミョン・文東萬・趙燕湖・文泰俊・金宣佑・鄭載學・權赫雄・金海慈・李永光・孫宅洙・金慶厚・金根・金言・申海旭・金敃廷・李濬揆・陳恩英・朴城佑・愼鏞穆・宋竟東・キムイドム・崔金眞・安賢美・高榮敏・韓姸熙(創批新人詩人賞受賞作)

小説
ジョン・ファジン / 記憶してますか
奇俊英 / ジョーイ
李柱惠 / 今日のやること(創批新人小説賞受賞作)
キム・オムジ / 雨の降る街(中篇特集)

文学評論
黃鉉産 / 工場と故郷: 『朴永根全集』を読んで
金曜燮 / 再び、ざわめきの文学

作家スポットライト_韓水山の『軍艦島』
沈眞卿 / 死と野蛮を越えて、封印された真実の記録

フォ _ この季節に注目すべきの新刊 / 金素延・朴濬・白智延

読者_創批
曺喜昖 ・金泰佑 / 公共性をもつ民主的陣地として残ってほしい
柳漢承・ 韓永仁 / もっと多くの友とともに歩んだ創批であるように

第34回 申東曄文学賞: 安姬燕 『あなたの悲しみが割り込むとき』
錦姬 『世界にないわが家』

2016 創批新人文学賞 韓姸熙・ 李柱惠

第31回 万海文学賞最終審査、大賞作発表

創批の新刊

「どうせ」訪れる変化はない

2016年 秋号(通卷173号)

人はもちろん四方万物は無事なのか、また地球は安全なのか、そのすべてが心配になるほど長くて蒸し暑い夏だった。ところが、今夏を熱くしたのは記録的な蒸し暑さだけではなかった。電撃的に発表されたサード(THAAD)の朝鮮半島配置決定をはじめ、生涯教育単科大学の新設をめぐる梨花女子大学事態に至るまで、最近起こった様々な事件は卓上での暑さ云々が恥ずかしいくらい厳重なものであり、反対闘争の熱気は依然として熱い。

サードが配置された際、朝鮮半島と東北アジアの平和に加わる脅威や有・無形の損失に比べて、韓国の得る安保的・外交的利得は極めて不透明だという憂慮が高い中でも、政府は慶尚北道星州郡を配置地域として電撃発表した。初めて候補地となった地域の代わりに、星州郡に決まった理由としてはいろいろあったと思われるが、一旦抗議のため訪問して来た地域住民の前で、国防部次官が星州と尚州を混同する騒ぎが起こったほど、「中央」から見た時、星州がそれほど大した地域ではなかったという理由が大きく働いたと考えられる。それだけではなく、星州が伝統的に与党支持率の強い地域でなかったら、事前協議も一切せず、今回のような方法で発表することはできなかったであろう。一言でいえば、星州を「くみしやすく」思っていたといえよう。しかし、地域内配置を反対することから始まった星州郡民の闘争は、朝鮮半島の平和のためにサード配置それ自体を原点から再検討してほしいという主張に拡大発展しており、地域を孤立させようとする政府の戦術を嘲笑うかのように平和集会を通じて「外部勢力」との連帯を拡張している。

サード配置に対して否定的な世論が沸き立つ中でも、星州の闘争をめぐっての内心は思ったより複雑に見える。闘争そのものに対する冷笑的反応もあるが、それは、サード配置はもはや元に戻せない事案であるという悲観論に基づいているものである。さらに、このすべての事態はこれまで保守政党を熱烈に支持してきた当該地域の自業自得だと皮肉る声も後を絶たない。野党は否定的な世論に便宜的に頼っているだけで、サード配置を実際阻止しようとする意志は明確には見えない。サード配置が深刻な問題と言いながらも、すでに既定事実として受け入れる態度からも、そして現在行われている闘争の潜在性を信じ、連帯して協力するより、その限界の論評に没頭する態度からも共通的に見られるのは「どうせ」の情緒である。野党は、自分たちが時代の核心的な問題を背けるとしても、結局選挙で自分たちを支持する人々は「どうせ」支持してくれるだろうと思っている。与党もいくら疎かにしても自分たちの核心支持層は「どうせ」離脱しないだろうと信じる傲慢な態度を見せてきた。最近の韓国政治を支配してきたと言っても過言ではないこの「どうせ」の計算法は、前回の総選挙を通じて一定の審判を受けたにもかかわらず、依然として衰えることはない。

このような態度は政治圏にだけ蔓延しているわけではない。これまで教育部が財政支援を武器にしながら押し進めてきた大学改革事業を最初に中断させた梨花女子大生の闘争をめぐっても一般市民の間で似たような動きが感知された。闘争を支持するといいながらも、「どうせ」特殊な事例だから、いくら頑張っても教育部の政策を変えさせることはできないと予断したり、さらには学閥既得権守りと見なしたり、デモに参加した女性たちに非難や嘲弄、セクハラを加えたりもした。「どうせ」大学教育全般の公共性の拡大にまでつながるには限界があるというとらえ方であった。

現実の闘争を認め、抵抗の声に慎重に耳を傾けて連帯を模索するよりは、彼らが「どうせ」持たざるを得ない限界を先に指摘し、論評しようとする態度は、当該闘争が既存の見慣れた運動文法に符合しない際、より際立ったりする。星州のサード配置反対闘争や梨花女子大生の闘争に直ちに連帯することを躊躇する反応が続出したのも、やはり彼らの闘争がこれまで与党を支持し続けてきた地域や、相対的特権層に見える「名門」女子大学のように通念を背反する現場から起こった理由が大きい。ところが、星州の闘争こそが、サード配置が取りかえすことのできないことであるという「どうせ」の論法に真っ向から対抗した闘争であり、梨花女子大学の闘争も、最近の大学が教育部による上からの政治に対しては「どうせ」の態度で順応しつつも、学内では専横を繰り返してきたことにブレーキをかけた事件であることは確かである。

「メガリア(MEGALIA)」に代表される新たな流れの女性主義運動に対する最近の論難も「どうせ」の情緒を克服することができなくて生じた現象といえる。昨年フェミニストが嫌いだと韓国を離れてイスラム国家(IS)に加担した金君事件や、「ISより無脳児的フェミニズムがもっと危険です」と語るコラムを契機に、女性主義活動が急速に広がった。インターネットコミュニティ「メガリア」もこのような流れの中で女性嫌悪に対する闘争を名分として掲げてつくられた。特に、今年の5月、江南駅で起こった女性殺害事件以後、女性たちが日常的に感じる脅威に対する証言が相次ぎ、韓国社会に蔓延している女性嫌悪に注目する必要性を喚起させた。女性嫌悪に立ち向かうために男性の女性に対する卑下的な言語をそのまま真似して遣り返すというメガリアの戦略は、社会的に大きな論難を呼び起こした。もちろん受けた通りに遣り返すという運動方式が問題視される可能性はいくらでもある。ところが、メガリアも、これまで韓国社会で女性たちが相当の部分を諦め、忍耐してきた女性嫌悪的な情動に抵抗しながら、「どうせ」情緒に亀裂をつくった重要な運動であることは明らかである。それにもかかわらず、この運動方式の限界に対する批判に必死になっている勢力は、むしろ女性嫌悪的な行動に対しては「どうせ」存在する社会現象として見なしてしまう場合が多かった。

今号の特輯でデヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)も指摘しているように、今は多様な場所で多様な主体によって予想外の闘争スタイルが発生する時代である。したがって通常的観念から抜け出した運動の持つ潜在性を判断し、拡張することは、体制の根本的な転換を行うことにおいて決定的である。ところが、多様な闘争はそれぞれの内部で使用する言語や文化的慣習が相違であり得るし、現場が違えば相互の背景や歴史について理解することも難しく、わかるとしても完全に同意しがたい場合は度々あり得る。男性と女性の間にも視点の差があるとはいえ、既存の体制から排除されてきた多様な少数者たちの運動が、体制を与えられたものとしてとらえる人々に自ずと理解されるはずがない。それゆえ、漸次社会運動において重要な流れを形成している少数者運動ときちんと連帯するためにも、見慣れた「どうせ」の誘惑を乗り越えようとする積極的な努力が必要であることを忘れてはならない。

結局「どうせ」の情緒では連帯を実現することはできず、連帯の可能性を見つけられない限り、新しい社会に対する希望も生まれるはずがない。したがって、新しい変化をつくり出し、希望を見つけようとする努力は運動においてであれ、生活においてであれ、まさにこの「どうぜ」の情緒を克服するところから出発しなければならない。現在の闘争はいつも物足りないのが当たり前であり、さらに過去取り扱われなかった問題を新たに提起する勢力は荒くて尖っている部分が多いかもしれない。しかし、その結果が決まっている闘争もなく、すべての結果が決まっている人生もない。したがって、新たな連帯の可能性を信じ、「どうせ」に慣れている自身を振り返り、新たにする刻苦の努力こそが大転換の礎になる積功の重要な方法の一つと信じる。

 

今号の「特輯」では「危機の資本主義、転換の契機」をテーマとした。現代資本主義体制において起きている変化や危機的様相に注目しながら、それによって私たちの日常がどのように変貌しているかをまず検討した上で、緻密な現実診断に基づいて新しい生活の可能性と社会運動のあり方を模索しようとする努力の一環として見ていただきたい。特輯の最初の論文は、今年6月『創作と批評』創刊50周年記念行事の一環で来韓したデヴィッド・ハーヴェイと本誌の名誉編集人である白楽晴の特別対談である。世界と中国の未来の行方に対する議論から資本主義の歴史やマルクス主義に関連する理論的争点、そして最近「都市に対する権利」闘争にいたるまで、読者が興味を持ちそうな多様なテーマが盛り込まれている。続くデヴィッド・ハーヴェイの講演文は、資本主義がこれまで過剰蓄積の危機を解決してきた「空間的解決」方式が世界を統制不能状態に追い込んでいるので、私たちは果てのない成長の幻想から脱皮して資本主義体制で行われる「蓄積のための蓄積」を統制する手段を探さなければならないと強調する。とくに、この時代における富は、価値が実現される過程で創り出されるという事実に注目しながら、投資者のための都市ではなく、そこに住んでいる人々のための都市をつくらなければならないという主張は、今後私たち社会運動の議題を新たに設定していく過程にも重要な視点を与えてくれると期待する。

金鍾曄は、世界体制内で世界中位都市に該当するソウルの地位が所得・資源のソウル及び首都圏集中現象を強化することによって、韓国社会における様々な病理現象を強めていると指摘する。彼は、このような問題点を解決する手がかりを参与政府時代に試みられた首都移転プロジェクトと国立大学統合案とを結合するところにおいて探る。世宗市を中心に国立大学統合ネットワークを構成していくことによって、資本主義的蓄積に対して「空間的解決」ではない「教育的・社会的解決」を模索しようということなのである。彼の大胆な提案が活発な議論へとつながってほしい。

ソ・ヨンピョは、資本が支配する都市ではなく、人間らしさを基準とする都市をつくるためには、構造的矛盾を法則をもって説明し、規範的に与えられた目標を提示する運動では足りず、急速な都市化がねじれてしまった「身体の感覚」を回復することによって資本主義的時空間の暴力性に目覚めなければならないと強調する。

イ・ピルリョルは、去る12月パリで行われた気候変化協約が速く変化している人類社会の現実を勘案しないまま、到達不可能な目標を設定したと批判する。太陽エネルギー・デジタル時代の注目を要する技術の発達、人口変化、資本主義の変化を指摘しながら、気候変化についての議論を根本的に再検討する必要性を提起する彼の挑戦的な主張が熱い論議を触発するだろうと期待する。

「文学評論」では評論家のファン・ヒョンサンが故朴永根詩人の10周忌を迎えて出版した『朴永根全集』を丁寧に検討しながら、「労働者詩人」朴永根の辛酸な人生と切実な詩編の響きを今日蘇らせる。新鋭評論家のキム・ヨソプは、セウォル号事件以後、韓国社会において「競合する言葉」に注目しながら、イ・ギホと黄貞殷の小説を誠実に分析するが、その方式や様相は違うものの、両者とも「セウォル号以後」の共同体に向けてずっと発火してきたことを見せる。

「創作」欄を読む楽しみを欠かすことができない。まず、「詩」欄には夏号に続き、韓国詩壇を代表する中堅詩人の新作詩を掲載した。チョン・デホからコ・ヨンミンまで詩人25人の視線が留まるところがそれぞれ美しく輝く。創批新人詩人賞を受賞したハン・ヨンヒの新鮮な詩編がその後を繋ぐ。「小説」欄には独特な美学と語法を披露するキム・オムジの中編と、相異なる個性と作品世界を味わわせるチョン・ファジンとキ・ジュンヨンの作品、そしてただならぬ器量で創批新人小説賞に当選されたイ・ジュへの短編を収録した。

「文学フォーカス」では、白智延と金素延がパク・ジュン詩人とともに、最近話題となった詩集と小説集を幅広く検討した。文学の言語と語法に敏感な3評者が互いに共有する地点はもちろん、異なる地点を追っていく楽しみが特別である。「作家スポットライト」では、シム・ジンギョン評論家が『軍艦図』の作家・韓水山に会って「軍艦図」にまつわる哀切な話と作品構想から改作にいたるまでの険難な過程の話に耳を傾ける一方、作品の意味深長な部分を取り出す。

「対話」は、本誌の連続企画「韓国の『保守勢力』を診断する」の3回目のテーマをもって保守的社会団体の歴史的背景と現状、未来に対する展望を扱う。オボイ(父母)連合をはじめとする保守的な半官半民団体の取り組み及び各界との癒着関係は、韓国の民主主義が持続的に退行していることを露にした主な事例である。「対話」に参加した専門家4人は従北攻勢をはじめとしたこれらの団体の活動を歴史的に検討しながら、韓国の保守運動に未来はあるかを問う。

「論壇」に掲載された徐進鈺と押川淳の論文は、創批50周年記念行事の一環として開かれた「東アジア批判的雑誌会議」の発表文をもとにした。徐進鈺は会議で中国の「一帯一路」政策がアメリカの覇権的対外政策を代替する「包容的グローバル化」パラダイムであると同時に、南南協力の新しい模範と主張することによって、共感と批判を同時に受けた。彼の論文は朝鮮半島の平和と大転換にも重要な意味を持つ一帯一路政策の性格を論じることにおいてよい出発点になると思われるが、特輯に紹介されるデヴィッド・ハーヴェイの対照的な見解と比較して読めば、より有益であろう。押川淳は大地震以後日本で保育問題のような日常的イッシュで触発された憤怒がそのまま国家全般の腐敗と民主主義の毀損に対する抵抗へとつながるようになったと明らかにする。平和憲法を守る力も結局は生活の中で起る腐敗に対する抵抗から生まれるという主張が目を引く。

「現場」欄の連続企画「少数者の目から韓国社会をみる」は、セクシャルマイノリティ問題をもってつないでいく。ナ・ヨンジョンは、セクシャルマイノリティの市民権論議の意味が単にセクシャルマイノリティも市民であるという包摂戦略に限定されるのを拒み、性的抑圧に対抗することが社会正義を駆り立てる過程であることを強調するためには、「クィアな市民権」という転覆的概念が必要だと力説する。少数者市民権論議の地平を拡張するこの論文は、セクシャルマイノリティ問題が実に韓国社会の多様な側面に接続していることを気づかせる。

夏号に続き、「創批に要望する」インタビューでは、本誌の古い読者であるチョ・ヒヨンソウル市教育監とリュ・ハンスンソウル市労働権益センターチーム長に本誌の編集委員のキム・テウとハン・ヨンインがそれぞれ会った。厳しい批判とともに、創批が今後果たすべき役割について温かくて詳細な助言を寄せてくださったことに感謝し、それをさらなる雑誌をつくるための覚悟の契機としたい。一方、「寸評」欄は今号でも相変わらず様々な分野の本に出会う手引きの役割とともに、個性あふれる有益な論文に出会える喜びを与えてくれる。

萬海文学賞は創刊50周年を迎えて賞金を引き上げ、特別賞を新設して審査過程を整備するなど大々的な改編を行った。今号に収録された最終審査における大賞作の発表に多くの関心をお寄せいただきたい。申東曄文学賞は詩人のアン・ヒヨンと小説家のクミに与えられた。創批新人文学賞は、評論部門では当選者を出すことができなかったが、詩と小説部門でそれぞれ優れた資質の新鋭を発掘して披露するようになったことを誇りに思う。

 

終わらないかのように嫌になるほど続いた暑さも間もなく終わり、夏は秋に席を譲るであろう。しかし、季節が変わるように、時間が経てば自ずと訪れるようになる次の世界とは異なり、他の世界は「どうせ」訪れる未来ではない。創刊50周年記念企画を引き継いだ今号も、創造的な連帯や切実な積功なしには訪れない新しい社会をつくることに寄与しようとそれなりに奮闘したが、依然として努力すべき点が多い。国家安保のためにじっとしていなさいという莫大な圧力に耐えながら、この時代に蔓延している「どうせ」の論法に抵抗する星州郡民の闘争を見習って、これからもっと努力することを約束する。読者の皆様も一緒に参加してくださると期待しながら、ご声援とともにご鞭撻をお願いしたい。

白英瓊

(翻訳: 李正連)

[特別対談]資本の作動、世界/中国の行方

〔特集〕危機の資本主義、転換の諸契機
資本の作動、世界/中国の行方
―デヴィッド・ハーヴェイ/白楽晴(特別対談)

白楽晴(ペク・ナクチョン)文芸評論家、ソウル大名誉教授、『創作と批評』名誉編集者。近著に『白楽晴が大転換の道を問う』、『2013年体制の形成』、『文学とはなにか、ふたたび問うこと』、『どこが中道か、どうして変革か』、『白楽晴会話録』(全5冊)など。

デヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)ニューヨーク立大学大学院教授。地理学博士、マルクス主義研究の世界的な大家。著書に『ネオリベラリズムとは何か』、『パリ――モダニティの首都』、『ポストモダニティの条件』、『資本の限界』、『ニュー・インペリアリズム』、『〈資本論〉入門』など。

 

白楽晴 まず季刊『創作と批評』創刊50周年行事のため、遠く韓国までいらして下さったことに感謝申し上げます。これまでずいぶん忙しい日程を消化されました。今週、私たちは2016年「東アジア批判的雑誌会議」という、もうひとつの記念行事をおこないましたが、英語通訳がないのにわざわざいらして午後ずっと同席されました。一昨日は「価値実現の危機と日常生活の変貌」というタイトルで公開講演をされ 1、昨日は、限られたメンバーの専門家および活動家らと一緒に、先生のご著書『反乱する都市』を中心にワークショップを開催し、多様な分野にわたった討論がおこなわれました 2。参加された行事に対する感想を一言聞かせて下さいますか。

デヴィッド・ハーヴェイ(以下ハーヴェイ) 私が世界あちこちを巡りながら感じたことの1つは、出版社が組織する行事の方が、大学が組織する行事よりも興味深いという事実です。出版社は純粋に学術的な行事よりも、さらに多様な聴衆や参加者を動員するからです。今回も聴衆の構成がとても気に入りましたし、私が優先的に適用する基準によれば、寝ている人が目につきませんでした(笑)。講演後の質問や、翌日のワークショップでの質問や討論を見ると、少なくとも韓国社会の一部では、私が核心的であると考える諸問題に幅広く関心を持っていることが明らかでした。ですが、どれほど役に立ったかは、聴衆に聞いてみなければなりません。

 

実践と直結した『資本論』読解

白楽晴 先生の講演のタイトルと関連して、外国でもそうなのかもしれませんが、韓国でマルクス経済学に関心がある人たちは、価値の「実現」(realization)の問題はさほど論じないようです。「生産と実現の矛盾的統一性」がマルクス(K. Marx)の主要概念の1つであるにもかかわらず、実現の側面がよく軽視され、先生が指摘されるように、それが実践的な闘争に損失をもたらすことになります。先生はこのような現象の原因の1つとして、『資本論』第2巻が第1巻に比べて、面白さが半減している点をあげましたが、他の国のマルクス研究にも該当することでしょうか?

ハーヴェイ そうですね。マルクスを読む方法はいろいろありますが、私はマルクスが、資本を1つの進化する有機的体系として理論化するという考えに、少しずつ集中してきています。ですが、これは単純な有機体の比喩ではありません。何か一体のものというよりは、さまざまな部分が相互に関連した、1つのゆるくつながった生態系のようなものです。その全体は資本の流通や蓄積によって促進されます。流通の過程全般をみると、それは随所で中断され、あらゆる種類の障害に直面することがわかります。生産にだけ集中していては資本の体系全体を理解することはできません。もちろん、マルクスが『資本論』第1巻で主に扱うのは生産で、第1巻が経済に関するすぐれた学術書であるばかりか、文学的にもすぐれた傑作であることを誰もが認めます。ですが、第2巻になると、異なる視角で流通過程を分析しますが、これを文学的な傑作と主張する人はいません。

白楽晴 なので、マルクスが生産と流通に言及する第3巻まで行かない場合が多いでしょう。

ハーヴェイ 実は第2巻でもそのような総合を若干は試みます。私が少し苛立つのは、元老マルクス研究者たちでさえ、「第2巻を読んだがつまらなかった。その続きを読まなかった」といいます。個人的に私は、第2巻の多くの主題が重要だとつねに考えてきました。たとえば『ポストモダニティの条件』で「時空間の圧縮」(time-space compression)を語るとき、多くの部分を資本回転の時間と回転時間の短縮の重要性に対するマルクスの議論に依存していますが 3、これはまさに『資本論』第2部に出てくる話です。私は常に第2巻の内容から多くのことを学んできたので、それがもう少し魅力的かつ興味深い形式で提示されないのが本当に残念です。ですが、第1巻でもマルクスは、商品を市場で販売することによって、貨幣形態として実現されなければ、価値が存在しないと語ります。すなわち価値とは全面的にその実現如何にかかっているということですが、ただ第1巻では実現の諸条件を検討しないんです。この段階でマルクスは、すべての商品がその価値通りに交易されると前提しているんです。

白楽晴 出版界ではその問題が本当に実感できます。本を印刷したのに売れなければ、単に紙を所有しているよりはるかに及びませんからね(笑)。

ハーヴェイ 私の著書も『マルクス〈資本論〉講義・1』はよく売れますが、『マルクス〈資本論〉講義・2』はさほど売れません 4。第2巻の読解が重要だという私の信念にもかかわらず、それがうまく伝わっていないんです。

白楽晴 価値実現をめぐって、先生がおっしゃることの中で特に印象深かったのは、これらすべてのものが実践的闘争と直結するという指摘でした。単に資本がどう作動するかを分析する問題だけでなく、私たちが何をどうすべきかという問題に、実質的な影響を及ぼすということでしょう。

ハーヴェイ 最近、闘争が起きている大きな現場の1つは、住宅費用と家賃の問題、すなわち世界のさまざまな都市で適切な費用の住居を求める問題です。労働者らに生産参加の代価としてさらに多くの金額を支払っても、収入の大部分がそのまま高価な住居費用の形で、土地所有主や建設業者らによって回収される問題です。私が訪問する都市で、不動産価格はどのような状況かと聞くと、本当に深刻な問題だという返事が返ってきます。いわゆるジェントリフィケーション、開発業者らに関連する闘争、撤去民問題、つまり開発業者の高層建物建設のために、空間を整理する過程で生じる諸闘争が進んでいます。開発業者は超巨大建設プロジェクトをあまりにも好むために、多くの場合、国家も介入しています。彼らはまた高価格の高級マンションの建設を好みます。貧しい人々も居住できる住居の建設には関心がありません。なので、あらゆる都市で私たちは途方もない不平等を目撃し、それが大多数の住民の日常生活上の関心事になります。私にとっては、このような種類の諸過程を、資本の流通および市場における価値実現に対する理解と合わせて考えることがつねに重要でした。私はこのことを、マルクスの一般理論と整合的に考えたいと思いますが、そのためには資本の流れが形成する「進化する生態系としての資本」という有機的概念を認めなければなりません。

ですから、人々がこのような問題に悩むというのは当然です。また彼らを困らせているのは住居問題だけではありません。漸増する交通費用もあります。都市内での移動の可能性は重要な懸案になっています。ほとんどすべての都市問題が、財貨の消費を通じた価値の実現と、その財貨の価格に関することです。商品の価値がどのように貨幣に転換されるかは経済問題の核心です。

 

「一帯一路」、中国の動きをどう見るか

白楽晴 先生の講演とこれまでの著述活動でもう1つの重要なテーマは、現時点で、工場よりも都市を、剰余価値生産の主な現場と見て、それを解放運動の重要な現場として設定する作業です。それと関連して、先生は、今、中国で起きていること、ひいては中国がユーラシアやアフリカ、ラテンアメリカなどで行なっている事業のことを、先生がおっしゃる「空間的解決」(spatial fix)の最新事例であり、類例のない大規模事例として論じられました。ご存知でしょうが、東アジア批判的雑誌会議では、中国の「一帯一路」企画についての提案があり、中国大陸だけでなく、台湾や香港から来た参加者も、大枠では、これを新自由主義的な資本主義による最新・最大の「空間的解決」と規定された先生よりも、一層肯定的に評価する雰囲気でした。中国に行かれた時も、このような主張を聞かれましたか?

ハーヴェイ 私はそのような企画に対して相反する印象を持っています。中国内部の現実から見ようとすれば、約10年前には高速鉄道の連結網もありませんでしたが、今、中国はほとんど完全に統合されました。率直にいって、私は上海から北京に行く時、飛行機より高速鉄道で行くのが好きです。中国の交通網がきめ細かに組まれた結果、多くの人々が恩恵を受けていることは明らかです。したがって、これを否定的にのみ話すつもりはありません。ですが、高速鉄道に乗る人たちを見ると専門職や企業のエリートです。ですから、この巨大な投資の恩恵を受けるところに階級的差別があるのです。

他面を見ると、このような開発の多くの部分が負債で行われました。ですから、この巨大な投資計画の結果の1つは、中国のGDP(国内総生産)の対負債比率が世界で最も高い水準に肉迫することになったのです。結果的に、誰がこの負債を返すのかということが問題になります。典型的な資本主義的形態を見ると――中国がそうなると考えているわけではありませんが――後でその負債を抱え込むのは、たいてい最も不利で周辺化された住民です。中国の海外借款や投資の償還についても、同じ問いを投げかける必要があります。

エクアドルの場合を考えてみましょう。エクアドルに対する海外投資の半分以上が中国によるものです。中国が推進するプロジェクトの1つは、エクアドルのエネルギー需要の60%を充たす巨大な水力発電ダム建設です。もちろん中国のセメントと中国の鉄鋼を使います。ですから、建設工事を通じて中国の過剰生産能力を吸収するんです。ですが、中国はエクアドルに金を貸し、エクアドルはいつかそれを返さなければなりません。返す方法の1つとして、エクアドルは自国の南部の鉱物資源を自由に開発する権利を中国に与えます。その結果、その地域の住民と中国の鉱業社との間に葛藤が起きます。中国の企業が直接かかわっているわけではありませんが、主として地方自治体が名乗り出て中央政府が支援し、現地の住民を強力に弾圧した事例があります。このような結果は、私たちがこれはいい事業だ、再生可能なエネルギーを開発し、多くの住民の電気需要を充足させると語る時、よく見過ごされたりします。

したがって、あらゆる問題を一緒に考える必要があるんです。東アジア批判的雑誌会議の発言者が、中国だけでなく、ヨーロッパやアフリカの経済まで、世界的に統合する交通網の創出がいいことだというのは、間違ったことではありません。ただ私は、私たちが常に2つの問いを投げるべきだと思います。まず誰が恩恵を受け、誰がそれを返すのか、2つ目は環境にどのような影響を与えるのかということです。そのようなことを追加して考える時、私は、そのようなプロジェクトに拍手を送るということが一層難しくなり、深刻な疑問を抱く余地が大きくなるのです。

白楽晴 会議で、中国の地理学者・徐進玉が提起した主張はどう思われますか? つまり、「一帯一路」の企画が、地政学的観点から見れば、中国側の防御的行動であり、アメリカの覇権主義に対する健全な挑戦であるという主張です 5

ハーヴェイ その点は疑問の余地がありません。ですが、余剰資本と余剰労働を吸収する次元では、中国が別の選択をすることもできなかったと思います。中国は大量失業と多数の鉄鋼工場の閉鎖危機に直面しました。換言すれば、中国側に地政学的計画があろうとなかろうと、中国の過剰生産能力を吸収するために資本を輸出しないわけにいかず、強く推進する経済論理があったんです。もちろん私は、中国共産党がどのようなことを考えているのか、知るすべがありませんが、きっと2つの要因を勘案したでしょう。しかし、資本主義の空間的動力を解釈する私の理論では、2005~2008年の中国としては、経済成長を継続し、さらに経済の安定を維持するためにも、現在のようなことをせざるを得ない立場だと思います。

白楽晴 そうですね、私も、東アジアの同僚たちが、資本主義の論理や「空間的解決」の概念について、儀礼的に同意したまま、地政学的な側面にほとんど全面的に没頭することには賛同しません。先生が指摘されるように、それは、中国当局が資本の論理のために、何かこのようなことをせざるを得なかったという事実を軽視することです。ですが、昨日のワークショップで、先生は2つの権力論理、つまり領土主義的な論理(territorial logic)と資本主義的な論理(capitalist logic)についておっしゃいましたが 6、この概念を導入して中国の試みを単に新自由主義の1つの事例で見るのでなく、例の2つの論理を結合しようとする新しい試みとして見るとどうでしょうか? アダム・スミス(Adam Smith)こそが、このような結合を唱えたと先生自らが指摘されました。つまり、彼は市場に作用する「見えざる手」が「諸国民の富」、人民を含めた彼らの国の国富に寄与するものであると主張したんです。私はおおよそ1960年代までは、資本主義がさまざまな方式でそのような結合をある程度成就したかもしれないと考えますが、開発国家、または発展主義国家の理念も、言ってみればそのような目標を前面に掲げたんです。それに比べれば、新自由主義は、資本の論理に全面的に没入しようとする試みになります。もちろん、軍事力と警察力を含む国家権力に依存しながら、そのようにするわけですが。状況をこのような脈絡で見るならば、中国は資本主義的論理に専念しようとする新自由主義的な試みに、一定の修正を加えようとする努力をするかもしれません。成功の有無はもちろん別の問題ですが。

ハーヴェイ 私はジョヴァンニ・アリギ(Giovanni Arrighi)とこの問題でよく論争しました 7。ジョヴァンニの主張は、すなわち中国で市場の浸透、市場への転換、開発のさまざまな側面が見られるからといって、中国当局が自らの社会主義的な権力論理を全面的に放棄したと断定するべきでないということでした。彼が提起した問題は、現状分析にともなう何らかの予測をするよりは、中国人が選択できるさまざまな戦略について、鋭敏な意識を維持するべきだということでした。それに対して、私の反論はおおよそ次のようなものでした。社会主義論理が依然として1つの選択肢であるという主張は、1990年代末までは正しかったかもしれない、しかし、おおよそ2000年代から、中国の領土的論理は、過剰蓄積と空間的拡張という資本主義の論理に促されたと考える、彼らは資本主義の論理を解禁したし、資本主義の論理は彼らが全面的に統制できる性質ではないので、ますます統制が難しくなっている、というものでした。彼らは世界市場の条件に対応しなければならず、したがってアメリカの消費市場の破綻は、中国に途方もない衝撃を与えました。2007年と2008年当時、中国、特に中国南部の数多くの輸出産業が閉鎖されましたが、このようなことこそ資本主義の論理が席巻して実質的な統制力を行使する事例です。そうなると中国は対応せねばならず、その対応は自らの方式でなく、資本の方式に従わなければなりません。ひとまず虎を放てばその尻尾をつかまえていなければなりません。誇張しているかもしれませんが、中国政府が自らの領土論理で資本主義の論理をどれほど制御できるか疑わざるを得ません。私は、彼らの統制力は、たとえば1990年代よりはるかに減じており、その傾向はますます強まるだろうと思います。中国が自国経済を市場交換体制として認められる方向に行けば行くほど、彼らはWTO(世界貿易機構)の基準に順応せねばならず、資本主義の権力論理に一層統合されねばならず、さまざまな代案の間で選択の自由がますますなくなるでしょう。そのようなことがジョヴァンニに対する私の反論の核心でした。要するに、社会主義的な領土論理が統制する能力に対して、彼がかなり楽観的であるというものでした。資本主義体制はますます金融化され、世界金融に対する中国金融の統合度は急激に高まってきました。私が見るところ、私たちは、中国当局が資本主義の論理にあらゆる譲歩をしている現実を目撃しています。

 

新たな帝国主義と「略奪による蓄積」

白楽晴 虎を放ってその尻尾をつかまえるという比喩と関連して、その虎がどれくらい元気でいつまで生き残って力を行使するかによって、多くのことが変わってくると思います。しかし、この問題は、後で世界資本主義の全般的状況を論じる時にあらためて論じることにします。

先生の講演で、質疑のときに出たもう1つの問いは、「新たな帝国主義」とその特徴をなす「略奪による蓄積」(accumulation by dispossession)という概念でした。先生自らその概念をマルクスの「本原的蓄積」(primitive accumulation)と充分に区別できなかったとおっしゃいましたが、その解明をあらためてなさるとどうなるでしょうか?

ハーヴェイ マルクスにとって本原的蓄積は、資本蓄積の前提条件がどう作られるかに関する話でした。賃労働と貨幣化された商品交換体制と商品市場が、あらかじめなければならないという前提条件のことです。そのような諸要素がすでにあってこそ、資本家が登場し、自分はこの賃労働の一部を買って剰余価値を生産させ、市場で販売する商品を生産させる、よって資本主義的な循環過程が始まると言えるんです。

これを別に表現すれば、資本主義発達の初期段階には、賃労働と貨幣資本がきわめて不足しました。なので、資本が自らの存在条件を再生産する能力のない状況で、賃労働と貨幣資本を生産する道を探らなければなりませんでした。これを完遂したのが本原的蓄積の暴力です。人々を土地から追い出し、彼らが生きるために賃労働者になること以外に他の選択肢がないようにし、お金がどのような方法であれ集まるように、経済の十分な貨幣化がなされなければならず、お金を1か所に集める初歩的な銀行制度ができ、お金が資本として流通する必要がありました。

このすべての前提条件がきちんと備わるまで時間がかかりました。マルクスの原蓄理論の目標は、このような前提条件が、伝統社会に対する暴力的な介入や破壊、金(きん)の買い占め、その他の方法で達成されたことを示すことです。教会と国家を通じて、高利貸業者が封建貴族層を破産させ、ブルジョアのために貨幣を開放する役割を果たしました。これがマルクス原蓄論の要旨です。ですが、本原的蓄積の要素が常に存在するだろうという点をマルクスは否定しませんでしたが、彼は、資本主義が自らの再生産条件を産出する能力が卓越しているので、ひとまず資本主義が循環を始めれば、原蓄の要素が相対的にあまり重要でなくなると語ったのは事実です。換言すれば、資本が剰余価値を生産し、貨幣資本を創り出して、産業予備軍の生産を通じて賃労働者を作り出すんです。もちろん世界のある部分では、本原的蓄積が続く様相を私たちは見てきましたし、原蓄は現在も進行中です。インドで農民社会の破壊が進行中ですし、もちろん中国でもそうです。ですから、このようなことは現代世界で本原的蓄積が持続する現象として考えるのが正解です。

ですが、私が特に注目したのは、豊富な資本があって豊富な労働力があるのに、資産価値を強盗のような手法で、人口の一部分のポケットから他の部分のポケットに移しかえる過程です。私は、サブライム住宅ローン危機を例にあげましたが、アメリカで600万ないし800万の人々が家を失いました。2007年と2008年に、黒人は自らの資産価値の60パーセントないし70パーセントを失い、白人は自らの財産の3分の1ほどを失いました。このように人口のさまざまな部分で途方もない損失が発生しましたが、そのすべての資産価値はどこに行ったのでしょうか。ウォール街はおおよそこの損失に見合う金額を自分たちのボーナスとして支給しています。この過程を検討したあるアメリカの判事は、「これはアメリカの歴史上、一階級から他の階級への最大規模の富の移転だ」と言いましたが、それはもちろん、特権から疎外された人々から特権を持った人々への移動でした。このことが意味するのは、恐慌期にも金持ちはさらに金持ちになり、貧しい者ははるかに貧しくなるということです。

白楽晴 おそらくアンドリュー・メロン(Andrew Mellon)だったと思いますが、ご存知のように彼は「恐慌期には、資産がその本来の主人の手に戻ってくる」と言いました。

ハーヴェイ ぴったりの言葉です。ですから、私たちはサブライム住宅ローン危機とか、大企業が破産申請をするやり方とか、製薬会社が薬代を1粒5ドルから500ドルに引き上げるのにそれを阻む方法がないとか、このようなメカニズムを通じて、一階級から他の階級に付加転移する現実を論じる言語が必要です。これに対して、私は「略奪による蓄積」と呼んでいます。このような現実の1つの兆候は、土地の略奪や追放、撤去などが、世界随所で進んでいる一般的な過程であるということです。これは賃労働力を創り出す行為ではありません。そのまま一階級から他の階級に資産を移すことです。「略奪による蓄積」はそのようなもので、そのおかげでウォール街が危機の時代に繁盛できるのです。もう1つの表現は、金持ちはいい危機を決して浪費しないということでしょう。実際に多くの金持ちが2007年と2008年の危機を通じて大きな利益を得ました。これを正しく理解するために、私は、多くの場合に、価値実現の過程と直結する資産移転のメカニズム、すなわち価値実現の危機と略奪を通じた蓄積の間の関係を論じることが重要であると考えました。このような富の移転を本原的蓄積と呼ばないことが重要だと考えました。その2つはそれぞれ異なった脈絡で進む、相異なるメカニズムを持っています。

白楽晴 そうですね。十分に資本が蓄積されていない時期に行なわれる略奪による蓄積と、資本が過剰な状態で行なわれる略奪による蓄積を区別することが重要です。同時に、私は「略奪による蓄積」の概念を拡大して、原蓄期から始まって、略奪による蓄積があまり目立たない時期を経て、それがまた顕著になるすべての時期を網羅したらどうかと思います。なぜなら、いわゆる原蓄期という最初の段階は、厳密にいって「資本主義以前」というよりは、農業資本主義時代と実質的に重なっていて、このとき、国内だけでなく、アメリカ大陸やアフリカの富を大々的に略奪する作業がなされました。また、18世紀になっても、大西洋の奴隷貿易が最盛期だったのは18世紀末葉でしたし、あちこちで植民地事業が推し進められました。ですから、略奪による蓄積が重要でなかった時代はなかったんです。実際に先生は、新刊に収録されたある論文でこのように言っています 8。マルクスの優秀性は、彼が数多くの具体的・歴史的・社会的諸条件をひとまず捨象することによって、資本主義が最善の条件においても――換言すれば、公然たる略奪が介入しなかった状態でも――結局は自らの墓を掘る人材を生み出すということを立証した点でしょう。同時にもう1つの側面は、マルクスの追従者にとって、マルクスがきわめて特殊化された作業、多分に抽象化された作業を遂行していることを、しばしば忘却させ、したがって私たちが真に円満な現実分析をするならば、捨象された歴史的・社会的諸条件をあらためて考慮するべきだと言われました。その洞察を適用して、こう表現してみたらどうでしょう。マルクスが自らの経済学的分析の集中対象とした時期にも、略奪による蓄積は進んでいたし、他の見方をすれば、それが、労働者が生産した剰余価値の収奪に劣らず、歴史的資本主義の本質的一部だったということです。

ハーヴェイ その議論に反対するつもりはありません。ときおり私は、自分が何を話し、何を話そうと思ったのか忘れますが(笑)、私が言おうとしたのは、原蓄が資本主義の全歴史を通じて存在し、略奪による蓄積が新しい現象ではないということです。ただ1970年代以降、資本が投資されるとき、古典的なやり方ならば生産に投資して――マルクスが語るように――労働者から剰余価値を奪い取る作業だったでしょう。ですが、そのような投資をする機会がますます減ったんです。ですから、資本は略奪による蓄積の事業にますます投資するようになりました。略奪による蓄積が、1950年代や60年代に比べてますます重要になったのです。原蓄の過程は特にいわゆる第3世界で厳格に進行中でしたが、世界の資本主義としては、略奪による蓄積がその次の時期ほど重要ではなかったと思います。私たちが1960年代を検討するならば、私たちの周辺で略奪による蓄積と見えるものが、さほど顕著には見えないでしょう。

たとえば、製薬産業や薬価に関連して起きたこと、ヘッジファンドが製薬会社を接収して薬価を大幅に引き上げるようなことは見えないでしょう。興味深いのは、その薬価を個人が出すのでなく、保険会社が出しているという点です。そして後でみな医療費がずいぶん上がったと文句を言います。実は、これは多くの部分、ヘッジファンドが略奪による蓄積を遂行しているためです。問題は、年金の権利の喪失にも拡大できます。労働者が貯めた年金権に対して大々的な攻撃が進み、健康保険の権利の喪失、教育に対する公共支援の喪失など、このような種類の損失がかなりあります。私が見るところ、現代資本主義はすぐ目の前で、はるかに多くの略奪による蓄積を進めています。この現実をそのような名称で呼ぶことが重要と考えたもう1つの理由は、アメリカでアイオワ州の農民と話しながら、あなたは原蓄の犠牲者だと認識するかと聞いても、いったい何をふざけたことを言うのかというでしょう。ですが、略奪を通じた資本蓄積といえば、何のことか即座にわかります。このように、それは、人々が自分の周辺で起き続けていることを、目撃する過程を議論する時に理解できる用語であると思います。

 

産業現場の闘争を越え、都市の闘争へ

白楽晴 では都市の問題へ移りましょう。先生は、最近数十年間の民衆闘争のうち、大部分は都市での闘争であるという、明白な経験的事実を明確にしたことが、きわめて重要だったと思います。先生はまた、パリ・コミューンの例をあげながら、それが厳密な意味でのプロレタリア蜂起とみるよりは、都市の闘争であった点を指摘されました。問題は、このような経験的現実をどう解釈するかということです。先生は、大多数の左派ないし進歩的な思想家や活動家が、いまだ都市が剰余価値生産の起きる現場であり、闘争は――造成された都市環境を含めて――そのように生産された剰余価値をどう処分するかに関すること、その生産者と非生産者の間の闘争であることを認識できずにいると指摘されました。私はこのことが、私たちが看過してはならない重要な洞察だと思います。

ハーヴェイ 私もそう考えます。それは常に私にとって重要な問題でした。都市の闘争が階級闘争であるという点を、左派の人々に説得するのは非常に大変でした。ですが、このときの階級闘争はかなり異なった内容を持っており、かなり異なった形態を帯びています。一例をあげるなら、マニュエル・カステル(Manuel Castells Olivan、1942-)と私は、都市問題を探求する作業に積極的に関与してきましたが、彼も初期作では、このような問題を階級闘争の次元として好んで議論し、パリ・コミューンなどに関して、それらがマルクス理論の一部であると考えていました。ですが、『都市と草の根』で、彼は突然、これは剰余価値生産をめぐる闘争ではないので、マルクス理論とは関係ないとしました 9。都市の闘争は、労働現場での闘争と統合され得ないというのです。私はいったい彼がなぜそのような立場を取るのか理解できませんでした。もちろんその時から彼はマルクス主義陣営を離れて、彼独自の道を歩んでいきました。

私は、なぜ彼がそう言わなければならなかったのか、本当に理解できませんが、私が考えるところでは――同じ話の繰返しですが――価値実現に関する闘争が、生産をめぐる闘争に劣らず重要であるという点を看過する問題に帰着します。ですから、私が生産に関する闘争を軽視するという批判に接する時、私は、そうではない、中国の深圳やバングラデシュで起きている事態を見れば、工場プロレタリアートの闘争がきわめて重要だと言います。ですが、このような現実を私たちは、他の諸問題に対する理解と結びつけるべきです。ですから、たとえばマニュエルのパリ・コミューン解釈によれば、それはプロレタリアートの蜂起でなく都市反乱でした。私はその2つを別個のものと見ませんし、人々がどうして両者を別個のものと見るのか理解ができません。私はここで、マニュエルを一例として、都市の闘争が根本的に階級闘争であるという考えに適応できない、左派思想家の例として論じています。都市の闘争には「うちの裏庭ではダメだ」(Not in my backyard= NIMBY)という、いわゆるNIMBY政治にもとづいた闘争ももちろんあります。NIMBYは、ブルジョアが自分の権益を守ろうとする動きで、それゆえに彼らは閉鎖的な住宅団地を作り、反開発主義的であり、排他的な都市社会運動の形成に積極的になります。都市闘争の領域では、そのような種類の多くの争点と対面しなければなりません。労働者vs資本家という明瞭な対立構図が消え、すべてのことがかなり曖昧になります。同時に分析がはるかに現実的になります。私は現実主義の方を選択して、そうだ、いいぞ、私たちはこれらの闘争を見て、その階級的内容を点検し、そこに見られた階級的内容を労働者の闘争と結合して、批判的な政治企画を作り出そうという立場です。

私はクラムシ(A. Gramsci)がかねてから――1919年頃だったと思います――このような問題について書いていたという事実が、いつも印象深かったです。彼は、私たちが工場の労働者評議会を組織するのはいいが、近隣住民の組織を通じて評議会を後押しする必要があると主張しました。そして非常に意味深長な話をしました。労働階級を彼らが暮らす近所で考察すれば、工場で出会う労働階級の一部でない、全体の労働階級の欲求と希望と欲望がどのようなものか、はるかに正しく知ることができるということです。そして、街の清掃夫や銀行事務員、運輸業従事者など、普通の労働階級の一部として扱われない隣人たちの組織を作ることができるならば、住民組織自体が、社会主義のための闘争を支援するストライキを行うこともできます。クラムシはこのように、工場組織に併行する近隣住民組織の重要性を認識しました。不幸にも彼は、これを一般理論に発展させるところまでは行きませんでしたが、このような論評を通じて、私は、この問題を考えようとする方向を提示しました。歴史的にも労働現場の闘争は、地域共同体や隣人たちの支援があるときの方が、成功する事例がはるかに多いと思います。地域共同体の支援がなければ、工場を占拠中の労働者らに、誰がサンドイッチを持って行くでしょうか?

白楽晴 イギリスの炭鉱労働者のストライキ当時、ノーザンブリア地方がかなり持ちこたえた事実を指摘されたこともあります。

ハーヴェイ それはアメリカでの古典的な闘争でも見られた現象です。たとえば1930年代のミシガン州フリントの自動車産業ストライキの時も、近隣の住民たちがストライキ労働者に支持と支援を送り、ストライキの成功はその点が大きかったと思います。

白楽晴 講演で先生は、ニューヨークのある小さな食堂の主人の例をあげました。雇用人に非常に低い賃金を与えながらも、自らが誰よりもさらに熱心に仕事をし、社員の月給を到底引き上げられない現状だから、自らが労働者を搾取しているとは思えないんです。ですが、彼が貯めたお金がみなどこへ行くのか? 銀行利子として出て行き、建物主に家賃として出て行き、といった形です。ですから彼は、労働者階級による都市闘争の自然な味方になるということです。ですが、私はここで、1つの理論的問題を提起したいと思います。プロレタリアートとブルジョアを区別する古典的基準は生産手段の所有の如何です。食堂の主人は食堂の所有主なので、彼が生産手段を所有していると言うこともできます。ですが、もしかしたら私たちは、例の古典的基準を緩和したり、あるいは別に適用するべきかもしれません。なぜなら、現代世界において、生産に必要な手段の規模を考え、また小規模自営業者に対する金融機関の支配力を勘案する時、ニューヨークのその食堂の主人が、はたして自らの生産手段をどれほどきちんと所有していると言えるでしょうか。ある意味では、莫大な年俸を受ける大企業の経営者の方が――株主かどうかを離れても――生産手段の所有者にはるかに近いと思います。

ハーヴェイ その通りです。

白楽晴 ならば、食堂の主人は、単に都市闘争における味方でなく、潜在的な労働階級の成員と見ることができるでしょう。もちろん彼自身は、自らプロレタリアと絶対に考えませんし、私たちがその点をあえて説得しようとする必要もありません。ただ問題は、多くの左派思想家が、彼が破産して、いわゆる小市民階級から脱落する前に、彼がすでにプロレタリアートに近い存在だということを考慮していないという点です。

ハーヴェイ 私は、マルクスが彼の理論的著述で、つねに特定の個人でない役割を論じるという点に注目してきました。たとえば、多くの労働階級の構成員が、年金計画を通じて株式市場に投資しています。個人としては実際にさまざまに異なった役割を遂行できます。食堂の主人の場合、彼はもちろん、什器や他の生産手段を所有した状態ですが、生産手段の1つは土地または空間です。土地よりも空間と呼びましょう。食堂の主人が空間を所有していなければ、空間を借りなければなりません。ですから、生産手段としての空間を他人が所有しているわけですが、空間または土地こそ基本的な生産手段です。これはお金にも該当します。お金は生産手段であり、資本を創り出す手段です。『資本論』第3巻をみると、土地に対する地代(賃貸料)と、借りたお金に対する利子について検討しています。ですが、この場合にも『資本論』の解読に若干の失敗がありました。人々は生産手段の問題を一層複雑にする地代と利子に、十分な注意を注ぎませんでした。一定の物理的生産手段を所有しても、土地を統制できなければ、自らの生産手段のうち相当部分を他人が所有するのです。したがって、ニューヨークの食堂の主人の実質的な状況には、このような複合的な要素があります。もちろん彼らは労働階級と呼ばれることを望みませんが、基本的な生産手段である土地や貨幣を制御できないという点では労働階級です。ならば、私たちは、よく無視される幅広い領域の不満に注目できます。たとえば、ニューヨークでは、伝統的な家族経営の食堂が相次いで廃業し、都市生活の位相が大きく変わっています。家族経営の食堂があったところに銀行の支店やチェーン店が入っています。賃貸料の引き上げによって生活の質や都市生活の位相が破壊されています。実際に非常に興味ある抗議運動が繰り広げられたりもしました。ニューヨークのマディソンスクエアガーデンの近所に1930年代から存在し、人々が好んで訪ねる有名なカフェがあるのですが、賃貸料がかなり高騰し、閉店することになりました。これに対する公開的な抗議があり、都市生活の質を破壊する、このようなことが続いてはいけないという人々の主張が、『ニューヨークタイムズ』にも報道されました。都市一帯でこのような争点が提起され始めました。私は、何が階級であり、何が生産手段かについて、私たちがもう少し開放的に接近する必要があると思います。繰り返し言いますが、このようになれば問題は一層複雑になります。都市の状況では、労働者階級vs資本家階級という対立の鮮明性が薄れます。ですが、私たちの認識ははるかに現実的になって、日常生活の政治の実状にはるかに近接することになります。

 

水平性と位階秩序の問題

白楽晴 ソウルでも似たような現象や出来事が起こっていますが、先生は現場に通って人々に会いながら、その点を確認されたということがわかります。都市と都市に対する権利については話題も多く、途方もなく重要な主題と思いますが、他のテーマに移らなければなりません。先生の著述や、昨日のワークショップでも出てきた話ですが、私が特に興味深く思ったのは、闘争やオールタナティブ社会の組織原理と関連した「位階秩序」(hierarchy)の問題です。これまでこの問題を提起しながら、個人的な代価も払われたと聞いていますが、位階秩序を論じる瞬間、多くの生態主義者や無政府主義者から、スターリン主義者などという非難が返ってくるのが常です。ですが、先生が指摘されたように、たとえば気候変化のような大型の生態問題に対処しようとするならば、一定の中央の権威というか、ある種の位階的な組織が必須です。気候変化に反対して生態系を保護するという数多くの小集団が、単に相互の「水平的ネットワーク」だけを維持したまま、各自が仕事をやっているわけにはいきません。先生はまた「環境の性格」という論文で、一切の位階秩序を否定する生態主義、または無政府主義運動は、持続可能ではなく、さらに「生にとって危険」でもありうると言いました 10。韓国では伝統的に、社会的な位階秩序の概念が深く根付いているので、大多数の進歩的知識人がその用語自体をダブー視したりもします。私もときおりこの問題を提起しましたが、保守主義者ないし反動主義者と非難されたりもしました。

ハーヴェイ そうですね。そのうえ先生や私も、家父長的であると非難されるでしょう。そうですね。若干はそうなのかもしれません。位階秩序は非常に難しい問題です。私はすでに、世界の随所に現存する非公式のネットワークが、さまざまな種類の現実参与の活動を相互につなげることに対して、私の予想以上に進展した事実に深い印象を受けています。これは特に「文化生産者」と言える人々が顕著です。彼らは活動を支えるある種の調整の枠組みが必要ですが、互いにつながってネットワーキングして集結するために、ビエンナーレやその他の文化行事の拡散を利用する点が印象的です。したがって私は、ネットワーク形態、水平的形態を精一杯拡大しようという考えを支持し、おそらく私が考えたよりも、さらに遠くまで行くだろうと思います。これは、現存する新しい社会的メディア構造を、建設的かつ協同的に使う能力のためでもあります。したがって私は、多くの人々が自らの政治行動を水平的なネットワークの枠組みで組織しようとすることが、時間の浪費と考えるという印象を与えたくはありません。実際にそれは非常に進歩的なことで、私はそれを支持したいと思います。

白楽晴 ええ、もちろんです。

ハーヴェイ ただ、ある種の争点と関連して、そのようなやり方では対応できないという問題があります。気候変化や大規模なインフラ構築の場合がそうです。そのような大きなスケールで作業することが有益なことだと言うと、ある種の位階的統制や生産構造なくして、どのようにそのことをやり遂げられるでしょうか。問題は、どのような方法でも民主主義的な責任追及が可能な、やり方の位階秩序を見出すことです。私が見るところ、それこそが問題の核心です。ある種の階級構造は、ひとまず最上級に権限を集中させれば、草の根に対する自らの責任性を断絶する傾向があり、そうなると民主主義は消えてしまうからです。選挙と関連してみても、ある人が社会運動出身で非常に民主的なのに、ひとまず市長とかそのような座に座ると、突然、他の方向に進んでしまうことがあります。こうしたことは私たちの周辺でよく起きますが、そのような時、草の根側の典型的な反応は、政治権力が自分たちを裏切ったというものです。ですが、たまに背信行為はありますが、私はそれが公正な評価とは思いません。私が見るところ、これは組織をめぐる私たちの時代の重大な争点の1つです。

私は以前から、民主的連邦主義に関するマレイ・ブクチン(Murray Bookchin)の著述が好きなのはそのためです 11。彼は、村と地域単位で住民総会式の意志決定構造を持つものの、これらの構造を「諸総会の総会」として統合し、より大きな規模の生態地域的(bioregional)な問題を扱おうと構想しました。そして、たとえば1つの生態地域で水を合理的に使用する問題は、個人や小地域の決定に任せずに、該当する生態地域の持つ可能性や必要に符合した実践方式が、合意を通じて出るようにするということです。私が見るところ、ブクチンの体系は、私たちがこのような外部的次元に到達すれば、人々に対する管理でなく、事物に対する管理が主な目標であるといった、サン・シモン(H. de Saint-Simon)の原則に戻るのです。これはかなり興味深い考え方だと思います。実際に事物と人々を明確に区分できるかわかりませんが趣旨はわかります。すなわち、すべての次元で個人の自由を極大化しようとしますが、そのためには、人々に、その自由が意味あるものとして行使させる、ある種の物理的基盤を集団的に創り出すべきだということです。これは議論する必要性が切実な問題です。

いずれにせよ、私は、自分が、水平的な組織形態の物神崇拝と呼ぶ傾向を非常に嘆いているという点を、公開的に表明したことがあります。水平的組織形態が神聖不可侵になって、批判や評価をしてはいけないという雰囲気ですが、本来、このような組織を近くで見てみると、位階秩序の怪しい形態や、新たな権力構造が確立される隠密な形が、顕著だったりもします。

白楽晴 私たちが一層柔軟かつ現実的な組織原理を開発する必要があるということに全面的に同意します。ですが、どのような位階秩序がよくて役に立ち、どのような位階秩序がそうでなく、どのようにいい位階秩序を確保すべきかという問題に円満に対処するためには、平等の問題ももう少し深く探求し、どのようなものがよい平等であり、どのようなものはそうでないかを識別するべきです。マルクスも――私が間違っていたら指摘して下さい――平等自体について別に語らなかったと思います。彼は階級社会の撤廃を主張しましたが、生のオールタナティブなビジョンを論じる時は、主として個性の完全な発達や自由な生産者の自発的な連合などを語ります。私はこのようなものも平等の物神化から私たちを解放することに一助すると思います。

ハーヴェイ ええ、その通りです。私はさまざまな次元で、平等は支持しない方です。おそらく最も簡明に表現するならば、私は人生の機会の平等を支持しますが、結果の平等は決して支持しません。社会を魅力あふれるようにすることの1つは、差異の生産だと信じます。たとえば私は、地理的に不均等な発展が根絶されるのを見たくはありません。不均等な地理的発展は、実際にきわめて興味深くなると思います。私は、都市の相異なる諸空間、それぞれその印象が異なり、日常生活の位相が異なる諸空間を訪ねるのが好きで、ですから多様性というものをとても重視します。ですが、ある地点で、私たちはこれを緩和し、そのような差異が、都市の外郭に暮らす人々の人生の機会が、他の地域に暮らす人々に比べて、著しく縮小されてはならないという理念も受け入れるべきです。私たちは、たとえば期待寿命のような人生の機会が、すべての人に保障される環境を作るべきですが、趣味と存在の同質性が強要される環境を作ってはなりません。私がつねにアイロニーと考えるのは、マルクスに対する批判の1つが、彼がすべてのものを同じようにしたと考えている点です。そのうえ、このような批判が、随所で、すべてのものを同じようにすることに余念がない資本主義の側から出るのです。いったい誰があらゆるものを同じようにするのに忙しいというのでしょうか? 実際に文化的な汎左派勢力は、差異の保存、文化的差異や趣味、および生活様式の差異の保存に最も情熱的な社会集団です。平等を物神化してはならないという先生の主張に同意します。

 

自発性と知恵の発現には

白楽晴 そこからもう一歩出てみるとどうでしょう。平等な人生の機会が与えられた状況から、結果の不平等が可能にする多様性を重視するところから、もう一歩出て、成就した知恵や人生をきちんと生きる真の能力や、そのようなものにおける一種の不均等概念を確立したらと思うんです。私がある時期、外国で「hierarchy of wisdom」(知恵の位階秩序)という表現を使ったことがありますが、かなり不適切な選択だったようです。

ハーヴェイ ええ、そうすると、十字架に頼ることになります(笑)。

白楽晴 「位階秩序」もよくない単語ですが、英語で「wisdom」というと、人生を生きる実用的な知恵くらいのことを想定します。ですが、私が意味したのは、むしろ仏教的な意味の知恵、真の悟りから出る知恵のようなものでした。とにかく「知恵の位階秩序」はあまりよくない表現でしたし、いまだに適当な表現を探せていません。私の趣旨は、自発的な服従やリーダーシップの受け入れが必要な状況において、人々がそのような種類の自然な権威を積んだ人々を尊重するよう教育されるべきではないかということです。これは俗にいう能力主義(meritocracy)とは違います。いわゆる能力主義の主たる問題は、「能力」が既存体制の中で競争力中心に評価されるという点ですが、私のいう知恵は「悪い不平等」に該当する、あらゆる抑圧的な差別が除去された時、その真価が発揮されうる性質のものです。

ハーヴェイ 私はそのような形で表現しません。そのような道を選びたくありません。私が『希望の諸空間』の終わりの部分に挿入したユートピア的なスケッチでは、人々が権威のようなものを持つのでなく、彼らが成し遂げた素養に対する尊重心を持って、それでこれを尊重する人が、彼らから学ぼうと考える状況を描いてみました 12。その部分で私が提示したアイディアの1つは、誰でも安息年を得て、7年に1回ずつ仕事を休み、他所に行って他の仕事をしてみるということでした。たとえば、音楽に関心があって、訪ねてみたい立派な音楽家がいるという時、安息年にそれをやってみるんです。ですが、これは服従のようなものと全く異なり、一定の技量を習得しようとする欲望です。私自身はピアノを本当に習いたいです。幼い時ちょっと習ったことはありますが、きちんと続いていないのがいつも残念です。安息年が与えられるならば、どこかでふらっと出かけて、そうやってみることもできます。先生がおっしゃるのは、もしかしたら成就の一定の不均等として、多くの人々が従いたいと考える、そのようなものかもしれません。ですが、服従というよりは、真似をすることだと言いたいです。もちろん自らが好きで尊重することを真似するんです。当然、それは全面的に自発的な性格です。

白楽晴 自発的であることはもちろんですし、ある種の固定された権威に対する服従でもありません。ピアノの先生は自身の安息年が来た時、先生を訪ねてきて『資本論』読解を学ぶこともできます。要は単純な技芸や知識の次元でなく、人生が要求するある種の本質的な能力、たとえば仏教でいう「法力」や、東アジアで「道」と呼ぶ次元の能力を考えてみようということです。もちろん法(dharma)を人生のさまざまな具体的状況に応用する時、特定の法師が常に教える位置にいるわけではありません。もし、ある僧侶がそのような試みをするならば、むしろ彼の僧侶としての資格や知恵が疑わしくなります。

仏教や「道」を引用するのが、最も適切な意思伝達方法でないかもしれないことは認めます。むしろ、昨日のワークショップで提起されたE・P・トムソン(E. P. Thompson)の「欲望の教育」(education of desire)という概念の方がさらに有用かもしれません 13。「智者」とは、知性や実践力だけでなく、欲望次元でもさらに立派に教育された人といえます。とにかく私の趣旨は、私たちが社会や組織にかならずや必要な「いい位階秩序」を確保しようとするなら、平等と多様性を同時に追求すること以上の、ある種の教育や組織の原理を探求すべきではないかということです。かならず必要な現実的要求に応じる「いい」不平等、ないし不均等を認めて、そのような知恵を普及する教育をして、究極的にはそのような望ましい差異まで縮小することに寄与する教育です。

ハーヴェイ 私はそこまでは同意しにくいです。私なら、教育構図の反対の極から始めます。昨日、私はフレイレ(Paulo Freire)の『ペダゴジー』が好きだと言いましたが 14、彼の教育学は、民衆が一端の物神化された諸概念、クラムシが定義した「悪い常識」から解放される過程です。既存の偏見から民衆を解放することが大変重要だと思います。ひとまずその過程が始まれば、どのような結果が出るか予測できません。未知の世界に向かうドアをあけるようなことです。それこそ「百花斉放」なんです。私は、先生のお言葉の中に含まれた、ある種の成就の基準よりは、そのような形の考えを好みます。一定の成就基準を設定して、それによって、ある人が他の人よりも立派であるという風にいう責任を負いたくありません。それは違うと思います。

白楽晴 そうですね、私がまだぴったりした表現を探せていないことだけは明らかなようです(笑)。とにかく先生は「善無限」(good infinity)、すなわちいい無限大のことをおっしゃりながら、マルクスの「単純再生産」(simple reproduction)の概念に言及しましたが 15、単純再生産が文字通りゼロ成長である必要はありませんが、とにかく複率成長(compound growth)でない単純再生産が、主な目標になるためには、新たな社会制度だけでなく、全く別に教育を受けた市民が必要であろうという点は明らかです。

ハーヴェイ もちろんです。マルクス理論によれば、単純再生産が崩壊する理由は、利潤追求が資本の流通過程で目標になるからです。利潤追求はまさに拡張を意味し、これは私たちが直面する「悪無限」(bad infinity)を生みます。永遠の複合成長は不可能なことで、あらゆるストレス現象を生み始めます。したがって私たちは、人々が利潤動機なく社会生活の単純再生産を持続する、活動の諸要因を見つけなければなりません。ですが、これは単純再生産の重要性を認識する集団的意識を要求します。もちろん、過去の農民生活の単純再生産を考えれば、それはいくらでも実現可能なことです。人々が自分たちを再生産し、これは「善無限」、社会が代々、自己再生産できる、いい無限大です。資本主義はそれと決別し、今は無限の成長が大勢です。農民社会に存在したインセンティブは、もちろんおおよそ穀物を栽培し、農作業が終わった後にパンを確保するためには何をするべきかという循環周期に直結し、与えられた社会構造の内部で奨励される、いろいろなことと直結していました。今、私たちは、一層複雑な社会を、どのような方法ででも再生産できるインセンティブを見つけなければなりません。ですが、人々がみな個人主義的な成功を考える時代に、そのことをやり遂げるのは非常に大変です。したがって私たちは、個人主義を打倒し、利潤動機を清算して、人々が社会の再生産のために充分なだけ仕事ができるように誘導する、社会的方案を発見しなければなりません。

また、そのことが意識の一大変貌を要するという先生の考えはその通りです。人々はそのようなことが可能だろうかといいますが、私は、新自由主義の時代を生きてきましたし、これまで30-40年の間――先生もそうでしたが――人々の意識が変わるのを目撃したと答えます。意識の変化は不可能ではなく、単に長期間にわたる過程にすぎません。今、私たちはみな、1970年代には想像できなかった形で新自由主義的になりました。ですから変化は可能であり、劇的な変化も可能です。中国に行っておもしろかったことの1つは、中国では誰もが変化が可能であると信じている点でした。西側世界は、今、ものすごく悲観的です。中国で私たちが批判することが数多く起きていたとしても、変化は可能であり、急速な変化が可能であり、実際に急速に変化していることが人々に感知される雰囲気が存在します。よりよい方向への変化が可能であり、中国で起きたことは、大部分の中国人には実際に一層よくなる変化でした。

 

新自由主義の分析は依然として有効か

白楽晴 では資本の現状の問題に戻ってみましょう。先生は、資本家階級が現在、完全に混乱状態に陥り、経済危機にどう対処するかまったくわからず、政治は完全におかしくなっているとおっしゃいました。アメリカでのトランプ(D. Trump)現象や、イギリスのEU離脱の国民投票などを例にあげられました 16。今日の韓国の状況も、私は似ていると思います。もちろん、他の国々と違っている点の1つは、韓国が分断された朝鮮半島の一部であるという点です。私が分断体制と呼ぶのは、韓国の資本主義体制を支える1つの柱の役割をしており、北のいわゆる社会主義体制についても同じです。ですが、私が見るところ、分断体制自体もいまや重大な危機に直面しています。韓国の政治は、現在、ほとんど「おかしくなっている」水準ですが、ただ、韓国人と中国人の共通点の1つは、人々がよりよい方向への変化を含めて、多くの変化を見てきたし、よくなりうる自信をいまだ完全に失っていないという点です。その点が、韓国と日本で異なる点かもしれませんが、最近は、日本でも人々が目覚めて、かなり憤って動き始めているようです。ですが、アメリカやヨーロッパに戻って、先生は、資本家階級が統制力を喪失しているといいましたが、1973年の危機以降、彼らが産出した新自由主義の処方が効能を失ったということなのでしょうか?

ハーヴェイ 新自由主義の処方をどう解釈するかにかかっています。私は最初から、それが権力を寡頭体制に替えて集中するための階級的企画であると考えました。私が見るところ、その階級的プロジェクトは今でも健在です。1930年代を見ると、既存体制の代わりをするオールタナティブな体制を作り出せるかという思想や議論が、その時代に大量に生産されました。国家の役割が変わり、経済の運用が変わり、ケインズ(J. M. Keynes)の経済理論が突然、実現可能になりました。明らかに故障したはずの資本主義にどう対応するかに関する思考や概念の変貌を、危機が触発したんです。このとき現れた新しい考え方や新しい政治的実践が、資本主義の立場では1945年以降、大きな成功を収めました。そしてまた1970年代になると省察の時期があり、新しい理論が出てきてケインズが排斥され、供給者中心の経済学が胎頭して権力構造の移転が起き、制度が変わり、考え方が変わり始め……そして1970年代に依然として資本主義の立場で新しい答案が――私が嫌いな答案ですが――作られます。

2008年以降、注目される点は、そのような省察が全く見られないということです。政治権力がやっていることを見ると、以前に出したのと同じ処方をそのまま出しています。1、2か所、若干、手を入れただけです。唯一の例外は中国が主導する拡張で、これは厳密な意味でケインズ式ではありませんが、1945年以降、アメリカがやったことと非常に似ています。ですが、本当に新しい思考、新しい処方は出なくなっています。どこかで何かが進行中ですが、私にわかっていないこともあるでしょう。とにかく以前のような討論や論争の状態が私の目に入ってきません。IMFがもう1つの暗澹たる予測を出し、同じような構造調整政策を追求しているのが見えるだけです。最近、私が繰り返し批判することの1つに、みな、出来事がどう起きるのかについてのみ語り、なぜそのようなことが起こるのかには関心がないということがあります。ですからIMFは、今、アメリカ経済の難航が予想される、労働参与率が下降し、生産率が非常に低く、中産層が消えているなどの話をします。これは非常に悲観的な展望ですが、それでもなぜこのようなことが起きていて、何をしなければならないのか、どのように全体経済を再構成できるのかについては誰も語りません。中国経済が確実に、沈滞ではないもののその動力が低下している状況において、世界資本主義は大きな難関に直面していると思います。できることは通貨供給を増やし続けることだけです。各国の中央銀行は、あたかもそれが解決策でもあるかのように世界の通貨量に新たなケタを追加しています。このようなことが「悪無限」でなく何でしょう。ですから私は、徹底的に思考して経済体制を切り替えようとする戦闘的姿勢が、さらに多く見られないことが非常に驚きです。経済学における新自由主義的な定説は健在であり、いつの時代にも劣らず強力で、大学はますます新自由主義的な企業構造に支配されつつあります。新しい思考がどこから出てくるのでしょうか?

白楽晴 他方で新自由主義の理念は、2008年以降に色あせたとも考えられますが。

ハーヴェイ 正当性は喪失しましたが、その実行力は依然として健在だと思います。ですが、正当性の代わりに登場したのが、世の中を変えようとする一切の真の闘争に対する権威主義的で軍事化された統制です。新自由主義はその正当性を喪失したかもしれませんが、すべての反対勢力を軍事的対応が必要なテロリズムと規定する力を得ました。

白楽晴 韓国で私は、多くの進歩的同僚が新自由主義という用語を、あまりにも簡単に振り回している点を批判したことがあります。たとえば彼らは、朝鮮半島の分断体制が遂行する媒介の役割を完全に無視しています。地球次元の新自由主義が韓国にも適用できるのは間違いありませんが、こちらでは南北朝鮮の分断と対決を通じて、新自由主義の作用が悪化したり歪曲される場合が多いと思います。とにかく私は、新自由主義が資産価値移転のための企画として、今でも健在だという先生の診断に同意します。私自身は新自由主義を「人間の仮面を捨てた資本主義」と言ったことがあり 17、人間の顔を持った資本主義のことを一時かなり話しましたが、最近はあまりそのような話が聞こえてきません。

ハーヴェイ ええ、私もそのような話はほとんど消えたと思います。

白楽晴 私の趣旨は、資本主義のいわゆる「人間の顔」というものが、本来仮面であったということでしょう。もちろん多くの人々がそれが本当の顔だと信じていましたが。

ハーヴェイ 分かち合いの経済とか倫理的経済というように、仮面をまた作り出そうとする試みがあります。そのようなプログラムが一部にありますが、別に成功してはいません。

白楽晴 1970年代に資本家階級の指導者は仮面を捨てて、おそらく原始的ないし野蛮な資本主義に戻ることに決めたようです。

ハーヴェイ 『資本論』第1巻に記述された形に戻ることにしたんです。

白楽晴 本原的蓄積の章を含む『資本論』第1巻にです。

ハーヴェイ ええ、間違いありません。

白楽晴 ですが、同時に「新自由主義」というものが、もう1つの仮面でもありえます。「新」とか「自由主義」は、ともにある意味では肯定的な用語です。多くの人々が魅力を感じる面があります。ですが、新自由主義は実際に、資本主義が民主主義と一定程度結合するとか、さらに社会民主主義に進化する以前の段階に戻ろうということですから、本当に新しいとは言えません。そのうえ真の意味での自由主義でもありません。本来、自由主義は、諸個人と個人事業家の自由を意味したのであって、新自由主義の受恵者である法人や大企業の自由を唱えたものではありませんでした。ですから、私たちは新しい仮面に出会ったわけですが、先生も同意されたように、この仮面すら2008年以降はボロボロになりました。

ハーヴェイ 話が出たついでに付け加えるならば、私が反-新自由主義者でなく、反-資本主義者として自任する理由がまさにその点においてです。多くの人々が新自由主義に反対しながらも反資本主義ではありません。私は反資本主義者になることの方が、はるかに重要だと思います。

白楽晴 ですから、新自由主義にあまりにも集中する時の、もう1つの弊害は、資本主義の実状を隠すということですね。

ハーヴェイ その通りです。

 

領土の論理と資本の論理、岐路に立つ中国・インド

白楽晴 先生が、中国が資本主義の虎の尻尾をつかまえていると比喩した時、私は、その虎がどれくらい元気なのか、どれくらいさらに長く生きるかに多くのことがかかっていると申し上げました。アメリカやヨーロッパの中心部の資本家階級が実際にめちゃくちゃの状態で統制力を喪失したとすれば、領土の論理と資本主義の論理を自らのやり方で新しく結合しようとする中国側の努力が、一見したところより大きな潜在力を持ったのではないでしょうか? もちろん彼らのスローガンが語るように、「中国色の社会主義」という新しい道を提示したわけではありませんが。正反対に彼らは新自由主義的な世界秩序にひとまず加担しました。しかし同時に中国は、社民主義のような、社民主義とはいえませんが、とにかくちょっと違った種類の資本主義を維持し、ある面では自らの社会主義革命の遺産を保存しようとする、一種の護衛作戦をおこなっているように思えます。そのうえ中国はものすごく大きな国です。面積だけ考えれば、アメリカやカナダとは思ったより大きな差がなく、ロシアより小さいですが、巨大な人口と悠久の歴史を持っているので、先生が「異質場的」(heterotopic)とおっしゃる諸要素をかなり多く持っています。それで、例の虎がいよいよ倒れる時、結実を結ぶこととなる多くの潜在力を、一種の遅延作戦としても保存できるのではないかと思います。

東アジア雑誌会議で、中国社会科学院の孫歌という知識人が言ったことですが、人々はあたかも中国が完成された国民国家のように言うが、事実はそうではなく、実際に中国という国が一体どのようなものであり、将来、どのようなものになるのか、まだわからないということでした。私はその言葉に一理あると思います。もちろん、国際舞台で中国は強力な国民国家として振る舞っていますが、中国内部は昔の帝国や近代的国民国家、その他に確実に規定しにくいさまざまな諸要素の複合体であると思います。実際に中国が、完成された国民国家になるか否かによって、多くのことが変わるでしょうが、私は、東アジア地域の和合と均衡のために、また先生がさきほど、最近、中国が世界のあちこちで行っている巨大な投資活動をめぐって憂慮を表明された、地球的生態の問題の観点からも、中国の完全な国民国家化はきわめて不幸な結果をもたらすだろうと思います。とにかく私は、中国が虎に食われず、尻尾をつかまえて十分に長時間耐えるなら、今後、活用できる複雑な諸要因が中国内部にかなり多く存在すると思います。

ハーヴェイ それはアメリカの場合、少なくとも過去のアメリカの場合にも該当する話ではないでしょうか? アメリカの南部は、奴隷制度の遺産や人種関係の特殊な歴史によって相当な異質性を示しました。アメリカの西部も同様でした。アメリカ内の地域主義はきわめて重要な要因でした。そして最近、経済新聞が展望するのを見ると、中国の巨大なライバルはインドです。インドの賃労働力の規模は中国より急速に成長しています。中国は地政学的次元で人口問題に直面しており、それゆえに経済活動の相当部分をバングラデシュ、ベトナム、カンボジアなどに外注化しています。ですからインドが世界金融体制に編入されるのは、かなり緊張する瞬間です。

したがって、私が無限成長の未来に関して悲観的であるという時は、長期的にそうであるという意味であり、短期的には「虎の尻尾をつかまえて」生き残る地域があるということを否定するわけではありません。それとともに、彼らがつかんでいる虎に相当量のエネルギーを提供したりもしますが、2008年以降、中国が世界資本主義に対して行なったことはそのようなものであると思います。資本主義が世界的に没落するのを中国が実質的に救い出しました。それは中国の政府与党の意図では決してなかったと思いますが、結果的にそうなったと言えるでしょう。今後もずっとそうできるかは誰にもわからないことです。ですから私は、中国の領土論理と資本蓄積の論理の間の関係に注目することを強調し、彼らの領土論理が相当部分、資本蓄積の論理に従属していると考えます。彼らの領土論理を維持することは、資本主義の論理を自らの利益に合わせて管理するかに左右されますが、このことが資本主義全体に利益になるかは簡単に判断できない問題です。インドでも、今、同じことが行なわれています。インドは非常に急速に増加する巨大な人口を持った国です。インドでは明確に、今、非常に悪辣な本原的蓄積の過程が進んでいます。中国でもある程度見られた農民社会の破壊とか……、私たちは未来の資本蓄積が依存できる、これら2つの主な動力資源を保有した世界資本主義を相手にしています。ですが、その動力を勝ち取る過程で、彼ら自らの領土論理と折衝すべきでしょう。ですが、領土論理と資本主義論理の間で、このことがどのように展開するかは、もちろん私にはわかりません。私は2つの論理の展開を見守りながら、その進行において見られる関係の動力を分析し理解しようと思いますが、すでに申し上げたように、これを世界資本主義の観点から分析して理解しようと思います。

 

ともに進む変革への道

白楽晴 ですが、私は、アメリカの地域的な多様性を、中国の多様性と比較することはできないと思うんですが。

ハーヴェイ 今はそうではありませんが、1945年の時点で考えるならば……。

白楽晴 1945年にしても私は違うと思います。かなり簡単ながらも目を引く一例をあげるならば、中国では、さほど遠くない地域の人々の間でも、自らの方言を使えば互いに聞き取れない場合がよくあります。韓少功という非常に立派な中国の作家がいて、何年か前にソウルにきた時、会いました。彼は湖南省出身ですが――ご存知の通り、湖南省は毛沢東の故郷でもあります――文化大革命の時、田舎で下放にあい、同じ湖南省の他の地域に行ったそうです。ですが、そちらの人々の話がまったく聞き取れなかったといいます。そのような形の多様性はアメリカにはありません。アメリカの白人定着民には、そのような地域的・言語的多様性を形成する時間がありませんでした。その点ではインドがさらに検討しうる比較対象です。ですが、中国はとにかく社会主義革命の過程を経ているという点が両国の違いでしょう。真の社会主義社会を作り出したかは疑問ですが、集団的経験の特異な遺産を持ったのです。ですから中国がその遺産をどのように利用するかにも多くのことがかかっています。ロシアとは異なり、中国の指導部は革命の遺産を公式に否認したことはありません。もちろんロシアでもボルシェビキ革命の遺産が完全に消えたとは思いませんが。インドにはまたインドなりの反資本主義的な遺産が豊富にあります。地方政府次元での集団的経験もあります。なので、そのような遺産をどう活用するか見守ってみることです。

ですが、残念ながら、そろそろ私たちの議論を終わらせる時間が近付いてきました。先生のまとめのお話しを聞く前に、私は先生が歴史的・地理的唯物論(historical-geographical materialism)と言われることが、実はクラムシが定義した「良識」(good sense)のことであり 18、先生の訪韓を通じて、韓国社会でそのような良識の活性化に一助されたことに感謝申し上げたいと思います。韓国でそれをできるだけ広く「常識」にする仕事は、私たちの役割でしょう。

ハーヴェイ 私がよく歴史的・地理的唯物論の次元で語る理由の1つは、私たちを1つにつなげ、私たちみなが生きている全地球的な共有地について、少なくとも思考可能にする――マルクスの言語を使うならば――「矛盾的な諸統一性」を無視せず、先生が指摘された、言語的多様性を含む多様性や違いを勘案することが可能になるためです。誰かが私たちの保有した、2つの大きな全地球的な共有地は、土地と言語であると言ったことがありますが、今、私は、他の地に来て、他の言語で考えて仕事をする人々と会話しているのに、疎通が可能なのです。ですから、私はそのような境界を越えて対話する、このような特別な機会をご用意下さったことに感謝申し上げたいと思います。また、先生や創作と批評社、また季刊『創作と批評』誌が、これまで50年間になしとげた重要な業績と貢献に、賛辞を送りたいと思います。

白楽晴 どうもありがとうございます。これで締めくくりたいと思います。

 

(※)この対談は、2016年6月23日、創作と批評社・西橋ビルで行なわれ、『ハンギョレ』2016年7月1日付にその一部が掲載された。英語で進められたこの対話の録音収録は、リサ・キム・デービス(Lisa Kim Davis)が作成し、2人の対談者の確認を経た後、白楽晴名誉編集人が韓国語に翻訳した。©David Harvey・白楽晴/©韓国語版・創作と批評・2016。

(翻訳: 渡辺直紀)

Notes:

  1. デヴィッド・ハーヴェイ「実現の危機と日常生活の変貌」、『創作と批評』2016年秋号。以降、本対談の脚注はすべて初出誌の編集者によるもの。
  2. David Harvey, Rebel Cities, Verso 2013. 韓国語訳はデヴィッド・ハーヴェイ(ハン・サンヨン訳)『反乱の都市』、エイドス、2014。
  3. David Harvey, The Condition of Postmodernity, Blackwell 1989. 韓国語訳は、デヴィッド・ハーヴェイ(ク・ドンフェ・パク・ヨンミン訳)『ポストモダニティの条件』、ハンウル、1994。
  4. David Harvey, Companion to Marx’s Capital, Volume 1, Verso 2010; Companion to Marx’s Capital, Volume 2, Verso, 2013. 韓国語訳は、デヴィッド・ハーヴェイ(カン・シンジュ訳)『デヴィッド・ハーヴェイのマルクス『資本論』講義』、創批、1=2011、2=2016。
  5. 徐進玉「中国「一帯一路」の地政学的経済学」、『創作と批評』、2016年秋号。
  6. これは後に言及されるジョヴァンニ・アリギが提起した概念。G. Arrighi, The Long Twentieth Century: Money, Power, and the Origins of Our Time (1994, 2009), 韓国語訳は『長期20世紀』、グリーンビー、2008参照。
  7. ジョヴァンニ・アリギ(Giovanni Arrighi、1937-2009)イタリア出身の社会学者・経済学者。著書にThe Long Twentieth Century, Chaos and Governance in the Modern World System (with Beverly Silver, 1999), Adam Smith in Beijing (2007). 韓国語訳は『長期20世紀』(ペク・スンウク訳)、『体系論で見る世界史』(チェ・フンジュ訳、モチーフブック2008)、『北京のアダム・スミス』(カン・ジナ訳、キル、2009)などがあり、ジョーンズホプキンス大学教授としてかつてハーヴェイの同僚でもあった。ハーヴェイがインタビューした彼の自伝的回顧談「The Winding Paths of Capital」が、彼の死後、『New Left Review』2009年3-4月号に掲載された。
  8. “The ‘New’ Imperialism,” The Ways of the World, Oxford University Press 2016, p.259
  9. Manuel Castells, The City and the Grassroots, University of California Press, 1983.
  10. “The Nature of Environment,” The Ways of the World, p.206。
  11. マレイ・ブクチン(Murray Bookchin、1921-2006)アメリカの思想家。「社会的生態学」を提起し、個人主義的で非政治的な当代のアメリカの無政府主義者などに反発し、「社会的無政府主義」、「自由論的地方自治主主義」(libertarian municipalism)、および(大文字を使って他の地方自治主義と区別する) Communalismを唱えた。
  12. David Harvey, Spaces of Hope, University of California Press, 2000. 韓国語訳は、デヴィッド・ハーヴェイ(チェ・ビョンド訳)『希望の空間』、ハンウル、2001。
  13. E. P. Thompson, William Morris: Romantic to Revolutionary (Merlin Press, 1955), 改訂版(1976)、著者あとがき参照。韓国語訳は、E・P・トムスン(ユン・ヒョニョン他訳)『ウィリアム・モリス』(全2冊)、ハンギル社、2012。
  14. Paulo Freire, Pedagogy of the Oppressed [1968], tr. Myra Bergman Ramos (1970, 2000). 韓国語訳は、パウロ・フレイレ(ナム・ギョンテ訳)『ペダゴジー――30周年記念版』グリーンビー、2009。
  15. デヴィッド・ハーヴェイ「実現の危機と日常生活の変貌」、『創作と批評』2016年秋号、94頁。
  16. イギリスの国民投票は、この対談の翌日に施行され、イギリスのEU離脱を決めたが、ワークショップでハーヴェイは、このような国民投票をすることになったこと自体が、支配階級の無能を意味するものであり、結果に関係なく、支配階級が事態を統制する能力は大きく弱まるだろうと見通した。
  17. 白楽晴「ふたたび知恵の時代のために」、『韓半島式統一、現在進行形』、創作と批評社、2006、104頁。(日本語訳: 『朝鮮半島の平和と統一』(靑柳純一訳).岩波書店,2008, 150頁)。
  18. さきにハーヴェイが言及したように、クラムシは常識がみないいわけではなく、悪い常識もあるので、本当に必要なことは良識であると言ったことがある。

グローバル的資本主義に挑戦する教育改革の道

2016年 秋号(通卷173号)

特輯_危機の資本主義、転換の契機
グローバル的資本主義に挑戦する教育改革の道

金鍾曄(キム・ゾンヨップ) 韓神大学社会学科教授。著書に『笑いの解釈学』『連帯と熱狂』『時代遺憾』『エミール・デュルケームのために』『左衝右突』、編著に『87年体制論』等がある。

 

1
私たちは現在を生きるが、過去は経験を通じて、未来は期待を媒介にして現在に染み込んでくる。現在は経験と期待が交差する瞬間なのである。経験と期待は相互を条件付けるが、二つの間には間隙が存在する。もし経験が期待を完全に決めるというなら、未来は閉ざされたものになり、その場合、生活は倦怠の持続または出口のない地獄になるであろう 1。反対に未来があまりにも開放的で経験から何の期待も導きだすことができなければ、私たちは不安に陥るであろう。したがって、経験と期待が隙間なく結束された状態や何ら連携もなく分離された状態は良い生活の条件とはいえない。

経験と期待というセット(組)概念で韓国社会を眺めると、一時は経験と期待が発展主義プロジェクトを通じて適切に連携されたが、その潜在力はもう消尽された。ところが、経験と期待を連携する新しい集合的プロジェクトは形成されなかった。その結果、いま私たちは経験-期待関係の崩壊状況にいるという感じと、経験と期待が間隙なく縫い合わせられた状況を同時に体験している 2。例えば、専門職と直接関係のあるいくつかの学科を除けば、大学は就労に関して何も保障しない。いわゆる「名門」大学の学生は期待水準も高く、それが故に挫折可能性も高いが、いま彼らさえ感じる深刻な不安は高い期待水準のためだけではない 3。広く膾炙された「3放」または「5放」世代は、経験と期待の連携が弱くなった時代に期待縮小としての反応を見せる。このような経験-期待関係の崩壊はその逆の形態、すなわち経験と期待の隙間のない結合で体験されたりもする。5放世代論の次に登場した「匙(スプーン)階級論」がその例である。経験が期待を完全に決定し、家計の水準が個人の未来を決定するということである。一緒に登場した「ヘル(Hell)朝鮮」という言葉はこのような状況に対する憤怒の情緒を凝縮している。

事態がなぜこのように進められたかに対してさまざまな議論がある。ある人は「アルファ碁」のような革新的技術による人間労働の追放を論じ 4、ある人は出産力の低下や期待寿命の延長による人口の高齢化を取り上げる。そして、ある人は過去30余年間世界的に進められた新自由主義的反動を論じる。このような分析には一定の妥当性があるものの、韓国社会の現状には正確に当てはまらないようにみえる。機械による人間労働の対峙という資本主義体制の恒常的傾向が新たな水準に高度化される局面に近付いているものの、いまの状況を十分に説明してはいない。先進国全般の人口構造が高齢化しており、韓国の場合、その過程を他のどの国よりも圧縮的に経験しているのが事実である。ところが、それによる深刻な問題も差し迫ることではあるものの、現在の状況を解明するには十分ではない。3つ目の論議が比較的現在をよく説明するが、韓国の状況に当てはめると、より多くの要因を一緒に検討しなければ十分な説得力を持つことは難しい 5

本稿では、現在韓国社会が直面している問題を世界体制論の一環として発展された「世界都市」理論に基づいて分析したい(2節)。このようなアプローチ方法も先に指摘した立場と同様に、様々な限界がある。ところが、問題を他の角度から分析することができ、それによって新しい角度から解決方法を構想する余地がある。そのような構想においてとても重要な鎹が教育であるということが本稿の判断である。したがって、そのような判断に基づき、空間的な再編を念頭に置いた教育改革論を提起してみたい(3節)。続いて結論に代えて、議論された教育改革が作動するための条件、そしてそれが持つより幅広い意味を検討する(4節)。最後に、補論では本稿で提起した教育改革がどのような可能性を持っているかをデヴィッド・ハーヴェイ(David Harvey)の議論、とりわけ彼の「空間的解決(spacial fix)」概念に加えて議論したい。

 

2
安定的な資本蓄積のためには軍事的・政治的保護が必要である。したがって近代資本主義の歴史を、資本が支出した保護費用と結合された領土国家の展開過程と資本自体の蓄積過程とが複雑に絡み合ってきた過程としてとらえることができる 6。ところが、資本主義に対する歴史的理解はもちろん、最近資本主義の作動方式をきちんと検討するためにもアリギ(G. Arrighi)の「資本主義的権力論理と領土主義的権力論理」という二分法的区別を留意して受け入れなければならない。この二分法はやや空間範疇が領土国家とのみ関連しているという印象を与えられるからである。考えてみれば、資本の蓄積も空間と深い関連をもつ。工場という物理的建造環境を必要とする製造業はもちろん、コンピューターネットワークを通じて時空間的制約なしに1日に数兆ドル以上を取引する金融産業も空間的・物理的インフラが必要である。このようなインフラは領土国家より遥かに小さくて凝集力のある都市を通じてより効率的に充足されることができる。したがって、アリギが指摘した資本主義と領土主義の関係は空間的水準では「世界都市」(より正確には世界都市ネットワーク)と国民国家間の関係としてとらえることができる。

もしある都市が世界的規模の資本蓄積の中心地、すなわち世界都市の役割をすれば、どのような企業が集結するか推論することはそれほど難しくない。多国籍生産資本のヘッドクォーターが入り、生産資本を支援するだけではなく、多様な蓄積メカニズムを稼働する大型金融会社が集まるであろう。また、このすべてを支援する生産者サービス会社(大規模の会計法人、不動産会社、国際的法律事務所、デザインと広告専門会社、システムソリューションを提供する電算サービス会社等)が凝集するであろう。そして、そこに雇用された人口を支援する消費者サービス提供業者(居住用アパートと事務ビル管理会社、そしてクリーニング、駐車管理員、レストラン、宅配会社、バス会社、自営業タクシー等にいたるまで)が集まるであろう。もし大型金融と産業的ヘッドクォーターが高い利潤率を持つのであれば、それを運営し、所有したグローバル的ブルジョアと彼らを支援するテクノクラートのために、都市は高い水準の医療及び教育施設を具備し、その隣に大学と研究所はもちろん、劇場や博物館も入るだろう。そのような施設に研究者や学生、楽団や舞踊団が集まり、ストリート楽師や肖像画家も加わるであろう。ボヘミアン的生活様式を持つ芸術家居住地域も現れるであろう。そしてすべての集団の隙間には単純労務人材が入って活動するであろう。このような過程はブローデル(F. Braudel)が言った「展望の相互性」、すなわち相手が自身を必要とするだろうという期待の相互性によって自己組織的に行われる。それによって、やはりブローデルが言ったように、都市は一種の「変圧器」のように作動する 7。周辺から必要な資源を吸収し、内部を膨大なエネルギーで充電するのである。

このような世界都市と国家間の権力関係は変動し続けてきた。ヨーロッパ中世の自由都市は、封建領主と封建国家から自由を争奪するが、近代に入ってから都市は国民国家に服属された 8。ところが、今日のように資本の多国籍化と金融化が大きく進展したグローバリゼーションの状況においては、世界都市の権力が国民国家を圧倒していくということができる。

そうであれば、ソウルはこのような世界都市の中でどの程度の位相を持つのであろうか。もちろんソウルはニューヨークやロンドンのような最上位の世界都市になれないだけではなく、東アジアにおいても上海、東京、シンガポール、香港のような世界都市に及んでいない。会計法人や銀行業の分布を中心に世界都市を分析してきたピーター・テイラー(Peter J. Taylor)は、私たちの経験に符合するように、ソウルを「ベータ−世界都市(β-World City)」、すなわち中位世界都市に分類する 9。中位世界都市が所在する国の場合、産業的・金融的能力の限界のため、一つくらいの世界都市のみが形成可能な場合が多い。その場合も、その国家の政治的首都と結合することによってのみ、世界都市の水準にいたる場合が大半である。おそらくメキシコシティー、ブエノスアイレス、バンコクまたはイスタンブールがソウルと類似した場合であろう。

ところが、このような中位世界都市は首位の世界都市と違う特徴を持つ。中心部の国家では大都市順位と人口規模の間に逆比例関係が貫徹される。これらの国家では二番目に大きい大都市の人口が最も大きい大都市人口の半分になり、三番目に大きい都市の人口は3分の1になる 10。しかし、中位の世界都市は中心部の世界都市と違って、そこに属する国家の他の都市を完全に圧倒する。一般的に世界都市への成長は国家の財政能力を超過する社会的費用を発生させる方だが 11、中位の世界都市はそこからより進んで当該国家周辺部の資源を大量に吸収し、搾取し、その中で世界都市の地位を維持する場合が多い。世界都市研究の焦点はやはり首位の世界都市であるため、中位の世界都市が自身の属する国民国家に対してどれくらい搾取的であるか、またはどのような契機によってそのような傾向が強くなるのかを扱った国際的比較研究はあまりない。ところが、少なくとも韓国に対する調査は、ソウルと首都圏が残りの地域から1年間政府総予算の2倍をはるかに超える約854兆ウォンを吸い取っていることを明らかにしている。

 

<図4.5>域外所得の流出入の累積規模と空間的流れ(2000-14年) 12
(単位:2010年不変価額基準)

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資料:統計庁(http://kosis.kr)

(注)
1.8広域道は忠清南道・北道、全羅南道・北道、慶尚南道・北道、江原道、済州道。
4広域市は釜山、大邱、光州、大田。そして2広域市は蔚山と仁川をいう。
2.2014年の数値は暫定値である。
3.世宗市は忠清南道に含む。

金融危機(1997年)以後、韓国経済の新自由主義化による社会経済的二極化を言う人々が多い。張夏成が引用した世界上位所得データベース(WTID)によると、韓国の個人上位10%の所得集中度は1995年29.2%から2012年44.9%に上昇した 13。国税庁の相続税資料を通じて、富の蓄積において相続分が寄与した程度を測定した金洛年によると、その比重は1980〜90年代には27~29%であったが、2000年代になると42%に上昇する 14。このような経済的二極化は空間的にはソウルを核とする中心・周辺の分化が強力に行われることとして現れ 15、社会的には上層パワーエリート集団のネットワークがますます密接となり、閉鎖性を帯びるようになる。いわゆる「江南」という地域として簡潔に表象される上層パワーエリート集団の構成要素を、人と組織をかき混ぜてランダムに選ぶとしたら、特殊目的高校(自律型私立高校)、ソウル所在の「名門」大学と私学財団、財閥の大手企業、公共部門の高位従事者、金融エリート、高位公務員、裁判官・検事や弁護士、大型会計法人関係者、大型病院、ビル所有者、保守言論、大型教会等であろう。複雑に絡み合ったネットワークの効果によって、彼らは国民的利害関心から遠ざかり、ますます非常に狭小な階級利益を耽溺する方向へ進んでいる。

実際そのようなことは、世界都市としてのソウルを主導する上層階級の集団力学とハビトゥスと結び付いたものではあるが、世界都市と国民国家の間の利害衝突という構造的問題から始まる面も多い。例えば、財閥の大手企業が韓国の高等教育に対してどのような利害関心を持つか考えてみよう。2015年、500大大手企業の公開採用人数は約2万2千名であった。この程度の数はソウル所在の上位10大学の定員にも及ばない。それが意味するのは、財閥の大手企業が関心を持つのはいくつかの名門大学で教育を受けた人たちの職業的能力とイデオロギー的服従態勢だけであり、韓国高等教育全般の発展ではないということである。韓国社会の大資本は他の領域でもそうであるが、このように教育に対しても国民的利益と乖離した集団である。

そうだとしても資本は、民主的に選出された政府が国民的利害関心に基づいて施行する政策的制裁を簡単に避けることはできない。しかし、国際的であれ、国内的であれ、資本が国民国家を圧倒する権力を獲得していくことによって、そのような制裁は力を失ってきた。その理由の一部は過去数十年間進んできた新自由主義的グローバル化が強制した脱規制傾向にある。ところが、このように比較的グローバル的に脱規制が行われたという事実より、そのような脱規制が貫徹される内部脈絡とパターンに注目する必要がある。その中で非常に重要なことが、中央政府の高位公務員が退職後、財閥の大手企業や法律事務所の諮問ないし顧問のような職に就労し、彼らがあとで政府の選出職公務員になったりもする一種の回転ドア構造が形成されたことである 16。このような過程を経て、中央政府の官僚が国民国家的忠誠心を持たず、官僚的自己利益の追求という経路によって、上層支配ブロックと融合するようになれば、国民国家は「国民的国家」でなくなるのである 17。1980年代従属理論が輸入された際、グンダー・フランク(A. Gunder Frank)が『低開発の発展』で提示した「グローバル化したブルジョアとルンペンプロレタリアート」の対立構図は韓国の現実にまったく合わなかった。ところが、いま中位の世界都市であるソウルから見える社会的風景はそれにとても近付いている 18

このような過程は韓国社会で起るさまざまな病理現象にも光を当てる。例えば、大学生たちの差別意識を見てみよう。オ・チャンホは『私たちは差別に賛成します:怪物になった20代の自画像』(蓋馬高原、2013)において大学生たちの差別意識を猛烈に批判した。ところが、彼の著書が無意味になるくらい、差別意識はより酷くなった。代表的な例として、最近大学生の一部は自身の学校や学科名を大きく名入れをしたジャンパーを着るだけではなく、さらに進んで出身高校の名称までジャンパーに名入れをしている。このような差別意識は中心・周辺の分化が強まったから生じた現象である。中心・周辺の分化が深刻になると、中心内でも再び中心・周辺の分化が重なる。そうなると、中心にいる時も、そこが中心の周辺になるかもしれないという不安が生じる。このような不安は自身が中心に留まっていることを絶えず確認しようとする強迫を生み、周辺に追い出されず、より深い中心に入り込もうとする動因を強化する。このように中心・周辺の再分化が繰り返されると、中心・周辺がより深い中心から周辺の周辺に同心円的に繰り広げられ、それだけ位階的な構造と類似化していく。

強力な中心・周辺の分化は不動産投機や地代の追求も深刻な問題にさせる。低金利と関係があるからでもあり、すべてがそうである訳でもないが、家計負債1,100兆ウォンの相当の部分は中心・周辺の分化があまりにも強力すぎて生じた不動産バブルと関連のあるものである。あまりにも高騰したソウルと首都圏の不動産価額のために「賃貸事業者が夢である国」という言葉はもはや冷笑を超え、実際夢を表現する言葉になりつつある。おそらくそれをよく見せているのが、三成洞にある韓国電力の敷地をめぐって、サムスン電子と現代車グループとが競争し、結局現代車グループが鑑定価額の3倍を超える10兆5,500億ウォンで落札されたことである。それぞれ電子産業と自動車産業を主力とする財閥の大手企業さえ賃貸事業に対する欲望によって浮かれているが、このような欲望の土台は中位の世界都市としてのソウルであり、その欲望を実現するための土台は、ソウルがその地位を維持することなのである。

このような状況において私たちに必要なのは、国民国家が「国民的」であることを要求すること、すべての住民を同等に待遇し、彼らの福祉を均等に向上させようとする価値志向性を政府内に深く刻み込むことである。国民国家の抑圧性を解体するために努力してきた人々にとっては、国民国家が国民的であることを要求しようとする主張が当惑に感じられる可能性もある。このような企画よりはグローバル・ガバナンスをより好むのが左派文化である。とくに、ヨーロッパの左派がグローバル・ガバナンスを追求してきたが(これがジェラミー・コービン(Jeremy Corbyn)のような人が、ブレシット(Brexit)に当面して中途半端な立場を取った理由であろう)、それはともかく彼らにはより民主的なEU、「社会的EU」という目標が残っている。ところが、私たちが属した東アジアであればどうだろうか?ここでは地理的配置と政治軍事的構図自体がそのような方式のモデルを想定できなくする。連動する東アジアの域内平和のために下からの交流と市民的ガバナンスの追求が必要ではあるものの、依然として核心は国民国家の間の平和的関係である。したがって、国民国家を国民化しようとする試みが必要だと主張するのは、国民国家に先験的にある良い点があるから、もしくは一時存在していた良かった過去に対する回顧的志向のためではない。それが現実的に可能な経路であるため、国民国家を改革し、改造しなければならない 19。さらに、南北が分断され、国民国家自体に到達できなかった朝鮮半島の状況において南北がともに生きる「国民的」国家または政治共同体を形成しようとする努力自体が朝鮮半島住民の生活を改善し、東アジア域内の平和に寄与するといえる。

さらに、国民国家モデル自体に含まれている一定の肯定性も注目する必要がある。ヴェストファーレン条約(1648)を契機に西欧が創案した主権国家体制は国家間の同等性と同等待遇という規範を樹立したが、近代国民国家体制はその規範を継承している。実際現存する国民国家は決して対等な存在ではない。国民国家間の同等性とは、像と牛とネズミが哺乳類という点において同等だという話と何ら変わらない。ところが、国民国家体制において国家は相互がまるで同等な「もののように」行動する。この際、「まるでそうであるかのように」という仮想的態度は意外と重要である。日常的に私たちは人間が平等であるという。その際の平等は事実的判断ではない。平等は様々な差異や優劣を無視し、すべてを「まるで平等な存在であるかのように」待遇することにした決定であり、かつ決断の産物である。これは本質的に政治的決定・決断であり、主権的な国民国家の体制にも同一の類型の決定・決断から流れてくる規範的力が働いている。

国民国家は対内的にも市民権者を平等に待遇せよという規範的要求に対して開かれている。経験レベルにおいて国民国家内には多様な差別が現存する。ところが、差別を受けた少数者集団が社会的に平等を主張するだけではなく、国家に対して平等な措置を「要求」することができるのは、彼らが民主的憲政に基づいた国民国家の市民だからである。国民国家は深刻な正当性の弱化を甘受することでなければ、その要求に反応せざるを得ない。もちろん国民と同様に難民が一般的経験になる世界において、私たちは国民国家の限界を乗り越えるために、そして普遍的人権を保障する方向へ国民国家を導くために努力しなければならない。ところが、世界都市のグローバル化したブルジョアにハイジャックされた都市国家と、市民のすべてを同等に待遇し、彼らの民主主義から正当性を導きだす国民的国家の間でどちらを選択するかは自明であるといえる 20

 


社会的病理はバランスの悪さによって発生する場合が多い。ところが、バランスの状態は、社会行為者たちが個別には別に行動しがたい状態を意味するため、悪いといっても抜け出すのが難しい。中心・周辺の分化は中心を志向することを最適の行動につくるため、すべてそれに没頭し、それによって中心の権力が強化される分化が持続される。それが非常に強く行われて位階として固着されると、一段階下にいる者はまた他の誰かの一段階上にいる、すべてが位階の被害者であると同時に、加害者の状況になる。このような状況ではそこから抜け出そうとする個別の努力は失敗しかねない。それ故、悪いバランスに留まっている現在の社会状態を他の方向に導くためには、すでに存在する様々な要素または企画を新たに組み合わせて、それに凝集された力を与えると同時に、社会成員の自己組織的活動を接続させる戦略が必要である。

したがって、いま私たちが目標にしたように、中位世界都市のソウルの支配力が惹き起こした病理現象の治癒のためにも、ソウルと首都圏の中心性を弱化させようとしたこれまでの試みとその成果を検討する必要がある。まず検討すべきことは、参与政府が推進した地域均衡発展戦略、とりわけその企画の中心にあった首都移転計画といえよう。このプロジェクトは紆余曲折が多かったが、公共機関の地方移転、そして「行政首都」の世宗市を結果として残した。首都圏中心性の解体を目標として掲げてはいないものの、少なくともその相当な弱化を含み込んだ既存の試みとして「国立大学統合ネットワーク案(以下、国立大学統合案)」がある。この論議は参与政府と連携されたことではなかったが、参与政府時期に提起された。康俊晩の『ソウル大学の国』(蓋馬高原、1996)が出版されて以後、学閥主義と大学序列体制に対する批判が活性化され、進歩的な学者たちはソウル大学の解体と大学平準化を主張し、張会翼教授をはじめとするソウル大学教授20人は「ソウル大学学部課程の開放案」を打ち出したりもしたが、国立大学統合案はこのような雰囲気の中でまとめられたものである。この案は、制度的結果をつくることはできなかったものの、進歩政党らはもちろん、18代大統領選挙を控えて、統合民主党が教育改革方案として真摯に検討したりもしており、依然として韓国社会の進歩改革陣営が大学序列主義に挑戦しながら打ち出した案の中で最も具体性の高いものとして残っている 21

本稿で論じたいのは、相違の脈絡から提起され、別途に進められた参与政府の首都移転プロジェクトと国立大学統合案との結合である。筆者は、二つのプロジェクトが結合されれば、それは、中位の世界都市であるソウルが惹起した病理現象を克服する手がかりになれると思われる。ソウルと首都圏の権力を弱化させるためには単にそれが持つ政治経済的権力を弱化させること以上の企画、イデオロギー的で文化的な企画が必要である。ソウルと首都圏の力そのものが政治経済的中心のみならず、大衆も暗々裏に同意するあるイデオロギーに裏付けられているからである。韓国社会において大衆の服従体制を簡単に導き出す最も強力なイデオロギーの一つが能力主義(meritocracy)であり、その中心には大学序列体制がある。毎年の冬に数十万人の受験生が同じ日時に数年間の努力をすべて注ぎながら大学修学能力試験を受けるが、まさにその形式自体が能力主義イデオロギーを強化する巨大な「セレモニー」といっても過言ではない。

過去数十年間国民的アイデンティティーの中に固着した能力主義の威力は微塵も弱まらず、むしろより強まった。能力主義を裏付けるソウル中心の大学序列体制がより頑固で強固になり、「SKY西成漢中慶外市建東弘国崇世檀……」のような酷い序列化がはばかりなく公論の場で行われている状況である。そのようになった理由は、大学入試競争が激しくなり、韓国の若者の大半が犠牲されたと感じており、さらにその犠牲は精密に差分的に補償されなければならないという心理に陥っており、その補償体系を攪乱するすべてのことに対して恨み(resentiment)感情を感じるからである。ところが、まさにこのような心理がいわゆる「名門大学」出身で構成される中心部のエリート集団に対する社会的正当性を高めるものなのである。したがって、中心・周辺の分化を弱化させようとする戦略は、中心の正当性の重要な土台になる大学序列体制に挑戦する企画を含まなければならない。

参与政府の首都移転企画と国立大学統合案とを結合しなければならないと思うもう一つの理由は、二つの企画が現在当初の意図を実現する道を失い、漂流しているからである。参与政府が試みた新しい首都建設は当時野党のセヌリ党の反対、そして憲法裁判所の奇異な判決によって行政首都に格下げされており、李明博政権はそれすら「特別経済都市」に転換しようとした。ところが、当時朴槿惠議員の大統領選挙戦略のために行政都市案が維持され、9部2処2庁が移り、現在に至っている。このような世宗市がどのような位相と発展方向を持っているか、それが韓国社会全体においてどのような社会経済的、そして空間的位相を持つかは非常に不透明な状態にある。

世宗市がどのような発展経路を取ることができるかを推測するために、最近論難になった二種類の事実を検討しよう。一つは、今度の11月に早期開通を控えている水西発KTXとソウル〜世宗市間の高速道路建設計画の発表である。ソウルと世宗市間の交通連携を強化しようとする、このような試みの裏には首都の部分移転によって業務・居住・家族生活が不便になってしまった公務員がいる。しかし、もしもこのような方向に発展が強化されれば、世宗市はソウル・首都圏の都市回廊に吸収され、首都圏の拡張にのみ寄与するようになるであろう。

もう一つは、改憲を通じて首都を世宗市に完全移転しようと言った京畿道知事・南景弼の発言 22と、世宗市に国会の分院を設置しようと言った李海瓚の国会法改正案の発議 23である。彼らの発言は、世宗市が政治的な動機によって続けてより多くの政府機関や公共機関を誘致し、成長できるということを示している 24

この二つの事実を組み合わせてみると、世宗市はソウルの下位パートナーになることもでき、政治的・行政的レベルにおいてソウルに匹敵する権力を持つ中心地として成長する潜在力も持っているものの、いずれも空間的には首都圏回廊に編入された形態になる可能性が高くみえる。ソウルの中心性を弱化させるために始まったプロジェクトがいろいろな経路を経て、ソウルと首都圏の拡張に帰結される状況に置かれたのである。

国立大学統合案の場合も提案される時とは状況が大きく変わり、それの持つ意味が多く薄れた状態である。法学や薬学の専門大学院設置をはじめ、様々な変化があったが、その中でも最も核心的なのはソウル大学の法人化である。国立大学統合案はソウル大学廃止論や大学標準化論からインスピレーションを受けており、それゆえソウル大学を国立大学ネットワーク内に放り込んでソウル大学学部生の募集を廃止することを主張した。しかし、ソウル大学が2011年法人化され、国立大学の範疇から外れてしまったのである。ソウル大学を依然として国立大学統合ネットワーク内に入れられると主張する人々もいるが、ソウル大学が国立大学だった時もできなかったことを法人化されてから行うことは難しい。国立大学統合案も構想そのものを再点検しなければならない状況に置かれたのである。

このように当初の意図から離れ、漂流したり、変わった状況を前にして道を探せてない二つのプログラムを組み合わせれば、それが置かれた制約から抜け出せるだけではなく、ある面においては肯定的契機に転換することができる。この点を明らかにするために、国立大学統合案が置かれた制約を再び検討してみよう。国立大学統合案が初めて発表された時、それが幅広い反響を呼び起こした理由は、大学序列体制の頂点に立っているソウル大学の権力を弱化させることができる合理的方法を提示したからである。ところが、まさにそうであるがゆえに国立大学統合案はソウル大学廃止案として認識され、その分強い社会的抵抗にぶつかった 25。いまやソウル大学の法人化はそのような抵抗の土台をより強化するだけではなく、むしろ他の国立大学が法人化の圧迫を受ける状態になってしまった。

しかし、発想を転換すれば、このような状況は制約ではなく、機会になり得る。すなわち、ソウル大学が国立大学統合ネットワークから遠く逃げた状況を「喜び」ながら、ソウル大学を「外した」国立大学統合ネットワークを構想することである。すなわち、ソウル大学法人化を「国立大学体制の死滅を告知する弔鐘というより、国立大学統合ネットワークへ導くカーペット」 26にすることである。実際、ソウル大学を外してしまえば、国立大学統合ネットワークは大きな制度的障害や政治的障害なくスムーズに構成されることができる。

しかし、現在の状況ではそのようにして形成された統合ネットワークがどれくらい大学序列体制を緩和し、ソウルと首都圏の中心性を弱化させることができるかは疑問である。国立大学統合案が提出されてから首都圏大学に比べて地方大学の地位はより下がり、いわゆるソウル所在の名門大学に比べて拠点国立大学の地位はもっと落ちた。国立大学統合ネットワークをこれまで構想されたものより、いっそう統合力の強い水準に発展させることによって、質的により優れた教育機関になる道を探る必要がある。世宗市はそのための良い土台になり得る。

国立大学統合ネットワークの統合度が本当に高まって教授と学生たちが自由に交流し、それによっていっそう水準の高い教育と研究が行われる方向へ進むためには、空間的凝集力が必要である。世宗市はそのための良い立地条件を持っている。この点は、国立大学の全国的配置を見れば明らかである。中央政府は1996年大学設立準則主義に基づき、大学設立を放置する際も首都圏への人口集中を防ぐために首都圏における大学設立や定員の増加は抑制しており、首都圏での国立大学の増設も極めて制限的であった。その結果、世宗市より北側、とりわけ首都圏にある国立大学はその数が少ない。法人化されたソウル大学と仁川大学を除けば、ソウル科学技術大学と韓京大学、韓国芸術総合大学と韓国体育大学、そして教育大学2校程度である。したがって、世宗市を中心に首都圏外の国立大学約40校間の統合ネットワークをつくる場合 27、世宗市はソウル及び首都圏外の国民と緊密につながる教育的中心を形成することができる。

世宗市は、近くに大きな規模の大学をもつ3つの都市に囲まれている。東側には忠北大学が所在する清州市があり、西側には公州大学のある公州市、南側には忠南大学と韓国科学技術院(KAIST)のある大田広域市がある。世宗市はこの3つの都市をつなげるハブになり得る位置にある。そして清州市は春川、原州、江陵所在の大学をつなげ、公州市は全州と光州、そして木浦所在の大学を組織し、大田広域市は忠南地域と慶尚南・北道の大学を連携する3つの2次ハブになり得る。江原道方面のネットワークのためには東西鉄道網を補充すべきだが、世宗市が中心になるネットワークの空間的摩擦係数はそれほど高くなく、それゆえ実際的な人的交流が活性化できるのである。

世宗市に国立大学統合ネットワーク本部を設置し、そこを中心にネットワークを構成していくことは、世宗市の発展方向においても重要な意味を持つ。それによって、世宗市がソウルと首都圏ではなく、非首都圏と連携性を高める方向に発展することができるからである。例えば、新しい鉄道や高速道路の建設も今とは違う空間的便益を中心に置いて構想するようになるであろう。このような発展方向こそ、世宗市が当初の設立意図に近い機能を果たし、韓国社会において意味のある空間的地位を獲得する道ということができる。

このようなプロジェクトが意図するのは、ソウルを核とする中心・周辺の分化が惹き起こす多くの病理現象を、非首都圏を代弁するもう一つの中心を形成することによって緩和することなのである。このような意図に対して、もう一つの中心形成にすぎないと批判することはできる。しかし、一つの中心がすべての社会的資源を吸収する同心円的社会より2つの中心によって描かれる楕円の社会がよりいっそう力動的であろう。実際、高等教育の発展側面から見たとき、このような程度の空間的凝集力、そして行政首都によって支えられる社会的権力を持つ国立大学統合ネットワークでないと、ソウル所在の「名門」大学が緊張するほどの教育や研究力量を形成することはできない。その場合、私たちはソウル大学を廃止し、またはソウル所在の名門大学を弱化させるのではなく、彼らが序列体制に安住できないようにすることができるが、それは決してソウルと首都圏の弱化ではなく、様々なレベルで健康を回復する過程になるであろう 28。そして、そのようになった状態は高等教育の質的向上のみならず、大学入試に向けた競争も大きく緩和する効果を持つであろう。

 


チョン・ジンサンが国立大学統合ネットワークを提案しながら、非常に細々とした制度的模型を提示したことに対して、本稿はそうではない。ところが、社会改革プログラムの場合、あり得るすべての可能性に対応する準備が必ずしも成功を保証するのではない。むしろプログラムの意図しない結果を念頭に置く開放性、そして個別行為者の自己組織的活動を鼓舞する方法がより重要である。国立大学統合ネットワークが発展すれば、それがネットワークを超える統合性を持つこともあり得る。例えば、様々な国立大学に設置された同一学科や大学院が統合されたり、相違の学科が融合されることもあり得る。一つの分科学問が学生たちに十分な教育プログラムを提供し、大学院生との研究を進めるためには一定の規模が必要であるため、そのような作業が必要になる可能性がある。その場合、どのような統合や融合方法が望ましいかは学問別状況、ネットワークに属した国立大学それぞれの事情、物理的資産の分布や学生たちの選好分布、そして教授の意欲とシナージ効果等、非常に複雑でこだわりのある要素を考慮しなければ決めることはできないであろう 。これらを予め制度的に構想することはほぼ不可能である。むしろ長い進化の過程を設定することが必要である。そしてこのような国立大学ネットワークに私立大学をどのように繋げて連携するか、その場合私立大学の支配構造をより公営的な形態に導く方法は何かを構想することも大学の自己組織力量にもう少し任せる必要がある。

もちろんその際も政策レベルでは大きな方向を設定し、そのための補償体系をつくっていくことは必要である。そして必要であれば、資源を配分して管理し、調整し、支援する組織がつくられなければならない。そのためには(仮称)「国家高等研究・教育委員会」のようなものを考えてみることができる 29

しかし、ここで議論されたことの実現可能性は、それが公論場でどれくらい説得力をもって受け入れられるか、主要政党やその政党の大統領候補の公約とつながり得るか、そして大衆がどのような政治的選択をするかにかかっている問題である。国立大学統合ネットワーク、それも世宗市を核とするネットワークの形成は、大学の自発的組織化に任せては実現可能性がないからである。大学の自己組織化の力量は、一旦それに向けた政治的・法的経路が開かれてから発揮できる性質のものである 30

おそらく一角では、これまでの議論に対してより重要な「当面」問題、すなわち出産力の低下による学齢人口の急減という危機状況に対応するための大学構造調整問題を見落としていると批判することができる。しかし、16万人の大学定員割れが生じたことを受け、定員1千人の大学100校が閉校寸前だという言い方で助長された危機は、典型的な「ニセ事件(pseudo event)」である。学齢人口の減少がそれくらい深刻な問題であったならば、彼らが大学入学年齢になる前にすでに幼稚園や小・中等学校が焦土化されなければならなかった。しかし、そのようなことは起きなかったのである。その代わりに起きたことは、政府が膨大な財政を投入して教師採用を増やさなかったのにかかわらず、小・中等学校において教師対生徒の比率が急速に改善されたということだけである。例えば、2000年代初、韓国の小学校における教師対生徒の比率は約1対28だったが、2015年には1対15になることによって、OECDの平均水準になった。このようなことが大学でも可能であり、そのようになってはじめて教授1名当たりの学生数が28名を超える韓国大学の教育も改善されるであろう 31。そのような方向に進んでいくために必要なのは、政府の財政投入の意志であり、それを決定するのは社会成員の政治的選択である 32

制約を新たな経路の踏み台にしようとする態度を堅持すれば、ここで議論された空間戦略はより拡張された意味を獲得することもできる。これまでの議論は、中位世界都市のソウルを核とする中心・周辺の分化が国民国家の頽落をもたらすことを防ぎ、それによって地球資本主義が惹き起こす深刻な不平等が韓国社会に深く貫徹することを阻止するためでもある。同じ線上で韓国社会が解決しなければならない中心問題は、資本主義世界体制の地政学的分裂構図とつながる分断問題である。国民国家が国民的であることを要求する闘争は、韓国の場合、分断克服の努力につながざるを得ない。その制度的具現形態は、まずは国家連合の設立のようなものといえよう 33。その際、韓国はどのような朝鮮半島の空間戦略を持つことができるだろうか。おそらく平壌市と世宗市が南北連合の二元的な政治的中心地になる代わりに、ソウルは政治的負担を減らし、経済的・文化的世界都市としての役割を果たすモデルから、ソウルが首都になり、平壌市と世宗市はそれぞれ議会が定着し、総理が統治する南北それぞれの行政首都になることにいたるまで多様な構想が可能であろう。どちらと近い経路に接近していくかは南北連合の行路がどうであるかにかかっている。どの方向への進化が起きても、そのためにはすでに南北社会が2つの心性を通じてつくられた楕円型の力動性を備えていなければならない。それができない場合、たとえ南北が平和な統合に向けて進むとしても、より大きな規模の中心・周辺の分化がソウルを中心に起きることに帰結され、それによって空間的・社会経済的アンバランスが朝鮮半島全体に拡散されてしまう可能性もある。したがって、世宗市を中心とした国立大学統合ネットワークをつくっていく作業は、単純な教育改革を超える社会的ビジョンを内包しているといえる。

 

補論:空間的解決から教育的解決へ

これまで議論した高等教育改革論議が、資本主義的蓄積とそれが惹き起こす社会的不平等、そして生態的危機に対してどのような意味を持てるかについて少し検討したい。通常教育改革を議論する人々は、それ自体良いことのように話す。本稿で提起した教育改革も空間的戦略の部分を除けば、良い教育制度をつくることが社会や個人の発展に望ましいことであることを前提する。ところが、脱学校社会論者らのように教室で十数年勉強することを良い生き方として受け入れない人々も多い。必ずしも脱学校社会論者でなくても、教育が能力主義イデオロギーの回路の中に人々を追い込んだ結果を良いこととしては見がたい。教育が地位獲得競争の一環になると、人々は他人より一段階上の教育を受けようとし、その結果は教育膨張として表れる。このようになると、人々はまるで前の舞台を見るためにすべての人が立ち上がり、ついにはつま先立ちをするようになるが、誰も舞台をきちんと見ることができない場合に等しい状況に置かれるようになるのである。

このような視点から見れば、教育において起きる出来事をデヴィッド・ハーヴェイが言った「空間的解決」の機能的等価物としてとらえることができる。ハーヴェイは、剰余価値を追求する資本家が休まず生産した剰余生産物を吸収するために、資本主義が「空間的解決」を追求してきたという。このような空間的解決の代表的な事例として、彼は19世紀半ばオスマン(G. Haussmann)男爵のパリ大改造、20世紀半ばロバート・モーゼス(Robert Moses)のニューヨーク大都市圏再開発、そして莫大な生態的問題を内包している21世紀中国の大規模都市開発事業を提示する 34。おそらく韓国社会の経験で言えば、22兆ウォンを投じた4大江事業を思い浮かべるであろう。

教育が膨張する過程も剰余資本と労働を吸収する過程である。したがって空間的解決に当てつけて、このような過程を教育的解決(educational fix)と呼ぶことができる。教育的解決は教師と生徒の社会的相互作用をもとにするという点から一般的に言って社会的解決(social fix)の一種ということができる。この教育的解決は一見すると都市建設や土木事業のような空間的解決より小さい規模に見えるが、決してそうではない。平均教育年限が15年を超えるOECD国家が見せてくれるように、学校生活は全人口の生涯周期において重要な部分を占める。

しかし、綿密に検討してみると、二つの間には重要な差異がある。まず生態的な面において違う。教育も空間的解決のように物理的建造環境を必要とする。ところが、それが必要とする水準は都市空間の建造とは比べられない程度に低い。教育の核心は教師と生徒の相互作用であるため、より良い施設が役には立っても良い教育は保証しない。教育において最も大きい支出要因は教師の賃金である。このような点を考慮する際、教育的解決は生態学的な面においていっそう望ましいアプローチ法なのである。

資本蓄積に関連しても両者は違う。資本主義的な空間開発の最終目的は利潤と資本蓄積である。ところが、教育は営利的に運営される場合がなくはないが、基本的に非営利を前提とする。学校は、国公立はもちろんのこと、私立の場合も利潤を追求せず(できず)、発生した剰余金は積み立てたり、教育の規模や質を改善したり、構成員の福祉のために配分するだけである 35。ある意味、学校は公益法人によって運営される病院とともに資本主義社会内に存在する最も膨大な規模の非資本主義的な組織ということができる。

このような非資本主義的組織は、評価や補償において利潤原理に依拠しない場合が多い。実際資本主義体制内でもより多くの賃金よりは名誉や労働時間に対する自己統制の増大のようなことを補償として求める人々の数が決して少なくない。このようなことは些細なことのように見えるが、資本主義体制を克服するビジョンの用意に重要な意義を持つ。もちろんこのような組織は資本主義社会内で運営される限り、二重課題を負う。貨幣補償と市場動向に対する敏感性を維持しなければならず、何より効率的でなければならない。しかし、それは難しいものの、不可能なことではない。それに関連して、イマニュエル・ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)は次のように言う。「すべての経済構造が非営利的なことであり、非国家的統制が可能なだけではなく、広く使われたりもすると仮定してみよう。私たちはこのような体制をすでに数世紀間、いわゆる非営利病院を通じて目撃してきた。果たして彼らが私立や国営病院に比べて非能率的で、医学的にも能力が低いところとして悪名が高いだろうか?私の知る限りまったくそうでない。実際にはその反対でありがちである。なぜこのような状況が病院にのみ局限されなければならないのか」 36。当然学校をはじめ、多様な生活の領域においてそれが適用され得る。

再びデヴィッド・ハーヴェイの論議に戻ってみよう。ハーヴェイは、ヘーゲルの用語を借りて空間的解決に基づいた資本蓄積が一種の「悪無限(bad infinity)」の性格を帯びるという。資本の拡大再生産と複率成長は人間の生活全体を統制不能状態に追い込み、生態学的に災いを生じさせるということである。そう言いながら、「善無限(good infinity)」に基づいた単純再生産を追求しなければならないと述べる 37。ところが、このような単純再生産のためには生活のある過剰を取り出すが、それを剰余価値の蓄積に活用しない生活の様式がなければならない。ハーヴェイは、それがどのようなものなのか、またどのように可能なのかについて明瞭に語らなかった。ところが、教育的解決をはじめとした多様な社会的解決を模索することによって、私たちはハーヴェイの言い方の空間的解決とは違う道を模索することができる。ハーヴェイ自身も資本主導のジェントリフィケーションに挑む多様な活動家たちを支援しようとし、その趣旨から「都市に対する権利(right to the city)」を主張したが、それは空間的解決の水準においても「螺旋型的に成長する」資本蓄積とは異なる可能性を拓いていけることを意味する。したがって、そもそも空間的解決であれ、社会的解決であれ、そのすべてのアンビバレンス(両価性)または二重課題性に注目しなければならないのである。

現体制の習慣に慣れている人であれば、教育的解決が資本主義体制の克服のための二重課題の焦点になれるという論議に対して、次のように言うことができる。「もちろん教育は天国と近いところで行われ得る。それは、自然に対する知的好奇心の充足のためのことになることができ、教養や品格の高い人間になるためのことになることができ、例えば、唐詩を引用できる豊かな社交的対話のためのことになることができ、自身が生きる現代社会の複雑な条件に対してより洞察力のある知識を獲得する過程になることができる。そしてそのようなすべての活動と成果に対して、私たちは相互を尊重し、尊敬する形で反応し、喜ぶことができる。しかし、選抜や評価はその裏面の地獄である。複雑な現代の産業的状況において「古い」人文主義的発想によって教育問題を解決しようとする試みは素朴なことにすぎないのである。

そのような人々にとっては、教育と産業をつなげようとする試みを避ける必要はないが、両者をタイトに結び付けようとする(coupling)すべての試みは、むしろもっと大きな損失をもたらすということを想起させたい。結局産業が教育に対して求めることが、毎回新しく発生する問題に対して創造的な解決を提示することのできる能力というならば、そのような種類の能力は意図的に他の人間から生成したり、注入できない性質のものであることを理解してほしいと言いたい。もしある装置の投入と算出が毎回正確に同一であれば、その装置は創造力のあるものではない。体系理論であれば、そのような装置を「平凡な機械(trivial machine)」ということができる。それに比べて想像力のある装置は、投入と算出の間に何の一貫性もないわけではないが、常に意外性を算出することのできる装置であり、その意味で「平凡でない機械(non-trivial machine)」ということができる。産業と教育をタイトに結合しようとするすべての試みは、平凡でない機械の人間を平凡につくろうとすることにすぎない。その際、平凡でない機械は平凡になるのではなく、平凡な存在になったふりをすることを学習するのである(それさえも幸いである)。これに気づくのはそれほど難しくない。勉強しなさいという小言の結果は、勉強するふりができる子どもである。同じことが産業や教育をタイトに連携しようとする資本の小言を通じて起きる。もし産業と教育の連携を緩く維持した方が産業にもより良いということをより多くの人々が気づけば、評価や選抜の地獄はいっそう煉獄に近いことに変わり得るであろう。

(翻訳: 李正連)

 

Notes:

  1. ラインハルト・コゼレック『過ぎ去った未来』、ハン・チョル訳、文学ドンネ、1998、391頁。
  2. 拙稿「分断体制と87年体制の交差点で」『創作と批評』2013秋号、478-84頁参照。
  3. 「ソウル大学経済学部を卒業しても…現実は『3年目の就労準備生』」『韓国経済新聞』2016.1.16参照。
  4. ランドル・コリンズ「中間階級労働の終末:もう出口はない」イマニュエル・ウォーラーステイン『資本主義は未来があるか』ソン・ベギョン訳、創批、2014参照。
  5. 例えば、ヴォルフガング・シュトレークがそうである。彼は新自由主義的反動の重要な結果が「負債国家」と主張する。この主張はとても説得力があるが、いざ韓国の状況に適用しようとすると、それほど簡単ではない。例えば、韓国の財政赤字はOECD諸国に比べてまだ低い水準であり、韓国の場合、財政赤字より外貨準備高がもっと重要な問題である。ヴォルフガング・シュトレーク『時間稼ぎの資本主義:いつまで危機を先送りできるか』キム・ヒサン訳、トルペゲ、2015参照。
  6. そのような例としては、ジョヴァンニ・アリギ(Giovanni Arrighi)『長い20世紀――資本、権力、そして現代の系譜』ペク・スンウク訳、グリーンビ、2008参照。
  7. フェルナン・ブローデル 『物質文明・経済・資本主義 I-2』、チュ・ギョンチョル訳、カチ、2001、第8章都市を参照。
  8. ブローデル、前掲の章、そしてPeter J. Taylor, “World cities and territorial states: the rise and fall of their mutuality,” World cities in world-system, ed. by Paul L. Knox & Peter J. Taylor, Cambridge University Press 1995, 48~62頁参照。
  9. Peter J. Taylor, “World cities and territorial states under conditions of contemporary globalization,” Political Geography vol. 19, 2000, 5~32頁。
  10. ポール・クルーグマン『自己組織の経済学』パク・ジョンテ訳、ブキ、2002、第3章参照。
  11. John Friedman, “The world city hypothesis,” World cities in world-system, 326頁。
  12. チョン・ビョンユほか『韓国の不平等2016』ペーパーロード、2016、114頁。
  13. 張夏成『なぜ憤怒しなければならないのか』、ヘイブックス、2015、59頁。
  14. 金洛年「韓国における富と相続、1970~2013」『落星垈経済研究所ワーキングペーパー(2015-07)』2015.11参照。
  15. 2014年相続税と譲与税の申告現状をみると、ソウル・首都圏が占める額数はそれぞれ全体の74%と80%にいたる。
  16. そのようなモデルを韓国社会で創案し、先導したという点から法律事務所キムアンドチャンの事例は非常に重要である。イム・ゾンイン、チャン・ファシク『法律事務所 キムアンドチャン』フマニタス、2008参照。その他にも公務員「民間勤務休職制度」も注意する必要がある。「公務員が休職し、サムスン・LGで勤務することができる」『連合ニュース』2015.9.22参照。
  17. 最近ネクソン(NEXON)との不適切な株の取引で拘束されたチン・ギョンジュン前検事長の行動や前教育部政策企画官のナ・ヒャンウク氏の「民衆は犬・豚」云々する発言は逸脱的事例ではなく、構造的背景を持つものといえる。
  18. グローバルブルジョアと彼らを支援する金融サービスの風景を見せる例としては、キム・ゾンヨン『支配される支配者:アメリカ留学と韓国エリートの誕生』トルペゲ、2015, 223~24頁参照。
  19. これと類似した立場として、ダニ・ロドリック(Dani Rodrik)『グローバリゼーション・パラドクス――世界経済の未来を決める三つの道』 コ・ビッセム&ク・セヒ訳、21世紀ブックス、2011参照。とくに彼が提示した「世界経済の政治的トリレンマ」は注目する必要がある。
  20. 国民国家に国民的であることを要求する戦略はウォーラーステイン式で表現すれば、「自由主義者らが自由主義者らになるように強制すること」といえる。イマニュエル・ウォーラーステイン『アメリカ覇権の没落』ハン・ギウク、チョン・ボムジン訳、創批、2004、326頁。
  21. 詳しいことは、チョン・ジンサン『国立大学統合ネットワーク』チェクセサン、2004参照。
  22. 「南景弼『青瓦台•国会も世宗市に移そう』」ハンギョレ、2016.6.15。
  23. 「李海瓚『世宗市に国会分院』 国会法改正案の発議」ハンギョレ、2016.6.21。
  24. 世宗市の維持・発展は、現在韓国政治において最も重要な分派である、いわゆる「新盧」と「新朴」両方とも政派的利益とつながっており、大統領選挙に出馬しようとする政治家は誰もが忠清圏における得票を念頭に置いて世宗市の発展を公約できる状況なのである。
  25. 国立大学統合案の実行可能性と関連のあるいろいろな問題点に対しては、拙稿「学閥社会と大学序列を克服する制度の構想:チョン・ジンサン、『国立大学統合ネットワーク』」『経済と社会』2005年夏号、347~57頁参照。
  26. 拙稿「『国立大学統合ネットワーク』からソウル大学を外そう」『創批週刊論評』2012.7.4。
  27. 科学技術院5校は、法的には「特別法法人」が運営する大学である。ところが、彼らが国立大学統合ネットワーク内に入ってくるのに大きな無理があるとは思われない。
  28. 韓国社会には世界水準の大学を育てないとならないという話が横行する。そう言いながら、長男のみを大学に行かせ、次男は工場に行かせた60年代風の投資またはオリンピック選手村モデルを追う教育投資を繰り返している。しかし、世界水準の大学は、評判と力量において自身を脅かす他の大学と競争する中で到達するものであり、単に心の中にハーバード大学を競争相手として抱いているからといって到達できるものではない。
  29. すでに「国家教育委員会」(民教協)や「国家高等教育委員会」(私的教育のない世界)の構成を主張する人たちがいる。このような主張の裏面には、現在の教育が官僚的自己利益を耽溺しているという判断がある。筆者もそれに同意し、それゆえ教育部から高等教育政策の構想機能を剥奪して大統領直属の委員会に移管し、実行機能のみを残すことが望ましいと思われる。しかし、すでに初・中等教育が教育庁の管轄に移行され、教育自治制度が定着しつつある状況において、果たして「国家教育委員会」まで必要なのかは疑問である。そのような点から「国家高等教育委員会」がもう少し良さそうにみえるが、高等教育機関では教育だけではなく、研究も重要である。この点を考慮して「国家高等研究・教育委員会」を設置することを考慮してみることができる。
  30. 代表的な例が、参与政府時期にあった忠南大学と忠北大学の統合議論であった。世宗市に用意された大学敷地を一緒に活用する道を模索すると同時に、いっそう優れた大学として成長するために行われたこの統合議論は水泡に帰した。複雑な法的・制度的問題を、責任をもって解決するためには政府全体の意志が求められるが、教育部が受動的に関与する程度に止まっており、それによって統合議論を主導した教授らが消極的な内部成員を説得することも困難であった。
  31. 拙稿「廃棄されるべき大学構造改革法」ハンギョレ、2016.7.20。
  32. 政治的選択が鍵であることを見せてくれる事例として、朴槿恵政権の半額大学授業料の要求に対する対応と、造船産業の危機に対する対応を挙げることができる。朴槿恵政権は半額授業料に必要な6兆ウォンの代わりに所得連動型奨学金として3兆5千億ウォンを支出する決定を下したことに対し、造船産業の構造調整には12兆ウォンを投下する決定を下した。
  33. 白楽晴「『抱擁政策2.0』に向けて」『創作と批評』2012年春号参照。
  34. 本誌収録のデヴィッド・ハーヴェイ「実現の危機と日常生活の変貌」参照。
  35. ところが、韓国の私立学校では学校法人による非民主的な運営のため、多くの不正が行われてきており、その手法も進化してきた。拙稿「進化する私学不正」ハンギョレ、2015.4.22参照。
  36. イマニュエル・ウォーラーステイン『ユートピスティクス―21世紀の歴史的選択』ペク・ヨンギョン訳、創作と批評社、1999、108~109頁。
  37. ハーヴェイ、前掲書、94頁。

〔対話〕保守的社会団体、どう動くか

2016年 秋号(通卷173号)

〔対話〕韓国の「保守勢力」を診断する(3)
保守的社会団体、どう動くか

李娜美(イ・ナミ)韓瑞大東洋古典研究所研究委員、漢陽大第3セクター研究所研究教授。著書に『韓国自由主義の起源』『韓国の保守と守旧』『理念と虐殺』など。
鄭鉉坤(チョン・ヒョンゴン)細橋研究所専任研究員、市民社会団体連帯会議政策委員長。共著に『天安艦を問う』。
鄭桓奉(チョン・ファンボン)『ハンギョレ21』記者。2013年「国家情報院大統領選挙世論操作および政治工作事件連続報道」で韓国記者賞大賞受賞.
藤井たけし歴史問題研究所研究員。著書に『ファシズムと第三世界主義のあいだで』、訳書に『翻訳と主体』(酒井直樹)など。

鄭鉉坤(司会) 『創作と批評』50周年記念の連続企画「韓国の保守勢力を診断する」の3回目のテーマは「保守市民運動と政府系団体」です。1987年の市民抗争の結果として民主体制が開かれて30年になりますが、社会が退行しているという不安感が依然として大きいと思います。特に2008年の李明博政権スタート以降、それは顕著に目立っているようです。格差拡大がますます激しくなる状況の中で、民主的ガバナンスを弱める抑圧的な地形が形成されました。韓国の保守がこのような抑圧体制の強化に一役買いました。近来になって一角で守旧勢力の「漸進クーデター」を警告したほどです(イ・ナムジュ「歴史クーデターでなく新種のクーデターの局面だ」『創作と批評』2015年冬号「巻頭言」)。4・13総選挙以降、徐々に社会の退行を推し進めるこの構造について、振り返って考える余裕が少しできたと思います。よって今号の「対話」では、韓国社会の保守運動の歴史と現在について研究・取材活動をしてこられた、3人の方を迎えて話し合ってみようと思います。まず、今年大きく話題になった「親(オボイ)連合」 1の問題を振り返ることから始めようかと思います。簡単な自己紹介とともにお話しをお聞かせ下さい。

李娜美 私は現在、韓瑞大東洋古典研究所で共和主義の韓国的起源について研究していて、また漢陽大第3セクター研究所が進める「韓国市民社会史」叢書の発刊作業に参加していますが、そのうち解放後から1960年までの韓国の市民社会について、研究と執筆を担当しています。おっしゃられた「漸進クーデター」は本当に格好の表現です。今、韓国社会は正常な状態ではありませんから。ですが、過去に政府系団体など保守団体が猛威をふるったのは、たいてい李承晩、朴正煕など独裁政権の時で、正当性の面で脆弱な政権の時でした。これは政権が国民の支持を失って正常な国政運営が難しい時、右翼団体や政府系団体を作ってそこに依存したことを意味します。最近、国家情報院が「親連合」を支援したという情況が出てきて話題になりましたが、やはり政権が正当性を失って、自らの力だけでは政治をうまくやっていけないということを示した出来事だと思います。

藤井たけし(以下「藤井」) 私は韓国現代史を勉強していて主にファシストを研究しました。李範奭を中心にした「族青系」 2を研究しながら、私が知ることになったのは、50年代中盤にファシズムの歴史的な流れが切れるということでした。よく朴正熙体制をファシズムと規定しますが、私は60年代以降の政府系団体は、ファシズムの流れとは異なると思います。ファシズムは保守主義とは明確に違っていて、ある意味で革命的な性格もあるからです。そうした点で既存の政府系団体の性格と異なる「親連合」の登場は、新しい事態だと思います。60~70年代、政府系団体が利権を媒介に上から組織された、いわば公式の政府系団体だったとすれば、「親連合」は下から生じた非公式の政府系団体です。最近の状況も、私は漸進クーデターの局面とは考えません。保守勢力や既得権層が社会を掌握しているとは思いません。誰かが勝っているのではなく、韓国社会全体が壊れているのです。もしかしたら朴槿恵という人物の象徴的効果で、かろうじて縫合されているのであって、この政権が終われば彼らもどうなるか……セヌリ党にも未来の展望のようなものがないでしょう。そのように社会が壊れていく兆候の1つが「親連合」の出現ではないかと思います。

鄭桓奉 私は国家情報院コメント事件 3を中心に取材してきて、最近も「親連合」関連の取材をしました。保守・政府系団体の歴史性よりは、最近の状況について主に申し上げるのが自分の役割かと思います。2000年代中盤以降、抵抗すべき目標を失った既存の保守集団が市民団体を作り始め、その後、似たような団体が数多く出てきました。「親連合」も2006年に設立されました。私は「親連合」が経た一連の過程が、権力と密接に関連した保守団体の明滅の過程をそのまま示していると思います。以降、どのように保守運動を切り開くかによって、保守団体の未来も変わりそうです。事実、力が強力な時は恥部があまり出てきません。「親連合」が今このように社会問題化したのも「うまくいっている時」にはあり得なかったことが重なった結果です。彼らの権力を維持した政権や国家権力がきちんと作動していないという傍証です。

鄭鉉坤 「親連合」の事態が新しい流れとして形成され、限界に直面した保守運動の循環周期を示すという鄭桓奉さんの指摘は興味深いです。彼らは何の名分なくとも、あのように騒然と無法状態だった時期が長かったという点を想起するならば、これまで政治権力だけでなく、さまざまな社会的権力が関連する一種の漸進的なクーデターの試みが進んだという指摘が出てくるでしょう。保守のロールバック(roll back)ともいえる彼らの動きについて、もう少し具体的に見てみようかと思います。

 

保守の政府系団体が街頭に出た背景

鄭桓奉 政府系団体は、あえて戦う理由も、自ら積極的に出てくる必要もない組織でした。軍部独裁の時期を見ても、政府が主張する反共・発展イデオロギーを民間次元で伝える役割を果たしてきました。ある意味で政権の下位パートナーだったんです。特に攻撃対象があったわけではなく、単に北朝鮮が悪いという主張を繰り返すだけで充分でした。そのような状況が、政権が変わり金大中の「国民政府」となって、韓国自由総連盟(以下「自由総連盟」)のようなところでも、自らのしたい話を充分にできない状況になったんです。2001年に「国民行動本部」という団体が設立され、2003年にはキリスト教組織が加勢した「反核反金国民協議会」(反金=反・金正日)が組織されました。その後、自由主義連帯やさまざまなニューライト組織も登場しました。反共・発展イデオロギーを説いてきた旧保守団体と、新自由主義イデオロギーを牽引してきたニューライト、この2種の団体が権力の空白期に独自に活動するために陣営を形成したのです。政府系団体やその他の保守勢力が市民社会に流れてきたと見ることもできます。いずれにせよ、国家の支援でなく、会費や後援金で運営される組織ができたということが、形式的にも質的にもかなりの違いだと思います。「アスファルト右派」という言葉が出始めたのもこのころです。煽動家たちが出てきて、李明博政権になってからはそのうちの一部が政界に進出したりもしました。国家情報院が保守団体に一定の役割をしはじめたのは、この時期からだというのが私の考えです。取材過程で知った事実ですが、自由主義進歩連合というニューライト保守団体が出す新聞広告の文案は、国家情報院の職員が作りました。無償給食に反対する内容などでしたが、このようなことが多かったと思います。そのように保守団体が力を得てきて、最近はかなり非難を受け、大統領選挙の世論操作事件などが明るみになって、支援も相当部分打ち切られたようです。それとともに大小の葛藤が保守団体の内部で爆発しています。金大中・盧武鉉政権の時に胎動した団体の没落を示す事例ではないかと思います。

鄭鉉坤 お話しを聞くと、権力に対する「従属性」という話題が提起できそうです。既存の政府系団体は権力に従属していますので、何かを企画したり、自らの目的によって動く必要がありませんでしたが、民主政権になって変わった社会の雰囲気のなかで、自らを1つの社会運動として再確立する過程を経ました。しかしその後、権力と新たに結合しながら、また従属性が強化されました。それとともに、いまや市民社会のなかで自らのアイデンティティさえ喪失する過程を経ているということでしょう。

李娜美 以前に比べて、政府系団体に自発性という要素が生じたようです。一方で忠誠競争をする感じもあります。生計型の保守運動もあると思います。充分な資金のない状態であらゆる保守団体が乱立しているからです。最近の保守団体には過去と異なる面がいくつかあります。まず市民団体を模倣しているという点です。自発性が高まったという意味ですが、集まってスローガンを叫んだりピケを張ったりします。もう1つは年齢層が高いという点です。過去の極右集団を見ると、李承晩政権の時には西北青年会や大韓青年団が代表的でしたし、朴正熙政権の時のセマウル運動(農村改良運動)などにも、主に青年たちが出ていました。今はそれに比べて構成員の年齢がかなり上です。また団体名称が「親連合」や「母親部隊」など、生活密着型に変わりました。外部の人でもなく、おかしな人でもない、普通の人だということを強調したいようです。国家との関連性があまりなさそうに見える名称です。

藤井 民主化以降にそのような現象が見られるということが重要です。新しい保守運動団体が主に出現したのは盧武鉉政権の時ですが、私は当時、ニューライトに関心がかなりあり、そちらの集いに出たりもしました。行くと彼らの危機意識にはすごいものがありました。在野勢力になってしまったという部分で受ける喪失感が大きく、それゆえにそれなりの反省をしたんでしょう。ですが、ニューライトは基本的にエリート集団だったという点で、「親連合」のような団体とは明確に区別するべきです。ここで新自由主義に注目する必要があって、ニューライトが新自由主義を信奉する集団なのに対して、「親連合」に入って活動する貧困層の老人たちは新自由主義の犠牲者です。実際にニューライトの登場と「親連合」の登場の間には時差があって、ある意味で新自由主義が保守勢力のなかでも格差拡大を促進したわけです。いまや「保守」という言葉で彼らをまとめて呼ぶこと自体が現実に合っていません。事実、日本にも似た現象が出現しました。2007年に発足した「在特会」(在日特権を許さない市民の会)ですが、過去に日本の右翼は「天皇万歳」を叫んで軍歌をかけて街宣するだけでしたが、在特会は市民運動のように出てきました。彼らは「親連合」がそうしたように、道端で喧嘩をしながら影響力を拡大しました。過去とは大きく異なる様相の保守運動が下から登場したわけですが、日本と韓国で同様に登場したこれらの運動の背景には新自由主義という共通点があります。崩壊した社会で捨てられた人々が「本来、自分より下にいるべき人々」、あるいは「社会から排除されるべきだった勢力」を攻撃するのです。それが日本では在日外国人(と見なされた人たち)に対する攻撃で、韓国では左派や「アカ」(というレッテルをつけられた人々)に対する攻撃として出てきたんでしょう。

鄭鉉坤 すでに国家の保護を受けていた政府系団体が捨てられて、一種の生存戦略の次元で運動を展開しているという話にも聞こえてきます。

藤井 そのように見ることもできるでしょうが、政府系団体の活動で生活している人々が看板だけを変えて運動しているようなことはありません。もう少し具体的に調べるべきでしょう。また李娜美先生が、年齢層が高いと指摘されたこととも関連がありますが、世代の問題も重要だと思います。60~70年代の文化の中で生きてきた人々の疎外感が、「親連合」のような形で出てきたとも考えられるということでしょう。軍事独裁の時期に正しいと学んだ通りに生きてきたのに、民主化したからといって、それまで学んだ習慣をすぐに変えられるでしょうか。彼らは民主的な待遇を受けたことがないので、非民主的な形態を示しているのですが、そのような人々にとって「民主化」とは何なのか、いま一度考えてみる必要もあると思います。

鄭鉉坤 保守運動が最も劇的に増えたのが2003~2004年です。2003年の三・一独立運動記念日に安保団体が「反核反金自由統一国民大会」に結集しました。保守キリスト教系も1月から禁食祈禱会のような行事を行いながら集結し始めました。そうするうちにその年の朝鮮戦争の記念行事のとき、双方が「韓米同盟強化」というスローガンで出会いました。当時、集会規模が10万人を超えました。2004年には国家保安法がイシューになり、やはり10万人規模の集会が開かれました。ニューライト運動も2004年11月に自由主義連帯を皮切りに公開運動に切り替わりました。このように、この時期にこのような動きが爆発的に増えた理由は何でしょうか?

李娜美 そのときは金大中政権から盧武鉉大統領にバトンが渡された時点でしょう。歴史的に保守言説が登場したのは1987年の民主化抗争以降です。金泳三政権の時から危機意識を感じた一部の保守的知識人が保守言説を作り、金大中政権の末期になって活動として出てくることになります。南北関係の変化、特に南北首脳会談が契機でした。韓国社会の主流の立場では、統一してしまえば体制変化が起きますし、そうなると自分たちが享受してきた特権を引き続き享受できるか不安だったんでしょう。予想とは異なって、朝鮮戦争を経験した世代は、北朝鮮に対して「虐殺」や「戦争」イメージよりは、本能的に「平等分配」や「所有権なし」の方を想起します。ですから、彼らにとって南北首脳会談は危機でしたが、そのような状況で政権が変わらずに盧武鉉政権になって、より一層絶望したんでしょう。盧武鉉政権になった2003年の3月、6月、8月はものすごいものがありました。教会から人を動員して企業から金を出すような感じでした。サムスンが1億ウォン、全経連(全国経済人連合会)が4千万ウォン、大韓商工会議所が3千万ウォン……公式・非公式組織がみな動員されて大規模な保守集会を支援したわけです。

藤井 盧武鉉政権の誕生が彼らにとってかなり大きな衝撃であったことは確かなようです。保守の立場で金大中政権までは認めることもできました。「3金」(金大中・金泳三・金鍾泌)という言葉もあるように金大中は大物だったからです。ですが、盧武鉉は彼らが見ても「見たことも聞いたこともない、どこかの馬の骨」です。既得権の立場では屈辱的だったでしょう。

鄭鉉坤 盧武鉉政権になった2003年に、保守勢力が持った社会主流としての危機意識、既得権としての危機意識は理解できます。ですが、留意すべき点は、当時、彼らが「反核反金」や韓米同盟を重要な名分として掲げたということです。これは2002年10月にアメリカが提起した北朝鮮のウラニウム核開発問題が契機になったのではないかと思います。このように見ると、保守の根元はやはり安保問題でないかと指摘できるでしょう。ですが、この時期をたどりながら、新たに登場したニューライトの動機や動力も、これと似ていると考えられるでしょうか。

藤井 実際にニューライト集結の最も大きな理由は、韓米同盟が崩壊するかもしれないという危機意識でした。2002年に米軍の装甲車による女子中学生轢殺事件が起きて、反米意識がものすごく高まりました。当時の世論調査で青少年の70%が、韓国の安保を最も脅かす国家としてアメリカをあげるほどでしたから。新しい教科書を作るべきだという話もそこから出てきました。2004年からは歴史教科書に対する攻撃が始まりましたし、そこで「教科書フォーラム」ができました。ニューライトが「旧保守」と完全に異なる点がここで明らかになりますが、それはつまり民族主義を否定するということです。過去の政府系団体は民族主義を重要に考えましたが、ニューライトは民族主義のために自分たちが滅びると強弁しました。重要なのは自由市場経済と自由民主主義であって、民族主義ではないということです。民族主義が反米とつながるので、ニューライトの立場ではこれを阻みたかったわけです。ある人は反日民族主義も問題視するべきだとまで言っています。反日を掲げたら、結局、反米にも対応できなくなるということでしょう。

李娜美 2003年度に、そのように荒々しく保守運動が起きましたが、実際にはたいして成果がありませんでした。国民的共感を得られなかったんでしょう。新たな対策の必要から登場したのがニューライトです。反共と安保という論理が陳腐だったために、彼らは自由主義という用語を持ち出します。ニューライトが2004年に作った団体が、先にも言及された自由主義連帯であり、また、その後に自由主義の関連書がかなり出ます。興味深いのは、これらが新自由主義でなく、自由主義を掲げているということですが、自由主義には王政に反対したという解放のイメージがあります。社会が個人を抑圧することに反対するという面も同じです。自由民主主義でなく自由主義を強調するのも注目するべきです。このときから民主主義をポピュリズムと同じだといって批判するんです。

鄭桓奉 「旧保守」と「新保守」は、中身も違っていて分かれていますが、まったく異なる性格ではないと思います。違いに集中するよりも共通点を探すならば、代表的なものとして、大衆に対する恐怖をあげられると思います。このときの大衆は、まず、これ以上北朝鮮を恐れない市民です。反共イデオロギーに抱き込まれない人々が出てきたんです。また、2000年代初期から非正規職の問題が深刻化して、抵抗する労働者が出てきたことも、やはり注目する点ではないかと思います。非正規職闘争は過去のように組織化された形で出てきたわけではありませんが、それは逆に、市場で管理できない労働者の怒りが登場しはじめたということでしょう。特に盧武鉉大統領の当選で、大衆が予想できない結果をもたらしうる、力を持った存在であるということを新たに悟ることで、既得権を保護しなければならないという考えが大きくなったと思います。以前ならば国家権力に寄り添ったでしょうが、そのようにしにくい状況になって孤立感を感じました。

藤井 そしてその時点で既得権層の使用語彙自体がかなり変わります。大衆に対する恐怖があるので「ポピュリズム」がたびたび言及されます。労組に対しては「集団利己主義」という風に攻撃を始めましたが、それ以前まで、集団で動くこと自体をさほど悪いと考えなかったことと対照的です。

 

「従北」攻勢、どこでなぜ始まったか

鄭鉉坤 保守勢力の集結が非常に複合的です。伝統的な問題意識だった安保の脅威を含めて、民主主義の進展にともなう大衆の進出に対する恐怖にまで結びついていますが、結局は社会的転換の受入困難からくる、混乱のように見えたりもします。私なりに表現すれば、南北分断体制が動揺して生じた変化に対する受容の問題だと思います。私は「混乱」という表現を使いましたが、「親連合」の事態がそのような現象を示す端的な事例になるだろうと思います。青瓦台(大統領府)が反対集会を要請したとか、全経連の資金が流入したとかいうことですが、どのような脈絡があるのでしょうか。

鄭桓奉 保守団体が市民団体のように装うことで向き合った運命のようなものだと思います。市民団体にとって最も重要なことは独立性と自律性です。事実、2003~2004年頃、これらは市民団体として活動可能でした。そのときは権力に抵抗していた時期です。ですが、その後に保守が続けて政権を運営することとなり、抵抗すべき権力が消えてしまいました。「これはみな盧武鉉のせいだ」といいながら動きましたが、これがこうだというようなことがなくなったんです。それとともに権力批判でなく憎悪で力を糾合するようになります。北朝鮮に対する憎悪や、労組に対する憎悪のように、役割が曖昧になった保守運動が、あらためて延命する契機もあったんですが、逆説的だったのは2008年の狂牛病牛肉ろうそく集会です。このとき集まったデモの人波に李明博政権も驚きましたし、保守団体も驚きました。政府は、それを可能にした背景に市民団体があると考えたでしょう。一種の背後勢力論ないし外部勢力論でしょう。政府も国家情報院もそれに対抗する何かが必要だと考えるようになったわけですが、それとともに脆弱化していた保守運動勢力に新しい仕事ができたんです。2009年に国家情報院で意味深長な話が登場します。当時の元世勳(ウォン・セフン)国家情報院長が局長や室長を集めて会議する場で、「若い層の友軍化・心理戦強化方案」という、心理戦団の作った文書を絶賛しました。文書自体が公開されたことはありませんが、どのような内容なのかは充分に推察できます。若い層を味方に引き込むための方案に悩み始めたのです。ですが、朴槿恵政権になって国家情報院の介入がますます出てきて、保守団体に対する直接の支援が減ることで、保守団体内部の葛藤が爆発することになります。このころ保守団体が過激になりました。行って喧嘩して特定人を攻撃すれば、暴行罪などで起訴されたりもしますが、支援を受けられないので罰金すら払えません。お金の問題がからまって、LH(韓国土地住宅公社)から1億ウォンの支援を受けた保守団体が資金を流用したなどと、暴露戦が展開されたりもしました。2000年代中盤には、持っていた自活力を保守政権下で喪失したので、こうしたことが起きるのです。本当に悲憤慷慨で集まるというよりも利害関係で集まる人々が増えましたし、それに反して政界進出や財政的な支援など、利益の機会はけっして充分でない状況が到来したのです。さらに李明博政権の時は、国家情報院が広告文句を作ったほどだと申し上げましたが、事実上、市民団体の政策を国家情報院が作ったわけです。大統領選挙の世論操作事件以降は、このようなことさえも容易でなくなったと思います。自活力が落ちるしかない状況です。

鄭鉉坤 お話しを聞いていると、今後、保守団体がどのように進むことになるか気がかりです。特に活動の持続可能性を探知する言説の問題が重要です。

鄭桓奉 弱者に対する嫌悪はもっと増えると思います。保守的言説の場合、「イルベ」 4や保守団体、保守言論などを、互いに横切りながら流通しています。保守団体がセウォル号沈没事故 5の真相究明をやめろという集会をすれば、保守マスコミが記事を書いて、この記事がイルベで共有されて過激な嫌悪が加わるという形です。こうしたことが繰り返されながら、いわゆる「ネット右翼」が自活力を持つようになったと思います。自活力を持った人が街頭に出て暴力を行使する可能性はいつもあります。セウォル号特別法と関連して遺族などの断食が続けている時、そばで「暴食闘争」をした事例がすでにありました。特定の保守団体がうまくいくかどうかということよりも、さらに重要だと思われる問題が、まさにこのように憎悪や敵対感を拡大再生産して、その過程で暴力が伴う可能性が増えたという点です。

鄭鉉坤 嫌悪のある対象でもあるでしょうが、「従北」 6の問題を保守言説の領域で扱うべきではないかと思います。これはかなり基盤があるように思えます。2014年12月の憲法裁判所の統合進歩党解散判決が、その基盤を示す1つの例になると思います。当時、政党解散の直接的な理由になった地下革命組織(RO)の実体と内乱陰謀の場合、大法院の判決が下される前に憲法裁判所が先に判断をしました。後で大法院がその部分については無罪を宣告しました。社会的に広がった従北嫌悪の情緒を憲法裁判所が利用したと思われます。今でも原状回復になっていません。

李娜美 保守勢力は一貫して北朝鮮問題を持ち出します。老人も青年も関係なくです。朝鮮戦争を経験しなかった若者たちも、北朝鮮に対しては批判的な場合が多いです。保守を標榜するという時、韓国の状況で特殊に最後に期待できる論理的なとりでが北朝鮮問題だからだと思います。「従北」という言葉が出てくるまで、微妙な変化があったという点は興味深いです。本来は「アカ」が主として使われました。魔女狩りの対象でした。それからに「親北」(親北朝鮮)や「容共」が登場して、特に「主思派」(主体思想派)という用語がよく使われました。ですが、広く使われたこの単語が消えた契機が興味深いです。1994年、安相云(アン・サンウン)弁護士が、西江大の朴弘(パク・ホン)総長の主思派発言を名誉毀損で問題視したのをはじめ、『韓国論壇』の主思派誹謗報道の法廷での争い、朴弘総長を相手にした韓国通信労組の勝訴などが続きましたし、以降、安弁護士主導で言論人権センターがスタートして(2003)、「主思派」という用語が消え始めます。主思派は具体的な用語なので、法律的に立証されるには物証がなければなりませんでした。主体思想の関連書を持っていたりという風にです。でなければむしろ名誉毀損で訴えられるので、もう少し曖昧な表現の「従北」という言葉になったと思います。「親北」は北朝鮮とうまくやろうという肯定的メッセージも含んでいるのであまり使いません。反面、「従北」は北朝鮮に「追従」するという面で「つまらない」感じを与えます。最近は美学的なものが重要ですが、「従北」という言葉がかなり古臭く見える点を狙ったんでしょう。ですが、問題は「従北」と指摘される彼らの大半は、本当に従北主義者というよりは、さまざまな面で社会的弱者、ないし彼らの味方になる勢力だということです。たとえばセウォル号沈没事故の遺族とその支持者です。脈絡が少し異なりますが、韓国の歴史で思い浮かぶ場面があるのですが、前近代の被差別階級「白丁」(ペクチョン)の平等運動「衡平社運動」に、最も激しく反対した階層の1つが、驚くべきことに似たような下層階級である妓生(キーセン)でした。妓生の立場では自分の下に白丁がありましたが、彼らの身分が上昇するのが嫌だったんでしょう。現在の保守集団も、社会の主流でない、一定程度疎外された人が主をなしていますが、彼らは貧しい人、女性、セクシャルマイノリティなどと自らを区別することで自尊心を守るので、彼らをさらに攻撃しようとするのだと思います。西欧でも原理主義的な極右は主として社会の周縁で生きる人々です。韓国社会の周縁人のなかにも「私は彼らとは違う」という気持ちで、実際の従北主義者だけでなく、自分たちの目に社会のあらゆる「輩」と見える人々を「従北」であると攻撃する場合が出てきたので、既得権層はその心理を利用するんです。

藤井 「従北」云々は、彼らが掲げる言葉がないために出てきた現象だと思います。誰かを敵として規定してしまえばそれで終わりで、さらに積極的に何かを提示する必要がありませんから。国家情報院が意図したのは、過去に保守と呼ばれた人たちを「大韓民国を支持する勢力」、進歩と呼ばれた人たちを「大韓民国に反対する勢力」にすることです。進歩―保守で行けば負けるだろうと彼らも考えたと思います。民族主義も大韓民国主義に取り替えて、スポーツ愛国主義もいくらでも活用します。大韓民国歴史博物館に行ってみれば、最後に出てくるのがスポーツ部門です。サッカー代表チームやキム・ヨナを支持し愛する人が、本当に大韓民国の人間であるという風にです。政治的なものではなく情緒的な一体感のようなものを強調しますが、その踏み台として「従北」という言葉を使うのです。何の内容もないのですが、むしろだからこそ誰でも「従北」になることがあります。結局、彼らが積極的に掲げるものがないという反証です。

鄭桓奉 2000年代の中盤になって、北朝鮮はこれ以上脅威とみなされなくなります。北朝鮮が何をしても株価が落ちません。株式市場は恐怖を測る尺度と見ることもできますが、いまや人々は、北朝鮮のせいで問題が生じるだろうとあまり考えないんです。そのために敵を内部に見出します。自分の利益や共同体の利益に反する人を、北朝鮮に利益になることをする人間であると攻撃します。北朝鮮は脅威になりませんが、従北勢力は脅威になるからです。「韓米同盟はいいことだが、従北は北朝鮮の利益だから反対する」というような、簡単に説明できる論理ができるんです。過去にはあえて内部の敵を作る必要がありませんでした。北朝鮮やスパイが問題だったのであって、内部を広範囲に区別する必要まではなかったんです。むしろ北朝鮮に対抗して団結しようと主張さえすればよかったんです。国家という強力な権力があったからです。ですが、いまや内部の敵を作る形で組織化されているようです。伝統的な保守という人々も、いまや北朝鮮の政権をののしるよりも、韓国内の従北勢力の方をさらに強く糾弾します。政府を批判する人間を従北勢力という範疇に入れます。まさに私たちの周辺に内部の敵が多いのだという恐怖感を与えることで、誰かを簡単に敵対させてしまうことに成功したようです。

藤井 そうした点で、「従北」は嫌悪言説の一種と考えるべきでしょう。嫌悪の流れのなかにあるんです。

鄭鉉坤 「従北」の効果が国内的な統治機制になるという指摘は重要に思えます。だから、その統治機制をもう少し検討する必要がありそうです。私が注目する点は、消えるべき言語が「アカ」から「主思派」に、そしてまた「従北」へと続いてきた過程です。本質的には、同じ目的を持つ言語が他の名前で再生産されれば、その根拠があると思います。これはすなわち、強固に維持されてきたある種の体制を維持しようという試みであって、それは北朝鮮と敵対関係にあります。これによる脅威はファクトです。「従北」という言葉は、この脅威を虚構化して軽蔑させます。南北対話のように脅威を平和的に除去しようとする努力は真剣にせずに、国家安保だけを前面に出す勢力がこれを活用します。和解・協力の政策を敵対視して、そのような主張をする勢力を抑圧することになるということです。とにかくこのような効果を持った従北言説で、執権勢力はこれまで甘い汁をすすりましたが、今回の4・13総選挙ではイシューになりませんでした。

 

政府系団体の長い歴史

鄭鉉坤 これまで民主化以降に登場した保守の流れについて見てきました。ですが、さらに遡れば、セマウル運動中央協議会、正しく暮らす運動中央協議会、自由総連盟、大韓民国在郷軍人会などが主要な政府系団体だろうと思います。これらの団体の歴史、また現在の状況についても検討する必要があるでしょう。

藤井 私が見るところ、これらの団体は、今、さほど強力な力を持ってはいません。在郷軍人会は事業に失敗して深刻な資金難に直面しており、自由総連盟も実際にできることはほとんどありません。

李娜美 いくつかの主な団体に対して申し上げれば、在郷軍人会の前身は日帝強占期に作られた日本人のネットワークです。換言すれば、朝鮮内の日本人たちの関係網が在郷軍人会でした。朝鮮人を監視・弾圧する役割を果たしました。関東大震災の時は朝鮮人虐殺にも参加しました。国家の必要によって上から作られたのは、このときも異なるところはありませんでした。以降、1951年6月末、北朝鮮の休戦提案に李承晩大統領が反対し、当時のUPI(国際合同通信)記者とのインタビューで、韓国が25万の兵力をさらに創設できると言ったために、国防部が予備役将兵、徴集対象者、国民兵役および補充兵役対象者などで構成された在郷軍人会を組織します。一般的に外国では在郷軍人会が自発的に組織され、その目的も相互扶助、会員間の親睦、軍人と遺族の福祉追求などです。反面、韓国は国家が戦時に不足した軍人数を埋めようとして作っています。東亜日報の1952年3月12日付の記事を見ると、大韓民国在郷軍人会を「兵役法第8条とそれ以外の諸規則によって現役を除くすべての兵役義務者を組織し、予備役、後備役、補充兵役、国民兵役、退役将校までを含めて組織」し、「在郷軍人会の組織が完成すれば、機会があり次第、精神訓練や軍事訓練を実施し、つねに国土防衛義務を自覚」させると書いてあります。実際には主として反共集会に参加するなど、政府系団体の活動をしていましたし、それによる批判世論が強く、1961年の朴正煕陸軍少将(のち大統領)の5・16クーデター以降解体されます。その年に再建され、以降、金泳三大統領の文民政府(1993-1998)の時までは別に活動をしませんが、1990年に、当時、野党党首だった金大中前大統領が在郷軍人会の行事に参加してから地位が高くなりました。数百億ウォンの予算を支援されたこともあり、会員が増えたりもしました。今は自制しているようですが、依然として政府従属性がとても強いです。自由総連盟の場合は、1954年に李承晩と蒋介石が作った「アジア民族反共連盟」がその前身で、以降、1960年の4・19学生革命の時に危機を迎えましたが、1960年代の朴正熙政権以降、政府の全面的な支援を受けて全国組織に発展しました。興味深いのは、彼らが盧武鉉政権期に対北朝鮮支援事業に参加したということです。ですが、そのときアイデンティティの混乱をきたして会員の半分が脱退したといいます。今でもやはり政府系団体の役割をしているようです。セマウル運動中央協議会は朴正熙政権の時に育成された団体です。セマウル運動は農村で伝統的な指導勢力を追い出し、青年たちに力を与えたものですが、農村共同体間の絆を断ち切って互いに競争させることで、農民が国だけを見て忠誠を尽くさせるのがこの運動の本質です。彼らはセマウル金庫まであるので、組織や財政の面でとても強いです。ですが、この団体も金大中政権期には統一事業に参加し、盧武鉉政権時には戸主制廃止運動に参加します。これらの政府系団体はどのような政権になるかによって立場が異なります。これが政府の支援を受ける政府系団体の属性でしょう。

鄭鉉坤 政府系団体の組織化が、主として朴正熙政権の時なら、どのような契機があったのでしょうか?

藤井 50年代には除隊軍人や傷痍軍人が問題を起こす場合が多かったと思います。マフィアのように乱暴を働いたりもしました。1950年代までは非公式暴力というのが重要だった時期です。政治マフィアの時代でした。5・16軍事クーデター以降、彼らを抱き込もうとする努力を通じて、国家の公式暴力として統合されたと思われます。そのために政府系団体という形で組織化したんでしょう。組織自体は他の国にもないわけではありません。おっしゃったように在郷軍人会もさまざまな国にあります。ですが、彼らが実際にそのように大きな機能を果たしたのかは疑問です。在郷軍人会のような場合も、ひとまず軍人を管理するという目的が最も大きかったと思います。5・16直後といえる1961年8月に軍事援護庁が設置され、傷痍軍人をはじめ彼らに対する就職斡旋や年金支給などの役割を担当しましたが、それはあくまでも問題を起こさないようにすることが目的でしたし、そうした点では、結局、暴力を行使できる存在を自己の管理下に置こうというのが基本的な問題意識だったようです。

李娜美 政府が正当性を欠いて腐敗し、官僚体系がきちんと作動できない時、官営保守団体に一層依存すると思います。李承晩政権の腐敗は言うまでもなく、最近の「親連合」などが猛威をふるっていますが、朴槿恵政権下でも側近や官僚の不正がずっと出ています。政府系団体は、事実、李承晩政権の時からかなり過激だったと思います。李承晩政権の時、警察力が急成長しますが、それでも抵抗する勢力が大きくなるので、警察兵力を助ける官営・右翼団体が必要だったのでしょう。民族反共連盟や自由総連盟は、名前だけが変わったのであって、構成員の性格は同じで、また西北青年会などのさまざまな青年団体が統合して大韓青年団が作られます。先日、ある保守団体が西北青年団という名を使ったのも、当時の極右集団を継承するということですが、きわめて危険な発想でしょう。

 

活動状況の変化、嫌悪情緒の拡大

鄭鉉坤 ならば、87年の民主化以降、これらの政府系団体の流れがどのように変わったのでしょうか。新たに組織された団体も含めてです。

鄭桓奉 韓国社会で、権力を取得する経路がかなり変わったということが、重要な点だと思います。政府系団体にとって重要なのが地域組織です。地域で討論や教育や説得を通じて保守イデオロギーを共有する活動が、保守が選挙で票を獲得するのに大きな役割を果たしてきたからです。ですが2000年代以降、状況が変わります。メディアの影響力が大きくなったためでしょう。盧武鉉大統領の当選がこれをよく示しています。言い替えれば、そのように大きな組織を運営しなくても、権力獲得が可能になったということです。「親連合」のような小規模組織も、メディアにしばしば出て、ある種の傾向を作り出すことができたからです。ただ、資本と人員の問題があるので、インキュベイティングが必要です。彼らを育てるインキュベーターの役割を、いわゆる政府系団体がやるんです。予算や場所などを支援します。実際に政府系団体で、ある在郷警友会が「親連合」に資金を支援した事実が明るみになったことがあります。直接的な活動は、機動性のある小規模な保守団体がやればいいんです。たとえばセウォル号沈没事故で遺族の方を非難したり、真相究明の組織を作るのは不要だという保守団体の声が、「このような意見もある」という形でメディアに登場しました。実際には少数なのに、比重ある意見のようにメディアを通じて映るわけです。あえて資金と資源を投入して、地域組織を広範囲に動かさなくても世論を動かせるので、既存の政府系団体の位置づけがかなり低下したようです。

藤井 その点が核心だと思います。大統領を体育館で選んでいた時は、政府系団体の影響力にものすごいものがありましたが、地域代表に意味がなくなった状況では既存の政府系団体ができる役割があまりありません。

鄭桓奉 直接行動よりは、在郷警友会の事例のように、財政などを支援しながら小規模の保守団体の支柱的な役割をしていると思われます。ですが、このような役割だけを果たすには、既存の政府系団体はすでにかなり肥大化した組織です。なので、最近は経済的利益をかなり追求します。特定会社に投資して持分を取得し、さまざまなサービス事業などに参加します。組織を維持するだけでも多くの費用がかかる状況ですから。新たな集団に保守的イデオロギーを形成させた後、実際に行動する役割を譲り渡して、今、このようなことをしているようです。

鄭鉉坤 巨大だった組織ならば、権力の交代によって自主的な生存戦略を追求したとも思うのですが。

李娜美 政府系団体の生存戦略は「静かに実を取ること」に変わったようです。メディアに出るほど調査されることも増えますから。変化の兆候は、やはり2003年あたりから見られます。このとき自由総連盟が三・一節(独立運動記念日)と6・25(朝鮮戦争勃発記念日)には保守集会に参加して声明も発表しましたが、8・15(光復節=解放記念日)からは静かでした。大規模集会に出て行ってメディアに出たら、その間に非難をかなり受けました。特に2004年の盧武鉉大統領に対する弾劾訴追案が憲法裁判所で棄却されて、かなり気勢をそがれました。その後はできるだけ露出を避けて、静かに利益事業をしながら、周辺に資金を出す形に変わったように思えます。李明博・朴槿恵政権の時に特にそうした点が目立ちます。

鄭鉉坤 お話しを整理してみると、政府系団体が民主化という時代の変化によって、その意味がかなり弱くなったという点を確認できます。私たちが先に新たに登場したという保守市民運動の場合も、循環周期を経て、現在としては非常に弱くなったという診断をしたわけですが、全体的に保守市民運動と政府系団体に対して、診断と展望をしてみる必要があるかもしれません。

李娜美 私が守旧と保守を分けるのもそのような理由からです。保守はずっと変化して利益を取りまとめる方向に行き、守旧は過去の思考とやり方を守って消えていくと思います。過激派もやはり同じです。保守は彼らをしばらく活用するんです。保守は守旧とは違っていて、大勢に便乗しながら、長期的に自らの利益を確保できる装置を準備します。持続的なメディア監視と統制、自由市場を強調するイデオロギー流布、植民地の歴史と親日派を美化する教科書編纂など、自らの特権をずっと維持できる構造を再生産しようとします。したがってこれは「漸進的なクーデター」だと言えます。

藤井 民主化以降、盧武鉉政権の時が、既得権層が最も不安だった時期です。新たな代案を作るといってニューライトが登場しましたが、確実な代案になりませんでした。ですから、過去の亡霊を呼び出すしかありませんでした。2012年の大統領選挙で朴槿恵に入れた人たちの相当数が、事実は朴槿恵に入れたというより朴正熙に入れたわけですから。そのような面で、いまや保守には何らのビジョンもないということが明白だと思います。先に話されたように、さらに掲げるものがないので、ずっと「従北」のレッテルを周囲につけてばかりいるんです。

鄭桓奉 ですが、これまでの流れが止まったとしても、それらが生み出した効果は残っています。いつからか保守団体が憎悪心を強調しながら出てきましたが、これが弱者に対する憎悪として派生したり、内部の敵を作る形に変わっています。つまり、憎悪が新しい形の運動として出てくることもあると思います。社会的弱者や労働者に対する憎悪を基盤とした組織が結成されて、力を得る可能性が依然として充分にあります。社会が安定しなければ暴力は私有化されやすいんです。そのように私有化された保守勢力の暴力が連合する可能性もあります。北朝鮮問題のような場合も影響を及ぼしかねないでしょうが、事案によって異なると思います。韓国にミサイルを撃ったりすれば、当然、途方もない反対があるでしょうが、今のような挑発では持続的な動きができそうにありません。もちろん保守は街頭に出てきた経験があって、組織を運営した経験もあるのですから、そのようなノウハウをもとに特定の争点に対して集結する可能性はつねにあるでしょう。ただ団体中心の形態ではないと思います。

李娜美 西欧では移民者に対する恐怖が大きいので、それをもとに極右政党が勢力を伸ばしています。韓国にも進歩―保守を越えて、朝鮮族や外国人労働者が増えて、働き口を奪われるなど、社会のなかに見えない恐怖と嫌悪の情緒があるようです。さらに極右的な政党が出てきてイシューを提起すれば、人々がそちらの方で1つになる可能性が韓国社会にもあると思います。北朝鮮イシューよりは失業者、あるいは挫折に陥った若者たちを中心に形成された反外国人情緒の潜在力の方が大きいと思います。

 

合理的「保守」運動は可能か

鄭鉉坤 保守と通称しながら、保守と極右を一緒にして見るのは避けられないように思えます。今日、お話ししたことを念頭に考えるならば、私たちが見てきた保守は極右的な感じが強いです。ですが、それは理念体系ではなく、実は既得権だけを守るための戦線企画としてイニシアチブを握るようです。いわば守旧ということです。虚構的な「従北」言説が保守全般に通じたと認めるならば、これは守旧のイニシアチブがあったと思います。私はこのような現象を南北分断体制の特性と理解しています。ですが、保守というならば、基本的に何かを守るという意味であって、そこには価値の問題が含まれるはずですが、いわば自由主義や反腐敗、遵法、ひいては公私の区分、犠牲精神のようなものです。だとすれば、韓国社会でこのような本来の意味の保守運動自体がなかったということでしょうか?

藤井 歴史的に韓国の保守層という人たちが、理念的に1つになったことはありませんでした。政府系団体もやはり基本的に利権団体でした。ですので、まず「保守」という範疇自体を歴史的に見る必要はないと思います。理念型として設定される「保守」について議論することが、どれほど意味があるのかよく分かりません。

李娜美 おっしゃったような肯定的意味としての保守理念を主として主張する人々は「保守」を掲げないようです。保守の良い価値、慎重さや均衡感を、韓国社会では普通「中道」といいませんか? 韓国社会があまりにも右傾化しているので、健全な保守は中道を標榜すると思います。

藤井 過去の自由党や民主共和党が、伝統的な意味での保守でなかったという点が重要です。むしろ正統保守は、今の民主党まで続く流れです。ある意味で前衛党のように社会を変革するといって出てきたのが自由党と共和党の初期の姿でした。もちろん初期だけそうだったのであって、政府与党として保守化しましたが、それでもそのような与党も自らを「保守」として表現した場合は多くありませんでした。私たちは最近数十年の経験だけで、「保守」や「進歩」を自明のことのように語っているのかもしれません。

鄭鉉坤 興味深いお話しです。ですが、保守を否定的な意味だけが含蓄されていると考えて、それを中道と明確に区分できるかどうかはわかりません。「合理的保守」という言葉がまた通用したりもします。「汎市民社会団体連合」という団体があります。300あまりの団体の連合体で2012年1月にスタートしましたが、「古い法秩序に基づいた自由民主主義」「合理的進歩と改革的保守の統合」を旗印にしました。「市民運動は政治的に中立を守るべき」という価値を主張してきた「公明選挙実践市民運動協議会」グループの主流と安保保守団体が一緒に作りました。彼ら自らは、いわゆるアスファルト保守と差別化する必要を感じたものと理解しています。前回の総選挙の時をみると、「いい候補」を選んで発表するなど、政治に対する介入も強化しましたが、いわゆる進歩団体の活動体だった「総選挙ネット」(2016総選挙市民ネットワーク)と競争するという印象を与えました。彼らは自らを保守と呼ぶことに躊躇しませんでした。保守の未来をどのように診断しますか?

鄭桓奉 保守言説も、保守イデオロギーも、保守的な人々も、当然ずっと存在するでしょう。ですが、彼ら全てが「保守」団体としてずっと形態を維持できるかは疑問です。私の考えでは、政府系団体は消え、利益団体として残りそうです。アメリカを見ると、銃器関連団体をはじめとして、保守指向の多様な利益団体が活発に活動しています。またおっしゃった通り、政策提案者やシンクタンクの役割をする集団が形成されることもあるでしょう。要するに、既存のように「反核」「反北朝鮮」「自由民主主義守護」「憲法精神守護」のような形でまとめていては、動力を見出すことがますます難しくなるでしょう。もちろんオンラインなど、外郭にはイデオロギーを中心にした保守集団がずっと存在するでしょうが、今のように明確な団体中心の活動スタイルが持続するかは疑問です。

李娜美 私は、利権をまとめながら本人を出さない方向に隠れる方向と、むしろ過激になる2つの方向を考えます。保守の長所は、韓国社会の欲望をよく読んでいるという点です。また、変化の方向として、どのように生き残るのかを本能的によく知っています。他方では、むしろさらに過激になる集団と個人が出てくる可能性もあります。まるでIS(イスラム国家)のようにです。江南駅殺人事件 7のように破片化された形で暴力が蔓延することもあるんです。イルベなどの極右インターネットコミュニティは、中央で会員を統制するのが難しいという点と、会員の匿名性が特徴ですが、そのことで過激さを自制させにくい面があります。しかも、無差別殺人、女性嫌悪、漠然とした憎悪など、社会の危険な兆候が見え始めています。また、保守―進歩の境界線にあったり、そのようなものと関係がない多様な集団も出てくるだろうと思います。たとえば最近、梨花女子大で生涯学習単科大設立反対を主導した「梨花人」(イファイアン)も、進歩―保守で区分できる集団ではありません。もちろん自発的・民主的に運営される集団です。

藤井 保守運動と呼べるほどの組織化が続きそうではありません。何か匿名形態になるのではないでしょうか。日本の在特会も同じです。会員でないのにデモに参加したりもして、大規模行動をしますが、実際に誰が会員なのかは不明です。そうした点で「団体なき運動」が韓国でも出てきそうです。

鄭鉉坤 今日、私たちは、韓国の歴史の歪曲された理念地形と関連した、保守や政府系団体の様相を追跡してみましたが、結局、このような歪曲は、市民社会内に健全な公論の場の形成が遮断されているために起きているんです。もう少しいい保守、合理的保守の形成のためには、市民社会の公論の場が活性化する必要があると思います。そのためには何が決定的に必要でしょうか?

鄭桓奉 政府が透明になることが最も重要だと思います。保守ないし政府系団体がこれまで見えないところで支援されてきましたが、このようなことが韓国社会の議論の地点を歪曲させたと思います。たとえばTHAAD 8の配置がどれくらい危険なのか、交渉がどのように進められたのか、きちんと知らせない状況では、公論の場の形成自体が不可能です。情報がないので合意も不可能です。これを解決するには、争点になる情報に自由に接近できるようにすることが重要です。

李娜美 今は国家が率先して情報を歪曲し、人々の間の分裂を起こしている状況です。なので、まず国家とメディアが公正になって、正確な情報を一般人に提供すべきです。進歩でも保守でも、平和にいい暮らしをしたいという目標は同じなので、彼らの討論の場を公開的に準備して、共同の目標を確認させることが重要だと思います。

藤井 情報公開はもちろん重要ですが、討論だけが代案かは疑問です。討論は結局、話し上手な人、多くを学んだ人が勝つことになります。アスファルト右派を見ると、学歴のない人が多いですが、そこには学歴のある奴が嫌いだという、もしかしたら当然の反感があり得ます。このような反応を、反知性主義というレッテルを付けて批判するのは容易ですが、そうすることで維持されるのは、エリート中心的な、つまり非民主的な階級構造です。このような部分に対しても考えなければ、討論自体が危険な発想になる可能性があります。

李娜美 審議民主主義に対する重要な反論です。特に難しい問題で、礼儀正しい討論で私たちが有益な結果だけを期待することはできないでしょう。ですから、難しく抽象的な公論の場でなく、生活に密着した公論の場から始まって、下からの欲求や意見を充分に取り入れるべきだと思います。たとえば、ある地域にゴミ回収場を建設する問題に対する討論が、はじめは住宅価格の下落の問題から始まっても、その後、環境問題に進展したりもします。NIMBY(Not in my backyard=公共施設建設に反対する集団利己主義)から始まっても公益に変化しうるということです。現在の政府がTHAADを星州(ソンジュ)への配置についての討論も同じだと思います。

鄭鉉坤 最近、市民社会で注目する重要な現象は、地域共同体単位で形成される疎通の可能性です。地域社会は政府系団体の活動舞台で、彼らのイニシアチブが貫徹される空間です。地方自治が活性化して形成されたオールタナティブな村の運動が、これら政府系団体と互いに競争の構図にあります。今年、行政自治部が「村基本法」を制定しようとしていますが、地域社会の共同体の単位が財団を作り、この財団を地方自治体と地方企業が支援しながら、地域共同体を活性化するという構図です。政府系団体の再組織という政治的意図が疑われる部分ではあります。なので、初期に村基本法が提案された時は疑惑がありましたが、対話を重ねながら、地域共同体の成長という点で次第に理解され、一致する領域を見出していったようです。最近聞いてみると、政府側と村運動側が互いにかなり了解したようです。私はこのようなつながりを達成する能力が「中道」であると考えています。保守を引っ張りだします。このことが示唆する点は多々あります。私たちが今日、議論したように、韓国の保守市民運動が、独裁権力への従属性の中で市民社会の健全な成長を阻害し、暴力や嫌悪などを拡散してきた点は明らかだと思います。特に民主政権の樹立、また南北朝鮮の関係の転換とあいまって、一種の反対勢力として政治的に動員された点は、何度考えても残念な部分に違いありません。明らかに1987年の民主体制の退行性を示した現象ですから。そうした点で、合理的保守の自己基盤のための努力が今後もかなり必要なのではないかと思います。今日は、保守の市民運動や政府系団体の現象を、全体的に見渡すことができ、とても勉強になりました。長時間の討論、お疲れさまでした。ありがとうございました。(2016年8月2日/創批細橋ビル)

(翻訳: 渡辺直紀)

Notes:

  1. 「親(オボイ)連合」――大韓民国親連合(Korea Parent Federation)2006年5月設立。極右反共主義的な性格を持ち、集会等を通じた政治活動に活発に参加。枯れ葉剤戦友会などとともに韓国の代表的な右翼団体。
  2. 「族青」――朝鮮民族青年団。李範奭を中心に1946年10月に「国家至上」「民族至上」というスローガンを掲げて設立されたファシズム・反共主義的極右翼団体。
  3. 「国家情報院コメント事件」――国家情報院による世論操作事件。2012年の大統領選挙期間中、国家情報院所属の心理情報局の所属要員らが国家情報院の指示でインターネットに掲示文を残すことで、国家情報院が大統領選挙に介入した事件。当時野党だった民主統合党が2012年12月に問題性を提起した。
  4. 「イルベ」――「日刊ベスト保存所」の略称で韓国のインターネットコミュニティ。主に政治、ユーモアなどを扱い2010年頃から活動が活発化した。全体的に政治指向は極右と評価され、各種の事件・事故によって議論を呼び起こしている。
  5. 「セウォル号沈没事故」――2014年4月16日に全羅南道珍道郡近海で沿岸旅客船が沈没した事故。乗客・乗員476人のうち295人が死亡、9人が失踪。特に修学旅行中の高校2年生324人が含まれていて若い生徒の犠牲が多かった。
  6. 「従北」――北朝鮮に追従する勢力の意。韓国の国内世論で、政治的なダメージを与えるために、進歩派をこのように呼ぶ現象が2010年代以降、見られるようになった。
  7. 「江南駅殺人事件」――2016年5月17日未明にソウルの地下鉄・江南駅近くにあるカラオケのトイレで30代の男が不特定の女性を殺害した事件。
  8. 「THAAD」――THAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル、Terminal High Altitude Area Defense missile)。アメリカ陸軍が開発した弾道弾迎撃ミサイル・システム。駐韓米軍司令官は2014年6月に韓国にTHAAD配備のため韓国政府と協議を進めると明らかにした。主として北朝鮮のミサイル発射に対する対抗措置だが、中国やロシアはこれに反対しており、韓国内でも世論が大きく分かれ反対運動も広がっている。

日本の社会運動から見る大転換

2016年 秋号(通卷173号)

日本の社会運動から見る大転換

押川淳/『現代思想』の編集者

 


2月中旬に発表された一つのブログ記事をめぐって、日本社会は大きく揺れることとなった。この記事のタイトルは「保育園落ちた日本死ね!!!」。そのさわりを引用する。

何なんだよ日本。
一億総活躍社会じゃねーのかよ。
昨日見事に保育園落ちたわ。
どうすんだよ 私活躍出来ねーじゃねーか。
子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ?
何が少子化だよクソ。
子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからwって言ってて子供産むやつなんかいねーよ

これは匿名記事だが、朝日新聞の取材によると、書いたのは東京在住の30代前半の女性。1歳になる子どもを持つが、保育園への入園を断られ、仕事への復職が困難になっているという。

日本では90年代後半から保育園の不足が顕在化しはじめた。少子化にも関わらず、自治体の監査を受けた保育園に入れない「待機児童」は増加を続け、現在では文科省の公表で6万人、民間の試算では50~90万人に達している。選択肢としてのこされるのは、1)環境が悪く高額な認可外の保育サービスを利用する、2)親戚縁者の協力を得る、3)母親が復職を断念する、のいずれかである。上記のブログ記事はこの状況を告発したものであり、文面は安倍政権によるスローガン「女性活躍社会」が当事者を愚弄することへの怒りに満ちている。記事はこの後、東京オリンピックへの巨額の予算投入、国会議員の巨額報酬をやり玉に挙げ、それらをなくして保育園を拡充しろと主張する。

この記事が発表されるや否や、Twitterを中心に数多くの賛意が寄せられ、2月下旬には新聞・テレビ等のマスメディアでも紹介が相次いでされた。野党・民主党(現民進党)の山尾志桜里議員は29日、国会で記事を引用し安倍政権の欺瞞的政策を糺したが、それに対する安倍の返答は「匿名である以上本当かどうか分からない」というものであり、与党議員からは「書いたのは誰だ」というヤジが続いた。この態度に呼応するように、ネット上では匿名ブログの書き手は山尾本人であるというデマが拡散された。

だがこうした反動は、当事者である親たちに留まらない広範な人々の怒りにも火をつけた。すぐさま「#保育園落ちたの私だ」というハッシュタグが拡散され、国会前での抗議集会も開かれた。また保育園不足の最大要因である保育士の劣悪な雇用環境も注目され、「#保育士辞めたの私だ」「#保育士なめんな」というハッシュタグとともに、待遇改善を訴える声も高まった。

日本社会で子どもを育てることは、いまや「罰ゲーム」であるとすら言われる。子育てのため就業を諦める女性の数は数十万を下らないとされ、復職が叶ったとしてもほとんどが職場での差別的待遇を何らかの形で受けることになる。一方で子どもを預かる保育士たちは高度な専門性と重労働を求められるにも関わらず、全職種の平均月収より11万円も低い額しか得られず(およそ15万円と言われる)、その多くが数年で退職してゆく。

だが実は、保育園拡充を求める運動は以前から存在した。2013年春には東京都内の各自治体(保育園の認可は自治体がおこなう)に対して親たちが一斉に抗議を展開し、「保育園一揆」として注目された。またいくつかのNPOによる共済型保育を試みも参加者を増やしている。ブログ記事に共鳴した親たちも、もちろんそうした地域ごとの実践・現実的な取り組みは熟知し、参加もしているだろう。しかしそれでもなお、その怒りはいま、「日本死ね」というもっとも率直なかたちで、この国の中心部にぶつけられているのだ。

 


同様の構図は、昨年夏の安保法制(アメリカを中心とする同盟国と自衛隊の共同軍事行動を可能にする法改正)への大規模な抗議運動にもみることができる。この運動は、1960年の安保闘争以来はじめて大学生が中心を担ったと報道されたが、クローズアップされた学生団体SEALDsのメンバーは、なぜ地域や身近にある社会問題、あるいはNPOといった活動ではなく、国家の大問題に関わるのか、とくに40~50代の人間から批判されたという。おまえたち学生は平和憲法や戦後民主主義の価値を主張するような身分ではない、と。

しかし、その中心人物である奥田愛基は、みずからを街頭抗議へと駆り立てたものはいわゆる護憲の意識ではなく、「舐めるな」という怒りの感情だった語る。彼らは平和憲法や戦後民主主義に対して思い入れを持っていたわけではなく、その評価も個々人で様々に分かれる。だが、自民党が連綿と続けてきた改憲論議のなかでも、安倍政権によるものは突出して権威主義的であり、安保法制もその一環として、非論理性と恣意的な根拠、合意形成への明白な嘲笑のもとで定められようとしていた。こうした出鱈目な(非-)政治がなされることへの怒りが、彼らを街頭へと駆り立てたのである。

昨年8月から9月にかけて最高潮に達した反安保法制運動は、国会前に10万とも20万ともいわれる民衆を集めた。そこは、平和憲法と戦後民主主義を「守る」ために再結集したいわゆる「護憲派」と呼ばれる市民と、奥田が語った「怒り」を抱えた人々が同居する空間だった。そうした人々の多くは30代後半(77年生まれ)から高校生(97年生まれ)に属し、「#保育園落ちたの私だ」の人々もそのなかに含まれる。彼らはいわゆる(90年代後半からの現在まで続く)「日本の失われた20年」のただなかで、多くの困難を被ってきたのである。

バブル景気が終息した後、日本経済は長い低迷期に入るが、公的資金の大量投入と低金利政策、減税によって大企業と銀行は優遇的に資金を集め、国際的競争力を維持した。ここでは詳らかにしないが、コーポレート・ガヴァナンスの改善はなされることなく、日本型企業経営の家族主義は新自由主義と接合しながら延命を遂げてきた。85年の男女雇用機会均等法により「男並みに働く」限りにおいて組みいれられた女性正社員の多くは企業におけるフリンジ的労働力と位置づけられ、表向きの先進性のアピール材料とされる一方で、実際には、激増した非正規雇用者とともに労働市場における調整弁となった。もはや企業経営に道義性が問われることはなくなり、職場における差別・ハラスメントは限りなく増大・多様化した。非正規雇用は賃金労働者の4割に達し、大企業と中小企業の差はかつてないほど拡大し、固定化しつつある。その結果、(男性正社員、あるいは主婦(夫)も含む)ほとんどの労働者は絶え間ないストレスに苛まれることになった。

与党自民党もまた、福祉・社会保障・教育への公的支出の削減と市場原理の導入により、経済界と協働して苦境を悪化させた。代わりに福祉・社会保障の場では自己責任論と受益者負担論が、教育の場では権威主義が強調され、誰の目にも明らかであるにもかかわらず、問題は非政治化され続けた。また、それは他方で日米軍事同盟の強化とミリタリゼーションへと接続された。

上記の人々は、そうした状況のなかで年を重ねてきたのである。

 


こうした声は、福島原発事故による放射能公害を機にして最初に爆発した。いくつかの社会調査は、女性の方が男性に比べ被曝の危険性に対して敏感に反応し行動に移したこと、反原発運動の中心的担い手に正規雇用以外の人々が多かったことを示している。彼らが大震災後から13年にかけて動き、国会議事堂前を象徴とする街頭政治の場を切り開いたことで、「失われた20年」の影響を色濃く得た人々(学生たち、子育て世代たち)が声を上げるようになったと言えるだろう。

さらに重要なのは、彼らにとって、この間の20年は自動的に「失われた」ものではなく、「奪われた」ものだということだ。奪ったのは誰か。経団連を中核とする経財界(大企業群)、与党自民党(プラス公明党)およびその支持層、官僚機構、一部の学者・言論人・マスメディアの集合体である。ブログ記事が「日本」と名指したのはこれらの集団のことである。そして、これらによって絶え間なく不正義が蓄積され続ける状況を、私はここで「腐敗」と言い換えたい。このような長きにわたる不正義を、腐敗と言わずしてなんと言うのか。

バブル期に相次いで起こった政治汚職は、いわゆる「政治改革」として名目上の二大政党制へといきついた。だがその一応の成果である民主党政権下でおきた大震災は、腐敗が単に政治汚職に留まるものでなく、さらなる深部で起きていたことを誰の目にも明らかにした。電力会社・官僚機構・学術界のトライアングルによる「原子力ムラ」は、その典型例だった。

反原発運動から反安保法制、そして保育園問題へと、多様なトピックをまたいで続けられるこのかんの社会運動を貫く共通のモチーフは、このような奥深い腐敗への怒りにほかならない。奥田たちはその象徴を安保法制に見出し、「舐めるな」というシンプルな表現を集約点として、多くの新たな参加者を国会議事堂前に集めた。そしていまや、そうした人々の怒りは剥き出しの「死ね!!!」という言葉に託されるまでに至ったのだ。

 


おそらくこの20年を通してもっとも経団連との親和性が高い安倍政権は、「アベノミクス」により民主党政権が徐々に回復しつつあった福祉・社会保障を破壊しつつ、最終的目標としての改憲へと歩を進めつつある。だが下記に示した最新の世論調査(と過去35年あまりの推移)によれば、朝日新聞(リベラル)・日本経済新聞(経団連寄り)の両者で、このかん改憲派は護憲派を下回るまでに減少している。

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図 朝日新聞と日本経済新聞による合同世論調査(5月3日発表)

この図は80年からの経過を示しているが、2007年までのなだらかな護憲派の減少は、社会党・社会民主党の衰退と軌を一にしている。それが民主党への政権交代で上昇をはじめ、東日本大震災を受けてピークを迎え、民主党政権の崩壊で一時的に落ちたものの、それ以外は11年以降ほぼ安定して護憲派が過半数を維持している。つまり今の「護憲」を支えるのは、大震災以降に政治的主張をするようになった「新・護憲派」たちなのである。

これを安倍政権の急進的右傾化により、国民の平和意識が再び意識化され改憲志向を凌駕したためと捉えれば、50年代との反復が見出せるだろう。だが私は、もっとも腐敗した政権が目指すゴール、いわば腐敗の最たる象徴が、安倍が目指す改憲であったための護憲運動だと捉えたい。この20年間の「奪われた」人々と大震災後の「新・護憲派」は明らかに重なり合っている。したがってこれは護憲運動という表現をとった反腐敗闘争であり、かつて日本社会が経験してこなかった局面が到来していると言わなければならないのである。

もちろん平和憲法、あるいはそれを掲げた戦後民主主義は無謬のものではない。そして、この平和主義が前提とし、あるいは隠蔽しているものに対して、「新・護憲派」がどのような態度を取るかは、いまだ未知数かもしれない。

だが、憲法をトポスとして蓄積され表現されている腐敗への怒りは、平和憲法を国民的に占有し、戦後民主主義だけが普遍的だと無前提に擁護するのではない、別様の「護憲」の道をひらき得るのではないか。それは世界各地で現在さまざまに展開されている反腐敗闘争の試みのなかに、一つのヴァリエーションとして日本国憲法を置いてみることであり、あるいは東アジアの「奪われた」世代、「奪われた」人々とのあいだに協働の回路をひらくことへの可能性である。長期間にわたり深刻な規模に及ぶ、この腐敗にたいする怒りは共有されつつある。私たちはこの怒りを基軸として、日本社会に転換をもたらさなくてはならない

 

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しかしながら、私たちの未来への見通しを見出すことは容易ではない。

7月31日に行われた東京都知事選挙では、自民党内でも最右派に属する小池百合子が得票総数のほぼ過半数を獲得して圧勝した。彼女は自らのタカ派的主張と改憲への姿勢をあいまいにしつつ、自らが男性に支配された自民党への反逆者であることと、待機児童問題へと積極的に取り組むこと(その政策には多くの問題点が含まれるが)をアピールすることで、広汎な支持を集めた。こうした腐敗への怒りと憲法とを分断し、弥縫的な代案によって不満を解消しようとする戦術は、当然ながら安倍政権によっても進められている。衆参両院で2/3の議席を確保している改憲勢力は、憲法をめぐるトポスを絶え間なく分断させながら(たとえば米軍基地問題に対する本土の関心をそらしながら)、時間をかけて改憲のタイミングと方法を探っていくだろう。私たちは粘り強く、また場所やイシューを相互に受け渡しながら、抵抗していかなければならない。

だが、分断とたたかいつつ怒りを深化させることは、いかにして可能になるのか。逆説的ではあるが、私たちはまず自らの生活圏へと降り下り、そこで進行する腐敗の激しさと危機の深さへ目を向けなければならないのではないか。

7月26日夜、神奈川県相模原市の障碍者福祉施設に元職員の男性が侵入し、45名の入居者を殺傷した。この事件についてはいまだ不明の部分が多く、予断は慎まなければならない。しかし障碍者のみを狙ったヘイト・クライムとして、世界的に見ても類を見ないほど悲惨な事件であることは確かだ。犯人男性は犯行前に大島理森衆議院議長に手紙を送り、「保護者の同意を得て安楽死できる世界」が望ましいという考えを披歴するとともに、自ら障碍者を「抹殺する」ことができると主張した。そしてこの行動は世界平和と日本のためであり、大森と安倍の支援を要請する、と。

文意が破綻した手紙であり過剰な意味づけはできないが、それでも文中に「理由は世界経済の活性化」「不幸を最大まで抑えることができ」るといった言葉があることをどう考えればいいのか。思い起こすのは一九九九年から二〇一二年まで東京都知事であった石原慎太郎が「(障碍者には)人格があるのか」「(西洋人であれば)切り捨てちゃうんじゃないか」といった発言を重ねていたことだ。いま、この社会のどこまで功利主義的優性思想は深く根を降ろしているのか。私たちはいまや取り返しがつかないほど腐敗を放置してしまったのではないか。

腐敗はどこにでもある。憲法も、生活も、身体も、そのすべてが腐敗の危機にある。この危機は私たち一人一人を取り巻くミクロな次元において進行しているのだ。だから必要なのは「戦後日本と憲法」といった国民主義的な問題設定ではなく、私たち個人のきわめて微視的なレヴェルにおいて、憲法、生活、身体(その他もろもろ)を凝縮させ、そこに自らに固有の問題を掴みだすことではないか。そのうえで、お互いの問題をいかにコミュニケートできるかが、模索されなければならない。

総体として進行する、この腐敗をどう転換させるか。最後に一つだけ、イメージを提出して終わりたい。

日本語の「腐敗する」はCorrupt(退廃する)とDecay(有機物が腐る)の両方の意味を有するのだが、有機物の腐敗は「発酵」(Ferment)へと転じる。優れたパン職人や醸造家たちは、目には見えない空気中の微生物である酵母菌と協働しながら、酵素の働きによって発酵食品を作り出していく。酵母菌を育てるのは、大変な時間と繊細な感覚を要する作業である。しかし良い酵母菌は、規格化された食品には生み出せない固有性とヴァリエーションによって、私たちの消化器官を世界に開放する。もちろん一つのイメージに過ぎないが、この「発酵」過程から想像力を膨らませることはできないだろうか。

憲法を「腐敗」させる勢力に抗しながら、墨守するだけでなくみずからの手で「発酵」させていくことは可能か。あるいは、スクラップ・アンド・ビルドと労働力の使い捨てからなる「腐敗」した企業社会に対して対抗的に介入し、それを「発酵」過程へと変化させることは追求可能か。おそらく可能なはずだ。そしてそれは、個別のレイヤーではなく、レイヤー同士の相互作用のなかで進行するはずだ。総体の腐敗から、総体の発酵に向けて。そして発酵を介して成立する社会へ。私たちは少しずつ階段を上がらなければならない。